PC将棋で・・女性の『私が・・カチマシタ』・・ソノ声のイマイマシイ・・コト!

碧巌の散策 第七十一回の歩記(あるき)である・・

髙い駒音を響かせる将棋の一手・・棋界は、今、スマホカンニングでゆれている。

証拠はないが、プロ対戦中の休憩で、密かにスマホから次の一手を教わろうとたくらんだプロ棋士がいたようだ。

あと10年もすれば、チェスや将棋は、間違いなく、人間=頭脳は、電子計算機に百戦百敗の憂き目をみよう。

私も、PC将棋で遊んだことがあるが・・あの電子的女性の声で「勝ちました!」と宣言された時の口惜しさ・・次に一ランク、相手の・・PCに下げてもらって、今度は「敗けました」の声を聴いた時の・・安堵感。優越感・・言葉は悪いが「座間亜美路」(これはPCにうち込んだら勝手に語換してくれました)・・と思いましたが、あの負けた時の想いに、後味わるく、それからPC将棋は起動していない。

とにかく計算能力が、プロ棋士千人が知恵を絞っても、わずか数秒のあいだに何万手の中から、もっとも確率の高い次の一手を導き出すのがPCである。

PCゲームはおもしろいことだろうが、あとは虚しい疲れがドッとやってくる。

 

プロ棋界は、日本的(武士道)の礼儀、作法をもつ棋士の集まりであると聞く。

勝負中、チュウインガムを噛む人もいないし、学ぶ少年少女は姿勢よく、礼儀正しい。

観戦の人たちに、スマホで遊んだり居眠りしたりする、ダラケタ振る舞いは見たことがない。

汗や涙を伴わない計算高い相手(pc勝負)には、関与しないのが一番。

・・それが吹けば飛ぶよな将棋の駒に・・の心意気ではないでしょうか。

 

どうぞ、将棋だけは、人と人の「新手一生」升田幸三名人・・のような、たゆまぬ汗か涙の・・人と人の戦いであってほしい・・と願っています。

 

碧巌録 第七十一則 五峰和尚併却 (ごほうおしょう へいきゃく)

          百丈問五峰(ひゃくじょう ごほうにとう)

【垂示】ありません・・

前則に関連する、百丈の五峰(弟子)への問い(公案)ですから、圓悟の、ワザワザの垂示はありません。

 

【本則】百丈、今度は五峰に向かって「口で・・ではなく、禅者としての一語を云え」と迫った。

五峰云く「老師よ、まずは、貴方から口で・・ではなく、その禅者の一悟をお示し願います」

百丈云く「ようしヨシ・・お前さんの来るのを無人(尽)の境地で、手を額にあて遠く望んで、待ち受けよう」

(圓悟 箸語(ちゃくご)「土曠人(じゅうまんおくどの)稀(ちに)相逢者少(ひとまれなり やくそくはできないぞ)」・・ソンナ遠方で待ってるようなお人よしはイナイゾ・・の意)

  *擧す。百丈、復(また) 五峰に問う。

  「咽喉唇吻(いんこうしんぷん)を併却(へいきゃく)して、

   作麼生(そもさん)か道(い)わん」

   峰云く「和尚、また、すべからく併却すべし」

   丈云く「無人の處(ところ)にて斫額(しゃくがく)して汝を望まん」

 

【頌】師、百丈に「一切の媒体を除去して、悟道の一語を云え」とは・・

まるで、不敗の龍蛇を布陣した百丈の手元をすり抜けて、斬り返した五峰のハカライ、見事である。

この非凡な働きは、古の李将軍の逸話そのものだ。

万里の天空を飛翔する鶚(ミサゴ)に比すべき百丈を、

見事に射落とした手際は、李将軍以上の英雄と呼ぶべき者

であろう。

  *和尚 また併却すべしとは。

   龍(りゅう)蛇陣上(だじんじょう)に謀略を看せしめたるなり。

   人をして長く李将軍を憶(おも)わしむ。

   萬里(ばんり)の天遍(てんぺん)には一鶚(いちがく)を飛ばせり。

 

【附記】潙山、五峰ともに、問答をしかけられた師、百丈から否認されてはいない。しかし、潙山は虎であるのに猫に見せかけて、五峰は龍であるのに蛇に見せかけて、その禅境を表わしたが、まだ百丈の口舌、言句の網の中に囚われている。趙州や臨済の如き悟境は、まだまだの若虎、土龍・・未だ天龍にいたらぬ時期であると言えましょう。