ヘレン・ケラーさんを「禅者」と言われますが・・?

碧巌の散策 第八十八回の歩記(あるき)

●友達と一緒に、3分間イス禅をするのはいけませんか?

 

結論を先に云いましょう・・

「3分間ひとりイス禅」は、自分一人だけの「坐禅」です。

例え仲間と二人だけであろうと・・組織や集団を構成してはお奨めしません。

はじめ、椅子に坐っての独り坐禅・・ですが、呼吸も整い、波風のたたない状況になったら、次に、椅子に坐ることにこだわらず、寝る時、起きる時、食事の前や後、通勤の電車・バスの中、トイレの中、散歩中の公園や、海辺、河べり、自然の風景に溶け込んでの、生活上に、おりふし一人で行う坐禅となってください。

 

この「3分間ひとり禅」から、何時でも何処でも行える「ひとり坐禅」へと進化(真化・清化・深化・親化・晋化)させましょう。

この何の役にも立たない坐禅は、あなた独り・・だけの禅です。

釈尊の「天上天下、唯我独尊」・・宇宙に、ただ一つ独りだけの遺伝子を持つ・・独りで生まれ、独りで死ぬ・・「私」の(為だけにある役立たずの)坐禅です。

友人や仲間、指導したり教導を受けたりは、かえって邪魔で、これを運営する組織や、管理する団体は、一切、不要な「禅」です。

まして、お金をかけたり、時間をかけて遠方まで行脚する必要は絶対にありません。

誰とも相談や研修しないで、唯ひとりの独行の坐禅です。

 

昔、こうした坐禅は小乗禅とか羅漢禅とか言われました。

自分一人救われようとするエゴイスト・・などと、どのように評価、批判されようと関知しません。

・・あなたの足で歩いてください。あなたが座禅してください。

生きている間は、お互い、助けたり、助けられて成り立つ社会ではありますが、独り坐禅のめざす「禅による生活」は・・やはり「独り」・・の境地から出発し帰着します。

働くのも、食べるのも、恋をするのも、遊ぶのも、本を読むのも、全部、自分の事は自分が行うのです。

 

その証に、聾・盲・唖のヘレン・ケラーが「ウオーター」を自知して、人となられた様に、まずは「独りで生まれ、独りで生き、独り死ぬ」・・自覚・・これを悟りと言い、愛といい、慈悲という・・他人が言うことは、それはそれとして、「ひとり坐禅」で、自分が体得、自認してほしいのです。未来永劫・・誰が何と言おうと・・「3分間ひとりイス禅」→「ひとり禅」=「禅による生活」です。

私は、勝手ですが・・ヘレン・ケラーさんは、すばらしい「禅者」であると思っています。

そして、悟りすました佛像のような禅のイメージ(死禅といいます)を払拭して、普段の暮らしや仕事の中に・・イキイキとした「禅による生活」をなされますように・・。

 

碧巌録 第八十八則 玄沙三種病人 (げんしゃ さんしゅびょうにん)

【垂示】圓悟の垂示に云く。

商いや経営には、毎日毎日のやり繰りと、一を聴いて三を知る活動が大事だ。

仕損じのない、二を破って三となす行いもある。

そして悟境(地)の点検、整備は、車の運転前の点検と同じく、小さな不備を見逃すことなく、、しっかりなさねばならない。

また禅者は、如何なる場合に臨(のぞ)んでも、自由自在、臨機応変の手腕を見せ、堅固で至難な問いをも、撃砕するようでなくてはならぬ。

禅者は、亀が、砂浜に足跡を残すような行いではなく、木鶏(もっけい・木彫の鶏)の暁を告げて鳴く如く、閑古錐(かんこつい・先の丸びた役立たずキリ)の如き風で、大魯(だいろ)大拙(だいせつ=愚かさの極み)に立って、涼(すず)やかに大道を闊歩(かっぽ)してほしいものだ。

このように「禅による生活」を為す時、いったい、何処にミソをつけた行いがあるのか・・禅者なら試みに示す、この公案を見て答えてみよ。点検するぞ。

 *垂示に云く、

  門庭の施設(せせつ)には、且(まさ)に恁麼(いんも)に二を破り三となすべし。

  入理の深談には、またすべからく七穿(せん)八穴(けつ)なるべし。

  機に当って敲點(こうてん)問(こうもん)・點破(てんは)するには、

  金鎖玄關(きんさ げんかん)を撃砕(げきさい)すべし。

  令によって行ずるには、直ちに掃蹤滅跡(そうしょうめっせき)なるを得べし。

  且(しば)らく道(い)え、訤訛(こうか)は什麼(いずれ)の處(ところ)にあるや。

  頂門の眼を具する者は、請う試みに擧す看よ。

 

本則】擧す。

ある時、玄沙師備(げんしゃしび=第二十二則参照)が示衆(じしゅう)した。

もろもろの禅匠、禅者は言う。

衆生(しゅじょう)済度(さいど)を願つて道を修す・・と。

では、聾・盲・唖の者の如き、三病の求道者が来たれば、どのように対応できるのか?

