碧巌の歩記(あるき)NO54

   

碧巌録 第五十四則 雲門却展両手(うんもん きゃくてんりょうしゅ)

【垂示】雲門かえって両手をのぶ・・

(圓悟が垂示した)

人は生死にこだわり欲深で、それでいて時の過ぎるのに鈍感だ。

「孤独」について、真剣に関心を持つものなら、鉄クギの如き難題に出会っても、直ちに裁断して自由な働きが出来なければ、達道の人とは言えない。

さて、このような禅境の人は、どんな(禅による)生活をしているのであろうか。

試みに挙す看よ。

   【垂示】垂示に云く 生死を透出(トウシュツ)し、

       機関を発展すれば等閑(とうかん)にても

       鉄をたち、釘(てい)を切り、

       随所(ずいしょ)に蓋天蓋地(がいてんがいち)ならん。

       しばらく云え、

       これ什麼人(なんびと)の行履(あんり)のところぞ。

       試みに挙す看よ。

【本則】ここに「禅による生活」禅境(地)丸出しの話がある。

ある日、雲門文偃(うんもん ぶんえん)の禅院を訪ねた求道者に雲門が聞いた。

「お前さんは(これまで)どこで修行していたのか」

求道者「西禅(さいぜん)です」

      *蘇州、南泉普願の弟子、西禅の元での意。

雲門「西禅では、どんな説法をしてござるかな?」

求道者が両手を広げて、いざ、真似事の説法をしかけたトタン・・雲門は、その横面をピシャリと叩いた。

求道者「私が話そうとする時に、イキナリ叩くとは、ひどい仕打ちです」と云った。

すると雲門は、チョウド求道者がして見せたように・・

両手を広げて見せた。

・・が、求道者、黙然と突っ立ったままだったので、雲門はさらに一発、ピシャッと求道者の頬を引っ叩いた。

   【本則】挙す。

    雲門 僧に問う「ちかごろ、いずれの處を離れたるぞ」

    僧云く「西禅」(さいぜん)

    門云く「西禅 近日何の言句かありし」

    僧 両手を展(の)べたり。

    門 打つこと一掌(しょう)す。

    僧云く「それがし話在(わざい)す」

    門 かえって両手を展(の)べたり。

    僧 無語。

    門 すなわち打せり。

【頌】さすが雲門宗の開祖だけのことはある。

まるで虎の頭と尾を一気に捕まえて、グウとも言わせぬ気迫だ。この求道者が両手を広げたのは、西禅を真似て説明できなかっただけなのに、ずいぶん手荒な扱いをしたもんだ。

もう一句つけないと(七言絶句・結句にならないが)このくらいで堪忍しておいてやろう

   【頌】虎頭(ことう)と虎尾(こび)とを一時におさめて、

      凛々(りんりん)たる威風(いふう)は四百州。

      かえって問われて知らざりしに、

      なんぞ はなはだ嶮(けん)なりしぞや。

      (師云く 一着(じゃく)を放過(ほうか)す)

【附記】求道者・・言葉が出ない時は「わかりません」と正直に言えばよいものを、彼のウヌボレを見破っての、雲門の親切一発だ。この話は禅機に関する注意、心構えの話です。

「孤独・悟道」の禅境(地)を看る公案ではありません

はてなブログ」(奉魯愚)羅漢と真珠「元服の書⑧」・・孤独について・・をUPしました。ご覧ください。