好き勝手・・は、天真爛漫ではない!(500年前 禅の注意書 その2)

  • 碧巌の散策 第七十三回の歩記(あるき)である・・      

(修行者の邪路・・第七十三則歩記(あるき)に続けます)

無異元來(1575-1630)著「博山和尚参禅警護」意訳=鈴木大拙 禅思想史研究 

第四「工夫的精神の意義と機能」発行 ㈱岩波書店・・抜粋

 

(禅)修行者の落ち入る邪路というのは・・次の如きものである。

・知的了解によりて公案の内容を検討せんとする

・厭世的意向を生じて、ただ寂静・無人の處を慕う

・情識・妄想の心をもって、意識上に強いて澄(ちょう)澄 

 (ちょう)、湛湛底(たんたんてい)の境地を現出せんと勉 

 める

・古人の公案を把って分別理解上の穿鑿(せんさく)をする

・この身體と思われるものの中に、心というものがあっ 

 て、その物が往来したり能(よ)く動き、能く静かに無形 

 無相なれど、六根門頭(ろくこんもんとう眼耳鼻舌身意 

 =色声香味触法)において色々と活躍すると想像する

・この心が・・手足を使って善悪の業を成ずると考える

・然(しか)ざる場合には、この身體を無暗に苦しめて、禁 

 欲主義の生活に解脱を求める

・積極的には徳を積み、善を行じて、佛果を獲んと思う

・或いは放逸にして無軌道的生活を営み、それで天真爛漫 

 (てんしんらんまん)だと信ずる

・自分の優越感に沈溺(ちんでき)して自制を知らぬ

 

真実の参究心を持ち合わせぬ修行者は、実際生活上、種々の方面において、支障百出の憂き目に遭い、したがって公案を本当に看ることが出来なくなる。

看話禅の修行の容易でないことが分明になる。

 

どうですか・・仏教学者であり、禅者である故・鈴木大拙が、四・五百年前の参禅注意書を紹介する意図は何か。

まず一つは、欧米で流行の「ZEN」への誤解と戒め・・そして、現代の僧堂の修業の在り方が・・温室栽培・促成的な、味も香りも色艶まで薄いトマトやキュウリ、茄子のような、禅寺後継者、養成所であることを憂えた、古文引用であると思います。

 

幾度となく、この奉魯愚すら読み捨てにして、知識や評論を頭から追い出して、

「三分間ひとりイス禅」をなされるよう、お奨め、注意をしています。

 

碧巌録 第七十三則 馬祖四句百 (ばそ しくひゃくぴ)

【垂示】圓悟が座下の求道者に垂示した。

維摩経」(羅什三蔵訳)に、真如は全宇宙に遍在して、分別・相対の世界を超越したものであるから、法を説くべきもなく、示すべきも無い。

また、法を聴くべきもなく、得るものもない・・とどのつまりは、無説無示。無聞無得である・・とある。

されば、偉そうに禅の師が、高座説法などする必要はないし、黙っているのが一番だ。また、求道者は、何もお寺に参詣して、坊さんから説法してもらう必要はない。

いま、ここに、こうして老僧(圓悟)が話をし、お前達(求道者)が、聴いている訳だが、これは・・「真如」の世界から、遠く離れてしまった事になる。

こんな提唱(集いごと)は、お互い、過ちの上塗り作業だぞ。

サテサテ・・どうしたら、このような大間違いをしでかさずに、「透関のまなこ」をもつ、禅者になれるのであろうか・・試みに挙す。看よ。

  *垂示に云く。

   それ説法者は、無説無示。それ聴法者は、無聞無得。説くこと、 

   すでに無説無示なれば、いかでか、説かざるにしかんや。

   聴くこと、すでに無聞無得なれば、いかでか、聞かざるにしかんや。

   すなわち、無説また無聴にして、かえって些子(しゃし)にあたれるなり。

   ただ如今(にょこん)、諸人(しょにん)

   山僧が這裏(しゃり)にあって説くことを聴く。

   作麼生(そもさん)か、この過ち(あやま)を免得(めんとく)し、

   透関(とうかん)の眼(まなこ)を具する者なるぞ。

   試みに挙す。看よ。

 

【本則】ある日、求道者が馬祖山の道一老師に向かい「一切の相対的思索と文字、言説を超越した・・達磨が中国にやってきた目的を・・端的に指摘してください」と、訳知り顔で斬り込んだ。

