碧巌の歩き NO82 「何も釣れない時・・一言どうぞ!」

●釣り好きの私は、よく、何も釣れない、丸坊主のことがよくある。もっとも大型のチヌ(クロダイ)やハネ(シーバス)が釣れた時でも。ケータイの写真にとって、全部リリースしている。太刀魚のシーズンには、もれなく釣れた分は持ち帰り、バター焼きにしたり、ご近所に配り歩いたりするが、今年の夏は、体調に問題があり、少し岸壁から遠ざかってしまった。

この垂示「竿頭絲線(かんとうのしせん) 具眼方知(ぐがん まさにしる)」に対応するべし・・と思う頌に、第六十二則、雲門形山秘在の頌をあげる。

雲門文偃(うんもんぶんえん)(852頃?~928頃?雪峯義存(せっぽうぎそん)=の弟子、雲門宗開祖)・・その弟子、巴陵顥鑒(はりょうこうかん)(不詳)と同じく、この則に登場する・・白兆志圓(はくちょうしえん)の弟子、大瀧(だいりゅう)智(ち)洪(こう)(不詳)は、ともに洞庭湖畔に、詩的、禅的に悠々の生活を送っていた禅者である。年代も推定だが、ほぼ等しく、時に相まみえる機会があったかもしれない。

     雲門形山秘在 第62則 頌 

「看(み)よや 看よ。古岸(こがん) 何人(なんひと)か釣り竿を把(と)る。 

  雲 冉々(ぜんぜん)。 水 漫々(まんまん)。 

    明月(めいげつ)蘆花(ろか) 君自ら(みずか)看よ」 

 

碧巌録 第八十二則 大龍堅固法身 (だいりゅう けんごほうしん)

【垂示】圓悟が座下の求道者に垂示して云った。

釣竿の先は、魚を懸ける釣り針に餌・・と決まっている。

禅者たる者が、求道の魚を釣り上げて、どんなものか検証しようとしても、チャントした具眼の魚であるなら、うまく餌だけ取って針には懸からないものだ。

達道の禅者が月並みでない計略で、こちらを説得しようとしても、こちらが作家でありさえすれば、いくら狡猾な手立てを講じようとしても、その手は桑名の焼きハマグリだ。

サア、その釣竿の餌とか・・探り釣りの技術や予想外の機略とか・・もともと、絶対の真理とは、どんなことを云うのか・・試みに挙す 看よ。

  *垂示に云く、竿頭(かんとう)の絲線(しせん)、具眼(ぐがん)はまさに知る。

   格外の機は、作家まさに辦(べん)ず。

   且らく道(い)え、作麼生(そもさん)か これ竿頭の絲線、格外の機なるぞ。

   試みに挙す 看よ。

【本則】ある日、洞庭湖畔、自然に抱かれた美しい大龍山に禅居する智洪を尋ねて来た、ひとりの求道者が問うた。

「吾が肉体は亡びます。では、堅固不滅の法身(禅・悟り)と言われるものは如何ですか」

大龍「どうだネ、山野に咲き乱れる花をご覧ナ。あの渓谷の藍の如き水を看よ」(これこそ、お前さんの探している法身の露現だよ)

  *擧す。僧 大龍に問う「色身(しきしん)は敗壊(はいこ)す。

   如何なるか これ堅固法身(けんごほっしん)」

   龍云く「山花は開いて錦に似たり。

   澗水(かんすい)は湛(たた)えて藍(あい)のごとし」

【頌】この求道者・・せっかく達道の禅者、大龍に面接しながら、質問の仕方を知らない。その親切な答えすら、合点していないようだ。色身は淡雪の如し・・と思い込み、法身はダイヤモンドの如きと確信する・・ガチガチの硬直した頭の持ち主だね。

大龍の言を、あえてネガテイブに言えば「巌山に月は冷ややかに,樹林には寒風吹きすさぶ・・」となるかナ。

禅者にとって、法身の当體は、春夏秋冬、人それぞれ、その悟境(地)は、いかようにも表現できるぞ。

しかし、概念、哲理に凝り固まった者には、いきなり禅者に正面から出逢うと、どうしてよいか・・わからなくなる・・【香厳智閑(こうげんちかん)の問い・・路逢達道人(みちにたつどうのひととあわば)不将語黙對(ごもくをもって たいせざれ)無門関三十六則】・・のアリサマになったようだ。

  • ソレッ!突っ立ってないで・・何か道(い)いなさいヨ!

さすがだね・・禅者、大龍。手に白玉の鞭をとり、法身の名の宝珠を、ことごとく粉砕してしまった。

もし、堅固法身の撃砕に失敗するような失策をしでかしたなら、人騒がせな罪により、禅の憲法=極意三千條のどれかに該当して罰せられたであろうに・・(天地同根・無依の真人など真意伝達不届きにつき・・/大龍の履歴は生涯不詳)

 *問いも、かって知らず、答えもまた會(え)せず。

  月は冷ややかに風は高し、古巖寒檜(こがん かんかい)に。

  笑うに堪(た)えたり 路に達道の人に逢わば、

  語黙(ごもく)をもって對(たい)せざれよとは。

  手に白玉の鞭(むち)をとって、驪珠(りじゅ)をことごとく撃砕(げきさい)せり。

  撃砕せざりしときば、瑕類(かるい)を 増じるにならん。

  国に憲章(けんしょう)あり。三千條の罪。

 

 

碧巌の歩記(あるき)NO83 ♪ホ-タル来い・・こっちの水は甘ーマイぞ!  

Q,どうして「役に立たない」坐禅を力説されるのですか? 

これでは・・ワザワザ奉魯愚(ぶろぐ)を読んでくれるな・・という態度じゃないですか?

単的にお答えします・・体が疲れたら、どうしますか?

動かないようにして、休ませますね。

では、頭脳はどうでしょう。

詳しくは脳科学者の研究に任せるしかありませんが、肉体の休む夜であってもたゆみなく頭脳は、夢を見ながら働いているそうです。

それでは頭脳は、疲れることを知らないのでしょうか・・

私は、頭脳の疲れ(ストレス)を取るのは、肉体が動くことをやめて、疲れを取るように・・「何も考えない」ことだと思っています。ところが「何も考えない」ことを「考え・・」てしまうのが頭脳なんですね。何も考えずに休んでいるといっても、休んでいるはずの頭脳は、休まずに「自分の利得を考えて働いて」いるのです。

頭脳の「考える」という本能的な機能機作を、自然に休ませるのは、催眠術や麻酔(麻薬)ではなく、科学的に解明されていない・・どうやら「禅」によるしかないようです。

絶対矛盾的自己同一・・と西田哲学では言うそうですが、論理や分析的思考では、歯の立てようのない=解明不可能な「公案=禅語」命題を脳に与えて、その頭脳の働き(分析・解明、思考)を放棄させてしまうのです。

つまり達磨の「壁観」坐禅法=独りポッチ禅です。

例えば ●「両親が生まれる以前のお前とは何だ?」とか・・あるいは・・●「両手を打てば音(拍手)がするが、片手の声はナント言っているか?」・・

「闇の世に泣かぬカラスの声を聴けば、生まれぬ先の父母が恋しい」とはどうゆう事か・・

●般若心経の「眼や耳,鼻,舌,身體,意識」はあっても「看る、聞く、味わう、触覚、意思する・・心の働きはない」とは、どういうことなのか?

●「禅(悟り)とは何ですか?」禅者の答え「その柱に問え」・・あるいは「金石麗生(きんせきれいせい)」や「黄金は糞土の如し」など、どうした観点・実感で云えるのか。

●自分とは何なのか?・・何のために生まれてきたのか?

●どうして坐禅をするのか?・・坐禅で何を得たいのか?

この「何故・・どうして・・何のために・・」の想い(好奇心=思考)が続くかぎり、人は安心して仕事したり、ぐっすりとした眠りにつけません。まして、欲得、利権の亡者や有名・権勢病に憑りつかれると、顔つきまで変わります。

また、思い(妄想)に取り憑かれてしまうと、よく街中で見かける「スマホ」教信者・・と私は言います・・のように、周囲の景色や人の動き、花や鳥、自然の美しさまで・・見えても見えなくなるのです。いや、見えていても見えない自己中=ストレス「こだわり・・執着」の、依存症状・・中毒的症状になってしまいます。

ゆるぎない安心の境地を求めて、達道の禅者に教えを乞う、次の公案・・イキナリ超能力な異次元空間に放り出されたような問答を看てください。

この碧巌録は、今から千年前にできた禅語録です。

坐禅の「役立たず」そのままが禅者の話でまとめられています。

この中の、どれでもよい・・一則の問答に【?】と感じられたら、それが「役立たずの頭脳休息のテーマ」です。嘘も方便とばかり、座禅を組めば悟りが得られる・・とか、心が安らぐとか、捨てきれば落ち着くとか、効能効果をいう提唱・修行は、悩みや想いが深まるばかりです。思い切って、自分に「これは役立たず、ロクデナシの坐禅だ」と、ダメモトでスタートするのが肝要です。

 

 碧巌録 第八十三則 雲門古佛露柱 (うんもん こぶつ ろちゅう) 

【垂示】欠如・・言葉を絶して・・ありません。

【本則】雲門文偃が坐下の求道者にむかって、「禅機」を語った。

「この本堂にある古佛像と、本堂の円柱とは深く相関しているが、それはどんな(時の)ことであるか・・」と、一足飛びに時空を超えた問いを発した。

座下の者たち、いずれも無言なので、雲門は有名な「日日是好日」の如く・・その自らの問いに自ら答えて云わく・・

「南方の山に黒雲が湧き起これば、北方の山にザアザア雨が降る」

   *擧す。雲門、示衆して云く「古佛と露柱と相交(あいまじ)わるとは。

    これ第幾機(だいいくき)ぞ」

    自(みず)らかわって云く「南山に雲を起こせば、北山には雨をくだす

【頌】南山に雲湧けば、北山には雨が降ると雲門は言っているが、禅を伝えたすべての祖師たち(釈尊から達磨、恵能)は、当然のことと承知している仏殿の仏像と柱の関わり合いである。

それはチョウド、大唐国で法事の太鼓や鐘を搗く・・合図の前に、すでに遠く朝鮮、新羅国で、法事(上堂式)をやっているような出来事だ。

誰かが(禅月貫休の詩中に・・)苦、却(かえ)って楽。楽却(かえ)って苦とか。黄金は糞土の如しとか言っているが、こんな見解(けんげ)では確かなモノにはなっていない。

(ハッキリ言えば、苦即楽。楽即苦。これは言葉は悪いが、味噌くそ一緒・・だが天地同根や無依の真人には、チャントしたケジメがいるのだヨ)

  *南山には雲。北山には雨と。四七二三まのあたり相観(あいみ)たり。

   新羅国裏(しらぎごくり)にては、かって上堂せり。

   大唐国裏(だいとうこくり)にては未(いま)だ皷(く)を打たざるに。

   苦中には楽。楽中には苦。

   誰か道(い)いしぞ、黄金は糞土(ふんど)のごとしと。

 

【附記】禅者の一語・・雲門の「日日好日」は、碧巌録 第六則にあり、毎日が良き日であるように努めましょう・・などと、宗教・倫理の言いそうな、現代語意訳をしている本や、作家にでくわします。大間違いです。無門関 第十九則「平常心(びょうじょうしん)」是道や、大鑑慧能「本来無一物」・・あるいは「放下着」「喫茶去」など、どの禅語の解訳をみても、坐禅などしたことがないようなの人の、文字解釈にすぎない意訳です。

おり、おりに、このような附記で、命懸けで修行体得した「禅者の一語(悟)」を紹介します。雲門の「平常心」問答・・素玄居士の「一語」・・公案に即することがあっては、透過(悟り)することなし・・の、甘くない「一悟」を記述しておきます。

●9/17補足【首吊りの足にかみつく野犬かな】この頌、間違って第44則の頌を紹介しました。この頌でも、平常心の「禅者の一語」たりえるのですが、理解される人・・まずいないと思います。さて、確認の結果・・以下のとおり・・「禅は、大学の口頭試問じゃあるまいし、口先のペラペラはどうでもよいのじゃ・・」素玄曰く「カラスがカアカア鳴いている。雀がチュンチュン鳴いている。それで私もチュンチュン、カアカア」

この「何が・・平常心」なのか・・納得できない人が、意味・解釈をするのは、すべて誤訳です。

♪ホウタル・・コイ・・こっちの水はカーライぞ!

【首吊りの足にかみつく野犬かな】

♪ホウタル・・コイ・・あっちの水もカーライぞ!

