碧巌の歩き NO52 人が歩むべき大道とは・・?

大学以来の友人や知人から、独りよがりの禅語の意訳だ・・との指摘があり、反省して・・酷暑見舞いのハガキの禅語・・解訳いたします(7/31 追記

元服の書⑪(はてなブログ 禅 羅漢と真珠 掲載中) 

*昔(11歳~15歳頃)の成人式にちなみ、中学・高校生の問いに答えて書いています*

碧巌録 第二十六則 百丈 独坐大雄峰(ヒャクジョウ ドクザ ダイユウホウ)

問う・・如何なるか 是れ奇特のこと。 丈云く「独り 大雄峰に坐す」

モウレツ熱暑のその時は、独りポッチのイス坐禅、3分間だけお勧めします。不二(富士)山も、昔 訊ねたキリマンジャロも、ナンダ 洪州、丘如きの百丈山で 襤褸(ぼろ)着た禅者、(百丈)懐海の一語は 清風渓谷に満ちて値(あたい)千金・・

解説・・日本の代表たる富士山や、昔、一杯のコーヒーを求めて訊ねたアフリカ、タンザニアキリマンジャロも、大雄山の名にふさわしい。・・が・・ナンダイ、この中国、洪州の海抜千メートルにも満たない、岡如きの山の名が「大雄山」とは。

だが、しばし待てよ・・今から1300年昔、玄宗皇帝と楊貴妃の退廃した時代に、この孟宗竹におおわれた深山(高原台地)で、ボロをまとった一人の禅者が、高らかに「独りポッチ坐禅」を宣言したぞ。宇宙の中で、最も「奇跡的無意味な出来事は、これ、このとおりだ」・・と。この禅者の一語。清風 渓谷に吹きわたって、値(あたい)千金。

百丈懐海(えかい 720~814 中国江西南昌市(洪州こうしゅう)大雄山=別名 百丈山に禅庵を構えた禅者。弟子に・・臨済宗始祖 臨済義玄(りんざいぎげん)、潙仰宗始祖 潙山霊祐(いさんれいゆう)仰山慧寂(ぎょうさんけいじゃく)がいる。

彼の生まれたのは唐の玄宗皇帝35才の時、楊貴妃は1歳。白楽天「春寒く華清地に浴を賜う、温泉 水滑らかにして凝脂を洗う」長恨歌の時は、玄宗皇帝70才、楊貴妃36才。国は乱れ、民衆は頽廃。ちょうどその頃、百丈懐海は、師の馬祖道一の元を辞して、独り 洪州の山奥、大雄山に禅居して長養していた。その折の禅問答。

 

   碧巌の歩記(あるき)NO52  追記7/28=坐禅の仕方  

碧巌録 第五十二則 趙州渡驢渡馬(じょうしゅう ろをどし ばをどす)

【垂示】ありません。

【本則】ある日、求道者が趙州を尋ねてきて言った。

求道者「私は、趙州の石橋は、支那三大石橋(天台石橋・南嶽石橋)の一つと言われるから、さぞかし立派な石橋か・・と思いきや、何のことはない、飛び石づたいに板を渡しただけの、ミスボラシイ橋ではありませんか」

趙州「渓流に苔むす石づたいに板を配して略彴(りゃくしゃく)、風雅な渡り橋なのに・・この自然になじむ石橋が目に入らぬかナ」

求道者は、この趙州の「石橋を見ず」につまずいた。

求道者「いったい、この橋のどこが石橋なのですか」

趙州「ロバも渡す。馬も渡す」

   【本則】挙す。僧 趙州に問う。

    「久しく趙州の石橋(しゃくきょう)とひびきたるも、

     到来(とうらい)すれば、ただ略彴(りゃくしゃく)を見るのみ」

     州云く「汝はただ略彴を見るのみにして、かつ石橋を見ざるなり」

     僧云く「いかなるか これ石橋」

     州云く「驢(ろ)も渡し、馬(ば)も渡す」

 

【頌】問答は峻烈きわまりない趙州の一語につきる。

だが禅院は、のどかな春日和の風景か。

漁師なら雑魚でも網に入れるが、釣り道楽の趙州は、地球を甲羅にのせた大亀だけ釣り上げる。

897年に120才で亡くなった趙州の同時代の禅者、卾州(がくしゅう・湖北省武昌府)の灌溪志閑(かんけいしかん 臨済義玄の弟子895年没)が「如何なるか是れ灌溪」の名にちなんだ禅問答で「劈前急 へきぜんきゅう」(強弓で射る矢よりも早い渓流だ・・の意)と答えたが、同じ禅機の応答でも、これは雑魚(ざこ)を釣る漁師(すなどり)の未熟さだ。

