◆このことだけは・・何も言えねェ!

【禅者の一語】碧巌の歩記(あるき)NO15

  碧巌録 第十五則 雲門倒一説(うんもん とういっせつ)

【垂示】第十四則に続く・・圓悟の垂示である。

すぐれた禅者は、求道者の問いに、瞬時に総てを奪い去り(把住・殺人刀)・・あるいは総てを与える(放行・活人刀)自在な禅機がある。

さあて今、どれがナンデ、何がコレなのか看よ。

        【垂示】垂示に云く、殺人刀と活人刀とは

            乃(すなわ)ち上古の風規にして

            これ今時の樞要(しゅよう)なり。

            しばらく道(い)え、如今(にょこん)

            那箇(なこ)か これ殺人刀、活人刀なるぞ

            試みに挙す看よ。

【本則】求道者が雲門に問う。

釈尊の説法・・一代時教が「応病与薬」であることは承知しました。

それじゃ・・釈尊は、迷える大衆がいない(TPOの)場合、どうなさったのでありましょうか」

雲門は「何も説かない・・」と答えた。

   【本則】挙す。僧 雲門に問う、「これ目前の機にもあらず。

       また目前の事にもあらざる時、如何(いかん)」

       門云く「倒一説」

【頌】雲門、今度は「對一説」の片割れ「倒一説」と答えた。

どうも この求道者が、お気に入りのご様子だ。

昔 釈尊は、沢山の信者を集めて説法されたけれど、その中で唯のヒトリだけ、拈華に微笑した迦葉に「禅」正法眼蔵・涅槃妙心を附嘱(ふしょく・預け托さ)れたこと。迦葉から達磨まで二十八代。中国二祖の慧可から六祖の恵能まで・・計三十三代。どうにか息を繋いできたが、もともと禅は、ゴリヤクなしの水辺に写るお月様なのである。

        【頌】倒一説は分一説なり。

           同死同生きみが為に訣(けっ)す。

           八萬四千は鳳毛(ほうもう)にあらず。

           三十三人は虎穴に入り。別々。

           擾々忽々(じょうじょうそうそう)たり水裏(すいり)の月

【附記】倒一説・・一説を逆にする/何も説かないとか、何も道(い)えないとかの意。

鳳毛・・釈尊の弟子、八万四千人、すべて禅を託される俊才の者ではない。ただ、わずか三十三人だけが、虎穴に入った禅者と呼ぶにふさわしい、素敵な者達である・・の意。

禅者・雲門の一語「對一説」「倒一説」こそ・・「役立たずの独り坐禅」の公案だと思います。