読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

禅・坐禅・瞑想  ◆碧巌の散策 第六十九回の歩記(あるき)である

◆「役立たず」の「3分間ひとりイス禅」は・・「執着する心の」アカ落しだ   

  • 「役立たずの坐禅」と言われますが、役立たずと云う「役」に立っているじゃないですか・・理窟もここまでくれば,HERIKUTUですが、「這えば立て」の、親ごころでいえば、モウチョット・・です。(でも、猿が人間に進化した位の大変身が必要ですが・・)

●遊びをせんとや生まれけん・・(梁塵秘抄 今様)

提唱する「三分間イス禅」は、自分が「面白いか(楽しいか)」または、自分に

「得か、役立つか」・・の観点で、行っているとしたら、これは、まったく役立つものではありません。

自分にとって「役立たず」の、箸にも棒にもかからない、そんな三分間・・イス禅であればこそ、いずれは必ず、禅語でいう「無所得=無尽蔵」の世界が開けてくることになるでしょう。

イヤ、こんな功徳のありそうな言葉は必要ありません。

また、釈尊が言ったとか・・〇○宗のえらい?坊さんが言ったとか、経典や哲学書に書いてあるとか、尊敬する指導者が導いてくれた・・とか・・著作や漫画、スマホに救われた・・など、一切の価値観・・これは、自分が創ったものではありません。他の人の経験、知識ですから、参考にするだけで、後はこだわることなく捨ててしまいましょう。

通販で「私は●◆でこんなに痩せた」と、経験CMに釣られるような、坐禅や瞑想はおやめなさい。役立たないことであればこそ、釈尊は悟りを得られ、坐禅や瞑想が現代まで、続いているのです。生活手段や、利権教導の中に入った瞬間、真の禅・坐禅や瞑想は、真の行動を消滅します。だから、ひとりイス禅をすすめます。

(碧巌録の時代から、さらに千年分・・すさまじい知識・文化・・情報が私たちに押し寄せています。(二十四時間、すきまなく情報の電波だらけです。もし電波が筋になって見えたら、あまりの多さに、どうにかしてくれといいたくなることでしょう)

こんな過剰な情報は頭脳にとって整理しきれず、一度仕込んだ情報も捨てきれず、千年昔・・臨済のいった・・君の体(面前)から「一(いち)無位(むい・依)の真人(しんじん)」=何事もコピペしていない本当の私(真人)が、四六時中、出入りしているぞ・・認めない者は、今。すぐに看よ・・看よと迫る・・言葉が、虚しく響いてきます。

社会的情報、CM、知識が上積みされ、分別判断のペンキで塗装された頭脳には、自分の悩みまでが他人事のように思えてくる始末です。

この想いやこびり付いた執着のアカをそぎ落として、コピペでない真人(シンジン)を発見する行為・・こそが、三分間イス禅です。

例えはうまくありませんが、二、三十年も、イス禅を、おりおりに続ければ、垢(自我意識)や塗装(利得・見栄)もハゲ落ちてきて、だいぶ透明人間(真人)めいてくることでしょう。

注意すべきことは、もうこれ以上、誰にも、本にも、スマホにも、教導されたり、頼ったり、金を払ったりしないことです。

組織的な社会生活は、必ず利権の温床となる宿命にあります。

チョット何かの教えを乞うと、もう、落とし難い「執着」のアカが付きます。

チョット他に頼ると、まるで(情報・知識)の全面降伏の有様。まるで中毒患者の症状になってしまいます。

この私の奉魯愚も流し読みして、自分だけで、「三分間ひとりイス禅」・・密かに、そっと続けてください。

役立たず・・という「役め」がある・・それが坐禅=垢落しの役目です。

 

碧巌録 第六十九則 南泉一円相(なんせん いちえんそう)

【垂語】圓悟が垂示した。

禅者の心境は、なまじの覚悟で挑んでも、理解しがたく、堅くて歯もたたない。

その形は、黄河の氾濫に備えて、ドンと河岸に据え付けられた、巨大な鉄牛に例えられよう。(第三十八則 本則中 「祖師心印 状似鐵牛之機」と同義)

破れ衣をまとった修行の足りた禅者は、深山に小さな禅庵を建て、赤い囲炉裏の炭火に、一握りの白雪を振り舞いたような生活・・がベストでありましょう。

四方八方から敵に襲いかかられようと、いささかも動じることなく非凡に立ち向かえるのは、それはそれでよいとして・・文字、言句の葛藤に囚われないこととは・・はたして、どんなことか・・試みに挙す看よ。

   *垂示に云く、啗(たん)琢(たく)なきの処は、祖師の心印にして、

    かたち鐵牛(てつぎゅう)の機に似たり。

    荊棘林(けいきょく りん)を透(とお)ものは、

    衲僧家(のうそうけ)にして紅炉上一点の雪のごとし。

    平地上に七穿八穴(しちせん はっけつ)なることは

    則(すなわ)ち且(しばら)く止(お)く。

    夤縁(いんえん)に落ちざること、また作麼生(そもさん)

    試みに挙す看よ。

 

