至道・禅ニヨル生活は、好き嫌いさえなければ、誰でも出来ることだ!

【禅者の一語】碧巌の歩記(あるき)NO2 

碧巌録 第二則 趙州至道無難(じょうしゅう しどう ぶなん)

【垂示】圓悟が垂示した。(現代風の意訳です)

(140億光年もある)宇宙が、いかに広大であるといっても、どれほどに太陽や月など明るいといっても、禅(至道)の般若「空」の前には、先の見えない暗黒(ブラックホール)に落ちたような・・それすら窮屈千万な話となる。

また、例え徳山の棒で、三十回殴りつけたところで・・臨済が雷嚇して「喝」と怒鳴りつけたところで、こんなことが「禅」の極み・・至道である訳がない。釈尊が百万の菩薩を引き連れて説法したとしても叶わないことだし・・「禅=至道」は自らが自悟自得することだから、歴代の祖師といえど、プレゼンテーション(全提)できないこと。

たとえ一切蔵経に書かれても、また達道の禅者であれ、解釈、説明できないシロモノなのである。

さあ、それでは どのようにして、この至道=禅を実現、表明できるか・・いな・・至道を禅ニヨル生活であると云ったり、絶対であると書いたりすることすら見苦しく、口を漱ぐべきことだ。

このことは・・少し、禅を齧(かじ)った者であるなら、今さらに、事を荒立てることはしないだろう。

ただ初心の求道者は、グズグズしないで自分の中で究明して看よ。

            【垂示】垂示に曰く、乾坤窄(すぼく)日月星辰、一時に黒し。

                たとい棒は雨點(うてん)の如く、喝は雷奔(ほん)に似たらんも、

                また未だ向上 宗乗中の事には當得(とうとく)せず。

                たとい三世の諸佛(たりと)も、ただ自知すべく、

              (たとい)歴代の祖師(たりと)も、全提不起(ぜんていふき)

              (たとい)一大蔵経(たりと)も、詮注不及(せんちゅうふきゅう)

                 明眼の衲僧(のうそうたりと)も、自救不了(じぐふりょう)。

                 這裏(しゃり)に到って作麼生(そもさん)か請益(しんえき)せん

                 この佛の字を道(い)うも、柂泥帯水(だでいたいすい)。

                 この禅の字を道うも、満面の慚惶(ざんこう)。

                 久参(きゅうさん)の上士は、これを言うことを待たざらんも、

                 後学の初機(しょき)は直に究明すべし。                        

【本則】ある日、趙州従諗(じょうしゅう じゅうしん)が求道者に・・至道(禅ニヨル生活)は別段 難しいことじゃない。嫌擇底(けんじゃくてい・・相対的差別・比較・分別)をしないことだ。しかし、文字や言葉で明白底(めいはくてい・・絶対的・禅境(地)をチョットでも表現しようとすれば、タチマチ差別(嫌擇)の世界となってしまう。私(趙州)は明白底の世界にすら囚われたりしてはいない。お前たちはどうだ?・・と問うた。

これに釣られて、求道者が反論した「ご老師の眼中に、差別も絶対もないとキッパリ言われるのなら、至道の差別(嫌擇)はするな・・とか、本来無一物、廓然無聖の 絶対(明白底)もないとか、ソンナ言葉がどうして出てくるのでしょうか。

さらに、お前たちはどうなのだ?とお尋ねなさるのは・・どのお立場でのことですか」

趙州「私も、よく知らないのだ」

求道者「知らないなどとよく言えますね。知らないのなら、どうして老僧は明白裏にあらずと言えるんですか」と切り込んだ。

趙州「お前さんの理屈はナカナカのもんだが、この話は終わった。礼拝をして退席するがよい」と答えた。

               【本則】挙す。趙州、衆に示して云く「至道(しどう)は無難。

                   ただ嫌擇(けんじゃく)を嫌う。わずかに語言あらば、これ嫌擇。

                   これ明白。老僧は明白裏にあらず。

                             これ汝また護惜(ごしゃく)すや否や」

                             時に僧あり問う「すでに明白裏(めいはくり)にあらずんば、

                                                         この什麼(なに)をか護惜せんや」

                             州云く「我もまた知らず」

                             僧云く「和尚すでに知らざるに、何としてか却(かえっ)て

                                           明白裏にあらずというや」

                             州云く「事を問うことは即ち得たり。

                                              礼拝し了(おわっ)て退(しりぞ)けよ」

老師・・先生の意 至道無難 唯嫌揀擇・・支那、達磨⇒慧可⇒に師事した三祖 鑑智僧璨(?~606)の語録「信心銘」の四言二句の七十二の対句から抜粋した詩(584文字) 嫌擇・・大小・正邪・美醜・黒白・愛憎・生死など比較・差別の意 明白裏・・至道(禅)の絶対性・洞然明白・金石麗生の意

【頌】至道は無難(行うに難しいものではない)と鑑智僧璨(かんちそうさん)が信心銘で述べている。世間の人は日頃の朝の挨拶「お早いことです。今日も元気で仕事しましょう」英語で「good Morning」毎日、日ごとに佳き(GOOD)な朝ですネ(悪い日などない)・・と言っているが、自然や社会は何時でも、何処でも、至道に、無尽蔵に、アルガママに良き日だけで悪(あ)しき日はないのである。

世界は 差別とか絶対とか、そんなコダワリの中にはない。

山が高いから雪が降るのか・・空が寒いから雪となるのか・・ドッチもドッチだ。

至道そのものから見れば、髑髏(どくろ)すら美しく生きている。髑髏が寂寥の風吹き声で歌を歌うのが聞こえるのも、枯木のヒョウヒョウと奏でる龍吟も、一にして一ならず、二にして二ならず、天地が同根に流転している働きである。

だが、所詮・・これは理論・・口先、言葉に過ぎない。この至道を「禅ニヨル生活」に織り込んで、冬温かく、夏は涼しく・・好き嫌いなしで暮らすには、凡人にとって無難どころか至難の努力が必要だ。このことは趙州が云わずとも、独り一人が発見、体得することである。

           【頌】至道は無難と、言も端(たん)なり語も端なり。

                     一なれども多種あり。二なれども両般(りょうはん)のみにあらず。

                     天際(てんさい)に日上(ひのぼ)れば月下(つきくだ)り、

                     檻前(かんぜん)に山深ければ水寒し。

                     髑髏(どくろ)の識(しき)は盡きるも喜(き)何ぞとどまらん。

                     枯木の龍吟は鎖(しょう)したるも 未(いま)だ乾(けん)ならず。

                     難難(なんなん)。嫌擇と明白とは君自(きみみず)から看よ。

【附記】趙州従諗(778~897)唐代、武宗皇帝が寺院四萬餘寺を打ち壊し、僧尼二十余萬人を還俗させる仏教迫害の荒廃した社会にあって、あまたの禅者のみ深山幽谷に遁れて難を逃れていた時代・・背景である。

チョウド趙州が25才(802年)の頃、日本の最澄伝教大師)37才で入唐。27才の頃、空海弘法大師)が32才で入唐している。これは禅が日本に伝わる初期にあたる。

この碧巌録では、趙州従諗は、この第二則を皮切りに、計十二則も登場する、まるで唇から光を発するかのようだ・・と例えられた達道の禅者である。師の南泉普願に30年間仕え、師が遷化したのち、60歳から求道行脚、行雲流水に徹底し、120才・・禅ニヨル生活を全うした卓越の禅者である。

無門関では第1則「狗子佛性」・・禅機禅境(地)両方を問われる、難透の公案で登場します。

 

 

 

 

◆一度 大悟すれば 二度と迷うことはアリマセンか?

【禅者の一語】碧巌の歩記(あるき)NO3 

悟れば、凡夫(迷い)に逆戻りすることはアリマセンか・・?

