碧巌の歩記(あるき)NO49 お前さん・・透網の「網」をさらに引っかぶり、腹を空かしてどうする気だね? 

碧巌の歩記(あるき) ワシは雑魚のエサ播きで手一杯。網にあがく金魚の世話までし切れないのだョ・・

碧巌録 第四十九則 三聖透網金鱗(さんしょう とうもう きんりん)

                         さんしょう 網を透る きんりん

【垂示】圓悟の垂示である。完全包囲で敵陣突入。軍旗、武器のすべてを奪い取る。あるいは陣立てを幾重にも張って、守勢を堅固に前後によく気を配っていること。あるいは虎の首元にまたがり、尾を取って自由に制御できること・・あらゆる葛藤(煩悩)を裁断して天下泰平を気取るような・・非凡な働きができる位では、まだまだ真の禅者とはいえない。もし、普通の間尺で測れない達道の禅者が来た時には、いかに応対するか・・試みに挙す、看よ。

   【垂示】垂示に云く、七穿(せん)八穴(けつ)して、

    皷(こ)をひき、旗を奪うも、百匝(そう)千重して

    前を見 後ろ顧(かえ)り見るも、

    虎頭に踞(きょ)して 虎尾をおさむるも、未だ是れ作家ならず。

    牛頭(ごづ)没し、馬頭(めづ)かえるも、また未だ奇特となさず。

    しばらく道え、過量底(かりょうてい)の人、来たる時いかん、

    試みに挙す看よ。

【本則】仰山(慧寂)・徳山(宣鑑)など名だたる禅者と問答した・・三聖(慧然えねん 臨済義玄の弟子)が千五百人の求道者を束ねる、雪峰(山)義存を訪ねての問答である。

三聖「網にも(釣り竿にも)かからない、尽抜(づぬ)けた鯉魚は、ハテさて、イッタイ何を食べて(禅による)生活をするのでしょうか」

雪峰老師の禅境(地)がどんなものか・・問いかける三聖に対して、雪峰は、真の達道の禅者(金鱗の鯉魚)なら、とっくの昔、龍となって天にある・・と、孫をあやす爺さんのように云う・・「まだ、お前さんは、その透網を引っ被っているが、真に抜け出すことができたら、教えてあげよう」

三聖「ナント・・千五百人も門弟を持つ達道の禅者でありながら、話の通じないお師匠さんだナ」と獅子児ぶって睨みすえた。

雪峰「老人(わし)は、この禅院の雑魚のエサ播き・・経営・維持管理)がナカナカ大変でな・・お前さんと無駄話をしておれないのだヨ」と、歩み去った。

  【本則】挙す。三聖、雪峰に問う。

   「網を透りし金鱗は、いぶかし、何をもってか食となすや」

    峰云く「汝が網を出で来るを待って、汝に向かって道(い)わん」

    聖云く「一千五百人の善知識にして、話頭(わとう)だに、まだ知らず」

    峰云く「老僧は住持事(じゅうじ じ)しげし」

 

【頌】網を透り抜ける巨鯉は淵にはおらず、もはや天に昇る龍と化してしまう。竜巻、雷嚇すれば、その後、あたりには清風一掃・・静謐な爽やかさ・・だが、その涼味をあじわう達道の禅者が、はたして幾人いるのだろうか。

  【頌】網を透りし金鱗は、云うことをやめよ、水に滞(とどこお)ると。

   乾(けん)をゆるがし、坤(こん)をうごかし、ひげをふるい、

   尾をおしひらき、千尺鯨噴(げいふん)すれば洪浪(こうろう)とび

   一聲(いっせい)雷震(らいしん)すれば清颷(せいひょう)起らん。

   清颷おこらんも、天上、人間いくばくぞ知るや。

 

【附記】若者を誘おうとすると「仕事があるので・・」と、体よく断られる。仕事といえば、文句なく、老人のたわ言を聞かずに済むからだ。

この三聖の獅子児ぶりはさて置いて、この問答の大事なところは・・網を出たと得意げに云う奴こそ「出たという網」に引っかかつた小さい鯉魚だ。食い物は、川底の泥でもシガメバよい・・と、禅院の雑魚のエサ播きにかこつけて、取りつく暇なく切って捨てた雪峰にある。

求道者が10人いようと、1万人いようと、そんな寺院の管理、運営の仕事など、雪峰は仕事とは思っていない。

三聖は、師、臨済の大喝を食らったように、ハッと自覚して断言、退出した。

(さすが出目金じゃなかったなァ!)