 

 

 

碧巌の歩記(あるき) NO84 

禅(継承)の・・接ぎ木や温室栽培(集団の修行法)は難しい。

禅は「無字」の公案や「隻手音声」などの悟り(見性・透過)を大事とします。

大悟は一度きりでも、小悟は、その数を知らず・・と言われます。

また、釈迦も達磨も、今なお修行中といわれる。

私は・・禅は、宗教の範疇ではないし、哲学や論理、心理学、精神論など、学問・科学の分野でもない、自己内面の自覚=「禅による」生活そのもの・・である・・としています。

悟りともいい、見性ともいう自覚は、自分の内面の大転換ですが、いくら自分が努力、意図しても、成就する訳ではありません。

坐禅や悟りを意識すればするだけ、悟りは得られません。

それには「役立たず」の独りポッチ禅を行うことが大事です。

ですから、旧来、寺僧(僧堂師家から)の伝燈・印可・継承など、大変に難しいことである・・と断じます。

達磨が中国に渡来して以来、日本に伝燈されてきた、臨済黄檗曹洞宗など、いわゆる禅宗は「禅」を「元・素」=宗(むね)とする・・という意味であり、禅の団体、組織的宗教活動、葬式行事をいうものではないのです。ただ、中国でも日本でも、あまたの寺僧の、生業(なりわい)の中で、認知され、引き継がれてきたので、その印可・継承の実相は、チョウド(沈丁花の赤と白が1本の木で咲き分ける)接ぎ木をするような、師と弟子の二人だけの、ピッタリ息の合った作業とならざるをえなかった、極めて難しい相続・継承でした。

何十何百の師と弟子の間で行われた「ZEN」の接ぎ木(印可・継承)では、失敗や挫折も多くあり、また、手法をかえて、温室栽培(集団研修)で立ち枯れてしまう・・幾多の禅流が途絶えてしまう・・ような事例も多々ありました。さらに世界的に科学万能の時代に至って、なりわいとしての寺僧の継承、集団的修行で、一般人の社会的な参画が少なくなり、純粋な求道心が欠如した若者の台頭とあいまり、まるでスマホが信心の対象であるかのような現象が広まって来ています。禅の退廃化、絶滅です。

では、これからの宇宙時代にふさわしい「禅」は、どのようなTPOで復活、根付くのでしょうか。                  

私は、宗教や集団ではない・・個の「禅」・・それも、それぞれの人の生活に根差した暮らしの中で「独りポッチ禅=三分間ひとりイス禅」が発芽してくれるのでないか・・と考えています。

誰でも、何時でも出来る「三分間ひとりイス禅」が、キット「ZEN」の揺籃となってくれることだろう・・と思うのです。

(ここで雪竇の頌二題を掲示しておきます)

  • 葉落花開自有時(葉の落ちるにも花の開くにも自ずから時あり)第八十八則
  • 夜深誰共御街行(夜は深し誰と共に御街(ぎょがい)=神の御許・に行かん)第二十四則

 もともと、「禅」は、人の存在の目的、意義を問う者のある限り、その人の心に、自然に発芽、発酵されるよう仕組まれている不思議です。碧巌録や無門関など千年前の、禅者達の語録さえあれば、時に「?」と思う処に「独りポッチ禅=3分間ひとりイス禅」のタネが芽生え、その苗木は、好奇心という水やりで、何十年かかろうと、人それぞれ・・きっと大樹となってくれるだろう・・と思っています。

 

碧巌録 第八十四則 維摩不二法門 (ゆいま ふにほうもん)

【垂示】圓悟の垂示である。

この人間が住む宇宙の実態について、いろいろな見解があるが、要するに「是-ある」と「非=ない」に帰着する。

それを肯定して「是」としたところで、是とすべきものはなく「諸行無常」である。

あるいは「非」としたところで、別段、非とすべきものはなく、花あり月ありだ。

この一方的に執着する是非・得失を両忘してしまいさえすれば、本来無一物(即)無尽蔵となる。

人生すべては裸心で生きる、ありのまま(無依)ではないか。

サアて・・求道者たちよ・・君等の面前・背後にあるものはイッタイ何だろうか?

「ハイ・・面前には仏殿・三門。後ろには寢室、方丈(居間)があります」と、シャシャリ出てくる新参の求道者があるとすれば、はたして、この者は活眼を具備していると言えようか?(こいつを、達道の禅者と言えるか?)もし、その真偽を判定しようと思うなら、古人の行跡を点検するがよかろう。

 *垂示にいわく。是と道うも、是の是とすべきなく、

  非と言うも、非の非とすべきなし。

  是非すでに去り、得失ふたつながら忘ずれば、

  浄裸裸(じょう らら)赤灑灑(しゃく しゃしゃ)ならん。

  且らく道え、面前背後には、これ什麼(なんぞ)。

  あるいは この衲僧(のうそう)の出で来たって、面前には これ仏殿、三門あり、

  背後には これ寝堂、方丈ありということあらば、且らく道(い)わん、

  この人 また眼を具するやいなやと。

  もし この人を辦得せんとせば、なんじ親しく古人を見きたるべし。

 

【本則】菩薩三十二人を引き連れ、維摩(ゆいま)居士の病気見舞いにやってきた文殊(もんじゅ)菩薩(菩薩の最高位)に対して、維摩居士は「同行の皆さんのお見舞い(見解(けんげ))は、総て承りました。さて・・どうです?文殊さん、絶対そのもの=禅の第一義とは、どんなことをいうのでしょうか」と、病人らしからぬ問答をしかけた。

文殊「わたしの所信を申し上げれば・・萬法一切の葛藤(かっとう)を裁断して、無言、無説、無示、無識・・あらゆる問答を脱却して深き沈黙に入るのが、これ禅でありましょう」と答えて、言葉を継いだ「さあ維摩居士さん、私どもは所信を陳述しましたから、今度はあなたの番ですよ」と、その見解(けんげ)をもとめたのである。

(雪竇云く・・イヤハヤ、これからが見ものだぞ。だが、維摩居士がどう出るか、チャント腹の中はお見通しだよ・・と箸語した)

  *擧す。維摩詰(ゆいまきつ) 文殊師利(もんじゅしり)に問う。

  「何等(なんら)か これ菩薩の入不二(にゅう ふじ)の法門なるぞ」

   文殊曰く「我が意の如くんば、一切の法において、

   無言(むごん)無説(むせつ)、無示(むじ)無識(むしき)、

   もろもろの問答を離(はな)るる、これを入不二の法門となすなり」

   ここにおいて文殊師利、維摩詰に問う。「我ら各自に説(と)きおわれり。

   仁者まさに何等か これ菩薩の入不二の法門なるかを説くべし」

  (雪竇云く「維摩、什麼(なん)とか道(い)わんや」

   また云く「勘破(かんぱ)し了(おわ)れり」

【9/17 附記】この雪賓の勘破了に、白隠は「ネズミの浄土へ猫の一声」と着語された・・と、釋宗演「碧巌録講話」にある。   

 

【頌】なんと愚かな維摩居士だな。

頼みもしない衆生済度のためだと、世話焼きに明け暮れて、とうとう病気にかかり、毘耶離(びやり)の城下で痩せ衰えて・・哀れにもほどがあるぞ。

それでも文殊菩薩が金毛の獅子に乗り、病気見舞いに来ると聞いてヨロヨロ方丈を掃除して待つ,ナント殊勝な老人であることよ。

それにつけても、文殊が着席するかしないかに、せわしなく「入不二法門」とは何だ?と・・問いをしかける、あわてぶり。

不二(ふじ)法門(ほうもん)ナンテ・・そんな破れ門は・・トウの昔に倒壊して跡形もないのに、口達者な文殊なんかに、さらに無駄口を叩かせる、誠に大馬鹿の維摩老だわい。

(禅者「維摩の一黙」を誉めに褒める、禅独特の表現です)

  *咄(とつ)。この維摩老(ゆいまろう)、

   生まれしことを悲しんで、空(むな)しく懊悩(おうのう)し、

   疾(やまい)に毗耶離(びやり)に伏(ふ)して全身は はなはだ枯槁(ここう)せり。

   七佛の祖師きたりしに、一室まさに頻(しき)りに掃(はら)い、

   不二門(ふじもん)を請問(しんもん)したるは、

   當時すなわち靠倒(こうとう)したるなり。

   靠倒せざりしならんも、金毛の獅子は討(うつ)ぬるに處なかりしならん。

 

【附記】本則は雪竇が「維摩経」の中から最も有名な説話を、禅的に脚色し提唱した話である。

「時に維摩、黙然として言無し。文殊師利、歎じて云く、善哉善哉・・」の完結部分を、雪竇が、故意に削除しています。

有言・無言、共に自ら両忘して一句を為せ・・との意がありありと見てとれる。

方丈とは禅家、住職の居住するところをいい、後に、日本の茶室が十尺四方(一坪余り)方丈に仕立てられたのは、この維摩経の話(・・見舞いに訪れた3万2千の菩薩を、わずか一方丈に坐らせて、まだ余りあったという、維摩詰の神通力)にあやかっての由来である。

はてなブログ 禅のパスポート・・に、禅者の振る舞いについて、読者のご質問に答えています・・碧巌の歩記(あるき)NO85  

棚ボタは、すぐ食べて、誰にも見付からないようにせよ!

この碧巌録の意訳に携わって、辞書やPCで、漢字の語源を調べる機会が多くなった。浅学のあまり、不明の1文字に手こずって、数時間かかることも多くあり、つくづくと漢字(会意文字)の表現の豊かさ、微妙さ・・そして古人の表現の豊かさに脱帽する。

 

佛教学者であり禅者である故・鈴木大拙が、欧米で「禅=ZEN」を広めた時「人が単=ひとりいる」・・の禅を、ZとEとNのアルファベットの中に、どれだけ積み込めたのだろうか?

とりわけ「色即是空」・・この地球に生かされ、養われている生物が、そのまま=空であるとする「般若(空)」を、どのように解説理解させたものなのか?神佛の宗教と主義・論理を重宝する者に「禅=禅による生活」は、棚ボタで落ちてこないだろう。

底の抜けた桶で水を汲みだす、老禅者に敬意します。

 

私は「人生、裸(心)で生きるべし」を信条としているが、禅者として云えば「無依(ムエ)」・・何事にも依るべなし=依るの意は人が衣装を身につけている状態・・外見を装うことがなくなる生活・・を希求している。

ここに言葉や文字で言えない「役立たずの独りポッチ禅」の意義がある。どだい・・あるのでない・・と肯定しておきながら否定する・・文字、言葉が、アイマイ勝手きわまりない比較と分別の・・理正?利性?離聖?理惺?理性=思考なのである。

先達の言葉に「想いは、頭の分泌物・・アタマ手ばなし、アタマ手放なし」とある。何事か閃いたこと「棚ボタ」は、すぐに食べて、身の内につけて他人にはわからないようにするにかぎる。

 

碧巌録 第八十五則 桐峯庵主作虎聲 (とうほうあんしゅ こせいをなす)

【垂示】圓悟が垂語した。

禅者は奪い取る時は余すことなく取り尽くす。

世の人々を、ウンともスンとも反抗できなくさせる呪縛の能力をもつ・・。このような効果的な言動をとる人を・・こそ禅者と呼ぶ。

また頭頂に、光明を放つ隻眼(一つ目)を持ち、全宇宙を一見して、その真意を看破することができるのを、金剛の眼晴を持つ禅者という。そればかりか、鉄を変じて金となし、金を変じて鉄にする仙術・妙用をなし、把住(はじゅう=つかまえる)も、放行(ほうぎょう=捨て去るの)も自由自在だ。この四種のピチピチした禅行の主こそ、真の禅者である。

 

また天下の人の一言半句の口出しを許さず、遠く三千里外に撃退して、寄り付くことを許さない気迫(気宇きう)がある者・・見かけはヨボヨボで杖をつく老人だが・・(コンナ持ち上げ方で禅者を讃えるのが、山奥の禅庵の退屈しのぎか)この四類の禅者の外に、次のような、禅機を商量するべき一大事がある。ためしに例を出すから、よく看るがよい。

  *垂示に云く。世界を把定(ばじょう)して、

   繊毫(せんごう)をも漏(も)らさず、盡大地の人をして、

   鉾(ほこ)を亡(ぼう)し、舌を結ばしむることは、

   是れ衲僧(のうそう)の正令(しょうれい)なり

   頂門(ちょうもん)に光を放ちて、四天下を照破(しょうは)することは、

   是れ衲僧の金剛眼晴(こんごうがんせい)なり。

   鐵(てつ)を點(てん)じて金と為(な)し、金を點じて鐵と為し、

   忽(たちま)ち擒(とら)え、忽ち縦(はな)つことは、

   是れ衲僧の拄杖子(しゅじょうす)なり。

   天下の人の舌頭(ぜっとう)を坐断(ざだん)して、直に気をいだす處なく、

   倒退(とうたい)三千里ならしむことを得ることは、是れ衲僧の気宇(きう)なり。

   且(しば)らく道(い)え、総(そう)に不恁麼(ふいんも)なる時、

   畢竟(ひっきょう)、これ箇(こ)の什麼(なん)人(びと)ぞや。

   試みに挙す看よ。

 

【本則】擧す。

求道者が桐峰庵主(とうぼうあんじゅ)を訪ねてきて問うた。(庵主とは大寺に住せず、生涯を小庵に住し、専ら聖胎長養(せいたいちょうよう)をなす大徳の禅者をいう。

「ただ今、大虎に出逢ったらどうするべきでありましょうか」

桐峰庵主は、いきなり身構え、大きな口で唸り声を発した。

この求道者、その応対に、多少の禅機があったようで、ひどくたまげた様子をした。

その機敏さに釣られた様に、桐峰庵主は呵呵大笑(かかたいしょう)した。

求道者「この老いぼれドロボウ。ナニを笑うか」と毒舌をはいた。

桐峰庵主「いくら、お前さんが罵(ののし)ろうと、どうすることも出来ないだろうよ」 

高飛車(たかびしゃ)な庵主の言いぐさに、気がくじかれたのか、求道者はそそくさと退散してしまった。

(この問答に・・雪竇が着語した)

コリャ、いいも悪いも、双方ともコソ泥だね。

本当の泥棒なら、もう少し上手に盗んだらどうですか。まるで、鈴を盗むのに、自分の耳を覆うて、他人にはワカルマイと勝手に判断するような者たちだ。(中国の故事に、鈴を盗んだ泥棒が、リンリン鳴り渡る鈴の音にたまりかね、他人の耳はそっちのけにして、自分の耳を塞いで逃げ出した馬鹿な逸話があるという)

