碧巌の歩記(あるき) NO66「ひとつひとつ・・腹の底から吐き出せヨ!」 

 碧巌録 第六十六則 巌頭収黄巣釼 (がんとう しゅうこうそうけん)

                                              巌頭黄巣過ぎて後がんとう こうそうすぎてのち)

【垂示】圓悟が垂示した。どのような逆境になろうと、あるいは猛虎を落とし穴で捕獲する機敏な策略をもっていたり、正面攻撃であろうと側面攻撃であろうと、その攻防は臨機応変のたくましい勇者・・まるで毒蛇をも翻弄できるような、眞の禅者を紹介しよう。

    【垂示】垂示に云く。当機覿面(とうきてきめん)にして陥虎の機を提(ひっさ)げ    

       正按傍提(しょうあんぼうてい)にして擒賊(きんぞく)の略を布(し)き

  明合暗合(めいごうあんごう)雙放雙収(そうほうそうしゅう)にして

  死蛇(しじょう)を弄することを解(げ)せば、また他は作者なり。

 

【本則】後年60歳で賊刃に斃れた湖北省(卾州)巌頭全豁(がんとうぜんかつ828~887)は禪史上、最も数奇な運命の禅者である。

彼には、若き修行時代、同郷(福建省 泉州)の雪峰義存(せっぽうぎそん822~908)の悟達禅機を発火させた、有名な「鼇山成道」(ごうざんじょうどう)の話がある。

三度 投子に参じ、九回洞山に上る、長い年月の修行を重ねた雪峰の、真の師は巌頭である・・と思います。

(その由来については、この則の後に附記します)

この則は、唐末(880~887)の一大一揆、黄巣(こうそう)の乱で唐が滅びかけている頃、求道者が、巌頭の禅院にやってきたところから始まります。

巌頭「何処からおいでたのか」

求道者「長安より参りました」

巌頭「それじゃ、天より賜った宝剣で、西京を乗っ取った賊大将・・黄巣は捕まって首を刎ねられたそうだが、その無用の宝剣、いったい誰が手に入れたのだろう」

求道者「ほかでもない私でございます」と調子をあわせた。

すると巌頭はスッと首をのばし、その宝剣の切れ味、見せてみよとばかりに、求道者の前に差し出して「グァッ」と奇声を発した。

(黄巣が首を刎ねられたように、切り落としてみよ・・という風だった)

求道者は自分の立場をわきまえていたようで、頭を差し出す巌頭に云った「やあ・・やあ、ご老師の首は落ちましたぞ」

この余りにも露骨な稚(痴)戯で振る舞う求道者にあきれて、巌頭は思わず大笑いした。

さて、その求道者、後日、同じく黄巣の乱で荒廃した福州(福建省)の雪峰(山)義存を訪ねた。

雪峰問う「何処から来られたのか」「巌頭の禅院から参りました」

雪峰「巌頭老師は、どんな風に提唱しておいでかな」

求道者は、巌頭と雪峰が、実の兄弟よりも深く、禅で結ばれていることを知らず、訳知り顔でトクトクと、黄巣の宝剣で巌頭の首を切り落とす真似をした話を語った。

すると雪峰は厳しく三十棒を与え、求道者を追い出したトサ

       【本則】挙す。巌頭 僧に問う「いずれの處より来たりしぞ」

   僧云く「西京より来る」

   頭云く「黄巣(こうそう)すぎて後 還って釼を収得するや」 

   僧云く「収得す」

   巌頭 頸(くび)を引(の)べ近前(きんぜん)して云く「グァッ」

   僧云く「師の頭(こうべ)落ちたり」

           巌、呵々大笑。

   僧のちに雪峰にいたる。

           峰 問う「いずれの處よりか来たるぞ」

          僧云く「巌頭より来たるなり」

          峰云く「何の言句かありしや」僧 前話を挙す。

          峰 打つこと三十棒にして追い出(い)だしたり。

*口の中にカタカナの<カ>の字を入れて「カ字」と読む。パソコンの手書きにも出てこないので、しかたなく、カ字一声を「グワッ」を発声させた。そんな感じです。

【頌】黄巣の乱が収まり、その宝剣の行方について、禅による生活の只中にある、巌頭の想いや大笑いを、求道者は理解していない。

だから、アチコチ行脚して、巌頭のことは巌頭より熟知している雪峰に立ち寄り、宝剣を手に演じた一件を自慢したものだからタマラナイ。雪峰の三十棒を食らって、追い出されてしまった。

イヤ、三十回のムチ打ちの刑で済んだからよかったものの、この狂言話、本当は三文の値打ちもない「禅機」の真似事をした・・コピペ求道者の末路話である。

禅宗の場合、寺僧の宗派集団や組織化された僧堂修行になると、必ず、このような、ガンモドキのような「禅」モドキが出現する。

巌頭にせよ、雪峰にせよ、達道の禅者たちは、ことごとく孤独な「禅による寂寥の生活者」である点に留意すべきである。

     【頌】黄巣すぎて、後かって釼をおさむ。大笑はかえって当に作者しるべし。

        三十の山藤しばらく軽恕(けいじょ)す、

               便宜(べんぎ)を得たるは、これ便宜に落ちたるなり。

 【附記】若き求道者、巌頭・雪峰が行脚、修行の途中、湖南省常徳府、鼇山(ごうざん)で、ひどい雪に閉じ込められて10日余り・・ヒタスラ坐禅三昧の雪峰をしり目に、兄貴分の巌頭は寝てばかり。やりきれぬ孤独感にさいなまれて、遂にたまりかねて文句をいう雪峰。どうして、こんな境遇なのに、今を想わず気楽に寝てばかりでいられるのか。

巌頭・・真面目な修行に励む雪峰を見かねて「お前の悟道の妨げとなる悩みを話してごらん」という。雪峰は、アチコチの著名な師家の参禅で得度した話頭をあげつらうが、ことごとく、コテンパンに否定されつくしてしまう。

その止めの一語が「無門関」冒頭の「門より入る是れ家珍にあらず」・・自分の心底からの「これ・このこと」を確信しなければ、己の真の宝物ではない・・「このこと」が未だワカランのか・・と詰め寄られて「それではいったいどうすればよいのか」と、追い詰められた虎の目で巌頭を睨み据えた。

巌頭「今後、禅の大旗を打ち立てようと思うなら、一つ一つ自分の腹の底から吐き出して、そいつを天地一杯に広げてゆくことだ」

雪峰は言下に大悟した。

思わず五体投地して巌頭を伏し拝む。そして起き上がるやいなや、繰り返し叫ぶのである。

「今こそ、まぎれもない鼇山成道(ごうざんじょうどう)だ」

*雪峰(義存)は雪峰山に住したのちの名前。巌頭(全豁)同じく巌頭山(岳州)に住した・・ので、義存・全豁より、わかりやすい後々の名で表現した。

*この鼇山成道は、祖堂集の訳出により、柳田聖山著「禅の山河」発行・禅文化研究所 昭和61年・・から紹介させていただいた。この項に前後して「途中善為」(とちゅうぜんい)・・道中、くれぐれもお気をつけて・・とか、「末後の句」など、禅者、雪峰の逸話が、詩的に、すぐれた禅文学として紹介されている。推奨したい1冊である。