碧巌の歩記(あるき)NO74 禅は棒・喝のみにあらず。

●サアサ・・ご飯が出来ました!温かい内にどうぞ・・

碧巌録 第七十四則 金牛飯桶 (きんぎゅうはんつう)

【垂示】圓悟が座下の求道者に向かって垂示した。

禅者は、どんな葛藤や、難問題でも、草薙(くさなぎ)の剣を一閃するようにスパット解決して、明鏡のごとき般若の智慧を輝かせ、いかなる文字、言句でも、真実一路の保証印付でなくてはならぬ。

着衣喫飯・・日常生活そのままが大悟徹底の行い・・そのものである・・が、いざ、非常時には、どのように対応しているのか。

理解できない者は、次の下文を看取せよ。

  *垂示に云く、鏌鎁(まくや)横に按(あん)ずれば、

   鋒前(ほうぜん)には葛籐窠(かっとうか)を翦断(せんだん)し、

   明鏡(みょうきょう)高くかかれば、

   句中に毘盧印(びるいん)を引出(いんしゅつ)せん。

   田地(でんち)隠密(おんみつ)の處にては、著衣喫飯(じゃくえきっぱん)せんも、

   神通遊戯(じんつうゆげ)の處にては、

   如何にしてか湊泊(そうはく)せんや。また委悉(いしつ)せりや。

   下問(げもん)を看取(かんしゅ)せよ。 

【本則】むかし・・鎮州に金牛と呼ばれた老師がいた。

多くの求道者の面倒をみて、食事時には、味噌擂(す)り、ご飯炊き、一切合財ととのえて喜色満面、呵呵大笑(かかたいしょう)して「さあさ・・菩薩(求道者)たちよ、ご飯が出来たから、おあがりなさいよ・・」と、誰へだてなく、厚遇、接待をしていた。

  (雪竇云く・・金牛坊主に騙されるなよ。必ず、どこぞの家主のように、 

  「タダメシは食わさんぞ。まずは家賃の値上げを・・」と言うはずだ!)

後世になって、この話を、ある求道者が長慶慧稜(853~932)に持ちだして問うた。

「いつも、どの禅寺でも財政難で大変ですのに、金牛和尚は、いったい、どんな気持ちで、自分の財産をなげうって、求道者たちを養ったのでしょうか」

長慶云く「多くの求道者を養う資金を持っている・・その感謝の祈りであろうサ。高慢なホドコシ顔より偽善気分がなく、うれしい感謝の顔の方が、お互いに、いい気分じゃないか」

  *擧す。金牛(きんぎゅう)和尚、齊時(さいじ)にいたる毎(ごと)に、

   自(みずか)ら飯(はん)桶(つう)をもって、

   僧堂の前において舞をなし、呵呵大笑(かかたいしょう)して云く

   「菩薩子喫飯来(ぼさつしきっぱんらい)」と。

   (雪竇云く、しかも、かくの如くなりと雖(いえど)も、

   金牛これ好心(こうしん)にあらず・・と)

   僧、長慶(ちょうけい)に問う。

   「古人 道(いわ)く。菩薩子喫飯来・・と。意旨如何(いしいかん)」

   慶云く「おおいに齊(さい)によって慶讃(きょうさん)するに似たり」

 

【頌】金牛和尚の、自ら飯を炊き、自ら僧堂に配膳して「サアサ、菩薩の方々、ご飯が出来たよ」と明るく笑いながら求道者をもてなしたことは、詩的に表現すれば「白雲影裏に笑い呵呵」である。

禅は棒・喝のみにあらず。平凡な日々の生活中に真理あり。

施しをもらって喜ぶごとく、施しをなして喜ぶ人は極めて少ない。

長慶は、真の禅者(金毛の獅子)である。

金牛のいた鎮州の彼方、遠く三千里の明州にいながら、金牛の「禅禅による生活=禅者の行い」を見抜いている。

  *白雲影裏(はくうんえいり)に笑呵呵(わらいかか)。

   両手にもち来たって他に付與(ふよ)せり。

   もし是れ金毛の獅子子(ししじ)ならば、三千里外に訤訛(ごうか)を見ん。

 

【附記】馬祖道一(709~788洪州 馬祖山)の弟子・・鎮州、金牛和尚は、どうやら・・何不自由のない富豪でありながら、晩年、特別の動機で出家。自分の莫大な資財を投げ出して、多くの求道者を供養して自ら、おおいに満足していた・・と推測する以外、詳細不明。

*碧巌録 第七十四則と第九十三則【本則】問所・・に記録されている事例は、円熟した境地の禅者と、禅機の覚心したかの如く見せかけている者との対比が鮮やかである。

碧巌の歩記(あるき)NO75 【人間は(地球にとってno)フンコロガシである】

【人間は(地球にとっての)フンコロガシである】

武田邦彦先生は、昆虫「糞ころがし」の生態から、人間が、地球の廃棄物=石油、石炭空気、水、放射性物質などを寄ってたかって、せっせと取り込んで生計を立てている「地球にとってのフンコロガシ」のようだ・・と、以前、ブログで語っておられるのを、思わずメモしてタイトルにしました。しかも、それだけなら、まだしも、昆虫のフンコロガシに悖(もと)るのは、傲慢にも、生きている動植物を殺し、生活に利用し、殺人、戦争を行い、すべてが人間の為に存在しているかのような、傲慢な生き方をしていることだ・・と意見されています。