いったい、三病の人をこそ、いかに教導、救済できるのだろうか。

手持ちの払子(ほっす)を振りかざして見せたところで、眼が不自由なれば見える訳でもないし、耳の不自由な者に、いくら説教しても聞こえないだろう。口が不自由な者に、いくらモノを云えと攻めたところで口が利ける訳もない。

禅者たるもの、こうした人たちの教導が出来ないなら、どんな功徳があると言えようか。

 

時が変って・・かって・・玄沙の垂語を聞いていた求道者が、後に雲門のもとに来た時、雲門を困らせる意図があったものか「見えざる・・聞こえざる・・云えざる」三病人を真似て、禅の神髄について、その意見を問うた。

雲門云く「ぐずぐずしないで、まず、礼拝しなさい」

求道者が礼拝した時、雲門は拄杖で彼を突きのけようとした。

彼は、その危険を察知して、思わず後ずさりした。

雲門すかさず「お前さんは、眼が不自由であるかの如く問うているが、どうやら眼はタッシャのようだな。もう少し、近くに来なさい」と言うと、求道者は、恐るおそる、雲門に近寄ったので、雲門云く「ソリャどうだ。お前はチャント耳が聞こえるではないか。少しはわかったかな」と言うと、つられて求道者は「イヤ、老師のなさること、サッパリ解かりません」と答えた。

雲門「こりゃどうだ・・よくもまあ、ペラペラと口のまわることよなあ」

求道者は、ギュウギュウ 雲門に迫られて、少し禅機をおぼえたようだった。

  *擧す。玄沙(げんしゃ)、示衆(じしゅう)して云く

  「諸方の老宿(ろうしゅく)、盡(ことごと)く道(い)う、

   接物(せつもつ)利生(りしょう)と。

   忽(たちま)ち三種病(さんしゅびょう)の人の来たるに逢(あ)わば、

   作麼生(そもさん)か接(せつ)せん。

   患盲(かんもう)の者は拈鎚竪拂(ねんついしゅほつ)するも、他(た)また見ざらん。

   患聾(かんろう)の者は、語三昧(ごごんざんまい)なるも、他また聞かざらん。

   患唖(かんあ)の者は、伊(かれ)をして説(と)かしめんとするも、

   また説くことを得ざらん。且(まさ)に作麼生(そもさん)か接(せつ)せん。

   若(も)し、この人を接することを得ずんば、仏法には霊験なからん」

   僧、雲門に請益す。

   雲門云く「汝 禮拝着(らいはいちゃく)せよ」僧 禮拝して起(た)つ。

   雲門、拄杖(しゅじょう)をもって挃(つ)く。僧 退後(たいご)す。

   門「汝は患盲(かんもう)にあらずや」

   また「近前来(きんぜんらい)」と喚(よ)ぶ。

   僧 近前(きんぜん)す。門云く「汝はこれ患聾(かんろう)にあらずや」

   門 乃(すな)わち云く「また會(え)せりや」僧 云く「不會(ふえ)

   門云く「汝はこれ患唖(かんあ)にあらずや」僧 ここにおいて省(せい)あり。

 

頌】盲・聾・唖の三病を、もてあそぶ輩に、達磨の聖諦第一義など、解かりはしない。

こうした者たちが、禅の求道者を任じるとは世も末だな。

行脚して、さ迷い歩く幽霊に、チャント二本の足があるとは・・イヤハヤ、笑えて涙が出てきたぞ。

こんな連中がわからないのは無理もない話だ。

古事に、黄帝の頃、朱離婁(しゅりろう)は、密室でも春、秋の来たるを感じることが出来た眼識の達人。一方、師嚝(しこう)は、遠く山を隔てて、蟻の争うを聴く、聴覚の達人と言われるが、この二人、確かに、身に沁みて、見えて看えず、聞こえて聴こえずの・・凡人だった。

こんな有名なだけの解からず屋を真似をして、ひたすら月清(つききよ)しもと、独坐(どくざ)三昧(ざんまい)をなしたところで大悟徹底できて、どうにかなるものではない。

自然はマッコトそのままにあり、人智の及ぶ處ではない。

四季につれて全山、紅葉し、やがて春来たりて花が咲く。

(雪竇が一言、附記した)「どうだ?解かったかナ?・・これは柄のない金鎚のような公案だから、さぞ、つかみようのない(難問難解)話だ」

  *盲聾瘖亜(もうろういんあ)は、杳(よう)として機宜(きぎ)を絶す。

   天上天下、笑うにたえたり、悲しむにたえたり。

   離婁(りろう)は正色(せいしき)を辦(べん)ぜず、

   師嚝(しこう)、豈玄絲(あにげんし)を識(し)らんや。

   虚窓の下に獨坐するは、いかでかしかん。

   葉の落つるにも、花の開くにも自ずから時あるものを。

  (復(また)云く)また會(え)すやいなや。無孔(むこう)の鐵鎚(てっつい)