【本則】馬祖の弟子たち・・南泉(なんせん)と歸宗(きす)と麻谷(まこく)の、行脚(あんぎゃ)=若い修行時代の面白い話をしょう。

三人は、江西、馬祖山を出発して、はるばる長安の都、忠国師のもとを目指して旅だった。

その道なかばにさしかかって、一休みのおり、南泉は、路上に「一円相」を描いて云った。

「これについて、誰か真理に触れた一句=「一語」を云えるなら、約束通り長安まで行くことにするが、そうでないなら、テクテク遠い長安まで行くのは、もうごめんだ」

すると・・歸宗は、南泉の描いた地上の一円相の中に入って坐禅をしたのだった。

麻谷は、それを見て、早速、歸宗の前に行き、女性が観音様を拝するように、礼拝した。

二人が、そんな芝居じみたことをするので、南泉は「ソンナ事なら、もう長安行は止めた。ヤメダ」と云った。

歸宗「ここまで来て何を言うか。いったいどんな腹づもりで止めるのか」と詰め寄った。(結局、三人はトボトボ、遠路の旅を止めて、親方のいる馬祖山にもどった)

   *擧す。南泉(なんせん)、歸宗(きす)、麻谷(まこく)

    同じく去って、忠(ちゅう)国師(こくし)を礼拝せんとせり。

    中路(ちゅうろ)に至って、地上において、一圓相(いちえんそう)を書(えが)いて云く、

    「道(い)い得(え)ば即(すなわ)ち去(さ)らん」

    帰宗、円相の中において坐したれば、

    麻谷すなわち女人拝(にょにんはい)をなしたり。

    泉云く「恁麼(いんも)ならば則(すなわ)ち去(さ)らじ」

    帰宗云く「是れ、なんの心行(しんぎょう)ぞ」

 

【頌】楚の恭王の為に、樹上の白猿を狩りする最中射手の矢のことごとくを、白猿が手で振り払い阻止したので、弓の名人、太夫の養(よう)由基(ゆうき)が、その手こずらせた白猿を、不思議な矢で射止めたという・・故事にもとづく。

樹木をグルグル逃げ回るのを、誘導弾のように追いかけまわす由基の矢は、不思議にも、樹木をかいくぐって、グルグル旋回しながら(しかも、まっすぐに飛んで)的中したことになる。

禅界で知らぬ人無き、著名な忠国師の「一円相」は、まさしく白猿のような怪物だが、はたして、養由基のように、見事に射止めて、その正体を見届けた禅者がいたかどうか・・

彼ら三人は途中で長安行きをやめて、馬祖山に帰ったそうだが、ソリャ正解だ。

もともと曹渓(そうけい)、山猿の慧能(えのう)(焚き木拾いで生計を立てた六代目禅祖師)の手元には、本来「無一物」・・何もないのが取り柄だ。

だが、何もないところを、何もないまま見て回って、文化とやらの咲乱れるサマを、円相トヤラに映し込んで、お土産にしたらよかったものを・・・。

(どうも、手(て)・間(ま)=労力・時間を省くと、ろくなものにならないなぁ)

    *由基(ゆき)が箭(や)は猿を射たり。樹(き)を遶(めぐ)ること何ぞ、

    はなはだ直(ちょく)なりしぞ。

    千箇(せんこ)と萬箇(ばんこ)。これ誰か、かって的にあてしや。

    相よび、あい呼んでかえりなんイザ。

    曹渓(そうけい)路上(ろじょう)には登陟(とうちょく)することを休(や)めたり  

   (また云く)曹渓の道は坦平(たんへい)なるに、なんとしてか豋陟をやめたるぞ

 

【附記】この則は、馬祖道一の弟子、南泉普願(なんせんふがん 748~834)麻谷寶徹(まこくほうてつ 南泉と法系上の兄弟弟子)歸宗智常(きすちじょう=蘆山(ろさん)歸宗寺(きすじ)の三人が忠国師南陽慧忠 なんようけいちゅう)のいる長安(西京・千福寺)に行脚する道中の話だが、三名とも、まだ、馬祖山にいたる間なしの、諸国遍歴時代の青年修行者(二十五歳前後)であった。

自分たちの師、馬祖道一(ばそどうどういつ)の師すじにあたる、南嶽慧譲(なんがくえじょう)の兄弟弟子・・南陽慧忠が・・(この二人は六祖、大鑑慧能(たいかんえのう)を祖師とする)飛ぶ鳥をおとす勢いの粛宗皇帝の国師であることを知って、有名な「一円相」の元祖・家元の禅境話も聞きたし、さらに良いコネ、ツテがあれば名山の住持に昇進・・との、よからぬ動機もあり、いさんで馬祖山を旅立った道半ばの出来事だった

歸宗の「我は絶対の中心」にあり・・とする円相坐と、麻谷の茶目っ気たっぷりの観音礼拝の仕草に、真面目な南泉は、さぞかしガッカリしたことだろう。

この話は・・「いいえれば即ち去らん」とする意を領得できなかった二人の青年求道者の禅機上の遊戯を誘ってしまった南泉の失望話である。

  • 遊びをせんとや生まれけむ

   戯(たわ)ぶれせんとや生まれけむ

    遊ぶ子供の声きけば

     わが身さえこそゆるがるれ(平安期 梁塵秘抄・今様)

 

以降・・当奉魯愚は・・【jcom=ブロガリ⇒年末まで掲載終了】とシンクロして掲載しています。どうぞ、これからははてなブログ「お気に入り」に入れて、通読くだされば幸甚です。