PCで本物の昆虫「糞コロガシ」の写真を見て感動しました。

彼らは動物の廃棄物「糞」の中の、わずかな栄養分を食事にして卵=次世代を生かせるべく、せっせと糞を丸め、逆立ちして後ろ足で、転がして巣に運びます。

そのヒタスラで一生懸命なこと。この語源・・「一所懸命」一つ所で命を懸ける・・は、まるで、フンコロガシの為に、創られた文字のようです。ただし動物である人間だって、地球という惑星の一つで、一所懸命に頑張らねばならないはずなの・・ですが・・。

 

碧巌録 第七十五則 烏臼 屈棒屈棒 (うきゅう くつぼうくつぼう)

【垂示】圓悟が垂示した。

禅者たるものは、霊妙な切れ味の宝剣を、いつも携えていて活殺自在の働きをなす。つまり、把住(積極的手段)と放行(消極的手段)の二つの行為である。どんな出来事の優劣でも、褒(ほ)めるも貶(けな)すも、掴(つか)むも放(はな)つも意のままにできるのだ。主客に拘泥しないで、相対的見地に囚われない・・そんな行いは如何に為せるものか・・次の話を看よ。

  *垂示に云く、

   霊鋒(れいほう)の寶剣(ほうけん)、

   常に前に露現(ろげん)すれば、亦よく人を殺し、亦よく人を活(かっ)す。

   かしこにあるも、ここにあるも、同得同失(どうとくどうしつ)。

   もし提持(ていじ)せんと要せば、提持するに一任し、

   もし、平展せんと要せば、平展せんに一任せん。

   且(しば)らく道(い)へ、賓(ひん)主(しゅ)に落ちず、

   囘互(えご)に拘(かかわ)らざる時、如何(いか)にせん。

   試みに挙す看よ。

【本則】ある禅者が定州の石藏(せきぞう)和尚の僧堂から、烏臼(うきゅう)の禅庵にやってきた。

烏臼「定州の禅風は、わしの處と変わっているかな?」

禅者「別段、変わりありません」

烏臼「どこも同じなら、ワザワザここまで来るには及ぶまい。サッサと帰れ」と言いざま、手にした棒で、ピシッと一打した。

禅者「なんとムチャな。あなたの棒は人の価値を見分ける眼が無いようですね」

烏臼「今日は、打つに手ごろな奴が来たものだ」と言って、さらに、立続けに三回打った。

禅者は閉口して庵を逃げ出そうとした。

その姿を追いかけるように・・烏臼は「ヤブから棒に打ってみたが、うまく当たったなあ」・・それを聞いて、禅者、うしろを見て云った。「自分が棒を持っているからといって、大口をたたきなさるな。私に棒さえあれば、叩き返してやるものを・・」

烏臼すかさず「オオ・・そうか。ソレジャ、お前さんに、これを貸そうか」というと、その禅者は、烏臼の棒を奪い取って、続けざまに烏臼を三回打った。

烏臼「ヤアヤア・・闇討ちに、何とする」

禅者「我ながら、これは見事な三本。疾風の如き打ち勝ちですな」

烏臼「さっきは無暗に人を打つなと言っておきながら、今度は、訳もなく人を打つ・・とは、何というやつだ」

すると禅者は、すぐに礼拝した。

烏臼「オイオイ・・たったそれだけで勝負はお終いか」

禅者は、笑いながら去ろうとする・・その後ろ姿に・・

烏臼「ナンダ・・アイツは。ただの大笑いの芸しかできない大根役者だったのか」

  *擧す。僧、定州(じょうしゅう)和尚の會裏(えり)より来り、烏臼に到れり。

   烏臼問う「定州の法道は這裏(しゃり)と如何(いかん)」僧云く「別ならず」

   臼云く「もし別ならずんば、さらに彼(か)の中(うち)に転じ去れ」便(すなわ)ち打つ。

   僧云く「棒頭(ぼうとう)に眼(まなこ)あらば、草々(そうそう)に人を打つことを得(え)ざれ」

   臼云く「今日、一箇(いっこ)を打着(だちゃく)したるなり」また打つこと三下(さんげ)。

   僧 すなわち出で去れり。

   臼云く「屈棒は元来(がんらい)、人の喫するにあり」

   僧、身を転じて云く「いかにせん、杓柄(しゃくへい)の和尚の手裏(しゅり)にあることを」

   臼云く「汝 もし要せば、山僧 汝に囘與(らいよ)せん」

   僧 近前して、臼の手中の棒を奪い、臼を打つこと三下したり。

   臼云く「屈棒(くつぼう) 屈棒」(・・やあ、闇討ちにあったな)

   僧云く「人の喫在せしことあり」(うまく一本とったぞ・・の意)

   臼云く「そうそうに この漢を打着したり」

   (今になって訳もなく老僧を打つとは・・どうしたことだ)

   僧 すなわち礼拝(らいはい)せり。

   臼云く「和尚 恁麼(いんも)にし去るにや」

   僧 大笑して出でたり。

   臼云く「消得恁麼(しょうとくいんも) 消得恁麼」(なんだ、たったの大笑いだけか・・の意)

