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木仏を焼けば,舎利(佛祖のお骨)が採れる・・とは・・

その他  

碧巌の散策 第七十六回の歩記(あるき)である・・

碧巌録 第七十六則 丹喫飯也未(たんか はんをきっすや いまだしや)

【垂示】圓悟が求道者に垂示する。

宇宙の実体は、細部を看るに米粉のごとく、極寒は氷霜の如くであるし・・遍在性を見ると、見事に宇宙に充満しているから、人の云う「明」とか「暗」とか、髙い、低いも、ともに無限だから、大悟徹底した禅者の積極的行為(把住)、消極的行為(放行)は、一挙手一投足、すべて自然(おのずから、しかり)だ。

さあ、おまえたちの中に、ズバリ、こんな鋭いことを言えるような徹底した者がいるか・・どうか。試みに挙す看よ。

*垂示に云く、細(さい)なることは米末(べいまつ)のごとく、

冷(れい)なることは氷霜(ひょうそう)に似たるも、

乾坤(けんこん)を逼塞(ひっそく)して、明を離れ、暗を絶(ぜっ)す。

低々(ていてい)たる處にては,これを観るに餘(あま)りあり。

高々(こうこう)たる處にては、これを平ぐるにたらず。

把住も放行もすべて這裏(しゃり)のところにあり。

また出身の處 ありやいなや。試みに挙す看よ。

 

【本則】

ある日一人の求道者が、丹霞山(たんかざん)の天然和尚の処にやってきた。

丹霞「どこからお出でたのかな」

求道者「丹霞山のふもとから、登ってきました」と奇抜な風の答え方をした。

丹霞「ウム・・下から上にか。それはそうと飯は食ったか、まだか?」

求道者「もう、いただきました」

丹霞「お前さんなんぞに飯を施す人がいるとは、世の中は広いものだ。どうだ。

その人は人物を鑑識する「真眼」はあつたか?」

求道者・・この鋭い禅者の問いに無語だった。

(これは九世紀初頭、鄧州南陽、丹霞山の禅院での問答だが、九世紀終ごろ

・・丹霞死後三十年後、福州雪峰山の禅林で、長慶慧稜と保福従展の間で、この話が蒸し返された)

長慶が保福にむかって「どうも、あの丹霞和尚の言い分が納得できません。丹霞和尚は、あの求道者に飯を食べさせた人は、眼なしだと言わんばかりですが、これは、如何なる立場から言えることでしょうか?」

保福「雲水、行脚をもって自任する者であるなら、ホドコシを受けるような意気地なしになる訳がない。飯を食わせる奴も奴だが、食わせてもらう奴も奴だ。施者も受者も、眼なしだね」

長慶「最善を尽くして、真に感謝する・・自己相応の慈善を行うことを、貴方は眼なしだ・・というのですか」

保福「おいおい・・私を眼なし扱して、わからず屋だと言うつもりかナ」

*擧す。丹(たん)霞(か) 僧に問う「いずれの處より来たるや」

僧云く「山下(ざんか)より来たれり」

霞(か)云く「喫(きっ)飯(ぱん)了(りょう)や、未(いま)だしや」

僧云く「喫飯了」

霞云く「飯をもちきたって、汝に喫(きっ)せしむる底(てい)の人、また眼(まなこ)を具(ぐ)するにや」

僧 無語。

長慶、保福に問う「飯をもって人をして喫せしむるは、恩を報ずるには分あるに、なんとしてか眼を具せざるにや」

福云く「施者(せしゃ)受者(じゅしゃ)ふたりともに瞎漢(かつかん)なり」

長慶云く「その機を盡(つく)しきたるも、また豁(かつ)となすやいなや」

福云く「我を瞎(かつ)と道(い)い得るにや」

 

【頌】自己の最善を尽くして物事をなす者を「わからず屋」とは言わない。

昔、インドの寓話に、ご先祖の墓に沢山のお供え物をして祈る人がいた。そこへ牛飼いが通りかかり、死んだ牛の頭を近くの草むらに押しつけて、「さあ、この草を食べろ、食べてくれ、おいしいぞ」とけしかけていた。

墓参りにきた人は、これを見て「ソンナ事をしたところで、死んだ牛が草を食べる訳がない」というと、その牛飼いは「あなたも、私のしたようなことをお墓でしているではありませんか」と逆ねじを食わせた・・逸話にもとづく。

禅を伝灯するインドの四十七師。中国、達磨から二十三代の祖師・・伝法者たちは、禅の印可相伝に大騒ぎを演じてきたが、禅は、そんな大袈裟な中に隠れているものではない。

イヤハヤ天上界、人間界、どこもかしこも、我利我利亡者(ガリガリモウジャ)の渦中に呑まれて、アップアップの溺死状態だ。

*機を盡(つく)さば瞎(かつ)となさず。

牛頭(ごず)を按(あん)じて草を喫(きっ)せしむ。

四七二三の諸祖師(しょそし)

寶器(ほうき)を持(じ)し来(き)たって過咎(かきゅう)をなせり。

咎深(かきゅうふか)し、

尋(たず)ぬるに處なく、天上人間は同じく陸沈(りんちん)

 

【附記】

丹霞天然(たんかてんねん=739~824)鄧州丹霞山に隠棲した、馬祖道一の弟子。石頭希遷に参禅。七十代の頃、寒中、慧林寺で木仏像を焼いて暖をとったという逸話のある禅者。

人に咎められると「仏像を焼いて、お前さん方が有難がる、佛陀の舎利(骨)をとる」といい、「木像に舎利があるものか」と言われると「舎利の無い仏像なら、いくら焼いたところで責められるイワレはないぞ」と答えたそうです。

コンナ気骨のある禅者は、今時、何処を探しても見つからない。