釈尊や達磨・この則の馬祖道一(709~788)ならいざ知らず、3年5年の修行・坐禅をしたから・・との見性(煩悩即菩提)への思いは、元の木阿弥、ただの凡夫の悪あがきです・・何の功徳にもなりません。

碧巌録 第三則 馬祖日面佛月面佛(ばそ にちめんぶつ がちめんぶつ)               馬大師不安(ばたいし ふあん)

【垂示】圓悟が垂示した。

禅ニヨル生活を、達道の禅者でも語ったり、示して見せることはできない。それを何とか(未悟底の)求道者に直観させようと、あえて傷だらけになっているのに、迷える凡夫を、言葉巧みに自分の巣屈に引きずり込んで、有金全部を奪い取ることばかり・・騙されてもいけないし、あたりいっぱい金石麗生にありながら、自分の中にしか発見できない「禅」を放置しておくのもよくない。掴みだすのも、放置するのもよくないものは、イッタイどうすればいいうのか・・ここにウもスもいえぬ、達道の禅者の実例をあげるから・・心して読み解けよ。

         【垂示】垂示に云く、一機一境、一言一句。

             しばらく、この入所(にゅうしょ)あることをはかるも、

             好肉上にキズをえぐり窠(か)となし窟(くつ)となす。

             大用は現前、軌則(きそく)を存せず。

             しばらく向上のことあるを知らしめんことをはかるも、

             蓋天蓋地(がいてんがいち)。また模索不著(もさくふちゃく)。

             恁麼(いんも)も また得たり。不恁麼(ふいんも)もまた得たり。

             太簾繊生(たいれんせんしょう)什麼また得ず、不恁麼もまた得ず。

             太孤危生(たいこきしょう)二途にわたらずして 

             いかなるか これ是(ぜ)なるぞ。

             請う 試みに挙す看よ。

【本則】馬祖山の院主がなした 道一老師への病気見舞い・・現代風に解訳します。

老病の馬老師を見舞った禅院の主「近頃のご容態は如何ですか・・コロナ騒ぎで、参拝の人も少なく(拝観料が激減して経営難です)早くお元気になられて、説法、揮毫などヨロシクお願いいたします」

馬老師「人の寿命は日面佛(寿命千八百歳)、月面佛(寿命一日一夜)だ。たかがコロナ位で大騒ぎには及ばない。裏の大根畑の水やり(作務・仕事)を手抜きするなよ・・

(タクワン漬さえあれば、お粥で充分。喰う(空)には困らない)

   【本則】挙す。馬大師不安。

       院主問う「和尚 近日 尊候(そんこう)如何(いかん)」と。

       大師云く「日面佛 月面佛」

    *時代は唐 玄宗皇帝(楊貴妃)~徳宗皇帝の頃 *不安・・病気の意 

    *仏説仏名経(彼月面佛 寿命一日一夜~彼日面佛 寿命満足千八百歳~第七巻)

【頌】カゲロウは一日数時間の寿命。屋久島の縄文杉は樹齢2700年~の寿命。でも、イッタイ何を基準に長短を測るのか。アンタに云うのもなんだが、私(雪賓重顯)は、二十年以上修行の辛酸をなめてシンドイ思いをした。

注意しておくが「あると思うな 親と金。ないと思うな 運と災難」

・・時は人を待たずに移り行くゾ・・ナモシ・・ソコのお方・・!

   【頌】日面佛月面佛。五帝三皇これ何物ぞ。

      二十年来 かって苦辛(くしん)し、

      君がために幾たびか蒼龍窟(そうりゅうくつ)に下(くだ)りぬ。

      屈(くつ)。のぶるに堪えり。

      明眼(みょうがん)の衲僧(のうそう)も軽忽(けいこつ)なること勿(なか)れ。

【附記】馬祖道一は、南嶽懐譲の弟子。百丈懐海の師。若き百丈を同行しての葬儀の帰り、夕暮れ道で野鴨が飛び立って、馬祖から、今のはナンダ・と問われ、鴨が飛んでいきました・・と答えたトタン、鼻をもげるほどにひねりあげられ、悲痛な声で悲鳴を上げる百丈に「飛び立ってはおらぬ。チャントいるではないか」と叱咤されて省悟した問答が語録にある。悟りは坐禅したからといって出来るものではない。時代は・・白楽天長恨歌」で知られる・・唐 武帝(蜀の楊太眞=楊貴妃)の文化爛熟した頃である。

年明け 最初の奉魯愚です・・碧巌の歩きNO4

【禅者の一語】碧巌の歩記(あるき)NO4

     碧巌録 第四則 徳山到潙山(とくさん いさんにいたる)

              徳山挟複問答(とくさん きょうそくもんどう)

【垂示】圓悟が座下の求道者に垂示した。

禅ニヨル生活には、大きく把住・放行の二つの道がある。

把住・・至道は青天白日、天地・東西南北なく、平等一如の空ソノモノ。

あるいは、放行・・TPOに応じて、臨機応変、応病与薬の活作用。衆生済度の行を為すのを由(よし)とするか・・この話(事例)を看よ。

 【垂示】垂示に云く                          

  青天白日には さらに東を指し、西を劃(かく)すべからず       

  時節因縁には、また すべからく病に応じて薬を興(あと)うべし。      

  しばらく道(い)え、放行するが好(よ)きか。         

  把定(はじょう)するが好きか。試みに挙す看よ。

【本則】サア、ここに徳山宣鑑(とくさんせんかん780~865 禅機の人 30才頃)と、大潙山に禅居する霊裕(いさんれいゆう771~853 面壁達磨の如き人 40才頃)の、まるで大虎が潙山の大岩に攀じ登って吠えたような・・話がある。

かねて周金剛(経の解説)で名をはせた蜀(四川省)の徳山は、南方に直指人心(じきしにんしん)不立文字(ふりゅうもじ)という「禅」が盛んと聞いて、禅魔(子・ぜんます)を懲らしめてやろうと、遠く行脚して潙山を尋ねた。

長旅で背負う風呂敷包みを小脇にかかえ、まだ新しい禅院の廊下を東から西へ、西から東へ「何にもない。何事もないぞ」と嘯(うそぶ)いて見回った。

【これに雪賓(重顯)が・・取り調べは終わったぞ・・と横やりの一語】

徳山、そのまま門まで引き返した。

が・・「イヤ・・アンナ慌てぶりでは、そそっかしい手落ちがある。もっと丁寧にすべきだった」と、再度、山に取って返した。そしてチャント挨拶の作法どうり、礼儀を整え、霊裕老師に相見した。老師は席に構えている。徳山は、坐具を手にしてヒトコト「和尚」と呼んだ。

霊裕老師は傍らの払子(ほっす・馬の毛で出来た蚊を払う道具)を取ろうとした瞬間、徳山は「カァーツ」雷喝一声・・して・・トットと後をも見ずに出て行った。

【これに雪賓、また、見抜いたぞ・・と着語した】

徳山は草履をはき旅姿にもどって山を去った。

その晩のこと。霊裕老師が首座に向かって「あの新参者は何処にいるのか」と問うと首座「あいつは草履をはいて出て行ってしまいました」と答えた。

すると霊裕老師「彼は実に乱暴者だ。将来、えらくなるにしても、孤峯山頂(高く深い山奥)で釈迦や達磨を罵(ののし)るような波乱の禅風を興(おこ)すであろう」と述べた。

【これに雪賓・・雪の上に霜を加える・・と、さらに着語した】

  【本則】挙す。徳山、潙山に到って、複子(ふくす)を挟(さしはさ)んで   

    法堂上(はっとうじょう)において東より西にすぎ、西より東にすぎ、   

    顧視(こし)して「無・無」といって すなわち出(い)ず。

【雪賓著語(せっちょう じゃくご)して云く 勘破(かんぱ)し了(おわれ)り】

    徳山 門首にかえって云く「また草草(そうそう)なることを得ず」と。  

    すなわち威儀(いぎ)を具(そな)え、再び入って相見(そうけん)す。

    潙山 坐るについで、徳山 坐具を提起して云く「和尚」・・       

    潙山 拂子(ほっす)をとらんと擬(ぎ)せしに           

    徳山 すなわち喝して拂袖(ほっしゅう)して出(い)でたり。      

 【雪賓、著語して云く 勘破 了】                    

    徳山 法堂を背卻(はいきゃく)して草鞋(そうあい)をつけ すなわち行く。

    潙山 晩に至って首座(しゅそ)に問う。             

     「適来(てきらい)の新到(しんとう)いずれの處にかある」      

    首座云く「當時(そのかみ)法堂を背卻して草鞋をつけて出で去れり」

    潙山云く「此の子 以後 孤峯頂上(こほう ちょうじょう)に向かって  

         草庵を盤結(はんけつ)して、

         佛を呵(か)し、祖を罵(ののし)りさることあらん。

  【雪賓 著語して云く 雪上に霜を加えたり】

【頌】一度 検査したうえに二度目の調査・・さらに雪に霜を加えて、よくぞ潙山の罠を脱して、命を長らえたぞ。危なかったナア。

昔、漢の飛騎将軍(李康)が、匈奴に捉えられ捕虜になって、危うく逃れられたが、まったく九死に一生を得た出来事だった。

こうしたことは、余程の覚悟がなければ切り抜けられるものではない。だが今や、すでに孤峯山頂に潜み隠れているから、探し出そうにも見つけるのは難しい。山から逃げおおせた大虎。これからメッタなことでは吠えないだろうテ。咄(吹き飛ばす意)

(吠える一喝の禅は気短な臨済に譲って・・徳山は黙って棒でぶん殴る禅に切り替えたそう・・ナ)

    【頌】ひとたび勘破(かんぱ)し 再び勘破したるは雪上に霜を加え、   

      かって顯堕(けんだ)したるなり。                 

      飛騎(ひき)将軍 虜庭(りょてい)に入るも

      再び完全を得る よく幾個なるぞ

      急に走過(そうか)して放過(ほうか)せず、            

      孤峯山頂 草裏(そうり)に坐せり。 咄(とっ)。

【附記】潙山霊祐は百条懐海の弟子。司馬頭陀(しばずだ)に見込まれて大潙山の禅院開創の任をはたした禅者です。穏健で行事綿密な禅ニヨル生活の実践者でした。私のイメージは、山奥 潙山の大岩に、太虎(徳山)がよじ登つて咆哮する姿です。

雪賓の着語・・いったい何を看破(見抜いた)のか・・?

