●碧巌の散策 第六十八回の歩記(あるき)である・・

 

Q 禅は、浄土宗などの宗教的区分で、「禅宗」と言われるのですか?・・(禅は宗教ですか?)

 

禅者であり佛教学者である鈴木大拙の・・「まず禅とは何かと云うことの決定」禅思想史研究 第二巻(岩波書店)・・何故に菩提達磨(ぼだいだるま)を禅の第一祖としたか・・の文中、大綱の一節を略述します。

「まず禅宗と云うが、この宗の字は、宗派の宗の義ではなく「楞伽経(りょうがきょう)」などに云う「宗通・説通」の区別をなすときの「宗」である。

ある意味で云えば、宗とは「證悟(さとり)の体験」そのものである。自覚聖智の作用である。説とはこれに反して、体験を概念化して人のために説破するか、あるいは智力特有の性質を発揮することである。

それ故、「楞伽」の心持でいえば、禅宗とは、「禅を宗(悟体験)する教え」・・との義である」

 

A=「宗」とは、悟りの体験そのもの・・をいいます。自覚して「禅により生きること」です。説とは、サトリ体験を概念化して、求道者のために教導、説破するか・・悟道者と衆生は、金石(きんせき)麗生(れいせい)にして別ならずの、一途な禅境地を任ずる・・の釈尊の教え・・との意味となります。

「禅」には、決して、欣求(ごんぐ)して済度(さいど)を願う・・宗教性・・は微塵(みじん)もありません。

 

*以前から、私の場合、禅録に記載されている「佛教・佛心、佛とは?」などの用語を、総て「禅」の一字に変えて、意訳しています。その方が、佛様・神様といわれる浄土宗系など「宗教」との誤解を避ける、最もよい方法だからです。禅は寺僧によって、長い間、保育・揺籃を得ましたが、禅=悟りは、求道者ひとり独りの覚醒と、その「禅による生活」=禅境(地)を深める行い・・です。

 

また、この碧巌録は、宗門第一の書と言われますが、圓悟の口述を、その弟子達が編纂、集大成したものであり、圓悟の【垂示(すいじ)】、【本則】、雪竇(せっちょう)の【頌(じゅ)の他に、圓悟の提唱、更に、本則・偈頌(げじゅ)に・・下語(あぎょ)、箸語(じゃくご・・後世代の禅者による異論、反論、講評、自説など)あり、自由闊達な見解(けんげ)が述べられています。

ただし、今回の「碧巌の散歩」では、圓悟の提唱や著語など、老婆親切でなされたアドバイスの数々も、意訳に枝葉が付きすぎて、大変に読みぐるしいので、全容が見定められない様子になりますから省きました。(いずれ数則だけ、加筆するつもりです)

公案も五十則を超えると、さすがの圓悟も、禅者の一悟・・手を変え品をかえての案内解説に疲れたのか、同義の文句を【垂示】で再三に述べています。

現代社会の趨勢(すうせい)の中の「禅」の・・これからでいえば、まずは【本則】の、登場する禅者の「禅機・禅境(地)」の言動に的を絞って、出来るだけ「露裸々(ろらら)、赤灑々(せきれいれい)」な意訳、紹介することが大事と考えます。(以上、お尋ねに答えて、追加)

 

私は、若い頃、盤珪が苦心努力して、念仏禅をした・・と書物で読みました。

しかし、尻が擦り切れて血が滲むほどに坐禅をしても悟達するに至らず、血痰をカベに吐いて、それがコロコロと転がり落ちるような死の寸前まで、公案禅に浸りこんでも、大覚できなかった・・との伝記を読んで、禅は欣求宗教ではない・・とハッキリと思いました。

多少、坐禅の真似事をしたからと言って、安心(アンジンと読みます)できません。

盤珪は、いよいよ自分が体力が衰えて、死期が近づいたのに気づいて坐亡(ざぼう=坐禅のまま死ぬこと)するべく、ヨロヨロと坐を組もうとした時・・「ヒョット」した拍子に、悩みのすべては「不生そのまま」で片づく・・と解かったそうです。

そしてそれ以来、看話・公案禅は、反古紙(ほごがみ)を有難がる問答禅であること。もう一つの曹洞宗、只管打坐(すかんたざ)は、枯木寒巌(こぼくかんがん)による枯れ木禅である・・として、庶民に「ただただ自分の中に、不生そのまま・・をみつけなさい」と語りかけています。

盤珪は、ひよっと体覚した「不生の一悟」をもって、欣求祈願しがちで、書物(知識)や寺僧、教導に頼りがちな人々に「執着しない、不生そのまま」であれと説いています。

かねてから云いつくしたことですが、禅は、自我意識を捨て尽くした「ドン詰まり」の「ドン詰まり」・・その一悟(語)を以って、禅による行い=生活をなす・・だけのこと・・です。

昔の人は、そうした、こだわりや執着心が無くなった状況、生活態度を、活きながら大死一番した・・といい、闇の世に、鳴かぬカラスの声を聴いた・・といい、天上天下唯我独尊といい、趙州無字を透過、見性した・・といったのです。

 

欧米で禅や東洋哲学の解説に、最も影響力をもつ人、アラン・ワッツ「ビート禅とスクェア禅と禅(阿部正雄訳)「講座 禅 第七巻」㈱筑摩書房・・文中に、大変、興味深い、言い得て妙の禅比較の例えがあります。

紹介しておきます。

「中略・・しかしながら、ビート禅とスクェア禅の両極の間の対立は、哲学的には大きな興味がある。それは、ヒンドゥ教徒のいわゆる猿の道と猫の道との間の、古くからの論争の、現代版であるから。

猫の場合は・・非常に猫にとって適切な例えであるが・・母猫が子猫たちを(口にくわえて)運ぶので、子猫たちは何の努力もいらない。これに反し猿の場合には、子猿は母親の髪の毛にしがみついていなければならないので、その道は困難である。

それでビート禅(猫禅)にとっては、サトリをえるため、また現在の自分以外の者になるため、何の努力も、何の修練も、何の人為的な骨折りもあってはならない。

しかしながら、スクェア禅(猿禅)にとっては、正式の老師のきびしい鉗槌(かんつい)のもとでの数年にわたる坐禅の修行なしには、真のサトリはありえない。

十七世紀の日本の偉大な禅匠たち、盤珪白隠は、おおよそ、この二つの行き方を代表している。そして、たまたま白隠の流れが勝ち抜き、今日の臨済禅の性格を決定したのであった。(以下省略)

 

「三分間ひとりイス禅」は、盤珪の「猫」禅に、時折、興味・関心のある公案をもって、注意・刺激や禅境を看る・・白隠の「猿」禅を加味した・・「ネコ猿禅」・・といってもよいでしょう。誰にも教えを乞わず、独り坐禅する者に、こうした、坐禅の形式、由来を尋ねることは、例え三分でも、かえって求道、集中の邪魔になることでしょう。

宇宙遊泳の二十一世紀の「禅」は、まずは手始めに、これぐらいの、宗教界や哲学的思考を脱臭した、気軽な坐禅がおすすめです。

三昧(さんまい)・・達道にいたる道筋はどうあれ、禅者は独り、何の価値もなき・・「禅による生活」=不生そのままの生活・・を行う人をいうのです。

【碧巌録 第六十八則 本則】は次回、掲載いたします。

 JCOM・ブルガリ=奉魯愚NO475-(Ⅰ)同文です。