  【頌】孤危(こき)は立(りつ)せざれども、道はまさに高し。

   海に入らば、また すべからく巨鼇(きょごう)を釣るべし。

   笑うにたえたり,同時の灌渓老(かんけいろう)。

   劈箭(へきせん)ということを解せしも、また徒労(とろう)なりき。

 

【附記】趙州従稔(じょうしゅうじゅうしん778~897)の一語は、どの場合の例をとっても問者を一刀両断、二の句が出ない。

それだけ練り上げた禅境地の問答「禅による生活」をよりどりに紹介する。

◆ある日、禅院の庭を趙州が掃除していると、求道者が問うた。

「達道の禅者であるはずのご老師。お掃除でも(迷いの塵)チリが飛んできますか」

趙州「来るともサ。とりわけ(外来底)外からやってくるチリだ」

◆求道者「清浄の伽藍(がらん)なんとしてか塵(ちり)ある」

趙州「また一點あり」(ホラ、また塵が飛んできたヨ)

◆求道者「如何なるか これ道」

 趙州「墻外底 しょうげてい」

 (垣根の外に道があるじゃろ)

 求道者「那箇(しゃこ)の道は問わず。大道を問う(人の歩むべき道をお訊ねしています?)

 趙州「大道 長安に透る」

 (ナンダ・・国道1号線なら東京まで通じているヨ)

    ◆元服の書⑩(はてなブログ/禅・羅漢と真珠・・掲載中) 

   昔(11歳~15歳頃)の成人式にちなみ、中学・高校生の問いに答えて書いています

  坐禅は、どのようにすればいいのですか?

貴方は、毎日、顔を洗いますね。歯を磨いたり、口を漱いだり、男ならヒゲを剃ったりします。それをしないと、1日中 なんとなく気分が落ち着きません。坐禅も、そうした習慣化できれば、OKです。

朝、起床した時、椅子に坐って、3分間。姿勢を正し、目を半眼にして、肩の力を抜き、ゆっくり1回の呼吸(10秒~15秒)を、ヒトーツ、フターツと数息して、6回。またヒトーツ・・フターツ~ムーツ。もう1回ヒトーツ・・ムーツで計3回=18回でOKです。

夜も、寝る前に顔を洗ったり、歯を磨くように、イス禅18回の数息呼吸ができたら、いいですね。別に椅子に坐らなくても、寝ながら、寝禅で寝入ってしまうのもイイでしょう。

要は、「坐禅」は、集中、修行、鍛錬とばかりに、無理やり、骨折りの努力、目標にしてはなりません。正座や結跏趺坐は、慣れない人(特に外国人)には、無理強いしてはなりません。姿勢さえ正しければ、手は膝に乗せるか、両手を結んでおくか・・肩の力を抜いて楽で静かな呼吸(数息)に集中できれば、独りポッチ坐禅です。

これなら、外国人も、ワザワザ、日本まで来て「ZEN」を学習したり、寺僧の研修を受ける必要はないのです。

坐禅で一番、いけないのは、坐禅をすることで何か、良いことがあるのを期待することです。中国、臨済宗の始祖、臨済義玄(リンザイ ギゲン 不詳~867)は、心に「造作する」として激しく否定しています。

 

欧米に「ZEN」を広めた、仏教学者(禅者)故、鈴木大拙博士は、キリスト教関係者が日本伝来の「禅」を学びたい、入門したいと乞われたら、手前にあるテーブルやドアを「コツン・コッン」とノック(叩い)して「ここよりお入りなさい」と教導したそうだ。

訊ねた外人さん、ほとんど「キョトン?!」としたにちがいない。

確かに「禅」は、独りポッチ坐禅をすることが始めであり終わりです。それは、まず数息呼吸の、無理しないイス禅からお始めになるのがよいでしょう。数息だけで、何の造作(効用)もない坐禅に成ったら、次に数息を忘れて、千年前の達道の禅者たちが編纂した、無門関や碧巌録などの禅語録から、アナタの心に引っかかる【一則】垂示、本則、偈などを素直に読み返す気持ちで(これを粘弄・ネンロウといいます)繰り返し、味読してください。

 あんまり簡単、単純すぎて、はたして、洗顔と同様に、忘れずに続けられますかナ?