また徳山は、この旅の途中、禮州路の茶店で点心(昼飯)を取ろうとして、茶店の婆さんに金剛経の一節(過去・現在・未来心 得るべからず)で トッチメラレて、近くの龍の潜む淵・・龍潭崇信(りゅうたんすうしん・禅の師)の暗闇説示・・突然、手燭(あかり)を吹き消され、真っ暗闇になって省悟。経文は薬の効能書きに過ぎない・・太陽直下のロウソクだ・・と、金剛経を焼却する話が無門関第二十八則にある。

昔の禅者は独り行脚で、求道していた様子が偲ばれる一則です。

碧巌の歩記(あるき)NO5 ◆鉄鉢(てっぱつ)の中へも霰(あられ)・・山頭火

【禅者の一語】 

     碧巌録 第五則 雪峰盡大地(せっぽう じんだいち)

                     雪峰粟粒(せっぽう ぞくりゅう)

【垂示】圓悟が求道者に垂示した。

時代を指導し薫陶する人は、英俊麗妙でなければならぬ。

キョロキョロ、アチコチ周囲ばかりを慮(おもんばか)っての輩には務まらない。*宗教・・根本を認知、体得した教えにより人を感化させること・・の意。

状況に応じ、即座に大悟徹底させうる活殺自在であり、また実態や現象など有事に拘泥せず、空観に拘泥せず、まったく円融無碍(えんゆうむげ)の禅者であらねばならない。

だが初心者を指導せねばならない時、最初から文字言句を捨てて行うことは、かえって求道者を迷わせ、無関心を装うことにもなろう。

ワシ(圓悟)とて過日は説法、今日も引導と、実に罪科(つみとが)の多い事ばかりしている。しかし、この大衆の中に、即今見性して禅機・禅境(地)に成る者があるとするなら、舌を斬られ、眉毛が無くなることも厭(いと)わない。

もし聴いている お前たちに明眼の士なくば わが説法は大毒。

まるで虎口に身を横たえたようで、助かる術はない。

ここに 達道の禅者 雪峰義存の一語があるから話してやろう。

       【垂示】大凡(おおよそ)宗教を扶竪(ふじゅ)せんには、

           人を殺すに眼(まなこ)を眨(きっ)ざるていの手却ありて、

           まさに立地に成佛すべし。

           ゆえに照用(しょうゆう)同時、

           卷舒(けんじょ)斎(ひと)しく唱え理事不二、權實並らべ行なう。

           一着(いちじゃく)を放過(ほうか)して、

           第二義門を建立(こんりゅう)し直下(じきげ)に葛藤を裁断すれば

           後学初機は湊伯(そうはく)しがたからん。

           昨日、恁麼(いんも)なりしは 事やむをえざりしなり。

           今日もまた恁麼、罪過(ざいか)彌天(みてん)なり。

           もし是れ明眼(みょうげん)の漢ならば、

           一點(いってん)も他を謾(あなど)ることを得ず。

           それ或いは未だ然らずんば 虎口裏(ここうり)に身を横たえ

           喪心失命(そうしんしつみょう)を免(まぬが)れず。

           試みに挙す看よ。

【本則】支那、福州の雪峰義存は 座下の求道者に垂示した。(現代風に意訳します)

この140億光年に広がる宇宙は、電子や量子より小さい一点から、膨張したものだと言われている。

満天の星屑を眺めていても、それが指の先で摘まみあげられるほどのものなのに、アタマ・デッカチには理解できない真っ黒けのケだ。さあ、TVやPCでお互い知らせ合うなり、望遠鏡で探すなりして、身の程に合った宇宙とやらを探し出してみせて看よ。

             【本則】挙す。雪峰 衆に示して云く。

                 盡大地は撮(さっ)し来たるに 

                 粟米粒(ぞくべいりゅう)の大きさのごとし。

                 面前に抛向(ほうこう)するも、漆桶不會(しっつう ふえ)。

                 鼓(く)を打って普請(ふしん)して看よ。 

【頌】地獄の獄率、牛頭、馬頭たちは、とっくの昔、姿をくらまし

曹溪慧能(そうけいえのう)の頓悟禅には、明鏡また台に非ず・いずれにか塵埃を惹(ひ)かん・・とある。

まったく宇宙の根源は、塵ヒトツ見当たらないことになってしまった。宇宙の果ても、地獄の果ても 如何なる電磁的遠眼鏡を発明しても見極めのつかない 名もなき「∞」である。思考の限りをつくしても、宇宙(禅)は解明できない。たとえ・・大発見できなくとも、それはそれとして、春の来たるに及んで、百花、誰のために競い開くのか・・?

・・このWHY?に 答えてみよ。

          【頌】牛頭(ごづ)は没し、馬頭(めづ)は囘(かえ)る。

             曹溪(そうけい)の鏡裏(きょうり)に塵埃(じんあい)を絶したり。

             皷(く)を打って看せしめきたるも、君には見えざらん。

             百花の春に至りて、花開くは誰が為にぞ。 

【附記】あえて千年前の公案と禅者の教導を紹介するのは、禅は独り一人にあり、それぞれが自覚して、それを生活の中、仕事や暮らしに行じていく・・つまり「禅ニヨル生活」をすることに尽きるからです。まして、どの公案でもよい・・自分が「WHY?」と関心を持った禅者の一語(悟)を、自分なりに突き詰めて行けばよいだけで、坐禅すら役立たずの、独りポッチの自己追及です。

雪峰義存(822~908)は三たび投子山(とうしざん)の大同に・・九たび洞山の良价に参じて、飯炊き(典座・てんぞ)役の奉仕をして禅境(地)を深めた大器晩成の禅者です。彼の道友に、巌頭全豁(がんとうぜんかつ)と欽山文邃(きんざんぶんすい)の三人が伴侶として行脚しています。

私の好きな話の一つ・・師の徳山宣鑑(とくさんせんかん)が遷化した後、巌頭と雪峰の二人が湖南禮州の鼇山鎮(ごうざんちん)で、大雪で立ち往生して民家の納屋で数日、雪の晴れるのを待っている時、巌頭の一語に雪峰が大悟徹底した鼇山成道(ごうざんじょうどう)があります。

まだ未徹底だった雪峰、寝る間も惜しんで坐禅三昧の傍(かたわ)らに、寝るほどの楽はなかりけりの巌頭。たまりかねて雪峰が安心(さとり)について問いかけ、自分の苦心談を語ります。話が終わる前に、巌頭は、ピシりと無門関の冒頭、無門慧開(むもんえかい)の序の一節「門より入るものは是れ家珍にあらず」と喝します。

他から学得した一切のものは、他人の宝物。借り物は捨て去り、直に本来の自身の流露する・・これを吐き出せ・・と。

機は熟して雪峰 忽然(こつぜん)と大悟した。

山頭火の詩を添付しておきます。

◆ひとりひっそり竹の子竹になる・・山頭火(1882~1940)

 

 

 

この禅語・・誰もが知っていて、全員、間違って解釈しています!

【禅者の一語】碧巌の歩記(あるき)NO6 

    碧巌録 第六則 雲門日日好日(うんもん にちにち こうにち)

【垂示】ありません。

【本則】(ある年・ある月)15日の朝どきに、座下の求道者たちに「禅ニヨル生活」を垂語した雲門文偃(うんもんぶんえん 852?~949・・無門関第二十一則 雲門乾屎橛・・ナント禅はクソカキベラ=トイレ紙だと喝破して禅への妄想を洗い流した・・雪峰義存の弟子・雲門宗開祖)

過ぎ去った事や、来るとも知れない未来への想いを、アレコレ問わない。

本日・・今のイマ・・

空前絶後の一句を意見して見せよ」

誰ひとり発言スル者なし。

雲門みずから、かわって云った。

日日是好日」(ニチニチ是レコウニチ)

                【本則】挙す。雲門 垂語して云く

                    十五日已(い)前は 汝に問わず。

                    十五日已後は 一句を道将(どうしょう)し来れ。

                    (自ら代わって云く)

