碧巌の歩記(あるき)NO56 「平常心」~禅語の切り売り・・イランカネー!

碧巌の歩記(あるき) NO56 

碧巌録 第五十六則 欽山一鏃破三關きんざん いちぞくはさんかん)

【垂示】圓悟が垂示した。

今の世の中・・断捨離や平常心など、仏説や禅語の切り売りが大流行だが、釈尊・達磨が現れて、商売(なりわい)の仕方を教えなかったら、も少し暮らしも変わったろう。

達磨なんぞ、切り売り屋というより、以心伝心屋の名がふさわしい。ハロバロとインドから、無とか空とか、ナイものをアルようにみせかけて、中国でうまく一旗あげるべく、純朴な人を欺いてきたことが問題だ。

おかげで迷いに迷う求道者ばかりで、自分の財布の銭勘定を忘れて、いたずらに他人の財布を気にする奴ばかりに成り下がってしまった。

スマホやTVや電磁的ゲームに取りつかれて、足のない幽霊の如き振る舞い。いくら時間やゆとりがないからといって、せめて夜の食事は、母親の手作りぐらい、子供に食べさせてやってください。100円回転寿司で、養殖の鶏のエサやりのように、流れてくる寿司を食べさせるのは、ひどく情けないです。

さあ、どうだ。見れども見えず、聞けども聞かず、説かんとするも言えず、知れども知らず・・そんな自己本来の一大事を、どうすれば手中にできようか。ワシ(圓悟)の話で解からぬ奴は、この達道の禅者の問答で(爪のアカでも)煎じて飲めよ。

 【垂示】垂示に云く、諸仏かって出世せず、また一法の人にあたうるものなく、

  祖師かって西来せざりしならば、いまだかって心をもって伝授することなかりしぞ。

  これにより時人ともに了せず、外に向かって馳求(ちぐ)し、

  ことに自己の脚跟下(きゃくこんか)は、一段の大事因縁なるも、

  千聖もまた模索不着(もさくふじゃく)なるを知らざるなり。

  ただ、いま、見んとしても見えない、聞かんとしても聞こえない、

  説かんとするも説くこと能わず、知らんとするも知ること能わざるもの、

  いずれの處より得(え)きたらん。

  もし、いまだ洞達(どうたつ)することあたわずば、

  しばらく葛藤窟裏(かっとうくつり)に向かって会取(えしゅ)せよ。

  試みに挙す看よ。

 

【本則】ある日、良禅客という禅者が欽山文邃(きんざんぶんすい)を訪ねて問答した。

「たった1本の矢で三つの破りがたい関所を突破したらどうですか」

欽山云く「その敵中突破の偉いやつを、ワシの前に連れてこい。看てやる」

良禅客「私が、その關中(かんちゅう)の主(あるじ)をつれ出したら、貴方は自分の偉そうな言葉を恥じて謝りなさいよ」

欽山「ハテさて・・お前さんが、その主人公を何時になったら連れ出してくることやら・・」

良禅客「エエイ・・こんな間抜けな関守の所は、一本の矢とて要らない。ス抜けでアカンベーだ」と、サッサと出て行った。

すると欽山「チョット待ちなさい」と呼び止め、後ろをふり向く良禅客の首筋を引っ掴んで「ヒト矢で三關を破る、それはそれとして・・では、お前さん自慢のヒト矢を、ワシに放って見せてもらおうか」

良禅客、少し躊躇(ちゅうちょ)した。

欽山すかざず七回、ピシャッと打っておいて云く「これから三十年ほど行脚したら疑団も溶けて、本物のヒト矢を射る禅者となろう」

(その後、良禅客の退出が、どんな風だったか記録されていない)

 【本則】挙す。良禅客(ろうぜんかく)、欽山に問う。

   「一鏃破三關(いちぞく はさんかん)の時、いかん」

   山云く「關中(かんちゅう)の主を放出せよ。看(み)ん」

   良(ろう)云く「恁麼(いんも)ならば、

   即ち、過(あやま)っては必ず改(あらた)むることを知れ」

   山云く「さらに いずれの時を待たん」

   良云く「好箭(こうせん)を放つも所在を着(つけ)ざらん」すなわち出(い)ず

   山云く「且来闍梨(しゃらい じゃり)」

   良 首(こうべ)をめぐらす。

   山 把住(はじゅう)して云く

  「一鏃破三關は即ち しばらく止(た)る。欽山がために箭(や)を放て。看ん」

   良 擬議(ぎぎ)す。山 打つこと七棒して云く

  「しばらく待たん。この漢、疑うこと三十年ならん」

 

【頌】欽山は良禅客に、關中の主(人公)を放なてよ、看ん・・と云ったが、うっかりするな。主人公のヒト矢、そう簡単に射れるものではない。目で狙えば耳が聞こえず、耳を捨てれば、両目が塞ぐ。いかにも自分が「主人公」であると、大悟のフリをして、七回も引っ叩かれて、更に三十年の坐禅を科せられた良禅客。

彼が、ヒト矢で三関所、破ったなら・・欽山どうするつもりか。

二人の禅機問答は、雷嚇一閃(箭)、活殺自在の応酬だ。

 【頌】君に關中の主を放出することをゆるす。

   放箭(ほうせん)の徒よ。莾鹵(ぽろ)なること莫(なか)れ。

   この眼(まなこ)を取れば、耳は必ず聾(ろう)し、

   この耳を捨てれば、目は二つながら瞽(こ)せん。

   憐れむべし一鏃破三關と。

   的々分明(てきてきぶんみょう)なり箭後(せんご)の路(みち)。

   君見ずや、玄沙(げんしゃ)の言えることあるを。

   「大丈夫よ。天に先立って心の祖たるべし」

 

【附記】欽山文邃(822年頃)雪峰義存と同郷、福建省で生まれ、共に行脚したと伝えられる。良禅客もまた詳細不明。釈宗演、加藤咄堂、井上秀天、朝比奈宗源などの著作を見比べると、良禅客を一枚上手の禅者と見る白隠の着語もあれば、欽山を達道の禅者であるとみる評もあり。

この問答は丁々発止の、龍虎相打つ禅機ハツラツの問答です。

 参考・・馬祖道一の弟子に歸宗智常(キスチジョウ)あり。後世に玄沙師備(ゲンサシビ)が「先天為心祖」=達道の禅者は永遠の自己の眞価値を自覚する・・の意⇒を換骨して頌とした。編集者の雪賓重顯は、これを愛誦の玄沙五言四句から漫然と引用したのであろう・・と「碧巌録新講話」井上秀天氏が第56則の新字解で述べておられます。

この手の問答は、禅境(地)から発動するモノとは違い、自己(主人公)の発火・爆発の瞬間を、独り一人で体験しなければ、ウーもスーも道えません。

私の場合・・釈迦、達磨、ヒタスラ・・禅の行商に汗するのをしり目に、三十年、3分間独りポッチのイス坐禅を続ければ、なんとかモノになるでしょう・・と確信、推奨しております。