碧巌の歩記(あるき)NO42 ♪ワンネスの雪の舞・・♪

     「ダルマさん・・が・・ころん・・!」

 碧巌録 第四十二則 龐居士好雪片々(ほうこじ こうせつへんぺん)          

【垂示】圓悟が垂示した。

禅の眞諦を語るに、空に帰すとか、無所得・無尽蔵とか、刃のたたぬ内容を説明する愚かしいことはしないことだ。

ナントかしようと思いあぐねる内に、地獄に真っ逆さま。

タチマチ閻魔大王に舌を抜かれてしまうことになる。

明々たる真実の世界は、それこそ眼前、露堂々に広がっているではないか。春夏秋冬、見渡せば、自然の振る舞い・・聖諦第一義(ありのまま)が浄裸裸であるのに古人は我こそは・・と失策を演じるのだ。サア、試みに挙す看よ。

  【垂示】垂示に云く、単提独弄(たんていどくろう)なるも、帯水拖泥(たいすいたでい)、

   敲唱(こうしょう)ともに行なうも、銀山鉄壁(ぎんざんてっぺき)。

   疑義(ぎぎ)すれば、すなわち髑髏前(どくろぜん)に鬼を見、

   尋思(じんし)すれば、すなわち黒山下(こくさんか)に打坐(たざ)せん。

   明々(めいめい)たる杲日(こうじつ)は、天に麗(かがや)き、

   颯々(さつさつ)たる清風は、地を匝(めぐ)る。

   しばらく道え、古人また倄訛(ごうか)の處ありや。

   試みに挙す看よ。

【本則】806年、龐居士(68才)が18年滞在していた澧州(れいしゅう)薬山惟儼(やくさんいげん)の許を辞して、故郷、襄陽(じょうよう)に帰る時の出来事である。

薬山は、十人の禅客(門下、古参の禅者)に見送りをさせた。

冬のおりもおり、別れを惜しむように雪が舞い散る風景である。

山野白妙・・舞い散る雪に見とれた龐居士は・・

「ナント美しい雪の舞いだ。(粉雪の音)楽が中(あた)りを包んでいますね」と、深い禅境(地)で感無量に云った。

この別處に落ちず(包み込んでいる)との言い方に、全禅客(ぜんぜんかく)と呼ばれる古参の禅者が、鋭く引っかかった。

「それなら、この雪のヒトヒラ(一片)ひとひら・・いったい何処に落ち着くのでしょうか」

龐居士、これを聞くや否や、振り向きざまピシャリと全禅客の頬を打った。

「何をなさる。イキナリ乱暴な仕打ちをなされますな」

すると龐居士は「貴方は雪片の落處(らくしょ)を知らないで、よくまあ禅者を気取っておられますね。閻魔(えんま)大王は、すでに貴方が(地獄へ)来るのを待っていますよ」と引導した。

全禅客「龐居士よ、それじゃ・・雪片の落ち着き先・・アナタは判っているのですか」の口答えに、龐居士は、今一度ピシャリと彼の頬を打って云った「君の眼は黒い穴だ。穴では見ることは叶わない。その口は、まるで がま口だ。開いても声は出ない」

(雪賓 後に付言した・・惜しいことをした。全禅客が要らざる横やりを入れた時、雪玉をあいつの顔にぶっつけてやればよかったのに・・残念なことをしたもんだ)

   【本則】挙す。居士(ほうこじ)薬山を辞せんとす。

    山、十人の禅客(ぜんかく)に命じて 

    相送(あいおく)って門首に到らしめたり。

    居士 空中の雪を指(さ)して云く

    「好雪は片片(へんぺん)たるも、別處(べっしょ)には落ちず」

    時に 全禅客(ぜんぜんかく)あり云く「いずれの處に落在するや」

    士、打つこと一掌(いっしょう)す。

    全云く「居士、また草草(そうそう)なることを得ざれ」

    士云く「汝いんもに禅客(ぜんかく)と称するも、閻老師(えんろうし)

    いまだ汝を放(は)なたざることあらん」

    全云く「居士そもさん」 

    士また打つこと一掌して云く

    「眼は見れども盲(めしい)の如く、

     口は説けども唖(おし)の如し」

    (雪賓 せっちょう 別して云く)

     初問の處にただ雪団(せつだん)をにぎって、すなわち打つべきものを・・。

【頌】雪玉で打つべし。一つと言わず三つ四つも。

 龐居士の手腕は掴まえ所がない。

 いったい世界の誰が雪片の落ち着く先を認知できよう。

 この薬山の周辺、雪の舞いにくるまれて・・

   まるごと「♪雪やコンコン♪」・・

  渾一体(こんいったい・ワンネス)だ。

   【頌】雪団にて打て。雪団にて打てよ。

      龐老(ほうろう)の機関は没可把(もっかは)。

      天上人間も自知せず。

      眼裏耳裏(がんりじり)はなはだ瀟灑(しょうしゃ)。

      瀟灑(しょうしゃ)はなはだし。

      碧眼(へきがん)の胡僧(こそう)も辨別(べんべつ)しがたし。

 

【附記】龐居士は襄陽の人。龐蘊(ほううん)字は道玄。785~石頭希遷(せきとうきせん)に参じ、次いで馬祖道一(ばそどういつ)に、~788まで参じた中国禅史上、著名な居士である。この修行道中、妻・子(兄妹)を連れて、故郷 襄陽に帰るおり、洞庭湖上で莫大な財産を流失する災難にあいます。

これを機に、先に妻子を故郷に返し独り「禅による生活」の長養に澧州、薬山寺で食客として滞在。

この則は、今日、まさに故郷に帰ろうとする、その日の別れのできごとです。

 

ここにピシャリと全禅客の頬を打つ不意打ちの事が出てきますが、決して暴力的な喧嘩ではありません。全禅客の禅修行の境地が、ある程度、深まっていて見込みがあればこその一拶(あいさつ)です。腹が立ってとか、言葉のはしばしにつっかかってとか、そんな感情的、暴力的行為では決してない。

龐居士の溢れる親切、禅機の湧出なのです。

私が冒頭に書いた「ダルマさんがコーロンだ!」・・子供の遊びで、鬼が目隠しをして、ころんだの「だ」の瞬間、逃げる子が、ピシりとストップ・モーションする・・その瞬間の「だ」・・禅機です。むしろ全禅客は、龐居士のお別れに因み、親しくピシャリと打たれて嬉し気だったでありましょう。この雪舞う山道の場で、見送る十人の古参の禅者たち、どのように龐居士の禅機禅境(地)を感得したのか・・師の薬山惟儼が、どのように評価したのか、しなかったのか・・何も書かれておりません。

ただ後に雪賓重顯が、全禅客に雪玉を食らわせてやれば・・と残念がっているだけです。

お別れの寂寥の想いも、雪の舞の美しさも、総てを包み込んだ「ピシャリ」なのです。