【頌】例えば・・瓢子笛(ひさごふえ)で、蛇を呼び集める(把住)は比較的たやすいことだが、集まった蛇を退散させる(放行)はナカナカ困難である。

いま、この無名の禅者と烏臼老師との禅機(葛藤)の戦いは、把住、放行の両作用が対になって、互換的な機鋒が火花を散らしているので、よく看て取るがよい。

さざれ石は固くとも、いつか破砕される時があるかもしれず、海は深くとも、いつかは乾いた大地になることもあろう(この禅者同士の勝負は、一筋縄では決着しない)

烏臼老師は、よせばよいのに、棒を貸してまで、いい処を見せようとした。はしたないことをしたものだ。(どうも、やり方がまずかったな)

  *呼ぶことは即ち易(やす)く、遣(つか)わすことは即ち難し。

   互換(ごかん)の機鋒を子細(しさい)に看よ。

   劫石固(ごうせきかた)うし来たるも、なお壞(え)すべく、

   滄溟(そうめい)深(ふか)きところに立つも、すべからく乾(かわ)くべし。

   烏臼老(うきゅうろう) 烏臼老。

   幾何般(いくばくはん)ぞ。

   杓柄をあたえしことの太(はなは)だ端(はした)なかりきは。

 

【附記】定州石藏禅師(北宗禅)は、崇山普寂の弟子。烏臼和尚・・馬祖道一の弟子である・・詳細不明。

把住と放行と、ともに両忘した烏臼の、円熟した禅機の応酬は、見ごたえのある問答だ・・と(烏臼を貶(けな)す文句)実は、心底の雪竇の最高の褒め言葉である。対する行脚の求道者は、はたして大根役者か、烏臼を引き立てる名脇役か・・暇に飽かせた隠居禅者の棒のたたき合い・・どっちが勝ったか負けたか・・確固たる審判を下してみよ・・と言われています。どうですか?

この表題は・・過年・・http://takedanet.com/ 武田邦彦先生のブログ「科学と生命」ヒトの資源・・を拝見してのタイトルです。

昔も今もガタピシ隙間風の禅界は、ゴタツク(吾他憑く)訳だ!

碧巌の歩記(あるき)NO76  

◆丹霞天然(たんかてんねん=739~824)鄧州丹霞山に隠棲した、馬祖道一の弟子。石頭希遷に参禅。七十代の頃、寒中、慧林寺で木仏像を焼いて暖をとったという禅者。

 

碧巌録 第七十六則 丹霞喫飯也未 (たんか はんをきっすや いまだしや)

【垂示】圓悟が求道者に垂示する。

宇宙の実体は、細部を看るに米粉のごとく、極寒は氷霜の如くであるし・・遍在性を見ると、見事に宇宙に充満しているから、人の云う「明」とか「暗」とか、髙い、低いも、ともに無限である。大悟徹底した禅者の積極的行為(把住 はじゅう)、消極的行為(放行 ほうぎょう)は、一挙手一投足、ガタピシ(我他彼此)のない自然(おのずから しかり)天地同根の行いである。

さあ、おまえたちの中に、ズバリ、こんな鋭いことを言えるような徹底した者がいるか・・どうか。試みに挙す看よ。

  *垂示に云く、細(さい)なることは米末(べいまつ)のごとく、

   冷(れい)なることは氷霜(ひょうそう)に似たるも、

   乾坤(けんこん)を逼塞(ひっそく)して、明を離れ、暗を絶(ぜっ)す。

   低々(ていてい)たる處にては,これを観るに餘(あま)りあり。

   高々(こうこう)たる處にては、これを平ぐるにたらず。

   把住も放行もすべて這裏(しゃり)のところにあり。

   また出身の處 ありやいなや。試みに挙す看よ。

     *ガタピシしない/我他彼此・2元(相対分別)的思考に囚われないこと。

【本則】ある日一人の求道者が、丹霞山(たんかざん)の天然和尚の処にやってきた。

丹霞「どこからお出(い)でたのかな」

求道者「丹霞山のふもとから、登ってきました」と、常識的に自分の出身地を言うのではなくチョット奇抜な風の答え方をした。

丹霞「ウム・・下から上に・・か。それはそうと飯は食ったか、まだか?」と切り返した。

求道者「もう、いただきました」

丹霞「お前さんなんぞに飯を施す人がいるとは、世の中は広いものだな。じゃあ・・その人は人物を鑑識する「真眼」はもっていたかね?」・・丹霞の第二箭(矢)は、深く求道者の胸に突き刺さる。

求道者・・この鋭い禅者の問いに無語となった。

(これは九世紀初頭、鄧州南陽、丹霞山の禅院での問答だが、九世紀終ごろ・・丹霞死後三十年後、福州雪峰山の禅林で、長慶慧稜と保福従展の間で、この話が蒸し返された)

長慶が保福にむかって「どうも、あの丹霞和尚の言い分が納得できません。丹霞和尚は、あの求道者に飯を食べさせた人は、眼なしだと言わんばかりですが、これは、如何なる立場から言えることでしょうか?」

保福「雲水、行脚をもって自任する者であるなら、ホドコシを受けるような意気地なしになる訳がない。飯を食わせる奴も奴だが、食わせてもらう奴も奴だ。施者も受者も、眼なしだね」

