◆コブラに噛まれた【毒消し】は要らんかねぇ・・

【禅者の一語】碧巌の歩記(あるき)NO22  

 碧巌録 第二十二則 雪峰鼈鼻蛇(せつぽう べつびじゃ)

【垂示】例によって圓悟の前おき話・・

宇宙の「宇」は無限(∞)の空間を表わし、「宙」は無限(∞)の時間を表わす。だから、宇宙の境界は無いのだが、それは理論・哲学から言うことで、夜空の星々の輝きを見ると、人が不思議に生かされてあるのを感ぜずにはおれない。

あえて言えば、人は宇宙の為に存在している訳でもないし、人の為に宇宙がある訳でもない。だから、文字通り個個・此処(ココ)に唯我独尊(遺伝子はみな違う)金石麗生(純金も路傍の石コロもそれぞれに麗しく生じている)を自覚して「禅による生活」を行いたいものであるが・・

サテサテ・・このような禅境(地)にいたる禅者は、イッタイ何処の誰であろうか。南山の毒蛇(コブラ)話を看るがよい。

  【垂示】垂示に云く、大方は外(ほか)なく、細きこと隣虚(りんこ)のごとし。

      擒縦(きんじゅう)は他にあらず、巻舒(かんじょ)は我にあり。

      かならず粘(ねん)をとき、縛(ばく)をさらん去らんと欲せば、

      直にすべからく迹(あと)をけずり、聲をのみ、

      人々要津(ようじん)を坐断して、

      箇々 壁立(へきりゅう)千仞(せんじん)なるべし。

      しばらく道え、これ什麼人(なんびと)の境涯ぞ。

      試みに挙す看よ。

【本則】雪峰義存が求道者に言った。

「この(雪峰)山に恐ろしくも珍しい毒蛇が現れた。お前たち行って看てきなさい」

弟子の長慶「実は、そのコブラ話で皆、戦々恐々です」と答えた。

別の求道者が玄沙に「どうです・・あなたもコブラ見物に行かれては・・」と話をもちかけると、玄沙は「剛毅(ごうき)な長慶さんなら、危険きわまりない冒険をしましょうが、私はご免です」

求道者「どうしてですか」玄沙「毒蛇の毒気に当てられて死にたくはありません」と答えた。

師が、さらに求道者達にケシカケタ時、傍らに控えていた雲門が太曲がりな杖を、ガラリと投げ出して「ホラ・・此処に毒蛇がいるぞ」とやってみせた。

  【本則】雪峰 示衆して云く「南山に一條の鼈鼻蛇あり、

   汝ら諸人 せつに すべからく好看(こうかん)すべし」

   長慶云く「今日 堂中には大に人の喪心失命(そうしんしつみょう)するあり」

   僧 玄沙に挙示す。

   沙云く「すべからく これ稜兄(りょうけい)にして はじめて得(う)べし。

   しかも かくの如くなりといえども、我は即ち不什麼(ふいんも)」

   僧云く「和尚 作麼生(そもさん)」

   玄沙云く「南山を用いて なにかせん」

   雲門 拄杖をもって 雪峰の面前に攙向(ざんこう)怕勢(はせい)をなしたり。

【頌】雪峰山は観光客の寄り付けない、とても高峻な山である。

それでも求道心の篤い参禅の輩は、コブラの一匹でも退治する気迫をもって山に登る。

 このコブラ出現の事件は、弟子の長慶にせよ、玄沙にせよ、怖気づいてしまって話にならない。

そこへゆくと雲門はどうであろう。

見上げた真の禅者といえよう。

雲門は、コブラが天竺(インド)でなら いざ知らず、いかに南方とはいえ中国に出現するのは、極めてまれな出来事と承知して・・「ホラ出た!」とばかりに、太く曲がった腕程の杖を、法宴の場に放擲(ほうてき・投げ出)して見せたのである。

いきなり「ガッッ」と牙をむきだしたコブラの出現・・その非凡な行動は、禅機ハツラツとしている。そして、誰も手だし出来なかったコブラは悠々と退散。姿をくらました。

後に、雪賓いわく「サア、このコブラ、イマ、この雪賓山に隠れているが、見たければ見せてやる。ただしヒトカミされたら、即、お陀仏だぞ・・ソレ危ないぞ!」とばかりに・・雪賓重顯は声高に云った・・看 脚下!

  【頌】象骨巌(ぞうこつがん・雪峰山の意)高くして人はいたらず。

   到るものは すべからく是れ蛇を弄する手なるべし。

   稜師も備師も いかんともせず。喪心失命 多少あり。

   韶陽(じょうよう)かさねて草を撥(はら)うも

   南北東西たずねるに處なきを知る。

   忽然(こつねん)として突出す拄杖頭。

   雪峰に抛対(ほうたい)して大(おおい)に口をはる。

   大に口をはる閃電(せんでん)に同じく、

   眉毛を剔起(てっき)すれば 又見えず。

   如今(にょこん)かくれて乳峰の前にあり。

   来たる者は、一々 方便を看よ。

    (師 高聲(こわだか)に喝して云く 看脚下)

 附記】この話は 雪峰(山)義存五十七才。弟子の玄沙師備四十五才。長慶慧稜二十五才。雲門文偃二十七才頃・・中国 唐代(878年頃)の、純禅に生きる「禅ニヨル生活」のひととき・・禅者たちが、暇を持て余し、互いの禅機・禅境を見合う遊びの一刻、寓話である・・ともいえよう。

当時、雪峰山には求道僧千五百人とあるが、禅機ハツラツとした者は、雲門ただ一人。禅を信仰欣求したり、分別、理屈で解読できると思い込んでいる学僧ばかりだった。

この猛毒コブラ・・蛇と云うのは例え話で、実態は、般若{空}のことである。

現代の寺僧や学人も同様に・・坐禅集中して、公案「隻手音声」を見性するといっても、このコブラ公案を透過するといっても、せいぜい師から両手でひっぱ叩かれたり、コブラのヒトカミで毒殺されてしまうだけの・・徹しがたい「空=無」の一字である。禅の正体を、たかだか数年の雲水・僧堂生活で、印可取得できると大誤解して思っているのである。でなければ、禅を卒業証書のように取得できるものと勘違いしているに相違ない。

あわてるな・・焦るな・・といいたい。

もっと肩の力を抜いて、独り3分ポッチの坐禅を、2~30年、寝起きの合間に続ければ・・独り一人に備わったZENが、自然に目覚めて自覚してくれるハズであるのに・・。

 この禅者の一語(碧巌録意訳)の他に、はてなブログ 禅のパスポート(無門関素玄居士提唱の復刻、意訳)を、参考に読まれて、コブラ(禅毒)の毒消しを身につけられるよう・・よく脚下照顧してください。