                    日日是れ好日

【頌】絶対を離れ 相対に下って、この宇宙に比較、比肩すべきものはない・・禅者の一語である。

おもむろに深山に聞こえる溪声を踏み分けて歩を進めれば・・

いま実を啄ばんで飛び去った鳥の姿も、ほしいままに映し出せよう。

草は勢いよく茂り、雲は低く垂れこめて区別のつかぬ天地一昧だ。

釈尊の十六弟子中、解空第一といわれる須菩提(すぼだい)尊者の宴坐した岩屋の周辺には梵天帝釈天)が賛美した花ビラが舞い散っている。

この空生の虚空神。空見+外道=ドッチ・コッチの二人連れ・・指をパチンと鳴らして厳しく警醒せしめよ。虚空神(舜若多・シュンニャタ)と須菩提(スボダイ・空生)よ。

この場から逃げ出すなよ。

動いたら三十棒を喰らわすぞ。

【頌】一を去却(こきゃく)し 七を拈得(ねんとく)して、

   上下四維(しゆい)に等匹(とうひつ)なし。

   徐(おもむろ)に行(ゆい)て踏断(とうだん)す流水の声。

   ほしいままにみて写し出す飛禽(ひきん)の跡。

   草 茸茸(じょうじょう)煙 冪冪(べきべき)

   空生巌畔花狼藉(くうしょうがんぱん はなろうぜき)

   弾指(だんし)して悲しむに堪えたり 舜若多(しゅんにゃた)

   動著(どうじゃく)することなかれ。

   動著すれば三十棒。

 

【附記】徐行踏断流水声(おもむろに さいだんす りゅうすいのこえ)

縦観写出飛禽跡(ほしいままにみて うつしいだす ひきんのあと)

この七言二句の禅者の一語は・・臨済宗 見性の求道者に対しての師家による点検の句。この二句が納得できずして「日日是好日」は語れません。

坐禅させるものの働きを知れ(故・鈴木大拙翁/禅者・佛教学者)

「悟り・解脱」に「坐禅」は必要か?

今迄【役たたずの坐禅】は、悟り(解脱)への道程に必要な出来事と言ったり書いたりしてきました。

数息のイス坐禅が出来るようになって、無門関や碧巌録の話の一つも、何を言っているのかな・・どうして噛み合わぬ問答なのか・・何故だろう?・・と思い至れることになったら、独り坐禅を捨て果ててください。役立たず(無功徳・ムクドク)とばかりに、捨て去り、忘れ去るのが最も大事なこととなります。

 

無門関 無門慧開の序(冒頭)にある「門より入るものは是れ家珍にあらず」・・「なんぞ言句に滞(とどこお)って解會(げえ)をもとむる・・をや」人間の五感(見る、聞く、觸る、嗅ぐ、味わう)から認識できるものは、本当に(価値ある)宝とするものではない。

街中で薪を売って母を養っていた恵能(638~713)が、思い至って五祖法演の寺に入り、山猿と罵(ののしら)れながら、米つきをしていた時に「菩提もと樹にあらず、本来、無一物」と喝破したのは、決して、坐禅したから悟り得たことではありません。

むしろ、臨済義玄臨済宗開祖?~867)の出た頃までは、坐禅は瓦を磨いて鏡となすような・・愚かな出来事として・・南嶽懐譲(677~744)とその弟子、馬祖道一との磨甎(ません)問答・・のごとく、必要条件ではアリマセンでした。

鈴木大拙翁は、上田閑照・木村静雄との対談「臨済録」を語る・・の「生活の中の坐禅」で「坐禅のはたらきというより、坐禅をさせるもののはたらきだ。そいつを見にゃいかんとわしはいうんだ。 坐禅にとらえられると坐禅の中にいろんな妙な境涯を見ることになる。坐禅を主にする人は、その中から起こる境地を本物だと思う。心理学者や精神分析の人が好むところだ。そいつがいけないんだ(中略)鈴木大拙座談集第5巻 発行読売新聞社・・のように言葉(文字)に囚われて、三昧の境地を禅の境地と思い込みます。

これに警告しておられます。

先日、足かけ50年近く京都で水墨・日本画の京表具をしている方とお話しする機会がありました。

お話の隅々に、タガが職人・サレド職人の、表具師の気骨と正直な「三昧な仕事と生活態度」が感じ取れて、爽やかな想いでした。書画の表装という表に出ない裏方仕事・・一心不乱、無我夢中の仕事に埋没して、我を忘れるのを三昧(ザンマイ)といいます。

この三昧境地は坐禅や瞑想から得られるものとは限りません。

これを禅の境地だと思い込む・・あるいは求道者に、それがサトリへの道筋だとか、精神安定の効用があるのだ・・とか、教導することが、かえって、純禅(解脱)を妨げることになるのです。本やお経や修行・坐禅(瞑想)の教導などに、まるで蜘蛛の糸に囚われてしまうようになるのが、一番、なってはならないことです。

 

ドダイ、悟りといい、頓悟・見性といい、大覚・成道と言い、解脱と道い、用語はいろいろありますが、三昧境地を含めて、すべて・・ソンナ境地は「禅による生活」の境地ではアリマセン。

前に書きましたが、自覚(大悟)したという自覚があるとすれば、それは・・まだ自覚していない・・下らぬナマザトリの証拠です。

チョウド ドコカノ国の政治家が、遺憾に堪えません!とか、反省します!とか・・口で言う内は、叱られた子供のアヤマリ同様、反省していないことなのです。

酒のみ運転で捕まった者が、私は酔っていない、正気です・・と主張するようなものです。

蕎麦屋の釜の中です(湯・ユウばかり)

 

誰からも何の教導も受けず「独り坐禅」は役立たずで行い、自然な数息が出来るようになったら、そんな坐禅すらも忘れて・・禅語録(無門関・碧巌録)の、引っ掛かりのできた1則の【WHY?】に向き合うことです。自分の、何処からか湧き上がってくる【どうして?】だろう・・の、解決のつかぬ思いが、数息坐禅と入れ替わってくれるのです。

どうやら・・そのあたりから、自分の独りポッチの立ち位置(坐り位置・行住坐臥)がボンヤリ見えてきましょう。

世界的なコロナ騒ぎが、政治や社会的な変革の機となりました。この事件は従来の禅にとって滅びの一撃となりましょう。跡には観光・拝観禅つまり寺僧の生業(ナリワイ)禅や効用効果を求める心理坐禅が細々と営業を続けることでしょう。

逆に云えば、純禅にとって、願ってもない告知・認知のチャンスです。

極点を目指すためには、磁石・・この場合は、自分のココロの中の【WHY?】です。そして、歩き(生活行動)です。

達磨の坐禅は、役立たず(無功徳)WHY?です。

目的地は、廓然無聖カラリとした青空)です。

 

 

 

独り坐禅は何時まで続ければ良いのでしょうか?

三分間独りイス坐禅の入門と卒業・・

10年有余の間・・禅は宗教ではない。まず、組織や集団や仲間(二人)以上で、坐禅・修行をしても、悟り(解脱・見性、大覚)は得られないことは、千年昔の碧巌録や無門関を読めば明らかです。

この役立たないタッタ3分間、数息18回(6回×3回繰り返し)で充分。椅子に坐ってでも寝ながらでも・・こだわりなく出来るようになってください。次に、折々に、碧巌録(意訳中)を、どのページからでも読んで、思わず「なぜ・・WHY?」と、引っかかった禅者の修行話を、3分間独り坐禅のテーマにして、繰り返し思い起こして坐禅してください。だんだん役立たず(無功徳・嘸功用 ムクドク・ムクヨウ)の意味が、納得されてきたら、無門関(意訳中)に移りましょう。

素玄居士の提唱中の偈を深く、うなづけるようにならなくてはなりません・・

(禅語録を提唱する禅者は、その大覚したことを その公案ごと、意見できなくてはなりません)・・ここまでです。これまでです。

アナタは・・禅語録などの本に頼り、坐禅の仲間や師の教導に頼り、役立たずだと明言している、この奉魯愚に頼り・・ナントナク、ワカッタ(解った/判った/分かった/別った)ような・・気になり・・思いに囚われているのです。

つまり達磨の道う「無功徳」役立たず・・の坐禅(純禅)から、一歩も抜け出せずにいるのです。

純禅には、進歩も退歩もありません。本来、自分の中にある、無依(無位)の真人(臨済義玄)を発見すること・・に尽きるだけです。・・から、今一度、碧巌録を読んでください。

◆オヤッ・ナンダ・・どうしてだ・・求道者の言動は?