長慶「最善を尽くして、真に感謝する・・自己相応の慈善を行うことを、貴方は眼なしだ・・というのですか」

保福「おいおい・・私を眼なし扱いにして、わからず屋だと言うつもりかナ」

  *擧す。丹(たん)霞(か) 僧に問う「いずれの處より来たるや」

   僧云く「山下(ざんか)より来たれり」

   霞(か)云く「喫飯了(きっぱんりょう)や、未(いま)だしや」

   僧云く「喫飯了」

   霞云く「飯をもちきたって、汝に喫(きっ)せしむる底(てい)の人、

       また眼(まなこ)を具(ぐ)するにや」

   僧 無語。

   長慶、保福に問う

  「飯をもって人をして喫せしむるは、恩を報ずるには分あるに、なんとしてか眼を具せざるにや」

   福云く「施者(せしゃ)受者(じゅしゃ)ふたりともに瞎漢(かつかん)なり」

   長慶云く「その機を盡(つく)しきたるも、また豁(かつ)となすやいなや」

   福云く「我を瞎(かつ)と道(い)い得るにや」

 

【頌】自己の最善を尽くして物事をなす者を「わからず屋」とは言わない。

昔、インドの寓話に、ご先祖の墓に沢山のお供え物をして祈る人がいた。そこへ牛飼いが通りかかり、死んだ牛の頭を近くの草むらに押しつけて、「さあ、この草を食べろ、食べてくれ、おいしいぞ」とけしかけていた。

墓参りにきた人は、これを見て「ソンナ事をしたところで、死んだ牛が草を食べる訳がない」というと、その牛飼いは「あなたも、私のしたようなことをお墓でしているではありませんか」と逆ねじを食わせた・・逸話にもとづく。

禅を伝灯するインドの四十七師。中国、達磨から二十三代の祖師・・伝法者たちは、禅の印可相伝に大騒ぎを演じてきたが、禅は、そんな大袈裟な中に隠れているものではない。

イヤハヤ天上界、人間界、どこもかしこも、我利我利亡者(ガリガリモウジャ)の渦中に呑まれ、禅界は我他彼此(ガタピシ)隙間風が吹いて、住みづらいことになった。

  *機を盡(つく)さば瞎(かつ)となさず。

   牛頭(ごず)を按(あん)じて草を喫(きっ)せしむ。

   四七二三の諸祖師(しょそし)。

   寶器(ほうき)を持(じ)し来(き)たって過咎(かきゅう)をなせり。

   過咎深(かきゅうふか)し、

   尋(たず)ぬるに處なく、天上人間は同じく陸沈(りんちん)。

 

【附記】丹霞天然(たんかてんねん=739~824)鄧州丹霞山に隠棲した、馬祖道一の弟子。石頭希遷に参禅。七十代の頃、寒中、慧林寺で木仏像を焼いて暖をとったという・・逸話のある禅者。

人に咎められると「仏像を焼いて、お前さん方が有難がる、佛陀の舎利(骨)をとっている」と言い放った。「木像に舎利があるものか」と言われると「ゴタ(吾他つ)憑くな!舎利の無い仏像なら、いくら焼いたところで責められるイワレはないぞ」と答えたそうだ。

コンナ気骨のある禅者は、今時、何処を探しても見つからない。

碧巌の歩記(あるき)NO77 「まんじゅうで、コロモのホコロビ・・縫い合わせられますか」?

中國 韶州(しょうしゅう)雲門山文偃(ぶんえん 852?~949)は、初め睦州に参じ、次いで雪峯義存(せっぽうぎそん)に師事した。五家七宗雲門宗の開祖。特色は、その語言きわめて巧妙で、容易に窺(うかが)いがたきにある。碧巌六則に有名な「日々是好日」があり、百則中、15則中に登場する。そのいずれもの問答は「紅旗閃爍(こうきせんしゃく)」・・まるで、青山の頂に紅い旗が翻っているけれど、敵陣見定めがたい・・といわれている。

この語録の登場人物の略歴について紹介は省いているが、参考に書けば、雲門が雪峯に師事したのは870年19才の時であり、趙州従諗(じょうしゅうじゅうしん)が120才で亡くなったのは897年、彼は46才であり、師、雪峯の死は57才(908年)の時である。

 

碧巌録 第七十七則 雲門 餬餅 (うんもん こびょう)

【垂示】圓悟が座下の求道者に垂示した。

処世法には二種類ある。一つは向上的で、天下人の機先を制し、まるで熊鷹が鳩を捕まえるように、自己の掌中にあって思うままの行いが出来ること。

二つ目は、向下的生活行動で、何事も、社会環境の奴隷となって、制度や規制に縛られた、主体性のない暮らし方をすること。

まるで亀が殻の中に閉じこもるように、ローンの支払いに追われた生活のようになることだ。

もし、この件で「何を言うか。向上も向下もあるものか・・寝言話は止しにせよ」と、理(こと)わりを云う者があれば、次のように言ってやろう。

「どうやら、お前さんは、幽霊仲間の世界で、現(うつつ)を抜かす輩(やから)と見えるな」

さて、坐下の者たち・・向上に転ずるといい、向下に転去するといい、如何なるか?「一真人」とは・・如何なるや?幽霊人間とは・・この黒白のケジメをハッキリつけているか・・どうかが問題なのだぞ(・・と、求道者を見まわして・・)一定の規定があるなら、その規定どおりにするがよい。もし一定の規定がないのなら、従来の慣例に従いなさい・・そして、その実例が見たければ示そう。試みに挙す看よ。