  *擧す。僧 桐峰庵主(とうぼうあんじゅ)の処に到って便(すなわ)ち問う。

  「這裏(しゃり) 忽(たちま)ち大蟲(だいちゅう)に逢(あ)わん時、

   また作麼生(そもさん)」

   庵主 便(すなわ)ち虎聲(こせい)を作(な)す。

   僧 すなわち怕(おそ)るる勢(いきお)いをなす。

   庵主 呵呵大笑(かかたいしょう)せり。

   僧云く「この老賊(ろうぞく)」

   庵主云く「いかでか老僧をいかんせんや」

   僧 休(きゅう)し去る。

  (雪竇(せっちょう)云く。

   是(ぜ)なることは即ち是なるも、両箇(りょうこ)とも悪賊(あくぞく)。

   ただ耳を掩(おお)うて鈴を盗むことを解(げ)するのみ)

   ◆この言に、後世、ある禅者は「真の泥棒にはカギを与えよ」と着語した。 

 

【頌】棚から牡丹餅は手に取って、すぐに食べるに限る。

食べ損ねると、いつまでも後悔するぞ。

桐峰庵主の虎退治の拙劣なこと。縞の模様が美しいだけの、活力のない虎モドキの求道者・・禅機ハツラツと言いたいが、まるで猫の喧嘩だな。

昔、大雄山下の百丈と、その弟子、黄檗との虎問答・・知らないのなら教えてやろう。

キノコ取りから帰ってきた黄檗に師の百丈が問いかけた。

「山中で大虎に出くわさなかったか?」

すると黄檗すかさず虎の唸り声。

百丈、それを見るや、腰の鉈を取って殺す仕草をした。

すると、いきなり黄檗は百丈を曳(ひ)き掴(つか)んで、思い切りピシャリと引っ叩いた。

 その夜のこと。百丈は坐下の大衆に向って、この大雄山に大虎が現れたぞ。見かけたら食われぬよう注意せよ。老僧、今日、出くわして危うく食われかけたぞ・・と、その黄檗の大虎ぶりを賞賛した。

 

暇をもてあました、達道の禅者たちは、こんな師弟の息の合った、何とも優れた振る舞いの活劇を演じて楽しんでいる。お前達に田舎芝居と歌舞伎座公演の違いがハッキリ解かるかナ・・?

あの百丈老師、さすがだな・・虎のシッポをつかむと同時に、ヒゲまで捕まえた手腕・・さっぱり身動きできない黄檗の哀れさよ。

  *之(これ)を見て取らざれば、之を思うとき千里ならん。

   好箇(こうこ)の斑々(はんはん)も、爪牙(そげ)いまだ備(そな)わらざりき。

   君見ずや、大雄山下、忽(たちま)ち相逢(あいお)うて、

   落々たる聲光、みな地を振るいしことを。

   大丈夫、見しや、また、いなや。

   虎尾(こび)を収めて虎髭(こしゅ)を捋(ひ)きたることを。

 

 

碧巌の歩記(あるき)NO86 ◆9/3=NO87奉魯愚に追記(附記)しました!

誤訳・誤解だらけの禅者の一語・・・雲門「日々是好日」

誰でも知っていて、その実、ひどく誤解している禅語に「日々是好日」とか「平常心是道」とか・・達道の禅者が、全生命をかけて発明した「一悟」がまるで、道徳倫理の一語に解釈され紹介されています。

その誤解、解釈を是正、指摘する処がありませんし、NHKや新聞、本にも、堂々と、常識的な誤訳を掲載する有り様です。

例えば、座禅・・昔から「坐禅」と書くのが正解です。

(坐の意味は、独り・・一人・・バラバラに土の上にスワルこと)

雲門や趙州の禅者の一悟は、順次、語録の意訳で紹介します。

 

この碧巌録には、必ず【垂示】圓悟克勤(えんご こくごん・雲門宗、中興の祖)による前置き解説・・まあ、いわばスポーツの前の準備体操のような、則=話ごとの取り組み方とか、受け止め方とか・・禅機(悟の発動)や禅境(地)の観点とか・・例えば、棒を振るスポーツでも、ホッケーとポロと野球とゴルフでは、同じような仕草でも、内容は大違いのことが、丁寧に解説されています。

実際、今、四冊の碧巌録(釋 宗演講話/井上秀天、新講話/加藤咄堂 講述/朝比奈宗源 訳注)を見返しつつ、意訳に挑戦しています・・が、提唱の作家(さっけ)、老師方は、私と較べ、まるで月とスッポンの禅定力、達道の方々ばかり。さらに、各則、この垂示(すいじ)のほかに、雪竇(せっちょう)重顕(じゅうけん・臨済禅、傑出の禅者)が【本則】と、これの大意を詩的(漢詩)表現にした【頌(じゅ)】で主構成され、加えて、文中一句ごとに着語(ちゃくご)=寸評がつけられてあり、ラストに評(ひょう)・評唱(ひょうしょう)=講評・・則全体のまとめ・・がある・・・ものすごい禅録全提、まるで一則で一冊の本になるような禅語録の集大成です。

ですから、この碧巌の散歩(歩き)では、古来の禅徳の着語(1句毎に、けなしたり褒めたたえたり、自得の感想を述べたり・・の部分と、評は、まるで生い茂る樹の枝葉であり、かえって初心の人たちには、禅の大樹を見通し難い・・と判断して略しています。

ので・・まず【垂示】で、禅の(木登り)注意書を読み【本則】で、実際、禅の大樹にしがみついて登り【頌】で、(はるか景観を望んでの)雪竇の詩を看るような段取りで、茂りすぎた枝葉を剪定(せんてい)した訳です。

 

この碧巌録は、千年にわたる、中国、日本(江戸期までの)写本の時代・・政治の迫害を受けながら、生き延びてきた禅録であり、写本から写本する過程で【垂示】の抜け落ちた語録が残ってきました。

あるいは、禅に語録不要と焼き捨てられた逸話もあり、この禅語録(写本)を引き継ぐ禅者が途絶えたことも影響したでしょう。

ただ「禅者の一悟」は、古今、変わりない・・トドノツマリの,云うに言えない「一悟」です。(雲門の日々是好日も、この厨庫三門【ずくさんもん】も、公案の透過、見性を自覚できない者には、提唱、解説する資格はありません)

 

どの様な、禅機禅境(地)を事例とする則(公案)であれ、その禅者の心境は、行き着く先の、行き尽くした「トドノツマリ」の、覚悟、心境なのです。

その「トドノツマリ・・無功徳な、言語を絶しての一悟の体験こそ、求道者にとって究極の目的ですから、悟境のトドノツマリを両忘した禅者から見れば、いつまでも準備体操をしてばかりいる初心の選手モドキにはウンザリもすることでしょう。

また、禅を畳の上の水練ばかりでなく、イキナリ、水の中に放り込み、犬掻きを体覚させるのも一手とばかり・・に、こうした思いで【垂示】がない則がある・・気がしています。

現に、同義の文句が、【垂示】で、そこかしこで散見されることがあり、圓悟老師、百則の前書き作業、お疲れのご様子である・・と言いたい垂語に時折、出くわします。

 

現代の文字離れした若者にとって、難しい漢字だらけの、何を言っているのか理解できない、棒喝の禅者たちの振る舞いは、無関心なこととなりました。

禅そのものも、戦前・戦中・戦後の、いつ死ぬか解からない、不安な時代に受け入れられた「覚悟」の手立て・・でしたが、そんな緊急事態の需要は廃れて、禅は、今や「観光的な禅」に代わりました。

禅は、欧米にZENとして関心を持たれていますが、日本においては完全に「絶滅危惧種」いや、絶滅したか・・のありさまです。

 

しかし、スマホ万能時代に、心の静寂と安心の、眼前の(禅の)大樹に、登ってみたくなった木登り初心者のために、PC=奉魯愚で意訳しておくのも大事でしょう。

 次の則は、お寺で、雲門が、坐下の求道者を相手に、あまりにも明白な、トドノツマリをのべた・・禅者の教示です。

(以下、公案のHINTは・・集団修行の場や生活環境のTPOで起こりがちな、馴れあいや利権関係を否定する・・人なれば独立独歩たれ・・の公案です)

 

碧巌録 第八十六則 雲門厨庫三門 (うんもん づくさんもん)

【垂示】圓悟が垂示した。

禅者は、世の中の苦しみごとの、すべてを把握して、どんな悩みにもこたえられるような、そんな人物でなくてはならぬ。

また、その見識は極端に走らない、利害、感情のバランスのある判断して疑いを明らかにする卓越した人でなければならない。

よく世話焼きの人が、ああだ・・こうだと指図するが、云えば言うだけ、問題が複雑になって、大混乱になることがよくある。

サアサ、ぐずぐずせずに、ピシリと決める、達道の禅者の行いとは、どうしたものであるか・・言ってみなさい。その心境のほどを看てやろう。

 *垂示に云く。世界を把定(はじょう)しては、絲毫(しごう)も漏(も)らさざれ。

  衆流(しゅうる)を截断(さいだん)しては涓滴(けんてき)も存(そん)せざれ。

  口を開けば便(すなわ)ち錯(あや)まり、擬議(ぎぎ)すれば即(すなわ)ち差(たが)わん。

  且(しば)らく道(い)え。

  作麼生(そもさん)か、これ透關底(とうかんてい)の眼(まなこ)なるぞ。

  試みに道(い)え、看(み)ん。

【本則】雲門文偃が門下の求道者に垂誡(すいかい)した。

「人々はそれぞれに、禅による生活を、日々、為しているのだが、・・肝心の「禅によって為される」・・禅に包まれてあることに気付かず、無明の妄動にかられた生活をしている。もし、ここに、イヤ、それは違うと言う者がいたら、それじゃ、いったい、どんなことがどんな風に禅によるのか・・ここに出して見せてごらん」と見渡した。

しかし、一同、答えられなかった。

雲門は、毎度のごとく、親切に自分が代わって答えて見せた。

「それはこの禅庵,諸氏の脚下そのもの。どうだ解かったか」

それでも自覚しない、解からず屋の弟子たちに、言葉を継いで・・

「お前達・・経を読んだり、神仏に礼拝したり、サモサモに、何かを為しているような、そんなシタリ顔はやめることだ」と云った。

  *擧す。雲門、垂語して云く。

  「人々ことごとく光明を有してあるも、看る時見えずして、

   暗きこと昏々(こんこん)たり。作麼生か、これ諸人の光明なるや」

   自(みずか)ら代わって云く「厨庫(づく)三門」

   (禅庵、禅者の立脚するところ、総ての意)

   また云く「好事もなきに如かず」

   (看経(かんきん)礼拝など仏事一切も無い方がよい・・の意) 

【頌】雲門文偃は、諸人、禅による生活を営んでいる・・と言うが、坐下の求道者は、実感のない、常識に囚われた人ばかり。

蝶は樹(機)を見ず、花を看るばかり。看ていても見えていない者たちだ。看たければ、何時でも誰にでも、隠すことなく見えている「禅による生活」だ。

どうだい・・悠々と、のどかに牛に乗ったまま、禅庵を往来する雲門を見よ。

禅者の暮らしぶりは、行住坐臥・・もれなく「禅そのもの」だよ。

  *自照(じしょう)にして列(はな)はだ孤明(こみょう)。

   君がために一線を通(つう)ずるも、花は謝(しゃ)して樹に影なし。

   看る時 誰か見ざらん。見れども見えざるなり。

   倒(さかさま)に牛に騎(の)って仏殿に入(はい)れり。

 

碧巌の歩記(あるき)NO87・・9/3AIの分析評価について追加附記しました!  

どうして、今時、難解な碧巌録の意訳をされるのですか?

 生涯に、無門関と碧巌録、それに、出来れば臨済禄の、意訳・・自分なりの解釈を現代語で表現しておきたい・・との欲求に、馬翁になって駆られています。

その文意や解釈は・・読み返し見返す内に、何度も変わってきましたし、難しい字の意味を調べている時、突然、気分が晴れやかになって・・視野がグンと広がる・・そんな体験をした則に出会える、ことどもが動機になっているのでしょう。

週に一回は、この奉魯愚に掲載できようか・・とやってきましたが、無門関は、どうにか第二稿の手入れができるか・・どうかの段階。この碧巌録は、まだ初稿,八十七則のありさま。臨済禄に至っては、古書を漁って乱読の状態でサッパリ目鼻がつきません。

まだまだ・・これから奉魯愚での加筆修正が続きましょう。

 「禅」は日々の生活に、実に奥深く味わいのあるものです。

鮎のようにピチピチと、そして寂寥を覚えつつ、清流を泳ぎ回っているような境地・・なんとも言えません。

私は、必ず、お気付きになるか・・どうかはともかく、こうした禅境(地)=禅による生活の一端は、どの則の意訳にも記載するようにしています。

禅語録では、どの祖師がたの語録でも、必ず、みずからの悟境を陳べる偈なり頌なりがあります。が、次第に、密室=師弟二人キリ・・の参禅で意見することになってしまい、則に自己の見解(けんげ)を併記する常態はなくなりました。

それだけに、悟境の開けた露堂々の師家がいなくなりました。

それに、欧米に広がった「禅」の関心の高まりに乗じて、なにか、隠密裏の禅の風習を良しとして、あたかも神秘化するような風潮があるようです。

ですから、恥ずかしながら私の見解(けんげ)を意訳文中に出来るだけ入れるようにしています。

禅の「見解」・・けんかいではなく、ケンゲと言います・・は、決して問題に即して理路整然とした解答が「正解」となる訳ではありません。(比較・分別・分析的思考の否定から始まります)

次の八十七則の頌(雪竇)に、門を閉じて車を造るな・・とあります。私は、私の意訳、そのコダワリへの警告と受け止めています。

 碧巌録 第八十七則 雲門薬病相冶 (うんもん やくびょうそうじ)

