碧巌の歩記(あるき)NO77 「まんじゅうで、コロモのホコロビ・・縫い合わせられますか」?

中國 韶州(しょうしゅう)雲門山文偃(ぶんえん 852?~949)は、初め睦州に参じ、次いで雪峯義存(せっぽうぎそん)に師事した。五家七宗雲門宗の開祖。特色は、その語言きわめて巧妙で、容易に窺(うかが)いがたきにある。碧巌六則に有名な「日々是好日」があり、百則中、15則中に登場する。そのいずれもの問答は「紅旗閃爍(こうきせんしゃく)」・・まるで、青山の頂に紅い旗が翻っているけれど、敵陣見定めがたい・・といわれている。

この語録の登場人物の略歴について紹介は省いているが、参考に書けば、雲門が雪峯に師事したのは870年19才の時であり、趙州従諗(じょうしゅうじゅうしん)が120才で亡くなったのは897年、彼は46才であり、師、雪峯の死は57才(908年)の時である。

 

碧巌録 第七十七則 雲門 餬餅 (うんもん こびょう)

【垂示】圓悟が座下の求道者に垂示した。

処世法には二種類ある。一つは向上的で、天下人の機先を制し、まるで熊鷹が鳩を捕まえるように、自己の掌中にあって思うままの行いが出来ること。

二つ目は、向下的生活行動で、何事も、社会環境の奴隷となって、制度や規制に縛られた、主体性のない暮らし方をすること。

まるで亀が殻の中に閉じこもるように、ローンの支払いに追われた生活のようになることだ。

もし、この件で「何を言うか。向上も向下もあるものか・・寝言話は止しにせよ」と、理(こと)わりを云う者があれば、次のように言ってやろう。

「どうやら、お前さんは、幽霊仲間の世界で、現(うつつ)を抜かす輩(やから)と見えるな」

さて、坐下の者たち・・向上に転ずるといい、向下に転去するといい、如何なるか?「一真人」とは・・如何なるや?幽霊人間とは・・この黒白のケジメをハッキリつけているか・・どうかが問題なのだぞ(・・と、求道者を見まわして・・)一定の規定があるなら、その規定どおりにするがよい。もし一定の規定がないのなら、従来の慣例に従いなさい・・そして、その実例が見たければ示そう。試みに挙す看よ。

  *垂示に云く、向上に転じ去らば、もって天下の人の鼻腔(びくう)を穿(うが)ち、

   鶻(こつ)の鳩を捉(とら)えるに似たる・・べく、

   向下に転じ去らば、自己の鼻腔は、別人の手裏(しゅり)にあって、

   亀(かめ)の殻(から)にかくれたるが如くならん。

   このうち、たちまち、ここに出で来たって、本来、向上も向下もなきに

   転ずることを用いて、なにおかなさんやと、いうものあらば、

   ただ、かれに向かって道(い)わん。我また知る、

   なんじが鬼窟裏(きくつり)に向かって、活計(かっけつ)をなすことを・・と。

   且(しば)らく道(い)え。作麼生(そもさん)か、この緇素(しそ)を辦(べん)ぜん。

   (良久して云く)

   條(じょう)あれば條を攀(よ)じ、條なければ例を攀じよ。試みに挙す看よ。

   *碧巌百則 園悟の垂示中、古人は特に優れた垂示として賞賛している)

【本則】ある求道者が雲門文偃(うんもんぶんえん)にむかって「もう仏様の線香臭い話や、祖師方のお悟り臭い話など聞き飽きました。ひとつ、これを超越した、スカットした話を承りたいものです」と云った。

雲門云く「ソレなら、ゴマ饅頭を一つ召し上がれ。

さあっ・・(これも物騒=ブッソう(仏祖)話か・・)どうじゃ」とせまった

  *擧す。僧、雲門(うんもん)に問う

  「如何なるか、これ超佛越祖(ちょうぶつおっそ)の談」

   門云く「餬餅(こびょう)」

【頌】生活上、止むを得ないとはいえ、雲水は、天下の叢林(そうりん)を食いまわっているくせに、超佛超祖の話とは・・。

こいつは素敵な文句と裏腹に、つじつまの合わない、ほころびがいたるところに目立った求道者だ。

さあ、お前たち・・そのほころびトヤラが解かるかナ?

雲門は、ゴマ饅頭をピチャリと綻びに当ててスキマを塞いだが、きれいにくっついてはいないようだ。今日に至るまで、ウロウロと求道者どもは、禅寺を駆け回わり、ヤレ禅の印可だの見性だのと、イロイロな認可、権威の取り合いを演じ、ゴマ菓子(誤魔化し)饅頭の奪い合いだ。

いや、さすが雲門・・これは、超談の求道者を、茶菓(茶化)した一語と見立てるが、しかし、あんたは胡散臭くても、くれたゴマ餅は天下一うまいなあ。

  *超談(ちょうだん)の禅客(ぜんかく)の問いは、ひとえに多なり。

   縫罅(ほうけ)の披離(ひり)せるを見しや、いなや。

   餬餅祝し来たりしに なおとどまらず、今に至るも天下に訤訛(こうか)あり。