  *垂示に云く、向上に転じ去らば、もって天下の人の鼻腔(びくう)を穿(うが)ち、

   鶻(こつ)の鳩を捉(とら)えるに似たる・・べく、

   向下に転じ去らば、自己の鼻腔は、別人の手裏(しゅり)にあって、

   亀(かめ)の殻(から)にかくれたるが如くならん。

   このうち、たちまち、ここに出で来たって、本来、向上も向下もなきに

   転ずることを用いて、なにおかなさんやと、いうものあらば、

   ただ、かれに向かって道(い)わん。我また知る、

   なんじが鬼窟裏(きくつり)に向かって、活計(かっけつ)をなすことを・・と。

   且(しば)らく道(い)え。作麼生(そもさん)か、この緇素(しそ)を辦(べん)ぜん。

   (良久して云く)

   條(じょう)あれば條を攀(よ)じ、條なければ例を攀じよ。試みに挙す看よ。

   *碧巌百則 園悟の垂示中、古人は特に優れた垂示として賞賛している)

【本則】ある求道者が雲門文偃(うんもんぶんえん)にむかって「もう仏様の線香臭い話や、祖師方のお悟り臭い話など聞き飽きました。ひとつ、これを超越した、スカットした話を承りたいものです」と云った。

雲門云く「ソレなら、ゴマ饅頭を一つ召し上がれ。

さあっ・・(これも物騒=ブッソう(仏祖)話か・・)どうじゃ」とせまった

  *擧す。僧、雲門(うんもん)に問う

  「如何なるか、これ超佛越祖(ちょうぶつおっそ)の談」

   門云く「餬餅(こびょう)」

【頌】生活上、止むを得ないとはいえ、雲水は、天下の叢林(そうりん)を食いまわっているくせに、超佛超祖の話とは・・。

こいつは素敵な文句と裏腹に、つじつまの合わない、ほころびがいたるところに目立った求道者だ。

さあ、お前たち・・そのほころびトヤラが解かるかナ?

雲門は、ゴマ饅頭をピチャリと綻びに当ててスキマを塞いだが、きれいにくっついてはいないようだ。今日に至るまで、ウロウロと求道者どもは、禅寺を駆け回わり、ヤレ禅の印可だの見性だのと、イロイロな認可、権威の取り合いを演じ、ゴマ菓子(誤魔化し)饅頭の奪い合いだ。

いや、さすが雲門・・これは、超談の求道者を、茶菓(茶化)した一語と見立てるが、しかし、あんたは胡散臭くても、くれたゴマ餅は天下一うまいなあ。

  *超談(ちょうだん)の禅客(ぜんかく)の問いは、ひとえに多なり。

   縫罅(ほうけ)の披離(ひり)せるを見しや、いなや。

   餬餅祝し来たりしに なおとどまらず、今に至るも天下に訤訛(こうか)あり。

碧巌の歩記(あるき)NO78 【狐のだまし湯・・まるで田んぼの肥え溜風呂だね!】

馬齢を重ねるにしたがって、体と心は一体である・・と言うことが、身に染みて解かるようになった。今、腰痛で、立つにも歩くにも、ビリビリ痛みが走りアブラ汗がでる。体と心はひとつ。区別できないものだと、つくづく悟らされた。

若い時は、理窟で解っていただけだ。

だが、近頃・・何かを為しても、為さなくとも、言葉では言い尽くし難い、寂寥感に包まれる。

友人は、病気だろう・・とも、年だろう・・とも推測していう。

中には、そろそろお前はお迎えが近いのでは・・というのもいる。

私は、お迎えが近いとか、体の調子ではないと思っている。

もっと根源から、コンコンと湧き出る泉のごとき「寂寥」の感を想うのだ。こうも言えよう。この「寂寥」の心地が解かってこそ、はじめて、揺るぎない禅境が開けてくる・・と。

 

さてさて・・今日は、滋賀では、母が満百歳の誕生日。積年、妹が老々に看護している。

台風近接に、黄葉紅葉、乱舞する夜となりました。

腰痛には、ゆっくり風呂に入るのが一番・・です。

ソレにつけても・・会(有)難いことだ。

 

碧巌録 第七十八則 開士入浴 (かいし にゅうよく=開士 水因すいいんを悟る)

【垂示】欠如。

【本則】ここに少し毛色の変わったインドの話がある。

十六人の求道者を教導する者(開士)たちが、規定作法のとおり沐浴していた時、水の肌ざわりのよいこと、清らかで美しいこと、気持ちのいいことを発見し、浮かれ出した・・という。

これを、雪竇(せっちょう)、話に引き出してきて、坐下の求道者に「サア、お前達、この十六人の開士たちが、心地の良い、極楽温泉のようだという、気持ちがわかるか?この美的な入浴感覚は、達道の者でなくてはわかるまいが、どうじゃ?」・・と云った。

  *擧す。古(いにしえ)に十六の開士ありたり。

   浴僧(よくそう)の時において例にしたがって入浴し、たちまち水因を悟れりと。

   諸禅徳(しょぜんとく)、作麼生(そもさん)かして、

   他の「妙觸宣明(みょうそくせんみょう)、

   成佛子住(じょうぶつ しじゅう)」と道(い)いしことを會(え)すや。

   また、すべからく七穿八穴(せんけつ)にして、はじめて得(う)べし。

 