【垂示】圓悟が座下の求道者たちに垂示した。

禅者は、何を言い、何を行っても、すべて禅にかなう=「禅による生活」をしている・・のだから、ある時は、達磨の九年間の面壁・・のごとき気高いこともあるし、ある時は、繁華街のうるさい処で、商売繁盛を願って、赤裸々に「大安売り」を声高に宣伝して振舞っていることもある。

また、時には、インド、毘沙門天(びしゃもんてん)の息子、無双(むそう)の力自慢、那吒(なた)太子のように、暴れて手が付けられないこともある。また、ある時には、日面(にちめん)、月面佛(がちめんぶつ・・日夜、絶え間なく)となって、臨機応変(りんきおうへん)、泥まみれで衆生済度していることもある。

さらには、忽然(こつぜん)として、廓然無聖(かくねん むしょう)の向上心を現わした、釈尊や、道を究めた禅者達・・窺い知れない三千里も遠離(おんり)した所から超人的活動をなす場合もある。

サア・ここに、そのような禅者に共鳴できる者がいるか、どうか。

試みに挙す看よ。

  *垂示に云く、明眼(めいがん)の漢は窠臼(かきゅう)を没す。

   ある時は孤峰頂上(こほうちょうじょう)に草漫漫(くさまんまん)。

   ある時は閙市裏頭(どうしりとう)に赤灑灑(しゃくしゃしゃ)。

   忽(たちま)ち もし忿怒(ふんど)せば、

   那吒(なた)のごとく三頭六臂(さんとうろっぴ)を現ぜん。

   忽ちもし日面(にちめん)月面(がちめん)ならば、

   普攝(ふしょう)の慈光(じこう)を放ち、

   一塵(いちじん)において一切身(いっさいしん)を現じ、

   随類(ずいるい)の人となって、和泥合水(わでいごうすい)せん。

   忽ち もし向上の竅(きょう)を撥着(はつちゃく)せば、

   佛眼(ぶつげん)もまた覷不着(そふちゃく)ならん。

   設使(たとい)、千聖出頭(せんせい しゅっとう)し来たるも、

   また倒退(とうたい)三千里なるべし。

   また同得同證(どうとくどうしょう)の者ありや。試みに挙す看よ。

 

【本則】ある日、雲門文偃が、座下の求道者に・・

「皆は、常識とか既定の約束とかに囚われて、迎合することに意義があると思い込んでいる。

例えば、薬は病気を治すと決めているが、実は、病気が薬を治すのである。

宇宙の森羅万象(しんらばんしょう)は、すべてこれ、薬そのもの。病は、この薬の悪用に他ならない。              

病気とは、人が薬を悪用する仕業(しわざ)なのだ。お前たちは今、宇宙の妙用に参画して、薬の役になっているか・・それとも、病の役を努めているか・・どっちなのだ。答えて見よ」と迫った。

  *擧す。雲門、示衆して云く・・

  「薬病相治(やくびょうそうち)。盡大地(じんだいち)これ薬。

   那箇(なこ)か これ自己なるぞ」  

 

【頌】雲門は、宇宙すべての作用は、これ薬であると喝破(かっぱ)した(ソレ・・見抜いたぞ)

これを、利得第一主義で生きている古今東西の欲深(よくふか猿=人間)は、自己中心的に考えて、軽率な結論を出してしまう。

(オイオイ・・そりゃ大変な間違い。大間違いだぞ)

この間違いのもとは、常識とやらの世間体に拘泥(こうでい)するからだ。昔、中国の道幅は、車の轍(わだち)、両輪の幅まで杓子定規(しゃくしじょうぎ)に策定されていたという。

今どきの世間でいえば、どいつも規格(マニュアル化)されてしまった人間と、氾濫するスマホ文化に毒された社会を言う。

これを「禅者」に当てはめると「禅による生活」の大道は、寥廓(寥々廓々りょうりょうかくかく)実に広大無辺(こうだいむへん)なものである。

道幅も、規制や規格サイズもあつたものではない。古今の人々は、自分の鼻は、天まで高いと思いこんでいるが、雲門に自慢の鼻をひねられて半泣き顔になったのは・・どこのどいつだ。

  *盡大地(じんだいち)はこれ薬なるに、

   古今(ここん)、何としてか、はなはだ錯(あや)まれるや。

   門を閉じて車を造(つく)らざれ。

   通途(つうと)は自(おの)ずから寥廓(りょうかく)なればなり。

   錯(あや)まれり。錯まれり。

   鼻孔(びくう)は遼天(りょうてん)なるも、また穿却(せんきゃく)せられん。

 

【附記】●9/3追記=9月1日2日のNHK深夜テレビで「AIに聞いてみた・・人口頭脳と対決」病気にならない方法・・として、AIが出した解答は・・病院を減らせ=病院に行くな・・だった。人口減少(未婚の増加問題)の解決では、賃貸、家賃価格の減額・・が答えである。常識や、自分本位のデーター解析ではないだけに、何故?・・とか、反論したくなるが、おそらく、自然の中の生活、免疫の機能機作などが働いているのだろう。ワンルームマンションの家賃を下げたら、どうして独身者が減少するのか・・その因果関係がわからないけれど、AIならではの、冷静な状況分析に基づくのだろう。

ただ、ここで紹介したのは、これより千年前に、雲門文偃が、求道者を相手に、病気は、自然の作用の悪用結果だ・・と禅的に喝破していることだ。病院診療、薬処方が、医薬業界や厚労省などの利権に利用されて、本当に病人のためになっているのか、疑わしいのである。

●話は変わるが、NHKの聴取料をとる放送は、放送の視聴の是非・自由を阻害する憲法違反ではないか・・また、北朝鮮から拉致被害者を救出奪還しない自衛隊と警察は、国民を守らない・・憲法違反ではないか・・(拉致は国際間の紛争に由来したものではない)・・千年後、AIと人々はいったい、どんな目で現代を評価することだろう。楽しみである。

 

【附記】スター数・ブックマークのお礼と言い訳・・

★マークをつけていただいたりしております。ありがとうございます。でも、このPC奉魯愚、独り錯誤しながら、ワープロ代わりに書いておりますので、御礼の仕方もわからず、失礼をお許しください。

まだPHOTOの取り込み、貼り付けなど、やり方も学習しておりません。ガラパゴス・ケータイを、もっぱら電話替わりに使い、PCのメイルで、話のやり取りをするだけ・・の、単純活用法です(幸いなことに、禅語録の意訳は、写真や地図など不要で、まず、昔の漢字意訳に苦しみ、手書きで問合せ、登録したりするのに、夜を徹することもしばしばです)

でも、千年前の達道の禅者と、面談できる楽しみは格別です。その幾分なりと、おすそ分けできるのも幸せなことだと思っております。PCを融通無碍に使いこなせませんこと・・どうぞお許しください。

何か、お話があれば, 以下、メイルでお尋ねください。

mail: taijin@jcom.zaq.ne.jp    加納 泰次 あて

有(会)難うございました。再拝。 

 

 

碧巌の歩記(あるき) NO88  

友達と連絡しあい、一緒に、3分間イス禅(独りポッチ禅)をするのはいけませんか?

 結論を先に云いましょう・・

「3分間ひとりイス禅」は、自分一人だけのポッチ「坐禅」です。

例え仲間と二人だけであろうと・・組織や集団を構成してはお奨めしません。今までの「禅」は、寺僧の揺籃、接ぎ木式継承、温室栽培式修行、観光坐禅の台頭などで、純禅絶滅種となりました。

 

これからは、誰にも何にも頼ろうとせずに、只一人でなさってください。

はじめ、椅子に坐っての独り坐禅・・ですが、呼吸も整い、思いや空想の波風がたたない状況になったら、次に、椅子に坐ることにこだわらず、寝る時、起きる時、食事の前や後、通勤の電車・バスの中、トイレの中、散歩中の公園や、海辺、河べりの釣り、絵描き、写真・・自然の風景に溶け込んでの生活上に、おりふし一人で行う坐禅としてください。

 この「3分間ひとり禅」から、何時でも何処でも行える「ひとりポッチ坐禅」へと進化(真化・清化・深化・親化・晋化)させましょう。釈尊の「天上天下、唯我独尊」・・宇宙に、ただ一つ独りだけの遺伝子を持つ・・独りで生まれ、独りで生き、独り死ぬ・・「私」の(為だけにある・・役立たずの)坐禅です。

友人や仲間、あるいは誰かの教導を受けたりするのは、かえって邪魔で、さらに、これを指導・運営する組織や管理する団体は一切、不要です。まして、お金がかかったり、時間をかけて遠方まで行脚、探索する必要はありません。(知識、宗教、哲学、主義、思想、解説、批判、分別、論理、漫画、スマホ=電磁的情報など、自己の求心求道に、かえって邪魔な手段をこうじてはなりません)

誰とも相談や研修しないで、唯ひとり・・独行の坐禅であってください。昔、こうした坐禅は小乗禅とか羅漢禅とか言われました。

自分一人救われようとするエゴイストなどと、どのように評価、批判されようと関知しません。

どうぞ、貴方の足で歩いて下さい。貴方が坐禅して下さい。

生きている間は、お互い、助けたり、助けられて成り立つ社会ではありますが、独り坐禅のめざす「禅による生活」は・・「独り」・・の境地から出発し・・帰着します。

 

よく犬の散歩風景を見かけますが、犬を散歩させているのではなくて、犬に散歩させられている人の多きに、人の弱さを感じます。他の人のために役立つか・・あるいは、ともに楽しくいきるか・・この二つに一つの働き、行いが、人生ですから・・。

働くのも、食べるのも、恋をするのも、遊ぶのも、全部、自分の事は自分の責任と義務の中で、自分が行うのです。

その証に、聾・盲・唖のヘレン・ケラーさんが「ウオーター」を自知して、人となられた様に、まずは「独りで生まれ、独りで生き、独り死ぬ」・・自覚・・これを悟りと言い、愛といい、慈悲という・・他人、私が言うことは、それはそれとして、「ひとり坐禅」で自分が体得、自認してほしいのです。未来永劫・・誰が何と言おうと・・「3分間ひとりイス禅」→「ひとりポッチ禅」=「禅による生活」の徹底です。

 

私は(勝手にですが)・・ヘレン・ケラーさんは、すばらしい「禅者」であると思っています。

そして、悟りすました佛像のような禅のイメージ(死禅といいます)を払拭して、普段の暮らしや仕事の中に・・イキイキとした「禅による生活」をなさいますように・・。

碧巌録 第八十八則 玄沙三種病人 (げんしゃ さんしゅびょうにん)

【垂示】圓悟の垂示に云く。

商いや経営には、毎日毎日のやり繰りと、一を聴いて三を知る活動が大事だ。仕損じのない、二を破って三となす行いもある。

そして悟境(地)の点検、整備は、車の運転前の点検と同じく、小さな不備を見逃すことなく、しっかりなさねばならない。

また禅者は、如何なる場合に臨(のぞ)んでも、自由自在、臨機応変の手腕を見せ、堅固で至難な問いをも、撃砕するようでなくてはならぬ。禅者は、亀が、砂浜に足跡を残すような行いではなく、木鶏(もっけい・木彫の鶏)の暁を告げて鳴く如く、閑古錐(かんこつい・先の丸びた役立たずキリ)の如き風で、大魯(だいろ)大拙(だいせつ=愚かさの極み)に立って、涼(すず)やかに大道を闊歩(かっぽ)してほしいものだ。

このように「禅による生活」を為す時、いったい、何処にミソをつけた間違いの行いがあるのか・・試みに示す、答えてみよ。

点検するぞ。

  *垂示に云く、

   門庭の施設(せせつ)には、且(まさ)に恁麼(いんも)に二を破り三となすべし。

   入理の深談には、またすべからく七穿(せん)八穴(けつ)なるべし。

   機に当って敲點(こうてん)敲問(こうもん)・點破(てんは)するには、

   金鎖玄關(きんさ げんかん)を撃砕(げきさい)すべし。

   令によって行ずるには、直ちに掃蹤滅跡(そうしょうめっせき)なるを得べし。

   且(しば)らく道(い)え、訤訛(こうか)は什麼(いずれ)の處(ところ)にあるや。

   頂門の眼を具する者は、請う試みに擧す看よ。

【本則】擧す。ある時、玄沙師備(げんしゃしび=第二十二則参照)が示衆(じしゅう)した。

もろもろの禅匠、禅者は言う。衆生(しゅじょう)済度(さいど)を願って道を修す・・と。

では、聾・盲・唖の者の如き、三病の求道者が来たれば、どのように対応できるのか?