禅語録に登場する求道者たちで、坐禅の最中に悟った者は、一人もいないことに気づかれるでしょう。

ある者は梅の香りで・・ある者は掃除の最中に・・ある者は指をチョン切られて・・ある者は、行灯を吹き消されて・・ある者は、振り落とされそうになった馬の首にしがみついて・・ある禅者は、自分の腕、臂(ひじ)が、逆に曲がらないことに気づいて・・釈尊ですら、胡麻一粒の難行苦行の末、スジャータの乳に助けられ、身心共に、コンデションを整えられて、菩提樹下、坐禅をされたそうですが、大覚(解脱・見性)されたのは、坐禅の最中ではなく、坐禅の坐を立とうとされて、明け方の明星・・金星の輝きが、瞳に飛び込んできた瞬間でした。

釈尊は「不思議だ・・総てのモノ(山河草木)が、悟りに輝いている」・・と叫ばれたそうです。

◆次からは「役立たず(無功徳)」すら 忘れ果てての坐禅です。

最近、コロナ自粛のおかげで、外縁に振り回されていたスマホ幽霊のような若者たちの正気が、少し戻って来たようです。

私は、まず役立たずの「坐禅」=調心を身に着ける・・癖を持つ事。これなら、日常生活で、その癖が忘れられる・・のは、比較的、たやすいことになる・・と思います。

千数百年前、達磨西来から数えて六代目、慧能大鑑(638~713)は、街角に薪を売って母を養う、文字すら読めぬ山猿でした。

寺に入って、年がら年中、米つきバッタの生活の中で「本来無一物」を発見したのです。

この坐禅してからでなけりゃ悟れないと云うのじゃないんだ・・の発言は、世界に禅を知らしめた仏教学者・禅者 鈴木大拙鈴木大拙座談集 第5巻「臨済録を語る」上田閑照/木村静雄との対談項「生活の中の坐禅」編集 古田紹欽(財法)松ヶ岡文庫/発行 読売新聞社・・に詳しい。

◆この坐禅すら忘れ果てて生活する(大地に)・・それが「禅ニヨル生活」の発芽です。

この時から、碧巌録や無門関ですら無功徳となり、坐禅三昧ですら、役立たずとなります。

宗教、寺僧との親離れ子離れをしないと、世界の禅は絶滅します。

この坐禅からの卒業については、今少し、掘り下げて解説します。

有(会)難とうございました。

 

 

 

 

 

 

 

あやまちを改めざる・・これを・・

【禅者の一語】碧巌の歩記(あるき)NO7 

◆過(あやま)ちを改めざる・・これを過ちという(論語 衛霊公)

                                        碧巌録 第七則 慧超 問佛(えちょう もんぶつ)

【垂示】圓悟が座下の求道者に云った。

それぞれ人の生きるべき道はそれぞれにある。それを文言、哲学をもって表示しようとしても、叶うわけが無く、他人に伝授はできない。

本来の面目といい、無位の眞人といい、個人の自覚なくしては猫に小判、価値などあろうはずがない。

たとえ多少の自覚が芽生えたにしても、たちまち迷妄の嵐にまきこまれて、カラスのカア、雀のチュンにも及ばぬナマザトリだ。

天にも地にも、ただ独り、大笑いできる奴だけが少しはZENを会得したと道(い)えるのだ。

否、それとても悪臭無限。

では・・なすこと、やる事・・自由自在、融通無(ゆうずうむげ)の禅者にはどうしたらなれるのだろうか?儂(圓悟)の云うことがわかったか・・と尋ねても、求道者一同、沈黙状況。せっかく、うまい水を飲ませてやろうと、水飲み場に連れて来たのに、鈍馬は飲もうとせぬ。

それはそれとして、ここに雪賓が提起した公案。ひと齧(かじ)りしてみるがよい。

   【垂示】垂示に云く、聲前の一句は千聖も不伝なり。

       いまだ曾って親覲(しんごん)せざれば、大千を隔つが如し。

       たとえ聲前に向かって辨得(べんとく)し、天下の人の舌頭を截断(せつだん)するも、

       またこれ性懆(しょうそう)の漢にあらず。

       ゆえに道う。天も覆うことあたわず、地も載(の)すること能わず、

       虚空(こくう)も容(い)るること能わず、日月も照らすこと能わず

       無佛の處に独り尊(そん)と称して、はじめて些子(さし)にあたれりと。

       それ或いは いまだ然らずんば一毫頭上(いちごうとうじょう)に於いて 

       透得(とうとく)して大光明を放ち、七縦(じゅう)八横(おう)、

       法に於いて自在自由、手にまかせて拈じ来って不是あることなし。

       しばらく道え、この何を得てか、かくの如く奇特なる。(また云く)

       大衆 會(え)すや。従前の汗馬(かんば)人の識(し)るなし。

       ただ重く蓋代(がいだい)の功を論ぜんことを要す。

       即今のことは しばらく致(お)く。

       雪賓(せっちょう)の公案 また作麼生(そもさん)

       下文を看取(かんしゅ)せよ。

【本則】挙す。僧、法眼に問う。

私は慧超(えちょう)という者ですが、ご老師に少しご教示にあずかりたいことがあります。

「禅(佛)とは何でしょうか?」

法眼云く「お前は慧超だったナア」

           【本則】挙す。

               僧 法眼(ほうがん)に問う。

               慧超(えちょう)、和尚に咨(はか)る。

               「如何なるか これ佛」

                法眼云く「汝は これ慧超」

【頌】江南地方に吹き渡る春風は、花を散らすほどではない。

その花の影で、鷓鴣(しゃこ)が啼いている。

法眼文益は、確かな禅者だ。

龍門を昇り尽くした金鱗(きんりん)だ。

憐れむべし、慧超。

龍を生け捕りにしたくて、池の水を掻い出している愚か者だ。

       【頌】江国の春風は吹けども たかまらず、

          鷓鴣(しゃこ)啼(な)いて 深花(しんか)のうちにあり。

          三級の浪(なみ)は高くして 魚(うお)龍と化す。

          痴人なお戽(く)む夜搪(やとう)の水。

【附記】法眼文益(ほうげん ぶんえき・清涼文益 885?~958?)法眼宗 開祖。

慧超(えちょう本名 策眞さくしん 906?~979?法眼の弟子)・・この第7則の問答は、まだ正式に法眼の弟子にならない小僧時代の逸話である。

 

禅とはナニか?

禅者の一語

禅とは何か?

坐禅とは何か?  

禅とは、達磨(ダルマ)の無功徳(ムクドク/役立たず)・・を体験・自覚する事です。

それを「禅ニヨル生活」といいます。

坐禅とは、独り・・(3分間約18回の数息呼吸の間)姿勢を正し、眼を半眼にして椅子に坐っていることです。

これを寂寥の「独 接心」(ドク セッシン)といいます。

・・ただ それだけです。

道元禅師は「眼横鼻直」と答え、臨済禅師は「乾屎橛」(トイレ紙)と答え、世尊は黙して「拈華」し、微笑した摩訶迦葉に付嘱された「何か?」の・・答えは、問いを発した貴方の・・問いを発した中にこそ、真に貴方の納得できる答えがあります。

何のことは無い・・独り一人にある「禅」は・・自分が自分に問わなければ・・釈尊に祈っても、寺僧に問いかけても、万巻の書を読了しても、絶対に答えは理解できません・・

つまり・・思考を思考することができない欠陥頭脳の人間が、自分一人で坐禅をする中でしか、自覚・発見できないことなのです。

 

禅を世界に広めた禅者(仏教学者)鈴木大拙翁は、禅(ZEN)に入門したければ、自分で机の端を、ノック(コンコンと叩いて)そこから入門しなさい!と言っています。

 般若心経の初句に・・行深般若波羅密多時・・とあります。

何か、エタイの知れない般若ハラミッタを深く行ずる時・・という・・前提条件があるうえで「色即是空」と書かれています。要は、独り坐禅をすることが前提で、釈尊や面壁達磨の・・あるいは、四条大橋の人通りを深山木に見立てて、乞食坊主の独り坐禅があり、不生不滅が・・あるのです。

しかも、この空/無の、自覚・体験を「悟り」と云うのですが、煩悩無尽誓願断(四弘誓願)と、何万遍、唱え祈ろうと・・煩悩即菩提の「禅」は、断ち切れるようなものではありません。

せっかく、東洋、日本に禅を尋ねてやってくる求道の人たちに、この電磁的通信手段で、禅の真実をお知らせする次第です。

 

古に純禅に生きた禅者の面影を追い求めた處で、アナタは、心からの安心は得られないでしょう。

科学的な、対比思考する哲学の西洋文化とスペル文字は、漢字で言う「如」や「心無心」の意味を表記できず、理解できない宿命にあります。まして女性は三界に住することが出来ないとする、仏陀のイマシメ(例え)ですら、人権侵害だと糾弾されることでしょう。本当は・・女性は、母性・慈愛(慈悲)溢れるゆえに、煩悩を消し難たい(捨てがたいのでなく)・・だからナカナカ悟れない・・の意味なのです

禅は、欣求したり、祈願したりする宗教ではありません。

長い禅の歴史では、寺僧の揺籃を得なければ、伝燈できないことも多々ありました。しかし、現代・・この日本の禅は

寺僧の接ぎ木や温室栽培のおかげで、絶滅危惧種どころか・・絶滅種となりました。

どこの禅寺でも、観光(料)禅と言うべき、寺僧の生活・商売=生業(ナリワイ)に堕落しました。拝観料と称した1カ月の売上げが何百万円とか・・また、例えば、良寛の・・たむし薬や、白紙の紙ほしさに揮毫した禅境書画が、何百万円で取引される、あさましい資本主義の有様です。