【頌】大悟、明眼の士は、一人で沢山。

風呂の中で足を延ばし寝そべって、十六人もウジャウジャと、各種の悟達の感想を述べるとは・・ラチも無いこと。まだまだ悪臭無限の垢まみれ・・夢中にあって夢を語るとは、この事を指す。

極楽温泉で、きれいサッパリ世の迷垢を洗い流したつもりだろうが、その悟りすました間抜け顔に唾でも吐きかけてやろう。

  *了事(りょうじ)の衲僧(のうそう)は一箇を消(よう)ず。

   長く床上に連(つら)なって脚をのべて臥(が)し、

   夢中に曾(か)って説く圓通(えんつう)を悟ると。

   香水にて洗い来たるも驀面(まくめん)に唾(だ)せん。

碧巌の歩記(あるき) NO79  

◆「禅による生活」とは、どうゆう暮らしのことでしょうか?

◆これから「独りポッチ禅=3分間ひとりイス禅」をしたいのですが心構えは?

禅語では、「言う」を「道う」と書きます(この項では行う・・の意で「道」とします)

常日頃、行いのすべてに、ピチピチと活きている、好奇や躍動、生命力をほとばしらせて、(作為的な表現ではなく)情=心を自然につくしている、造作(はからい)がない「表情」・・のある生活を、私は「人生、裸で生きるべし」と道っています。

 

だから「禅による生活」は、一人独り、皆、違うのです。

ミンナ、宇宙で、ただ、独りだけのDNAを持って誕生しているのだ・・と、頭のてっぺんからつま先まで、浸み込んだら・・どんな暮らしもミンナ、ミンナ「禅による生活」となってくるでしょう。

「独りポッチ禅=3分間ひとりイス禅」は、足の痛みや雑念の苦行坐禅と違い真の穏やかな坐禅です。身も心もゆったりバランスのとれた態度で坐禅する、何かを自分に(効能効果を)期待しない「何の役にも立たない坐禅」ソノモノに集中する坐禅です。

そして・・3分間でも、無心に放ち切った境地の、日ごとの積み重ね・・が大事なのです。

あえて、その心構え・・といえば、姿勢を正し、眼を半眼にして、腹式呼吸で、六回の数息を計三巡。計十八回の数息・・をくりかえす・・だけです。(つまり、一回の呼吸がゆっくりと十秒程度であれば、十八回で三分間となる勘定です・・もうちょっと続けられれば、それを繰り返すだけ・・です)

これに慣れて、寝る時は「寝禅」。起きる時は「起床禅」食事の前には「食禅」。電車の中で「車中禅」仕事の前後に「仕事禅」・・トイレの時は「手洗い禅」お風呂では「風呂禅」・・など、オリオリに、サッと出来るようになられたら、次に、禅語録の碧巌録や無門関から、ドウモ気に障る、矛盾に満ちた「公案=則」を一つ、訳の解からぬ飴玉を与えたつもりで、数息の代わりに拈弄(ねんろう・・余分な妄想の代わりに、集中)なさってください。

この訳が分からない、役に立たない公案を拈弄する「独りポッチのイス坐禅」を、後生大事に繰り返し、繰り返し(造作、意図のない坐禅)なさることです。くれぐれも「悟り・悟達」への希望や期待や、スガスガシイ気分や効能を求めることなど、欣求・祈願の対象にしてはなりません。

坐禅で、心が落ち着くとか、安心の境地になったとか・・そんな目的のための手段は忘れることです。

坐禅が、何の役にも立たないこと・・であればこそ、何も成果を期待しない坐禅により、勝手に、人知れずに大覚、見性が醸成されていくのです

*仏教の四弘誓願に、煩悩無尽誓願断=煩悩は尽きることなく、誓ってこれを断じます・・とありますが、禅は、煩悩即(そのまま)菩提です。ところが、禅寺では、坐禅の修行中に、この四弘誓願をモゴモゴ唱えさせるのですから、ひどく矛盾した教導です。

白隠坐禅和讃でも「衆生、本来ほとけなり。水と氷の如くして・・」とあります。

●コトバや文字にこだわれば、木の葉が万札に見えてくる!

ハッキリ書いておきます。

禅は宗教ではありません。禅語に出てくる「佛・佛性」の字は「悟り」の意で、私は、ことごとく「禅」と意訳しています。千年前の中國の禅者には、頭髪を剃らず行者(あんじゃ)と呼ばれた指導者もおり、師家・和尚は「老師」(先生)とし、行脚・修行の僧は「求道者」としました。

例えば、次の一切佛聲は「一切禅声」の意です。

 

碧巌録 第七十九則 投子一切佛聲 (とうすいっさいぶっせい)

【垂示】圓悟が求道者に垂示した。

春夏秋冬、万物は何の思惑も無く自然に働き、目的をもってなしていない。禅=至道は好き嫌いがないだけだ。

解き放つのも、生け捕りにするのも、たいした力は要しない。

さあて、昔から今までに、どんな輩が、この「至道」とやらを、生け捕りにしたのであろうか。試みに挙す看よ。

  *垂示に云く、大用は現前、軌則(きそく)を存せず。

   活捉(かつそく)にも生擒(せいきん)にも、餘力を労せず。

   且(しば)らく道(い)え。

   是れ、なん人(びと)か曾(か)って恁麼(いんも)にし来たる。  

   試みに挙す看よ。

 