いったい、三病の人をこそ、いかに教導、救済できるのだろうか。

手持ちの払子(ほっす)を振りかざして見せたところで、眼が不自由なれば見える訳でもないし、耳の不自由な者に、いくら説教しても聞こえないだろう。口が不自由な者に、いくらモノを云えと攻めたところで口が利ける訳もない。

禅者たるもの、こうした人たちの教導が出来ないなら、どんな功徳があると言えようか。

時が変って・・かって・・玄沙の垂語を聞いていた求道者が、後に雲門のもとに来た時(雲門を困らせる意図があったものか・・)「見えざる・・聞こえざる・・云えざる」三病人を真似て、禅の神髄について、その意見を問うた。

雲門云く「お前さん・・ぐずぐずしないで、まず、礼拝しなさい」

求道者が礼拝した時、雲門は拄杖で彼を突きのけようとした。

彼は、その危険を察知して、思わず後ずさりした。

雲門すかさず「お前さんは、眼が不自由であるかの如く問うているが、どうやら眼はタッシャのようだな。もう少し、近くに来なさい」と言うと、求道者は、恐るおそる、雲門に近寄ったので、雲門云く「ソリャどうだ。お前はチャント耳が聞こえるではないか。少しはわかったかな」と言うと、つられて求道者は「イヤ、老師のなさること、サッパリ解かりません」と答えた。

雲門「こりゃどうだ・・よくもまあ、ペラペラと口のまわることよなあ」

求道者は、ギュウギュウ 雲門に迫られて、少し禅機をおぼえたようだった。

  *擧す。玄沙(げんしゃ)、示衆(じしゅう)して云く

  「諸方の老宿(ろうしゅく)、盡(ことごと)く道(い)う、

   接物(せつもつ)利生(りしょう)と。

   忽(たちま)ち三種病(さんしゅびょう)の人の来たるに逢(あ)わば、

   作麼生(そもさん)か接(せつ)せん。

   患盲(かんもう)の者は拈鎚竪拂(ねんついしゅほつ)するも、他(た)また見ざらん。

   患聾(かんろう)の者は、語言三昧(ごごんざんまい)なるも、他また聞かざらん。

   患唖(かんあ)の者は、伊(かれ)をして説(と)かしめんとするも、

   また説くことを得ざらん。且(まさ)に作麼生(そもさん)か接(せつ)せん。

   若(も)し、この人を接することを得ずんば、仏法には霊験なからん」

   僧、雲門に請益す。

   雲門云く「汝 禮拝着(らいはいちゃく)せよ」僧 禮拝して起(た)つ。

   雲門、拄杖(しゅじょう)をもって挃(つ)く。僧 退後(たいご)す。

   門「汝は患盲(かんもう)にあらずや」

   また「近前来(きんぜんらい)」と喚(よ)ぶ。

   僧 近前(きんぜん)す。門云く「汝はこれ患聾(かんろう)にあらずや」

   門 乃(すな)わち云く「また會(え)せりや」僧 云く「不會(ふえ)」

   門云く「汝はこれ患唖(かんあ)にあらずや」僧 ここにおいて省(せい)あり。

 

【頌】盲・聾・唖の三病を、もてあそぶ輩に、達磨の聖諦第一義など、解かりはしない。

こうした者たちが、禅の求道者を任じるとは世も末だな。

行脚して、さ迷い歩く幽霊に、チャント二本の足があるとは・・イヤハヤ、笑えて涙が出てきたぞ。

こんな連中がわからないのは無理もない話だ。

古事に、黄帝の頃、朱離婁(しゅりろう)は、密室でも春、秋の来たるを感じることが出来た眼識の達人。一方、師嚝(しこう)は、遠く山を隔てて、蟻の争うを聴く、聴覚の達人と言われるが、この二人、確かに、身に沁みて、見えて看えず、聞こえて聴こえずの・・凡人だった。

こんな有名なだけの解からず屋の真似をして、ひたすら月清(つききよ)しもと、独坐(どくざ)三昧(ざんまい)をなしたところで大悟徹底できて、どうにかなるものではない。

自然はマッコトそのままにあり、人智の及ぶ處ではない。

四季につれて全山、紅葉し、やがて春来たりて花が咲く。

(雪竇が一言、附記した)

「どうだ?解かったかナ?・・これは柄のない金鎚のような公案だから、さぞ、つかみようのない(難問難解)話だ」

  *盲聾瘖亜(もうろういんあ)は、杳(よう)として機宜(きぎ)を絶す。

   天上天下、笑うにたえたり、悲しむにたえたり。

   離婁(りろう)は正色(せいしき)を辦(べん)ぜず、

   師嚝(しこう)、豈玄絲(あにげんし)を識(し)らんや。

   虚窓の下に獨坐するは、いかでかしかん。

   葉の落つるにも、花の開くにも自ずから時あるものを。

  (復・・また云く・・また會(え)すやいなや。無孔(むこう)の鐵鎚てっつい)

 

 

 

碧巌の歩記(あるき)NO89  

他人が食べた飯で、自分が満腹になった例はない!

誤解の無いように、附記しておきます。

私は、ヘレンケラーさんは、三病を克服された偉人でありキリスト教信者でありましたが・・すぐれた禅者であると(勝手に)思っています。手(触感)で「看る」・・鼻で(香り)を聴き、口で慈愛の言葉を施す・・禅による生活をなされた方だと思います。

動物の赤ちゃんを母親が、愛しげに舐めています。私も昔、飼っていた犬に、ペロペロ舐められて、嬉しいやら・・糞舐めて、あと、人の顔舐める犬の顔・・の複雑な気持ちを味わいました。「禅による生活」をする禅者は、決して、口先、文字だけの「禅」を語りはしません。

また、悟りの「禅機・禅境(地)」を、妙に神秘化したり、難解で論理的な言い回しで説明などしません。行いだけで充分です。

相手が、どの程度の禅的境地なのかは、遠くから歩いてくる様子・・振る舞いだけで、その程度が判明できます。禅は、何も隠すことなど一つもありません。母親が子の偽を見通すように看透すのです。

 

私の場合・・「人生、裸(心)で歩くべし」が信条です

坐禅は、百%「役に立たない」こと・・を覚悟の上で、することが大事です。仕事や生活は・・相手にとって「役立つか、または面白いか=楽しいか」の二つに一つのことであり、自分の利権優先はありません。近江商人の「3方良し」が、極意と言えるでしょう。

では、その悟りに至る(禅機)行程は、独り・・今を生きる・・3分間(ポッチ禅)による生活を行う以外に方法はありません。悟りたい・・不安な心から解放されたい・・の一心で、ひたすら努力しても、決して、悟ることも安心することもできません。このポッチ禅は、自己中の人には向かない行為でしょう。現実主義者や、損得、好嫌の感情、スマホ信者、座禅でもしたいなぁ・・と思うことすらない人には、ご縁がありません。

例えれば・・悟りは・・坐禅中に突然、悟りの方から襲いかかってくるのです。釈尊は、明星の輝きを見られた瞬間に、すべてが、悟りの心を持っていると実感されました。

そして古来、多くの禅者は、日常の生活の中で・・例えば、雷鳴で・・花の香りから・・竹に石が当たって・・後ろに坐るイスがなくてひっくりかえって・・箒で叩かれて・・など、まったく一人一人の禅機、見性の体験は異なります。

悟り(見性・透過・大覚)は、自分が「禅による生活」を、ちゃんとなしている・・ことを自覚する・・言葉や参考文献が要らない、確信的な自己体験の状況です。(この状況を日頃の暮らしにピッタリ一致させていく・・日々の行い・・のことを「長養」とか「禅境」(地)を高める・・といいます)

悟ると、総てが、神々しく、安心で、慈悲深くなる・・と思ったら、それは観念論です。かえって、魔境といって、そんな半熟卵の腐ったような心境を戒めます。

この省悟を、さらに禅境(地)として、自分が自分で深めていく行動を「禅による生活」というので、感性(好き嫌い)に溺れた暮らしや、自分本位の言動をすれば、あっという間に、元の木阿弥(もくあみ)、野狐禅になりさがり、禅臭きは禅者にあらず・・となってしまうのです。

ですから、ときおりの・・毎日の行いが清貧(正直・素直)であるかどうか・・千年前の(達道の)禅者の足跡をたどる「禅語録」で、禅境の状態を見返すことが大事になります。

口先でなく、日々の行いが誠実で、ピチピチして自由自在であること・・自然と、そうした人となりが感じられるようになること。

この碧巌録の奉魯愚を読み解いて、あとは独り、自分で坐禅してください。紙に書いた絵の餅ではお腹が膨れません。まして他人が食べたもので、どうして自分が満腹になど、なり得ましょうか。

しかも、その満腹(幸福)感は、食べた私だけ・・つまり貴方の・・自知あるのみです。

よく宗教では「三昧(ざんまい)」の境地といいますが、悟りではありません。精神的(心理的)集中、忘我の状況で、そんなものはパチンコをしたり、スマホをしたり、スポーツをしたり、職人さんの仕事でも、よく見かける心理状況です。

決して「禅」ではありません。

碧巌録 第八十九則 雲巌大悲手眼 (うんがん たいひしゅげん)

【垂示】圓悟が垂示した。

体の総てで見るのであれば、見るという意識は生じない。全身が聴覚化してしまえば、聞くという意識は無いことになる。全身が口である感覚なら、口で説く認識などないし、通身これ心という態度で、総ての事象に対するなら、思惟(しゆい)、分別(ぶんべつ)する認識はないことになる。

禅者は、眼なり耳なり口なり心なりを通じて、全自己を事象に融和させ、同化して一如(いちにょ)ならしむのであるから、渾一体(こんいったい=ONENESS)そのもの・・なのだ。

このような達道の人は、それでよいとして・・

もし眼が無ければ、どのように見ることが出来るのか?耳や口がなければ、どのように聴き、説明できるのか?心がなければ、どのように宇宙の事象を思惟することができよう。

この四つの問い(眼・耳・口・心)に、見事、答えられたら、その人は禅者である。

また、そうした人は、古(いにしえ)の禅者と同志でもあるが、それはそれとしておいて・・道(い)ってみよ。

古の禅者以外、このような禅者は、いかなる禅境(地)たりえる者であろうか・・。

  *垂示に云く、通(つう)身(しん)これ眼なれば、見(けん)不到(ふとう)。

   通身これ耳なれば、聞不及(もんふきゅう)。

   通身これ口なれば、説不着(せつふちゃく)。

   通身これ心なれば、鑒不出(かんふしゅつ)。

   通身は即(すなわ)ち且(しば)らく止(た)る。

   忽(たちま)ち もし眼なくんば作麼生(そもさん)か見(み)ん。

   耳なければ作麼生か聞かん。口なければ作麼生か説(と)かん。

   心なければ作麼生か鑒(かん)せん。

   もしこの裏(うち)に向って一線道(いっせんどう)を撥轉(はつてん)し得(え)ば、

   即(すなわ)ち古佛と同参(どうさん)たらん。

   参ならば即ち且(しば)らく止(た)る。

   且(しば)らく道(い)え。この什麼人(なんびと)にか参ぜん。

 

【本則】擧す。

ある日、雲巌曇晟(うんがんどんじょう782~841)が 道吾圓智(どうごえんち769~835)に問うた。(二人は共に薬山惟儼(やくさんいげん)の弟子)

「大悲(千手千眼)菩薩は、沢山の手や眼を、どのように使い分けるのでしょうか。並の心配りじゃ出来ない芸当ですね」

吾云く「真夜中、真っ暗な中で、枕をさがしあてるように(手で見る=看る)無心自在の境地なのだ」

巌云く「ああ、わかりました」

吾云く「解かり方にもいろいろあるぞ。どう?わかったのかな」

巌云く「身体中に手と目がついている方でしょう」

吾云く「ヤッパリなぁ・・そりゃ・・八十点だな」

巌云く「 それじゃ貴方の見解(けんげ)はどうなのですか?」

吾云く「通身(全部)が手デアリ眼ソノモノだよ」

  *擧す。雲厳(うんがん)、道吾(どうご)に問う。

  「大悲菩薩(だいひぼさつ)は、あまたの手眼(しゅがん)を用(もち)いて

   什麼(なに)か作(せ)ん」

   吾云く「人の夜半(やはん)に背手(はいしゅ)にして

       枕子(ちんす)を摸(も)するが如し」

   厳云く「我、會(え)せり」

   吾云く「汝、作麼生(そもさん)か會(え)す」

   巌云く「徧身(へんしん)これ手眼(しゅげん)なることを」

   吾云く「道(い)うことは即(すなわ)ち太煞(はなはだ)、道(い)いたるも、

   ただ八成(はちじょう)を道いえたるのみ」

   巌云く「師兄(すひん)、作麼生(そもさん)」

   吾云く「通身(つうしん)これ手眼(しゅげん)なり」

 

【頌】徧身(へんしん)といい、通身という・・そんな言葉(文字)に拘泥(こうでい)しなくともよい。

曲者(問題)なのは、あの千の手と眼を持つ「大悲菩薩」だ。

大悲菩薩は「禅」から十万里も隔たっているぞ。

アラビヤ物語のサンバードや仏典の迦楼羅(かるら=金翅鳥(きんしちょう)は、天に昇って一度、羽ばたきすると、海は大津波となり陸地を水で覆うという。

こんな大鵬(たいほう)の羽ばたきによる津波だって、宇宙の彼方から見れば、木星の大赤班に較べようもない、塵が舞いあがったような些細な出来事にすぎない。

あの帝釈天の宮殿にある真実を映し出す珠の明暗模様を、君は見たことがあるか・・禅者が持つ杖の先にも、立派な手眼があるが、それが何に由来して、どこから現れて来るのか・・わかりようがないなら、顔を洗って出直しなさい。

トーッ』(総てを吹き払う掛け声、一声)

  *徧身(へんしん)も是(ぜ)。通身(つうしん)も是。

   拈(ねん)じ来たれば、なお十万里に較(あた)らん。

   翅(つばさ)を展(の)べては崩騰(ほうとう)す六合(ごう)の雲。

   風に搏(はうっ)て皷蕩(くとう)す四溟(しめい)の水。

   これ何の埃壒(あいがい)ぞ,忽(たちま)ちに生ず。

   那箇(なこ)の毫氂(ごうり)ぞ、いまだ止(とど)まらず。

   君見ずや、網珠範(もうじゅはん)を垂(た)れて影重々(かげじゅうじゅう)。

   棒頭(ぼうとう)の手眼(しゅがん)は何(いず)れよりか起(お)こると。咄(とつ)。

 

 

碧巌の歩記(あるき)NO90

 月の光で妊娠する・・?そんなバカな・・!