ところが馬大師は・・「今日は大変に疲れているので、お前さんに説くことあたわず、(西堂の)智蔵に聞け」と言う。彼は、ただちに智蔵に問うた。

すると・・「どうして馬大師にお尋ねしないのか?」

「先ほど、お尋ねしましたら、あなたに聞けとのことですので、お伺いした訳です」

智蔵「ワシは今日、頭痛がしてアンタに話ができない。いっそ、海兄(かいひん=百丈懐海)に尋ねることだ」・・というので、この質問を百丈に持ち込んだ。

懐海「そんなこと・・わしに解からぬ」

・・求道者は、ぐるり一巡して、智蔵と懐海の接待ぶりを馬大師に話した。

すると馬大師は、二人の禅機を比較して「智蔵は素人(しろうと)。懐海は玄人(くろうと)。(その簡潔ぶりはナカナカだ・・)と言った。

 *擧す。僧、馬大師(ばたいし)に問う。

  「四句を離れ、百非を絶して、請う。

  師、それがしに西来意(せいらいい)を直指(じきし)せよ」

  馬師(ばし)云く「我れ今日(こんにち)、労倦(ろうけん)。汝が為に説くこと能わず。  

  智蔵(ちぞう)に問取(もんしゅ)し去れ」

  僧、智蔵に問う。

  蔵云く「なんぞ和尚に問わざる」僧云く「和尚来(き)たり問(と)わしむ」

  蔵云く「我れ今日、頭痛す。汝が為に説くこと能わず。

  海兄(かいひん)に問取しされ」

  僧、海兄に問う。

  海云く「我れ這裏(しゃり)に到っては却(かえ)って不會(ふえ)

  僧、馬大師に挙示す。

  馬師云く「蔵頭(ぞうとう)は白(はく)、海頭(かいとう)は黒(こく)

 

*蔵頭白、海頭黒・・意味の由来について・・

昔、福建省(閩・びん)に頭巾(ずきん)が白の候白(こうはく)という山賊と、頭巾が黒の候黒(こうこく)という山賊がいた・・という説話に基づく。

  • 秦観の准海閒(じゅんかいかん)居集(きょしゅう)=以下=解読・井上秀天著、碧巌録新講話による・・(略記・紹介)

ある日、候黒が女と井戸端で深刻な顔つきをしているところに、候白が通りかかり、その訳を尋ねた。女が貴重な耳飾りを井戸に落として弱っている・・という。

君が拾い上げたら、お礼に、その価値の半金を進呈する。

これを聞いて候白、そっと候黒に耳打ちした・・「よし、その儲け話し、引き受けた・・が、拾い上げた上は、あの女を騙して、全部をワシの物にしたい」と要求した。

侯黒が承知したので、候白、衣服を脱いで井戸の中に入った隙に、候黒は、身ぐるみの一切合切を盗って、女と共に逐電してしまった。

古い閩人(びんじん)のコトワザに「我は候白、彼、更に候黒」=自分はヨッポドの悪者と思っていたのに、彼は一枚、上手の悪(わる)だ・・の意味でつかわれている。

また、碧巌録、第四十一則 趙州大死底の話で出てくる「白頭、黒頭」=白い頭のやつ、黒い頭の奴・・は、例えで、よく使用されていた俗語であり、日本の「白頭(しろと)」「黒頭(くろと)」=しろうと(素人)くろうと(玄人)は、、おそらく湯桶(ゆとう)読(よ)みの言い方であろう・・

 

・この話は、求道者が、智蔵と懐海のとった応対に納得できず、馬祖に報告(告げ口)したので、馬祖は、智蔵の対応の生ぬるさと、懐海の明瞭なハネツケ方を聴き比べて、二人の禅機の優劣を審判したのであろう。(僧擧馬大師・・は、告げ口した様子をあらわす)

 

・従来、馬祖の「蔵頭白、海頭黒」は、四句を離れ百非を絶して、達磨西来の意味を問う公案の、答えの如き印象をあたえているが、誤解もはなはだしい。

智蔵に聞け・・懐海に尋ねよ・・と言っている・・それに自悟独証がある・・ことに気付くことだ。

 

【頌】「智蔵の頭には白頭巾。懐海の頭にや黒頭巾」と、馬大士は、禅機の判定をしたが、この真意を心得た禅者が、果たしているかどうか。

実際、馬大士は、なみいる禅者たちを踏み分ける奔馬そのもの。

臨済をたとえて、白昼、公然と、人の物を強奪する(ひったくるような禅)者だと言うが、馬大師の前では、ひどく影が薄い存在だ。

かの求道者は、求道の姿、行いを、大義名分や論理的証明にウツツヲ抜かす妄想の人である。ただ一人、坐して、自から自證せよ。

 

  *蔵頭は白く海頭は黒きを、明眼(みょうがん)の衲僧(のうそう)も會(え)することを 

   えず。駒(ばく)は踏殺(とうさつ)せり天下の人。

   臨済(りんざい)はいまだ是れ白拈賊(びゃくねんぞく)にあらず。

   四句を離れ百非を絶す。天上人間、ただ我れ知れよ。