【本則】ある日、求道者が投子山の大同和尚に「仏教では、この宇宙そのものが佛陀の本体(宇宙即佛陀=佛陀即宇宙)であるから、総ての音や声は、これ佛陀の声でありましょうな」と念押しした。

投子「もちろん本当だ」

求道者「それじゃ、放屎(ほうし)放屁(ほうひ・クソダシ・オナラの音)はどうですか。あれも佛陀の尊い教えですか」と、からかったのである。

投子、ソレを聞くより早く、ピシャリと求道者を打った。

求道者は、それでもタジロギもせず、二の問いを仕掛けた。

「粗暴な言葉も、丁寧な言語も、大乗、小乗すべて佛陀の教えは、第一義=仏性本体(ZEN)である・・これは真実でしょうか」

投子「本当である」

すると、待ってました・・とばかりに、求道者は言った。

「それなら、今、私が、ご老師を、一匹の愚かな驢馬だと言っても、間違いではありませんね」

投子は、それを聞くより早く、求道者をピシャリと打った。

  *擧す。僧 投子に問う「一切聲(いっさいせい)は、これ佛聲(ぶつせい)なりと。

   是(ぜ)なりや否(いな)や」

   投子云く「是(ぜ)なり」

   僧云く「和尚、とく沸碗鳴(ふつわんみょう)の聲(こえ)なるものなしや」

   投子すなわち打てり。

   又問う「麤言(そごん)および細語(さいご)は、みな第一義に帰すと。

   是なりや否や」

   投子云く「是なり」

   僧云く「和尚を喚(よ)んで一頭の驢(ろ)となし得るや」

   投子すなわち打てり。

 

【頌】さすがだね・・投子よ、アンタはエライ。誰もその働きを止められない。

「是」の一言で、思い切り叩かせてもらったところなんか、まるで、小エビで太鯛を釣りあげたようなもの。

それが一度ならず二度までも大成功とは・・。

可哀そうに、かの求道者は、くだらない屁理屈を陳べているが、波浪に戯れて、しまいに溺死するのを知らない哀れな奴だ。

遂に、二度も打たれて溺れ死んだぞ。

もしも・・だが、あの二度目の時に、投子の棒を奪い取って、したたかに投子を殴りつけていたなら、百千の大河が、轟々と逆流するような一大活劇が演じられたろうに・・

(投子も泣くほど喜んだことだろう)惜しいことをしたものだ。

  *投子投子。機輪(きりん)に阻(へだて)てらるることなし。

   一を放って二を得、彼(かれ)に同じく此(こ)れに同じ。

   憐(あわ)れむべし限りなく潮(うしお)を弄(ろう)せし人、

   畢竟(ひっきょう)また潮の中に落ちて死せリ。

   忽然として活かせば、百川(ひゃくせん)倒流(とうりゅう)して

   閙聒々(とうかつかつ)たらんに。

 

【附記】投子大同(818~910)は、石頭希遷、丹霞天然の流れをくむ翆微無学の弟子。

この雪竇の頌は、味噌くそ一緒の、悪平等の邪観を打散せしめた、投子の力量を誉めている。どうやら言葉や文字に執着すると、木の葉が万札に見えてくる。チョウド次の則(80則)で「般若心経」意訳を紹介した。この79則の鍵穴にも「般若心経」はピタリと合うはずだ。

この般若心経は・・ZENのマスターキーとして、どの則、どの公案にも合致するが、神出鬼没・・在って無く、なくてある・・量子的キーなので、利用不能だ。アラビアンナイトの「開けゴマ」とは、えらい違いだと心得ることだ。

このあたりで「一切聲是佛聲」は蘇東坡の「山色渓聲 是廣長舌」と同義であるとしておきます。

般若心経とZEN・・碧巌の歩記(あるき)NO80 

「あるともサ・・流れに桃を放り込んでご覧ナ~ドンブリコ~ドンブリコ」

「般若心経」と「ポッチ禅」・・まず数息で調(醒)心が出来るようになったら、禅語の一語を、鉄の飴玉だと思って拈弄する・・この段階で、般若心経を看返すのがいいでしょう。

歌でも詩の朗読でも、声に出して自分に聞かせると、どうしても意識過剰・・気が散ります。般若心経も同じことですから、声をあげてとなえるのはやめて、まず、心経の言葉(文字)・・「色と空」の、理解しがたい矛盾・・例えば「眼や耳や鼻、舌、身・意(思いは、あるのに)ソレは無いことだ・・」を、そのまま、矛盾のままに黙読ください。昔、坐禅に集中するのに「南無阿弥陀仏」と念仏する坐禅法がありました。心経を坐禅の対象としてはなりません。

 

私は、般若心経で、誰も、肝心なところを素っ飛ばしている・・と思う・・のは、はじめに出てくる・・「行(ぎょう)深(じん)般若(はんにゃ)波羅蜜多時(はらみったじ)=禅による生活・坐禅を深く行う時は・・形あるもの、すべて空なりと照らし見るので、一切の苦しみと不安から解放される」とあります。