碧巌録百則の内、九十則まで歩みを進めると、話の内容が今までと少し、趣きが違うことに気付く。

いよいよ「禅による生活」のまとめに入ったな・・の実感が湧く。

本則や頌(禅者の見解)が、磨きのかかった詩的な風貌を帯び、禅者の一語が味わい深くなってくる。

機械化された現代社会では、思い及ばぬ詩的表現・・例えば・・真珠貝は、月光を口に含んで真珠を産む・・とか・・仲秋の名月を見て、うさぎは妊娠する・・とか・・浄裸々(じょうらら)に、赤灑々(しゃくしゃしゃ)に・・意訳の私が、つくづく叶わない語彙(ごい)をまき散らせて、千年をひと飛びに・・どうだと迫ってくる。

禅は、佛教の云う因果応報(原因と結果・時系列・エントロピー)に囚われない・・心の働きを持つ。

禅者の詩的表現は、ギリギリの言葉(文字)で、その境地を現わしたものである。そして、さらに「禅による生活」の・・とどのつまりは、作務・・世間一般の当たり前の「仕事と暮らし」をすることに尽きてしまうのだが・・終りが始まりとなり・・それは生命そのものの詩となり、ピチピチと若鮎のように躍動しているところが魅力なのだ。

この則・・主題の「般若」とは・・とか・・「月」を取って看よ・・とか、「月白風清」などと、堅苦しい話になるが、私は、童謡、月の砂漠を歌いたい。

特に四番・・♪~月の夜を対のらくだはトボトボと、砂丘を超えて行きました。黙って超えていきました~♪

(昭和2年 ラジオ童謡 作詞・加藤まさを/作曲・佐々木すぐる)

寂寥感のある童謡は少ない。

碧巌録 第九十則 智門般若體 (ちもんはんにゃのたい)

【垂示】絶対ソノモノに適応した一句は、どんな達道の師といえど表現できない。実は、私達の生活にある出来事は、すべて、それぞれに永久の真実を秘めている。いや、何も隠すことなく、露堂々に出現している。

このありのまま・・頭髪ボウボウ、耳のとんがった寒山・拾得だって、彼ら、読書や掃除の生涯は、誰に比較すべきものなく絶対そのものだ。サア、御覧な・・この則の丸裸ぶりはどうだい。

  *垂示に云く、聲前(しょうぜん)の一句は千聖(せんしょう)も不伝。

   面前の一絲(いっし)は長時(ちょうじ)無間(むげん)。

   淨裸々(じょうらら)、赤灑々(しゃくしゃしゃ)。

   頭は髦鬆(ぼうそう)にして、耳は卓朔(たくさく)。

   且(しば)らく道(い)え、作麼生(そもさん)。試みに挙す看よ。

【本則】求道者が智門光祚(ちもんこうそ)に問うた。

「般若(はんにゃ=人の智慧、禅の心)の実体とは如何なるものでしょうか」

すると智門は「真珠貝は、月光を浴びて真珠を吐くよ」と答えた。

求道者はさらに「ならば般若の作用(仕事ぶり)はどうですか」と問うた。

智門「仲秋に、兎が月の光を呑んで、懐胎(かいたい・妊娠)したよ」と答えた。

(いずれも中国の古伝説・・広東省合浦の海底にすむ蛤(はまぐり)は、満月の夜、海上に浮遊して自ら口を開き、月光に感じて真珠を産するという伝説。また仲秋の夜、メス兎は、月光を呑んで妊娠し、仔を生むと博物誌にあり、智門は般若の実相を、きわめて詩的に表現して見せた)

  *擧す

   僧 智門に問う「如何(いか)なるや これ般若(はんにゃ)の體(たい)」

   門云く「蚌(ほう ハマグリ)は明月を含(く)む」

   僧云く「如何なるか これ般若の用(よう)」

   門云く「兎子(とし)は懐胎(かいたい)す」 

【頌】般若といえば般若心経・・空即是色とばかりに、虎やら龍やら登場させたがるけれど、例えれば、その実態は宇宙のダークマターや、ブラックホールみたいなものだから、手に取って見せるわけにもいかず、論理的に解説不能だ。

だが千年前の智門は、実に見事に「あるようでないような」=「ないようであるような」・・実態を示して見せた。

この神秘的な「羅漢と真珠」の関係にこだわって、禅家一同、口角(こうかく)泡(あわ)を生じて論争に明け暮れている。それどころか、月面着陸した現代にいたるまで、まだ月光に感応する真珠貝、月を見て妊娠する兎の不思議は、何ひとつ解明されていない。

現代科学は,月で兎が餅をついていないことだけは探査したが・・

  *一片(いっぺん)の虚凝(こぎょう)にして謂情(いじょう)を絶(ぜっ)せるも、

   人天これにより空生(くうしょう)を見ん。

   蚌玄(ほうげん)兎(と)を含む深々(しんしん)たる意、

   かって禅家(ぜんけ)をして戦争(せんそう)をなさしむ。

 千年前の達道の禅者達が、この小さな机のパソコンから、次々に現れて対話してくれる・・私(馬翁+12)にとって、語彙を調べる作業は少しキツイが夜の明けるのを忘れてしまうこともある。

しかも、・・この神秘的な「禅者の一語」を、おすそ分けできるとは嬉しい限りです。

 

碧巌の歩記(あるき)NO91

【ウチワ、扇風機、クーラーは価(あたい)三文】

昔の人の寿命は、せいぜい四・五十年だが、趙州從諗(じょうしゅうじゅうしん)は百二十才(778~897)まで、矍鑠(かくしゃく)として求道者を鞭撻(べんたつ)した、禅史上、最も卓越した禅者である(碧巌録、計十二則の多きに登場している)

趙州が六十三才の頃、先達の禅者、この則の主人公、鹽官齊安(えんかんさいあん・・719~841)が百二十二歳で示寂した。

別段、年齢にこだわる訳ではないが、禅者達の長寿の秘訣は、究極、坐禅の呼吸法に依るのでないか・・と思っている。それに質素な食事、ストレス(不安)のないピチピチした生活など、環境の所為ともいえるけれど・・その老熟の禅境(地)・・極みといえるのが、この扇子公案だ。

この則に、ズバリ意見の道(言=行い)える人は少ない。

犀牛の絵とあるが、珍しいサイの図が描かれた扇面であったろうと推測します。

ボロボロになった扇子ひとつ・・で、禅機・禅境の秀逸な話題が、溌溂(はつらつ)と生れ出る。

達道の禅者たちの禅境地=ステージが見えてくる公案だ。

碧巌録 第九十一則 鹽官犀牛扇子 (えんかん さいぎゅうのせんす)

【垂示】圓悟が求道者に語った。

禅者たるもの、第二義の思惑を超越して、相対的思考・分別を離れ、求道者には、向上の一途なることを推奨し、内には、正法眼蔵まるだし=「禅による生活」をかたく行持する。

まあ、ここまでくればシメタもの・・臨機応変、自由自在の活動ができるし、喧騒の巷にあっても安穏な生活が保障できよう。

サテさて、このような禅者に共鳴できる者がここにいるか・・

試みに挙す。看よ。

  *垂示に云く、情(じょう)を越え見(けん)を離れ、

   縛(ばく)を去り粘(ねん)を解(と)き、

   向上の宗乗(しゅうじょう)を提起し、

   正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)を扶竪(ふじゅ)すれば、

   また、すべからく十方齊應(じゅぽうさいおう)、

   八面玲瓏(はちめんれいろう)にして、

   直(じき)に恁麼(いんも)の田地(でんち)に到るべし。

   且(しば)らく道(い)え、また同得(どうとく)同証(どうしょう)、

   同死(どうし)同生底(どうせいてい)ありや。試みに挙す看よ。

 

【本則】唐 杭州、海昌院の鹽官齊安(えんかん さいあん)が、百有余歳の時分。ある日、傍らの侍者(じしゃ)に「以前、手持ちしていた犀(さい)の絵の扇子、どこかに仕舞ってあるはずだが・・すまないが持ってきてくれ」と頼んだ。

侍者「ああ、あの扇子は、とっくの昔、破(やぶ)れてしまいました」と正直に答えると、鹽官「破れた扇子は惜しくないが、扇面、犀の図は惜しい。もとにかえしておくれでないか」と要請した。

これに対し、侍者は・・何とも答えられなかった。

【後年、この逸話に、名うての禅者たちが、それぞれ見解(けんげ)=着語(ちゃくご)をつけた】

⦿投子大同(とうす だいどう・・818~914)「破れ欠損の、犀の扇面でよろしければお持ちいたしましょう」

【雪竇(せっちょう)これに一言・・不完全でもよい。出せるものなら出してみよ・・】

⦿石霜慶諸(せきそう けいしょ・・806~888)「お返ししたくとも無いものはナイのです」

【雪竇、これに一言・・ないことはない。まだチャント在るぞ】

⦿資福如寶(しふく にょほう・・生詳不明)空中に一円相を描く所作をして、その中に牛の字を書いた。犀牛はココ、カシコに、充満している・・との意。

【雪竇、これに一言・・ナカナカ、ご立派。もっと早くに描き出しなさい】

⦿保福従展(ほふく じゅうてん・・?~928)「ご老体の願いを叶えられません。誰か他の方にご依頼ください」

【雪竇、これに一言・・よくぞ言った。でも、万一、うまく探し出せても褒美はなしだ】

  *擧す。鹽官(えんかん)、一日(いちじつ)侍者(じしゃ)を喚(よ)ぶ。

  「我がために犀牛(さいぎゅう)の扇子(せんす)をもち来たれ」

   侍者云く「扇子は破れたり」

   官云く「扇子すでに破(やぶ)れなば、我に犀牛児(さいぎゅうじ)をかえし来たれ」

   侍者對(こた)うることなし。

  • 投子云く「もち出(いで)んことは辞(じ)せざるも、

  恐(おそ)らくは頭角(ずかく)全(まった)からざらんことを」

 【雪竇、拈(ねん)して云く。我は全(まった)からざる底(てい)の頭角を要す】

  • 石霜(せきそう)云く「もし和尚に還(かえ)さんとするも、すなわち無(な)きなり」

 【雪竇、拈して云く。犀牛児なお在(あ)り】

  • 資福(しふく)、一円相(いちえんそう)を畫(かく)して、中において一の牛の字を書(しょ)す。

 【雪竇、拈して云く。適来なんとしてか、もち出(いだ)さざりしぞ】

  • 保福云く「和尚、年尊(としたか)し、別に人を請(しょう)せば好(よ)からん」

 【雪竇、拈して云く。惜(お)しむべし。労(ろう)するも功(こう)なからん)

 

【頌】この世界は、まるで犀牛の扇子のようなものだ。

この扇子を、独り一人が、無限の過去・現在・未来にわたって使用している・・と言えるが、突然、「絶対・この瞬間・今とは何か」と問われると、答えられないのも無理はない。まるで空に流れる雲や、降った雨を、はるか過ぎて元に戻そうとするようなものだ。

 

雪竇は、さらに座下の求道者に語りかける・・「宇宙の実体、実相を看た者なら、何か気の利いた【一語】を発表して見せなさい」

言われて一同、黙り込んだ。

これは・・雪竇が「サア、扇子すでに破れたるなら、我に犀牛児(さいぎゅうじ)を還(かえ)し来たれ・・だ。いったい嘘、偽りない犀牛児は何処にいるのか」と、高座から弟子どもを見渡したことだったが・・この提唱、幕引きのよろしきタイミングで、一人の世話役が飛び出してきて「御一同、もう閉幕だ。お帰りください」と拡声したので、皆、雪竇の高座をこれ幸いとゾロゾロと退席した。

雪竇、一喝して「エエイ,うまく,でっかいクジラを釣ろうとしているのに、気持ちの悪い蝦蟇(がま)ガエルが引っかかってきたワイ」と言い捨てて座を起ってサッサと方丈へ帰ってしまったトサ。

  *犀牛の扇子用(もち)うること多時(たじ)なるに、

   問着(もんちゃく)すれば元来(がんらい)すべて知らず。

   限りなし清風と頭角と。ことごとく雲雨(うんう)の去って追い難(がた)きに同じ。

  【雪竇また云く、もし清風の再び復(ふく)し、頭角の重(かさ)ねて生(しょう)ぜんことを要せば、

           請(こ)う禅客(ぜんかく)、おのおの一転語(いってんご)を下せよ。

   問うて云く「扇子すでに破れなば、我に犀牛児を還(かえ)し来たれ」

   時に僧あり、出(いで)でて云く「大衆(たいしゅう) 参堂(さんどう)し去れよ」

   雪竇、喝(かつ)して云く「鉤(こう)を抛(なげ)うって鯤鯨(こんげい)を釣らんとせしに、

           この蝦蟇(がま)を釣り得たり」便(すなわ)ち下座(げざ)せり。

 

【附記】この公案で・・思い出した・・白隠の一句・・たしか・・「六月の風は安売り。売扇は値(あたい)三文」とある。

この時とばかりに思い出した、原の白隠(慧鶴)の「禅境・・一語」・・この公案のために存在するかのような一句です。

鈴木大拙著「禅問答と悟り」釈宗演講話に、白隠が30年余りで5回の評唱をしたが、4回は、どうも満足した様子はみられず、5回目になって、自分ながら、思わず鳥肌がたったほど、錯まった見解を呈していた(己を欺き他を謾ず)と、その罪、容るるところなし)と語ったソウナ・・白隠ですらの難透難解の公案です。その要は、衆生済度の利他底の上においてだが、この1則透過して自家薬篭中のものにならば禅の大意を獲得できる・・と意見されている。

古語に「薫風自南來」と、乙に澄ました禅語があるが、ここでは採りません。

古の禅者と面談したければ、碧巌録、無門関を看るべし・・です。

心に坐禅でもしたいなあ・・という気持ちが湧いたら、この奉魯愚か、同じ「はてなブログ 禅のパスポート=無門関」それに「禅・羅漢と真珠=雑記」是非ご覧ください。読まれて・・何か・・「?!」・・が生まれたら、それが禅の入り口です。

