碧巌の歩記(あるき)NO62

アレっ・・あの釣りしてるお爺さん・・ウキがピクピク、魚釣れてるのに雲を眺めて笑ってる・・キモイ!近寄らんトコ!

   碧巌録 第六十二則 門中有一寶 (うんもん ちゅうういっぽう)

              【雲門形山(ぎょうざん)に秘在す】

 

【垂示】圓悟の垂示である。師の教えやコピペでない自覚から、無心の施行をおこない、ただ、ひたすらな慈愛の献身をなすのは、禅による生活をする者の当然の行為である。

一言一句の上に活殺自在、一機一境(地)の活動を為す禅者とは・・いったい、どんな人物が、このような非凡で超人的な行いができるのか。試みに挙す看よ。

  【垂示】垂示に云く 

   無師(むし)の智をもって、無作(むさ)の妙有(みょうゆう)を発し、

   無縁(むえん)の慈をもって不請(ふしょう)の勝友(しょうゆう)となる。

   一句下(げ)に向かって、殺(せつ)あり活あり。

   一機中(いっきちゅう)において、縦(じゅう)あり擒(きん)あり。

   しばらく云え、什麼人(なんびと)か、かって什麼(いんも)にし来たりしぞ。

   試みに挙す看よ。

【本則】ある日、雲門文偃(うんもんぶんえん)が垂示した。

この広大無辺な宇宙いっぱいに、自己本有の覚心・・禅が満ち満ちている。すなわち、ワシも君たちも、本来具有の「禅」・・一宝があるのだが、その一宝によって生存(禅による生活を)している。日頃の、行住坐臥、すべてがその妙用のおかげなのに、誰も気が付かない有り様だ。

このことは・・禅者にとって、例えば、この禅院の門を持ち上げ、庭の燈篭の上に載せることだって、たやすいことなのだ。

サア・・誰か、山門を、燈籠の上に載せてみよ・・。

*映画「スターウオーズ」で、ジェダイの師、ヨーダが池に沈んだ戦闘機を、フォースの力で持ち上げるシーンがあった。スカイウオカーがフォースの力を知って、ヨーダに弟子入りする訳だが、どうやら、アメリカでのZENブームに、禅語録も一役かっているようだ。大変、面白く観たけれども、雲門の問いかけは、クレーンで山門を持ち上げて、燈籠の上に載せてみたり、ヨーダのように念力でやって見せたり・・するようなものとは、一切、関係ない問いかけだ。山本玄峰老師は、コノコトを「性根玉」と呼んでいる。(無門関 提唱・大法輪閣発行)

   【本則】挙す。雲門、衆に示して云く

   「乾坤(けんこん)の内、宇宙の間(あいだ)中に一寶(ほう)あり。

    形山(けいざん)に秘在(ひざい)す。

    燈籠(とうろう)を拈(ねん)じて、仏殿裏(ぶつでんり)に向かい、

    三門をもって、燈籠上(とうろうじょう)に来せよ」

【頌】ご覧なさい・・よくご覧なさいよ。

誰か・・人さみしい岸辺で、浮世ばなれの釣りをしていますね。

あの釣り人の風景・・一帯の美しいこと・・水は、満々とタユタイ、雲は、冉冉(ゼンゼン)と、遙るか大空を旅している。

名月は、水辺の蘆花と天地一白(天地同根・・)

さあ、この自然の内の妙用、一宝(ZEN)を看取するがよかろう。

  【頌】看よや看よ、

   古岸には何人(なんびと)か、釣竿(つりざお)を把(と)れり。

   雲は冉冉(ぜんぜん)たり。水は漫漫(まんまん)たり。

   名月蘆花(めいげつろか)、君 自(みずか)ら看よ。

 

【附記】この雪賓の頌は、碧巌録の中で、一番、私の好きな詩です。

趣味が釣りのせいか、釣れても釣れなくても、暑くても寒くても、時間を忘れてチヌ(クロダイ)の落とし込みを楽しんでいます。

もちろん、魚とのゲーム感覚で、釣れた時はPHOTOに記録するだけで、すべてリリースします。

提唱の「3分間独りポッチ禅」・・この場合は「釣りZEN」ですね・・