いま残された「純禅」の道は、仲間・組織や金銭に絡まない・・

本当に「独りポッチ」の無価値な坐禅を、誰か一人でもよい・・続けてくれることです。

悟りや安心を期待しない、無功徳・役立たずの坐禅を、例え3分間でも椅子に坐って行ってくれる人がいれば・・と願っています。

その思いで無門関・碧巌録の意訳を電磁的に空中散布しています。

はてなブログ 禅者の一語・・碧巌録 意訳中

はてなブログ 禅のパスポート・・無門関 素玄居士提唱 復刻解訳中

はてなブログ 羅漢と真珠・・独り3分間イス坐禅の仕方、禅の心禅の話

                          有(会)難うございました。

◆辞めるな首相・・やっぱりか編

 特別編  2020-9-2

  ◆辞めるな! 安倍首相!・・やっぱりか・・編

辞める決断なら、いつでも出来る。医者を国会に侍らせてでも、再度、宰相の座にあるのだから、誠実に・・マコトの字は「言ったことを成しとげる」の意・・憲法改正ぐらい、国会で眼鼻をつけて辞めれば・・と意見したのですが・・ボクシングのタイトルホルダーなみの、ただの人でした。政治と言う魑魅魍魎(ちみもうりょう)の迷界には関与すまい。

選挙でこれは!!と思える人を投票します。

確か、円覚寺の釈宗演老師の座右銘に「ミダリニ過去を思わず、遠く将来を慮(おもんばか)れ」妄不想過去・而遠慮将来・・とあります。

次項・・碧巌の歩記(あるき)を続けます。

        以上・・碧巌の散策を続けます。  有(会)難とうございました。

辞めるな!安倍首相!

元服の書 NO49 特別編  2020-8-29

   ◆辞めるな! 安倍首相!

本日、心臓のカテーテル、ステント入れの手術から、無事生還してみると、安倍首相の辞任表明で、マスコミは大賑わい。

去る2月頃、コロナ騒ぎ勃発に、ゼネストの如き自宅自粛を打ち出した安倍首相を批判した奉魯愚を書きました。

政治と云うのは魔物(利権)の跋扈(ばっこ)徘徊するTPOだと言うしかないようです。

ボクシングの世界タイトル・・7年有余のチャンピオンなら、褒め称えられもしましょうが・・いっぱしの評論家やTVマスコミ(新聞までも)公約の、何一つ実績を作らなかった首相を、ご苦労さんと送り出すのは、国政・国民の恥であろうと考えます。

安倍総理には、総理官邸あて・・本日、速達で、こうした旨の手紙を出しました。

辞職の政局が動くまでに、30日(日曜日)31日(月曜日)の2日間しかありません。

私は、この奉魯愚でしかアピールする方法をしりません。スマホもありません。

どうぞ・・この奉魯愚を読まれた方がた・・拝啓・安倍首相さま・・を知人友人の方々に広げて、ナンとか、こうした思い・・憲法改正を国会で決議するまで、辞めないで、責任を全うしてもらいたいこと・・伝えてもらいたい・・とお願いする次第です。

 

拝啓・・安倍首相さま・・

総理を辞めさえすれば、それで済むような無責任なことでは、何のために再度の首相になられたのか・・せめて公約の憲法改正の眼鼻をつけてから、病気辞任を表明してほしいと思います。

後は「ナルヨウニナル・・シンパイスルナ」一休宗純 遺言の通りでしょう。

とりわけ、自衛隊のあり方や地方自治(コロナ対応)など、非常時(予想時も)の国内問題に、責任が持てる国内・自治の仕組みに、ザックリと憲法及び地方自治法の改正を、国会で採決してから辞めていただきたいのです。

憲法改正など、大方の審議がすみ、後は国会の多数決(それが強行採決であろうと)で、国民審判を仰げる千歳一隅のチャンスです。

中国やロシアや北朝鮮が、ほくそ笑むような総理の病気退陣にしてはなりません。

どうせ北方4島や、尖閣竹島など、領土問題と拉致は、望みたくない戦争でもしなければ・・その受けて立つ戦争で勝たなければ戻ってくることがない・・永久課題です。

安倍首相にだけ責任を押し付けてはならない問題です。

憲法改正が・・仮に国民投票で3分の2を取れず否決されても・・私には、可決されこそすれ否決の理由がワカリマセンが・・国際社会に住む一員として、義務と責任を持とうとしない愚かな日本になったな・・と思う話でしょう。

また、是を国際社会に常時、アピールするために、放送法を改正して、NHKを国営(税)放送に改め、約6千億円の国民負担を軽減してもらいたいと思います。NHKなど見もしないTVをおいている家庭で年間1万2千円・・支払う莫迦らしさ・・まして2万人ほどの職員給与の平均が、国会議員と同列・・それ以上とか・・庶民からすれば、いい加減にせよ・・ですよ。

それにリーマンショック以上の、国際的な不況です。首相が昨暮、予告したように、消費税をゼロにリセツトして辞職してもらいたい・・のです。(どうやら政界、財界、マスコミなど、こぞって黙秘です)放送法の改正を反対するのは(利権をめぐる)議員やNHK職員だけ。

更に、地方行政・自治の確立は、法改正なくしては、コロナ対策ひとつ、マトモニ対応、予算化できない位、私でも理解できます。

元、大阪市長の橋下さんや、武田邦彦(中部大学)教授を相談役にして、主義や利権に関係のない、はたまた名誉・権勢欲に関与しない・・数少ない日本のバランスの取れた識者の意見を聞かれることを推奨します。

オリンピックは、パリのオリンピックの年・・4年遅れの順に、譲ってもらいたいと思います。世界的なコロナ騒ぎが収まって、東京そしてパリへと、順送りにしてやればいいではありませんか。

 禅語「機を看て譲ることなく・事に当たって再思せよ」

安倍総理には、総理官邸あて・・本日、速達で、言葉はきついカモ知れませんが、国会議事堂の首相席で、病に倒れて死んでください・・とお願いする旨の手紙を出しました。

しかし辞職の政局が動くまでに、30日(日曜日)31日(月曜日)の2日間しかありません。

私は、この奉魯愚でしかアピールする方法をしりません。スマホもありません。

どうぞ・・この奉魯愚を読まれた方がた・・拝啓・安倍首相さま・・を知人友人の方々に広げて、憲法改正を国会で決議するまで、辞めないで、責任を全うしてもらいたいと・・伝文する、ご協力をお願いする次第です。この文章は、下記・・3奉魯愚に掲載いたしました。

                          有(会)難とうございました。

はてなブログ 禅者の一語・・碧巌録 意訳中

はてなブログ 禅のパスポート・・無門関 素玄居士提唱 復刻解訳中

はてなブログ 羅漢と真珠・・独り3分間イス坐禅の仕方、禅の心禅の話

元服の書NO49 特別編 辞めるな!安倍首相

元服の書 NO49 特別編  2020-8-29

       ◆辞めるな! 安倍首相!

本日、心臓のカテーテル、ステント入れの手術から、無事生還してみると、安倍首相の辞任表明で、マスコミは大賑わい。

去る2月頃、コロナ騒ぎ勃発に、ゼネストの如き自宅自粛を打ち出した安倍首相を批判した奉魯愚を書きました。

政治と云うのは魔物(利権)の跋扈(ばっこ)徘徊するTPOだと言うしかないようです。

ボクシングの世界タイトル・・7年有余のチャンピオンなら、褒め称えられもしましょうが・・いっぱしの評論家やTVマスコミ(新聞までも)公約の、何一つ実績を作らなかった首相を、ご苦労さんと送り出すのは、国政・国民の恥であろうと考えます。

  • 安倍総理には、総理官邸あて・・本日、速達で、こうした旨の手紙を出しました。辞職の政局が動くまでに、30日(日曜日)31日(月曜日)の2日間しかありません。私は、この奉魯愚でしかアピールする方法をしりません。スマホもありません。どうぞ・・この奉魯愚を読まれた方がた・・拝啓・安倍首相さま・・を知人友人の方々に広げて、ナンとか、こうした思い・・憲法改正を国会で決議するまで、辞めないで、責任を全うしてもらいたいこと・・伝えてもらいたい・・とお願いする次第です。

今回・・拝啓・安倍総理サマ・・宛て、以下の緊急、意見を書きました。

 

拝啓・・安倍首相さま・・

総理を辞めさえすれば、それで済むような無責任なことでは、何のために再度の首相になられたのか・・せめて公約の憲法改正の眼鼻をつけてから、病気辞任を表明してほしいと思います。