どうぞ、おひとりで探査ください。道標はアリマセン。

碧巌の歩記(あるき)NO92

多くの人は、坐禅すれば悟れる・・と誤解しています。この碧巌録のみならず、無門関など禅語録に登場する達道の禅者たちは、悟りを「クソカキベら」と口汚く罵り、経典を「トイレットペーパー」だと排斥します。

はてなブログ 禅のパスポート=無門関 講話意訳 参照)

大事なのは、禅の観光寺にウゴメク、師僧や著作、禅もどきに騙されない、独りで生きている・・独り生かされてある・・自分を自覚すること。

禅は(頭で考える)智識や言葉,文字より、その人ごとの人生の歩みによって、日々行う、生活行動で検証されていく寂寥の風景とでも言おうか。

まずは・・何故か「坐禅」でもするか・・と思う、その心根=般若智から湧いてくる「無分別・無価値・無所得・空・無心」と称せられる、安心を得たい・・衝動に素直に従うことだ。

この寂寥の風景は・・「我がママになる」社会=スマホ教信者として暮らす「自己中」には、絶対、見えてこない景色です。

(本当は、自分だと思っている自分は、自分の頭脳だけで思っている「我が侭」な思いです。自己保存=DNAは、頭脳だけが思う・・思わせる本能です。それが証拠に呼吸や血流や心臓は頭脳の思うままになりません)

キット・・坐禅を通して、その頭脳のどこかに、総ては「般若空」であり、無所得=無尽蔵であると、体観する「禅」の神経回路が出来てきて、やがて発火、爆発する・・「悟り」があるのでしょう。(悟るまで、そのように期待しないで放っておくことです)

その悟り=見性=透過=大覚・・が、人の感性に働きかける時こそ・・チャンと自然と湧き出る泉のごとき「寂寥感」が生まれてくるのですから・・。

そうした感慨をこめて「禅による生活」=(独り3分ポッチ禅を自覚している人)を私は「禅者」と言っています。

碧巌録 第九十二則 世尊陞座 (せそんしんぞ)

【垂示】圓悟の垂示である。

音楽は一小節のメロディを聴くだけで、曲の総てが解かるように(これは列子伝にある・・伯牙が曲を奏でれば、鐘子期が遠く詳らかにこれを聴く。千年たっても巡り会わない演奏上手と聴き上手の逸話に基く)話上手と聴き上手は、ナカナカ出会うことはない。

兎を見て、すぐに鷹を放つのは難しいが、それが出来れば見事である。禅者とは、わずか一句の内に一切の真理を包括して、小さいチリの中に全宇宙を取り込んでしまうような・・人物を言うのだが、はたして、そんな禅者と生死を共にできる、龍の玉を手中に収めるような、明眼、達道の者が、この求道者の中にいるかどうか。

試みに挙す看よ。

   *垂示に云く。絃(げん)を動かして曲を別(わか)つ。

   千載(せんざい)にも逢(あ)いがたし。

   兎を見て鷹を放つ、一時に俊(しゅん)をとる。

   一切の語言を総(す)べて一句となし、

   大千沙界(たいせんしゃかい)を攝(せっ)して一塵(いちじん)となす。

   同死(どうし)同生(どうしょう)、七穿(せん)八穴(けつ)。

   還(かえ)って証拠(しょうこ)する者ありや。試みに挙す看よ。

【本則】ある日、釈尊は沢山の求道者たちを前に、説法の高座に着座された・・ので、文殊(菩薩)は云った。

「よく聴きなさい。釈尊のお話は、すべて、この宇宙につまびらかにあり、満ち満ちている(法である)から、今さら、云うのも詮無きこと。一切無用のことでしょう」・・と言い終わるや、ただちにその高座、説法終了の合図(槌)をカチンと打ち鳴らした。

釈尊は、この文殊の心配(こころくば)りにうなずかれて、ただちに下座された。

   *擧す。世尊(せそん)一日陞座(しんぞ)せり。

    文殊、白槌(びゃくつい)して云く「諦観(たいかん)法王法(ほうおうほう)、

    法王法如(ほうおうほうにょ)是(ぜ)」と。

    世尊 便(すなわ)ち下座(げざ)。

 【頌】禅者の大元締めである釈尊の「一悟」は、こんな芝居じみたパントマイムで表現できるものではない。

悟徹の禅者なら「禅による生活」は、一興の狂言芝居でないことをよく知っている。

もし、この席上に、ひとりでも仙陀婆(せんだば、直覚、賢明)のような者がいたら、文殊の白鎚を待つまでもなく、以心伝心、無言無説(の禅)を自覚していよう。

今回は文殊の出しゃばりで下世話な芝居に成り下がってしまった。

  *列聖叢中(れっしょうそうちゅう)の作者は知らん。

   法王の法令のかくの如くならざることを。

   會中(えちゅう)、もし仙陀(せんだ)の客あれば、

   何ぞ必ずしも文殊、一鎚(いっつい)を下さん。

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無門関 講話・意訳を開始しました!古来、禅の参究では、この碧巌録と無門関が双璧をなす書であるといわれます。

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碧巌の歩記(あるき)NO93

禅 公案「父母未生以前 本来面目」(ふぼみしょういぜん ほんらいのめんもく)とは・・

神が「人間」を造ったのか・・人間が「神」を造ったのか・・

わたしは、宗教や哲学の問題に関知しません。

(私は、浄土真宗=愚禿親鸞(ぐとくしんらん)上人の信者です)

ただ、佛教学者であり、禅を世界に広めた、故、鈴木大拙の言葉(本)に・・全知全能の神ナラバ、罪深き人間の行く末など百も承知であろう。わざわざ自分の姿に似せて人間を造り、エデンの園の林檎を食べたアダムとイブを追放し、大雨を降らせてノアの方舟だけを助け、今や原爆を造らせるまでもなかろうに・・と疑問を提示されて、それは「神の(全知全能の自分へ)の好奇心」がなせるワザであろう・・と書かれたのを読んだことがあります。

(禅は、つまり「神の光あれ」の・・以前を問うことだと)

 

私は、人間の、この止むことのない「好奇心」こそが、智慧となり、生きる原動力になるのだろう・・と思います。そして静かに、何処からか湧いてくる「寂寥感」とともに、坐禅をしたいと思う・・キット生きることの確信を得たい・・とする衝動にかられるのが人間だと思います。

この「好奇心」が、坐禅=智慧となり、「寂寥感」老病死苦=愛・慈悲・・になる・・と思っています。

 

碧巌録 第九十三則 大光作舞 (だいこう まいをなす)

                   大光這野狐精 (このやこせい)

【垂示】ありません。

【本則】ある日、一人の求道者が、湖南省長沙府、大光(だいこう)山の禅院を訪ねてきて居誨(こかい)老師(837~903・石霜慶諸の弟子)に質問した。

「あの金牛和尚の奇行・・七十四則・金牛飯桶の話・・に対して、長慶慧稜(ちょうけい けいりょう)は『かの食事の提供(ボランテア)は、働く喜びと感謝そのもの』と云ったそうですが、その意味はどういう事ですか?」

すると大光は、金牛和尚の飯時の欣喜雀躍(きんきじゃくやく)な踊る様子をしてみせた。

これを見た求道者、何が有難いのか・・深く礼をした。

大光云く「お前さん・・そんなワザとらしい礼拝は、いったい何に対してなしているのか・・?」と尋ねた。

すると求道者、今度は、大光を真似て、そっくりのアリガタ踊りをしてみせた。このそっくりさんの真似踊りを見て・・大光、大喝。

「この大間抜けのコンコンチキめ」・・と、罵声をあげて彼を追い出した。

  *擧す。僧、大光(たいこう)に問う。

  「長慶(ちょうけい) 道(いわ)く『齊(さい)によって慶讃(けいさん)す』と。

   意旨如何(いしいかん)」

   大光 舞を作(な)す。僧 禮拝(らいはい)す。

   光云く「この什麼(なに)をみてか便(すなわ)ち禮拝するぞ」僧 舞を作す。

   光云く「この野狐精(やこせい)」

【頌】求道者の問いに、食事の感謝の舞をしてみせたのは、まずは軽い矢の狙い撃ちだが、当ったところで死にはしない。

ところが、求道者がコピペ踊りをした時の後の矢は、偽札づくりの犯人を無期懲役の重罪にしてしまうような厳しい矢だった。

「禅による生活」の贋造・コピペは、枯れ葉を金貨という以上に罪作りな事だ。世の中に出回る、キツネと狸の化かし合いなら影響は少ないけれど、正直な庶民まで化かすような偽禅者は許せない。

幸いに、曹渓門下の禅には、安っぽい偽札造りはいないようだ。

  *前箭(ぜんせん)はなお軽く、後箭(ごせん)は深し。

   誰か云う、黄葉(こうよう)はこれ黄金なりと。

   曹渓(そうけい)の波浪もし相似(あいに)たりしならば、

   限りなき平人(へいじん)も陸沈(りくちん)せられん。 

 

【附言】

禅者は、独り「禅による生活」を、日常の暮らしに行うだけ・・ワザワザに文字表現するのはどうも得手ではありません。

「私の人生そのものが、私が言いたいことのすべてだ」

マハトマ・ガンジー至言(My life is my message)

この碧巌録では、言う・・を「道(い)う」と書かれています。

碧巌の歩記(あるき)NO94

釈尊が「禅」について論理的な教導をなされたと云うが?

本則の説話は、首楞嚴経(しゅりょうごんきょう)・・密教系思想の経典、705年頃の漢訳・・に基づく。しかし、実にクダクダしく、難解に仕立ててあり、禅(の公案)に馴染まない(この経典は、釈尊亡きあとに編纂され、それが千二百年の歳月を経て、中国で漢訳されている。中国の学僧たちの膨大な哲学的認識論の由来と経過が、背景に山積みになっている)

 

私は「禅」について、この経典のみならず、万巻の仏教経典や解説(本)を否定します。達磨がインドから中国へ、不立文字、教外別伝の「禅」を伝えたのは、論理的哲学的なインドの揺籃の地から、実践実務的な(具体性を重視する)中国・・そして、禅を純化する日本の風土に伝播していく必然性があったからと考えています。

どだい大悟された釈尊が、未悟・求道の弟子、阿難に「禅」が一番に否定する「論理的に」語る訳がありません。

碧巌録と双璧をなす禅語録「無門関」第二十一則「迦葉刹竿(かしょうせつかん)」・・釈尊の亡きあと、金蘭の袈裟の外に、何か「禅の秘伝」でもあるのか・・と迦葉に尋ねる迷える阿難(あなん)がいます。迦葉は阿難(アーナンダ)と呼ぶ。彼は「はい」と素直に答える。迦葉云く「門前に設置してある説法案内の旗印を取り払いなさい」・・と。この「無門関第二十一則」の指摘は、禅機(悟り)を誘発する最も初歩的な公案です。

(また、第六則「世尊拈花」も、独り・ポッチ禅では初歩の公案としています)

独り・三分ポッチ禅をなさる時、一回十秒の呼吸を数えて(数息)十八回とするより、その間、チョット心惹かれる公案の一則を、何故だ・・?どうして・・?と思い描く方が、頭(妄想)の消毒、掃除にもってこいです。

ただし、ここで貴方に、注意!

公案に即して(ついて回って)解(悟り)を得ようとしたら間違いです。ですから、私には、釈尊「大佛頂如来密因修證了義諸菩薩萬行首楞嚴経」・・この長ったらしい経の文言で、いったい何を阿難に教導されたのかサッパリ解かりませんし、この経の醍醐味(有難味)も知りません。

この本則の文章、語言だけで、禅の「主観・客観」の認識が解説、理解できるとしたら、釈尊の、四十八年一字不説の本意を否定したことになる・・と確信しています。

キット、雪竇は、零(ゼロ)を発明したインドならともかく、論理的哲学的に禅を説こうとする、蕎麦屋の窯の中のような、当時の学僧たちに警告したのでしょう。

蕎麦屋の窯の中・・湯=言うばかりの意

 

碧巌録 楞嚴不見 時(りょうごん ふけんの時)第九十四則

【垂示】圓悟が垂示して云うのに、禅者の一句は、どのような修行を積んだ人も冷暖自治するのみで、他人に説示することは不可能である。眼前に展開されている生命の紡ぎは、永遠に途絶えることなく続いている。しかも真実は、すべてアリノママに隠すことなく「青天井の下の白牛」としてあり、また眼がギラギラ吊り上がり、両耳を立てた文殊の「金毛の獅子」として如実に現れている。

さあて青空の下にいる白牛とは・・文殊の乗る金毛の獅子とは・・どんな様子をしているか・・

ボオッと砂漠の真ん中で蜃気楼(ミラージュ)を見ているような、暑さボケのお前さん・・「坐禅をしたい」・・と心の底から湧いてくる・・その獅子吼に答えてみなさい。

  

  *垂示に云く、聲前(しょうぜん)の一句は、千聖(せんせい)も不傳(ふでん)なり。

   面前(めんぜん)の一絲(いっし)は長時無間(ちょうじむげん)なり。

   淨裸々(じょうらら)、赤灑々(しゃくしゃしゃ)たる

   露地(ろじ)の白牛(びゃくぎゅう)と

   眼卓朔(まなこ たくさく)、耳卓朔(みみ たくさく)たる金毛の獅子とは、

   即(すなわ)ち且(しば)らくおく。

   且らく道(い)え、作麼生(そもさん)か、これ露地の白牛なるぞ。

 

