碧巌の歩記(あるき)NO41 世の中は 捨てたもんではないぞいや!

 

碧巌録 第四十一則 趙州大死底人(じょうしゅう だいしていのひと)          

【垂示】圓悟が垂示した。

是非の識別が難しい問題は、たとえ聖人でも判定しがたい。

また順逆、縦横に交錯している時は、覚者(仏)であれ辨別できない。非凡、抜群の大士、大力量の人であれ、いつ割れるか解からぬ氷上や釼刃上を歩いたりするのは危険で、成功は為しがたい。

こんなことは、見たこともない麒麟(きりん)の角とか、火中の蓮華とかを実際に見た・・という人にしか通用しない話であろう。

このような達道の人が現れて同道出来るとしたら幸甚であるが、サァテ・・どう見極めるか・・

試みに挙す看よ。

  【垂示】是非交結(ぜひこうけつ)の處は、聖もまた知ること能わず。

   逆順縦横(ぎゃくじゅんじゅうおう)の時は、佛もまた辨(べん)ずること能わず。

   超世絶倫(ちょうせぜつりん)の士たり、逸群(いつぐん)大士の能をあらわすも、

   氷凌上(ひょうりょうじょう)を行き、釼刃上を走るにおいては、

   直下に麒麟(きりん)の頭角(ずかく)の如く、火裏(かり)の蓮華(れんげ)に似たらん。

   さながら超方たるを見て、はじめて同道なることを知らん。

   誰か是れ好手者なるぞ。試みに挙す看よ。

 どの禅語録も、ほとんど禅者の問答(公案)に、何時、何処で、誰が、何事を、何のために・・とかの、云く因縁、由来や効能書きは一切ないのが普通です。この則も、あまりに単刀直入に問答に入っているので、趙州の質問、投子の応対の訳が判らないでしょうが、言葉や文字をギリギリに切り詰めて、より真実に迫る禅ならではの手段(対話)です。禅者の名前も、大抵、禅庵を構えた山、地名を呼び名にしている。この則では、趙州城観音院の従諗(じゅうしん)和尚が行脚して、投子(とうす)山の大同和尚を訪ねた時の問答という訳です。

情景描写の解説がいる場合と、かえって邪魔で不要な場合がある。

【附記】舒州(じょしゅう・安微省)投子(とうす)山の禅院、大同(63才頃)を趙州従稔(103才。じょうしゅうじゅうねん・百歳を超えて再行脚)が、日暮れ方、ハロバロと尋ねて、問答した紀元880年頃の話である。

 

【本則】趙州「大死底の人(とっくに死んだ者)が、突然、復活したら、どうしたもんであろうか」

投子「夜の生き返りは幽霊の恐れがあります。夜が明けて太陽の照らす元、正体の点検なさるがよろしかろう」

   【本則】挙す。趙州 投子(とうす)に問う。

    「大死底の人、かえって活する時 如何(いかん)」

    投子云く「夜行を許さず。明(あかつき)に投(とう)じて、すべからく到(いた)るべし」

 

【頌】夜に、眼を光らせている死人の検査は、夜にやっても判明しない。趙州の問いは、会うなり、イキナリ死人が生き返る話を仕掛けて、失礼な行為だが、油を売って暮らす投子には、死人を照らす明かり(灯油)に不自由はしていない。

大死一番も大活(復活)一番も、釈迦や達磨には未踏の境地。唇から光を放つと云われた達道の禅者、趙州の一語に、シドロモドロになるかと思いきや、投子から縦横無疑な禅機の対応をされてしまった趙州・・ウもスも道えず。しかもスバヤク足腰弱った年寄り扱いをされて、有難いやら悔しいやら・・一晩の温かいベッドと朝飯を施され、世の中は・・駕籠で行く人、担ぐ人、そのまたワラジを作る人・・ツクズク「捨てたもんではないなぁ」と、1本取られて勝負あり。長い行脚の一刻、値千金の問答となったのである。

  【頌】活中は眼(まなこ)あるも、また死に同じ。

   薬忌(やくき)は何ぞ作家(さくけ)を鑒(かん)することをもちいんや。 

   古佛 なお言えり、かって未だ到らずと。

   知らず 誰か塵沙(じんしゃ)を撒(さっ)すること解(げ)するを。