後は「ナルヨウニナル・・シンパイスルナ」一休宗純 遺言の通りでしょう。

  • とりわけ、自衛隊のあり方や地方自治(コロナ対応)など、非常時(予想時も)の国内問題に、責任が持てる国内・自治の仕組みに、ザックリと憲法及び地方自治法の改正を、国会で採決してから辞めていただきたいのです。
  • 憲法改正など、大方の審議がすみ、後は国会の多数決(それが強行採決であろうと)で、国民審判を仰げる千歳一隅のチャンスです。

中国やロシアや北朝鮮が、ほくそ笑むような総理の病気退陣にしてはなりません。どうせ北方4島や、尖閣竹島など、領土問題と拉致は、望みたくない戦争でもしなければ・・その受けて立つ戦争で勝たなければ、戻ってくることがない・・永久課題です。

安倍首相にだけ責任を押し付けてはならない問題なのです。

憲法改正が・・仮に国民投票で3分の2を取れずに否決されても・・私には、可決されこそすれ、否決の理由がワカリマセンが・・国際社会に住む一員として、義務と責任を持とうとしない愚かな日本になったな・・と思う話でしょう。

  • また、是を国際社会に常時、アピールするために、放送法を改正して、NHKを国営(税)放送に改め、約6千億円の国民負担を軽減してもらいたいと思います。NHKなど見もしないTVをおいている家庭で年間1万2千円・・支払う莫迦らしさ・・まして2万人ほどの職員給与が、国会議員と同列・・それ以上とか・・庶民からすれば、いい加減にせよ・・ですよ。
  • それにリーマンショック以上の、国際的な不況です。首相が昨暮、予告したように、消費税をゼロにリセツトして辞職してもらいたい・・のです。(どうやら政界、財界、マスコミなど、こぞって黙秘です)

放送法の改正を反対するのは(利権をめぐる)議員やNHK職員だけ。

  • 更に、地方行政・自治の確立は、法改正なくしては、コロナ対策ひとつ、マトモニ対応、予算化できない位、私でも理解できます。

元、大阪市長の橋下さんや、武田邦彦(中部大学)教授を相談役にして、主義や利権に関係のない、はたまた名誉・権勢欲に関与しない・・数少ない日本のバランスの取れた識者の意見を聞かれることを推奨します。

  • オリンピックは、パリのオリンピックの年・・4年遅れの順に、譲ってもらいたいと思います。世界的なコロナ騒ぎが収まって、東京そしてパリへと、順送りにしてやればいいではありませんか。
  • 禅語に「機を看て譲ることなく・事に当たって再思せよ」とあります。
  • 安倍総理には、総理官邸あて・・本日、速達で、言葉はきついカモ知れませんが、国会議事堂の首相席で、病に倒れて死んでください・・とお願いする旨の手紙を出しました。

しかし辞職の政局が動くまでに、30日(日曜日)31日(月曜日)の2日間しかありません。私は、この奉魯愚でしかアピールする方法をしりません。スマホもありません。どうぞ・・この奉魯愚を読まれた方がた・・拝啓・安倍首相さま・・を知人友人の方々に広げて、憲法改正を国会で決議するまで、辞めないで、責任を全うしてもらいたいと・・伝文する、ご協力をお願いする次第です。

この文章は、下記・・3奉魯愚に掲載いたしました。

有(会)難とうございました。

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碧巌の歩き NO8 翠巌眉毛(すいがん びもう)

【禅者の一語】碧巌の歩記(あるき)NO8 

        碧巌録 第八則 翠巌眉毛(すいがん びもう)

             翠巌夏末(すいがん げまつ)示衆(しゅうにしめす)

【垂示】圓悟が座下の求道者に云った。

達道の禅者は、世の為、人の為に黙々と働くが、その実、まるで龍の水を得た如く、虎が山頂に悠然と横臥しているような様である。

これに比べ、未悟の処世人を見ると、まるで盛かりの付いた雄の羊が、見境もなく跳ね回って、ヤブに角を取られて、身動きできないような有様である。あるいは木株に当って死んだ兎の、再度、あることを願って、何時までも昼寝しているような鈍(なまく)ら態度だ。真の禅者は、ある時々・・ライオンが半分、目を閉じて眠るが如くであっても、気は天地を蔽い迂闊(うかつ)に近づけないし・・ある時は鋭(するどい)金剛の宝剣を一閃するように・・また、ある時の一句は、天下人の評論にグサリ止どめを刺してしまう。さらに、ある時には、人によって法を説く、臨機応変の作法も心得ている。

もし、禅境(地)の深い人に出逢えば・・初対面でも百年の知古の如き付き合いもあり、黙して語らずの悠久を楽しむこともある。

もし、相手が処世術にたけた者であるなら、禅ニヨル生活をなす者として、高い断崖上にあって寄り付く術(すべ)がように・・付き合いをすることだ。

自由活発の禅者ならば、ある時は野に咲く花の一本で、宇宙全体を拈華(ねんげ)できるし、あるいは140億光年の宇宙を小石ひとつに収めることも容易(たやす)いのだ。

どうだ・・ながながの消息・・窺(うかがい)がい見れたかな。

しっかり合点(がてん)のいかない者は、この四人の名優・禅者の一幕芝居を看るがよい。

     【垂示】垂示に云く。

         會(え)すれば則(すなわ)ち途中受用(とちゅうじゅよう)。

         龍の水を得たるが如く、虎の山に靠(よれ)るに似たり。

         會せざれば則ち世諦流布(せたいるふ)、

         羝羊(ていよう)の藩(まがき)に觸(ふ)れ、

         株(くいぜ)を守って兎を待つ。

         ある時の一句は踞地獅子(こじしし)のごとく、

         有る時の一句は金剛王の寳剱のごとく、

         ある時の一句は天下の人の舌頭を坐断し、

         有る時の一句は随波逐浪(ずいはちくろう)。

         もしまた途中受用ならば、

         知音(ちいん)にあって機宣(きぎ)を別(わか)ち        

         休咎(きゅうきゅう)を識り 相ともに証明せん。

         もしまた世諦流布(せたいるふ)ならば、一隻眼(いっせきがん)を具して、

         もって十方を坐断して壁立千仞(へきりゅう せんじん)なるべし。

         このゆえに道う。

         大用現前(たいゆう げんぜん)軌則(ほそく)を存せずと。

         有る時は一莖草(いつきょうそう)をもって

         丈六(じょうろく)の金身(こんじん)となして用(もち)い、

         ある時は丈六の金身をもって、一莖草となして用う。

         しばらく道え、この什麼(なん)の道理にか馮(よ)る。

         還(かえ)って委悉(いしつ)すや。

         試みに挙す看よ。

【本則】翠巌が,求道者一同が夏合宿を終えて解散する日、次のように述べた。

「ひと夏、皆さんに、禅についてアレコレと話しましたが、どうでしょうか・・私の眉毛は、チャント残っているでしょうか?」

*古来・禅林では、あまりに大衆に阿(おも)ねって説話・講義をすると眉毛がなくなるとの言い伝えがある。

これを題材に翠巌とその兄弟弟子の問答・商量が、この則である。

保福「泥棒をする奴に正直者はおりません」

長慶「ついているどころか、伸びています」

雲門「關」

     【本則】挙す。翠巌、夏末(げまつ)衆に示して云く。

         一夏(いちげ)以来 兄弟(ひんでい)のために説話す。

         看よ。翠巌の眉毛(びもう)ありや。

         保福云く「賊となる人の心、虚(いつ)わる」

         長慶云く「生(しょう)ぜり」

         雲門云く「關(かん)」(ソラ・・キケンダゾの意)

【頌】翠巌の眉毛話を看破することは、大変難しい。千年万年たっても正解は出て来ない。雲門は「關」の一字をもって翠巌に応酬したが、翠巌は金庫とカギを失って、その盗られた罪まで加算されて、泣きっ面にハチの有り様。

(注意・・当時、持ち金を失うと、泥棒に罪があるのでなく、失った当人の罪になる法律があったらしい)

保福は、ほめたのか、そしったのか・・当たらず触らずで、無難そのもの。

眉毛話を持ち出した、お喋り翠巌は確かに金庫泥棒だ。無垢の白玉にキズはないが、翠巌の問いのキズ・・真贋は、誰が識別できるのか。長慶は流石(さすが)だ。落としどころをチャントおさえて「眉毛は伸びていますよ」と答えている。

     【頌】翠巌 徒に示す。千古 對無(たいな)し。

        關字 相酬(かんじ あいむく)ゆ。

        銭(ぜに)を失って罪に遭(あ)う。

        潦倒(ろうとう)たる保福、抑揚(よくよう)得難(えがた)し。

        哢々(ろうろう)たる翠巌、分明(ふんみょう)に是れ賊。

        白圭(はくけい)玷(きず)なし。

        誰か眞假(しんけ)を辨(べん)ぜん。

        長慶 相諳(あいそら)んず。眉毛 生ぜり。

【附記】翠巌が夏安居(なつあんご)を終えて開制(かいせい)の日、送行(そうあん)時の一幕問答。

登場人物は 翠巌令参(すいがんれいさん 生年不詳)と雲門文偃(うんもんぶんえん852?~949 雲門宗開祖)は同年配と推測。

長慶慧稜(ちょうけいけいりょう 生年?~918)保福従展(ほふくじゅうてん 生年?~918)

登場人物四名とも雪峰義存(せっぽうぎそん822~908)の弟子。

この則は四名の禅者の境地と、それぞれの「一語」を納得しないと、意訳できないので、第二稿として一カ月を要しました。

第一稿は2015-9-27・・全く駄作の意訳でした。今回も酒ではありませんが、5年有余では醸成期間が短く、出版を予定する第3稿では、似ても似つかぬ意見が出て、改稿する予定です。

禅境は、一人独り、日々新たにあります。

   この則の私の意見・・

  翠巌「安心」・・の禅者の一語を道え

  保福「泥棒にカギをあずけて、ひと安心です」

  長慶「金石麗生、金庫は無事です」

  雲門「金庫もカギも悉皆亡失・・ご用心」

 

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◆お門違いもハナハダシイ話!