【本則】楞嚴経に云く・・ある日、釈尊は阿難(あなん)に視覚で物を認識すること「主観・客観」について次のように話された。

人は「主観と客観」が顛倒(てんとう)していることに気付かない。(網膜に映るのだって逆さまだし、鏡に映る様子だって左右が逆になっている)

吾が見ない時、どうして吾の見ない處(相=すがた)を見ないのか・・もし、その見ない地(ところ)を見るとすれば、それは客観の見えない事象(相)ではない。それは本来、吾の見る相である。それでも「見ない」のに「見える」と言うのは嘘を言うことになる。もし、私の「見ない事象」を「見えない」と云うならば、それは事象(物質)ではない。物質でないなら、それは心性=主観である。どうしてそれが客観となろうか(主観そのものではないか

   

  *擧す。「楞嚴経」に云く、

   「わが不見(ふけん)の時、何ぞ、我が不見の處(ところ)を見ざるや。

   もし不見を見れば、自然に彼の不見の相にあらざらん。

   もし、わが不見の地を見ずんば、自然に物にあらざらん。

   如何(いかん)が汝にあらざる」 

 

【頌】眼の不自由な人たちが象を撫でて、その姿を形容する話が、大涅槃経にあるが・・白牛や金毛の獅子も、まったく水に渇した眼病患者が、砂漠の蜃気楼を見るアリサマだ。

昔から、禅を教導する者、求道行脚の雲水たち・・共に、その見解、議論するところは、持って回った上滑り、口先ばかり・・実相に触れて「看た」=「手に入れた」ものではない。

釈尊が、一言も語ったことのない「普賢菩薩(本質)の白牛・・文殊菩薩(事象)の獅子」のことを、主観的客観的と分別論証するのは、禅を生体解剖している悪臭無限の禅者モドキ達だ。

まったくもって禅の将来が思いやられることだ。

 

  *全象(ぜんぞう)全牛(ぜんぎゅう)、瞖(えい)にことならず。

   従来(じゅうらい)の作者は共に名摸(めいばう)。

   如今(にょこん) 黄頭老(こうとうろう)を見んと要するも、

   刹々塵々(せつせつじんじん)、半途(はんと)に在(あ)り。

 

碧巌の歩記(あるき)NO95

碧巌録 長慶 二種語 (にしゅのご)

               (阿羅漢三毒あらかん さんどく) 第九十五則 

【垂示】圓悟が求道者に垂示した。

悟り臭い処に留まるなかれ。執着すれば畜生道に落ちるぞ。

また、無禅、無心の境地に腰を据えずに走り去れ。

そうしないと草深い迷妄の地で、行き倒れの目に遭うぞ。

主観、客観の心境一如の境涯にあることも、自他圓融の妙用が出来たからといっても、それは切り株を守って兎を待つような・・謗(そし)りを受けよう。

さあ、あれも駄目、これも駄目、何もかも駄目だとすれば、どのように坐禅し、禅による生活を行ずればよいのか・・

試みに挙す看よ。

  *垂示に云く、有佛(ゆうぶつ)の處に住(とどま)ることを得ざれ。

     住箸(じゅうじゃく)すれば頭角(ずかく)を生(しょう)ず。

     無佛(むぶつ)の處は急に走過(そうか)せよ。

     走過せずんば草ふかきこと一丈(いちじょう)ならん。

     たとえ淨裸々(じょう らら)、赤灑々(しゃく しゃしゃ)にして 

     事外(じげ)に機なく 機外(きげ)に事なきも、

     未(いま)だ免(まぬが)れず株(くいせ)を守って兎(と)を待つことを。

     且(しば)らく道(い)え、総(そう)に不恁麼(ふいんも)ならば、

     作麼生(そもさん)か行履(あんり)せん。試みに挙す看よ。

【本則】三回も投子に参じ、九度も洞山に至る、青年期を飯炊き修行で鍛えた達道の師・・雪峰義存(822~908)門下の長慶慧稜(ちょうけいえりょう=853~932)と保福従展(ほふくじゅうてん=?~928)の二人が問答した。

長慶云く「阿羅漢(あらかん)は、生死の問題を脱却して「不生」。学ぶべきものなきゆえに「無学」・・煩悩を断絶して「殺賊(さつぞく)」と呼ばれる人物だから「貪欲(どんよく)・瞋恚(しんい)・愚痴(ぐち)=(貪とん・瞋じん・痴ち)の三悪徳がある訳はない。万一、羅漢に三毒ありとしても、如来に,二種の語(真実語と、嘘も方便語)があると言ってはならない。如来は確かに説法されたが、決して二枚舌のお方ではない」と断言した。

保福、彼に尋ねる「それでは、二枚舌ではない如来語とは・・どんなものか」

長慶「如来語はナカナカ俗塵の耳には入りにくいものだ。今、話して聞かせても耳の不自由な者には聞くことは出来ないだろう」

保福「なんとも・・器用に屁理屈をいうなあ・・」

長慶「ンン?それなら君は、如来語を理解しているのか?どうだ」

保福「いろいろと論理の限りを尽くしたもんだ。話疲れで、さぞかし喉が渇いたことだろう。まずはお茶を一杯お飲みなさい」

  *擧す、長慶ある時云く

  「寧(むし)ろ阿羅漢(あらかん)に三毒(さんどく)ありと説(と)くも、

   如来(にょらい)に二毒ありとは説(と)かざれ。

   如来に語なしとは道(い)わず。ただ是、二種の語(ご)なきなり」

   保福云く「作麼生(そもさん)か、これ如来の語なるぞ」

   慶云く「聾人(ろうじん) 争(いかで)でか聞くことを得んや」

   保福云く「情(まこと)に知りぬ。

       儞(なんじ)が第二頭(だいにとう)に向って道(い)うことを」

   慶云く「作麼生(そもさん)か これ如来の語なるぞ」

   保福云く「喫茶去(きっさこ)」

 

【頌】真実語と、嘘も方便語の二種類の言葉に区別があるか・・?

如来実相が、そんな理屈の中にある訳がない。

もしあるなら、龍が雨だれの水たまりに潜んでいるというのも本当になる。水たまりは、時に澄み切って月も映ろうし波も立たないだろう。

だが、龍の住む淵には風もないのに波立つことが起こるのだ。

可哀そうな慧稜さん・・保福さんに、たったの一語「喫茶去」と言われて、遠く弾き飛ばされてしまった。

まるで三月の登竜門(兎門)に挑戦する大鯉が、滝を登り損ねて、額に大傷、九死に一生のひどい目にあったようなものだった。

  *頭(とう)たり第一第二.

           臥(が)龍(りゅう)は止水(しすい)には鑒(かん)せず。

   無處(むしょ)には月あって波澄(す)み、

   有處(ゆうしょ)には風なきに浪起(おこ)らん。

   稜禅客(りょうぜんかく)、稜禅客。

   三月兎門(うもん)に(おいて)點額(てんがく)に遭(あ)えり。

 

【附語】それでは・・真実語とは・・ナントいうべきか・・

  「良(よ)し悪(あ)し=葦蘆よしあしと思わず蟹(かに)の横歩き」

   仙厓義梵(せんがい ぎぼん 1750~1837)禅境画賛。

 

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碧巌の歩記(あるき)NO96

かくれんぼ・・「ごはんですよ!」の声かかり!  

 

よく禅語に「橋が流れて、河は流れず」とか・・「花は緑に、葉は紅に」とか、因果関係が真逆になる表現があります。また、坐禅中に「立てた線香の灰がポトリと落ちる・・それが太鼓の叩いた音のように、ドオンと聞こえた」とか、遠くで鳴る鐘の音が、縦縞(たてじま)模様(もよう)になって見えた」とか・・何かオドロ・オドロしく感じる坐禅時の異常な集中心理の記録があります。そうした体験談は、強圧的な集団的修行で発生する、いわゆる追い詰められた時の心理的動揺です。

昔、昔、助監督の頃・・『敵中横断三百里』の作家、故・山中峯太郎さん宅にお伺いして、お話を聞くことが出来ました。

たまたま、坐禅の話になって「自分の坐禅は、骸骨を前にして坐禅したので「骸骨禅」だな。心機たかまるとすべてがレントゲン写真のようになり、人が骸骨・幽霊に見えた」・・と言われたのを思い出します。禅の集中状態の心理には、そんな不思議な神経作用があるようです。でも、こんな心理作用は、やはり異常で本当の坐=「禅」ではありません。こだわらず無関心に放置すれば、自然に、日常ありのままに落ち着きます。

 

この碧巌録 講話・意訳を読んでもらえば、千年前の禅者たちの、実にバランスのとれた禅境(行い)が見て取れるでしょう。

どうぞ・・世に蔓延(はびこ)る杓子定規(しゃくしじょうぎ)な禅(もどき)にブレることなく、独りポッチ・三分間ポッチのイス禅を・・日ごとコツコツとやりつづけるにしかず・・です。

 

閑話休題(・・Sorewasateoki)

これからは・・【ひとり・三分・ポッチ禅】と言うようにします。

無功用の「独りポッチ禅」は、執着心を捨てるため「役立たずの禅」と紹介しています。気の短い人は「ナンダ・・つまらない」に一言で、奉魯愚を見てくれません・・ので、「ポッチ禅」といえば、何の事?とばかりに、せめて一則位、読み終えてくれるのを期待しています。

禅について、好き嫌いや興味本位の関心に迎合するつもりは毛頭ありません。

・・三分間、眼を半眼にして姿勢を正して坐禅してみてください。

如何に、自分の心が、刺激と妄想を追い求め、コダワリ(執着)から離れられないものか・・我慢(吾の慢んずる、うぬぼれ)を抑えることのできない存在か・・を思い知ることになるでしょう。

スマホに操られる(他動的刺激)なら、あっという間の三分ですが・・

独り・三分ポッチ禅の禅定力(ぜんじょうりょく)は、雨だれが石を穿(うが)つ如くでしか・・身につきません。

 

碧巌録 趙州三轉語 (じょうしゅう さんてんご) 第九十六則

【垂示】ありません

【本則】長寿(120歳)だった趙州從諗(じょうしゅうじゅうしん)が、ある日、座下の求道者に、心機一転する徹底の言句=大悟の禅境(地)を表現する三轉語で問うた。

●泥で作った仏像(泥仏)は、水に耐えられず形を失う。

●金仏・・●木仏は、炉の中や火の中、熔けて燃え尽きてしまう。

そんな、あてにならんものを拝んで、どうする心算(つもり)かな】

  *擧す。趙州、衆に三轉語を示したり。

   (曰く)泥佛は水を渡らず。金佛は鑪を渡らず。木佛は火を渡らず。

*この公案は、趙州從諗「上堂示衆語」(五燈會元第四巻)から三句を抽出し、それに雪竇が「趙州示衆三轉語」の七字を添付して、一則の公案にしたもの。 

 

【頌】これは趙州の問いに対する雪竇の見解(けんげ)を詩的にまとめたもの。

嵩山少林寺で、独り面壁する達磨を前に、新光(二祖慧可)が、雪中、自分の左ひじを斬って、我を「安心(あんじん)」せしめよ・・と迫る公案がある。(無門関第四十一則)確か京都国立博物館・・にある「雪中慧可断臂図(せっちゅうえかだんぴず)国宝1496年雪舟筆の様子がこれである。

新光の命懸けの求道心にこそ、禅が輝いている。雪中にいつまでも、突っ立っているだけの問答なら、誰にでも真似が出来よう。だが、新光の「安心(あんじん)」を希求する態度や修行は一様ではない。だからこそ、これをコピペ(虎を描いて猫に類)する輩は現れなかった。

 

(注)私は、慧可が入門(参禅)を乞い、断臂するまで許さなかった達磨の仕打ちを疑問視している。昔は、何かの事故で怪我をしても、抗生物質も治療もままならない時代です。この命の大事を識る達磨が禅の鞭撻に、新光の臂まで切断させるほど、指導能力がない愚かな禅者ではない・・と考えているからです。当時・・近隣に、強盗や追剥の頻繁に出没する物騒な事件が、この禅史に紛れ込んだ・・のだろうと見る方が正解でしょう。

 

次に趙州は、金佛を炉に放り込めば、蕩けてしまうと言ったが、泥佛の立ち姿に価値がないのも同じだ。

昔、紫胡和尚は、人が頻繁に立ち寄る煩わしさに「猛犬注意」の看板を出していたと言う。アンナ変人の自己中坊主を訪ねずとも、爽やかな清風は自ずと南から吹いてくるぞ

 

木佛だって泥佛・金佛と同じ。どれほどの価値あるものじゃない。

嵩山(少林寺)の麓の霊廟にある竈神(かまどしん)に、人々が、ご大層に供養の品を祀りあげるものだから、ある禅者が、拄杖をもって叩き壊して偶像信仰を止めた・・その禅者を、以後、あだ名して破竈堕(はそうだ)禅師と呼んだとある(五燈會元第四巻他)

竈神は、自分の棲家を叩き壊されて、はじめて長夜の夢から覚醒したという。

寒い冬場は燃料代も馬鹿にならない。

木仏は燃やしてしまえ。凍える時には・・まずは暖をとるべし。

 *頌【泥佛不渡水】新光(しんこう)は天地を照らせり。

  雪に立って、もし未だ休せずんば、何人(なんびと)か彫偽(ちょうぎ)せざらん。

  • 【金佛不渡鑪】人、来たって紫胡(しこ)を訪う。

   牌中(はいちゅう)に数箇の字あり。清風、いずれの処にか無からん。

  • 【木佛不渡火】常に思う破竈堕(はそうだ)。

   杖子(じょうす)にて、たちまち撃着(げきちゃく)せり。

   方(まさ)に知れり、我に辜負(こふ)せしことを。

 

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