【禅者の一語】碧巌の歩記(あるき)NO9

       碧巌録 第九則 趙州四門(じょうしゅう しもん)

【垂示】圓悟が座下の求道者に云った。

明鏡の前に立つと、自分ソノモノがアリノママに映し出されるから誤魔化しようがない。まるで東男に京女の例えの通り、江戸の男はイナセな男前として、また、しなやかな京ことばを喋らずとも、その姿を見ただけで京女として映し出される。古典に・・莫邪(ばくや)という女の作った宝剣を手にした者は、迷いに迷った者を一瞬に引導して活かすこともできるし、大死一番させて活殺自在と言う。

さあて・・このような明鏡台の前で、宝剣を振りかざす禅者に対し、どのように転身の活手腕を看護できようか・・

試みに挙す。看よ。

   【垂示】垂示に云く。

       明鏡台にあたれば、妍醜(けんしゅう)おのづから鞭(べん)じ

       鏌鋣(ばくや)手にあれば、殺活は時にのぞむ。

       漢去れば胡きたり、胡来れば漢さり、死中に活を得、活中に死を得。

       しばらく道え、這裏(しゃり)に到ってまた作麼生(そもさん)。

       もし透關底(とうかんてい)の眼(まなこ)、転身の處なくんば、

       這裏にいたって 灼然(しゃくぜん)として

       奈何(いかん)ともせざらん。

       しばらく道え、如何なるか是れ、透關底の眼、転身の處なるぞ。

       試みに挙す看よ。

【本則】ある日、趙州城(市域内にある)観音院の従諗(じゅうしん)老師に、生座鳥(ナマザトリ/未悟)の求道者が訪ねて問うた。

「趙州とは・・何でしょうか?」

州云く「趙州は東西南北、四つの大門があり、夜はピシャリと往来遮断だ」

        【本則】挙す。僧、趙州に問う。

           「如何なるか 是れ 趙州」

            州云く「東門(もあり)西門、南門、北門(もあり)」

【頌】訳あり顔で趙州城に引っ掛けて「あんたはどなた?」と師匠をテストしたが「何処からでも入ってこい」と言われて、金剛・チタンの槌で叩き壊そうとしたが、ビクとも開く門じゃない。

お門違いもはなはだしいぞ

        【頌】句裏に機を呈して劈面(へきめん)に来れり。

           爍迦羅(しゃから)の眼 繊埃(せんあい)を絶す。

           東西南北 門相対せり。

           限りなき輪鎚(りんつい)をもって撃てども開けず。

【附記】欧米で禅を紹介された鈴木大拙翁は、「ZEN」の入門を問われた時・・コツンとテーブルをノックされて「ここから入りなさい」と言われたそうだ。

また安谷白雲老師は、その著作の中で・・坐禅というと大変難しいものとばかり思う人が多いけれども、たやすいと言えば、坐禅ほどたやすいものはない。日に三分間でも五分間でもよろしい。姿勢を正して、精神統一をやれば、それでよいのである。

なにも正式に足を組まなければだめだというものでもない。

日本式に坐ったままでもよし、極端に言えば椅子に腰かけたままでもできる。

それから公案をやらねば坐禅にならないというものでもない。

数息観と呼ばれる息の勘定をするだけも、立派な坐禅になるものだ。それで健康も増進し、精神も磨かれて、霊肉ともに健全な人になることができる。筆者の同友で「三分禅」と称して、これを熱心にすすめている人もある・・と書かれておられる。

      安谷白雲著 禅の神髄 無門関「達磨安心」・・ヨリ抜粋。1965年春秋社刊 

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碧巌の歩きNO10・・どうとでも理屈は立つ。しかし・・「禅ニヨル生活」は、独り接心(坐禅)でしか成立しない!

【禅者の一語】碧巌の歩記(あるき)NO10

   碧巌録 第十則 睦州 掠虚頭漢(ぼくしゅう りゃくきょとうのかん)

【垂示】圓悟が求道者に云った。

高い低いとか、白い黒いとか、物事を肯定しようと、また、高くないとか、白くないとか、物事を否定しようと・・どうとでも理屈は立っ。

しかし、どうにかなるものではない。

絶対的平等の立場で見れば、達磨さんの「廓然無聖」・・口出し無用の・・カラリとした青空の一語につきる。

また否定・・絶対の価値として見れば、砂一粒、水の原子一個に到るまで、それぞれ唯我独尊。固有の価値に輝いている。

 

だが、思案のしようがない・・絶対的でも相対的でもない・・そのいずれでもない事については、どのように扱えるのだろう。

この問答の・・規定があるなら、商量に要する規定の通りに・・規定がないのなら、従来の慣例に従がい 肩の力を抜いて、看て見なさい。

 

【垂示】垂示に云く

    恁麼(いんも)恁麼、不恁麼(ふいんも)不恁麼。

              もし論戦せば、また箇々転處に立材す。

              ゆえに道う、もし向上に転去せば、直に得たり。

              釈迦、彌勒、文殊、普賢、千聖万聖。

              天下の宗師、あまねく皆 気を飲み 声を呑み、

             もし向下に転去せば 醯鶏(けいけい)蠛蠓(べつもう)

              蠢動(しゅんどう)含霊(がんれい)一々 大光明を放ち

              壁立萬仞(へきりゅうばんじん)ならんと。

             もし あるいは不上不下(ふじょうふげ)ならば、

             また作麼生(そもさん)か 商量せん。

             條(じょう)あれば條を攀(よ)じ、

             條なければ例(れい)を攀(よ)じよ。

             試みに挙す看よ。

 【本則】ある求道者が睦州の處にきた。

睦州「お前さんは、何処からいらっしゃった」

求道者スカサズ一喝「カーツ!」

睦州「オヤオヤなんとお前さんに一喝されたよ」

求道者さらに一喝「カーッ!」

睦州「どれだけ莫迦ガラスのように(カァカァと)啼き続ける気か」と叱りつけた。

求道者はタネが尽きて黙り込んだ。

睦州は「この独りよがりの奴め」とピシりと打ち据えた。

    【本則】挙す。睦州、僧に問う。「近頃いづれの處を離れたるぞ」

    僧 すなわち喝す。

    州云く「老僧、汝に一喝せらる」

    僧 また喝す。

    州云く「三喝四喝の後、作麼生(そもさん)」

    僧 語なし。

    州すなわち打って云く「この掠虚頭(らくきょとう)の漢(かん)」

【頌】世評では 睦州という大虎の頭を叩いた 危険この上ない求道者だと批判する者がいる。しかし、虎に喰われることを承知で、一喝二喝したのなら、見どころアリである。

(サア・・雪賓重顯のいう・・)この求道者の何が大虎の頭を叩いた 見どころなのか・・

禅者の一語を持ち来れ。

天下の公衆面前で笑ってやろうではないか。

   【頌】両喝と三喝と、作者は機変を知れり。

      もし虎頭(ことう)に騎(の)れりといわば、

      ふたりともに瞎漢(かつかん)とならん。

      誰か瞎漢。

      拈(ねん)じ来れ。天下、人とともに看ん。

 【附記】睦州(陳尊宿)道明(780~877)黄檗希運の弟子。非凡・奇人の禅者といわれた。同時代に、徳山宣鑑・趙州従諗・・少し遅れて、雲門文偃(852~949)その弟子 洞山守初がいる。純禅=達磨禅が隆盛をきわめた時代である。

●意訳中、圓悟の垂示、冒頭の・・「恁麼、不恁麼」の語を略してしまい、指摘を受けました。6/27 加筆修正いたします。

圓悟老師・・ならぬ堪忍するが堪忍。お許しあれ。三拝。

 

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