つまり、坐禅をして、深い揺らぎと造作の無い=依る辺なき境地に至って、はじめて、一切の苦しみや厄災から解放(度=ど)される・・のですから、大いなる智慧=般若はどこにあるのだ?・・と、探し回ることは出来ないことだ・・ということでした。人間は「考える葦」パスカル・・ですが、その「考える」こと・・そのものを考えるように出来てはいません。

般若心経は、「即=そのまま」の世界があり、「そのままが空=無」の世界である・・と、説くのです。この大いなる知恵の教えは、禅者の「禅による生活」の神髄ですから、求道者には理解できない呪(マントラ)でいいのです。

 

般若心経は、禅境(地)の入り口にたったと思うと、そのまま出口にいる・・紙の表裏の関係ではなくて、入口が出口、出口が入口だと説く、禅者のための教えなのです。

出口に立つと、入口に立っていますし、入口を入ろうとしたら出口に出ている・・ですから何時までも般若心経の直中(ただなか)に座り込むことはできません。

この般若心経の文言に囚われては、坐禅はなりませんから、ある程度、坐境(地)が進捗したあと、悟境の是非をリトマス試験紙のようにして般若心経を看ることを推奨します。

どの禅語録(碧巌録・無門関・臨済録など)の話にも、ピッタリと合致して、その実体のない禅機を発揚する・・この意訳の心経をご紹介します。

摩訶般若波羅蜜多心経 (まかはんにゃはらみったしんきょう)

 『無い・無いずくしの智慧の教え』

 

観自在菩薩        禅(行)の者よ

行深般若波羅蜜多時    禅による生活(智慧の完成)を深く行う時

照見五薀皆空       宇宙のすべては空(無)だと照らし見るから 

度一切苦厄        一切の苦しみと不安から解き放たれる

舎利子          禅(行の)者よ

色不異空         あるは空にことならず

空不異色         空は自在にことならない

色即是空         あるのは、そのままに「ない」のであり

空即是色         ないは、そのままに「ある」のである

受想行識亦復如是     感覚や思い行いや知識も またこのとおりだ

舎利子          禅(行)の者よ

是諸法空相        これら世の分別事は ことごとく空だから

不生不滅         生じてもいないし 亡びてもいない

不垢不浄         汚れてもいないし きよくもない

不増不減         増えてもいないし へってもいない

是故空中無色       このゆえに空の中に「ある」はなく

無受想行識        思いや行いや 認識することなどもない

無眼耳鼻舌身意      眼や耳などの感覚などや意識の一切もなく

無色声香味蝕法      五感や執着する欲望のすべてもない

無眼界乃至無意識界    意識する世界も無意識、本能のすべてもなく

無無明亦無無明尽     因果応報や煩悩もない、ないと思う事もない 

乃至無老死        さらに、老いて死ぬこともない

亦無老死尽        また老いて死なないということもない 

無苦集滅道        死苦八苦する、輪廻の業や愛執もない

無智亦無得        智もなく また得るものもない

以無所得故        その得るところ無きゆえに

菩提薩埵依般若波羅蜜多故 大いなる智慧(禅)により            

              禅(さとり)を体得(かんせい)するのだ

心無罣礙無罣礙故     こだわりがなく 疑いなきゆえに                   

無有恐怖         恐れおののくことがない

遠離一切顛倒夢想     あらゆる妄想と執着が離れ消えて無くなり  

究竟涅槃         ついに安心となる 

三世諸仏         過去現在未来、無限に大覚した禅者は

依般若波羅蜜多故     禅(さとり)の行(かんせい)

              禅による生活のゆえに              

得阿耨多羅三藐三菩提   ピチピチと躍動するいのち・・そのもの

故知般若波羅蜜多     禅による生活をただ、そのままに享受する         

是大神呪 是大明呪    (ゆえに)この霊妙で光り輝く真言をのべ 

是無上呪 是無等等呪   この比較できない心の不思議をのべ 

能除一切苦        よく一切の苦しみを除き、

真実不虚         真実にして虚(むな)しからざる 

故説般若波羅蜜多呪    禅による生活を呪(マントラ)に説く

即説呪曰         呪に説いていわく

羯諦羯諦(ギャテイ ギャテイ) 来たぞ 着いたぞ

波羅羯諦(ハラ ギャテイ)   まったき青空のただ中に

波羅僧羯諦(ハラソウギャテイ) よくぞまあ すがすがしいこと

菩提娑婆訶(ボジソワカ 禅者は かく自然(ありのまま)なり

般若心経 

 

碧巌録 第八十則 趙州初生孩子 (じょうしゅう しょしょうのがいし)  

【垂示】欠如・・ありません

【本則】求道者が趙州従諗(じょうしゅう じゅうしん778~897) に問うた。

「生まれたての赤ん坊は、六識六覚(眼=色=視/耳=聴/鼻=嗅/舌=味/身=色=触/意=知)を兼ね備えておるのでしょうか」

趙州「あるともさ。流水にボウルを投げ入れて見よ」と爽やかに云った。だが求道者は、そんな理窟離れの言葉で、趙州の真意がつかめなかった。

今度は舒州の投子大同(とうすだいどう818~914)の所で、趙州の言い分の解説を乞うた。

投子はズバリ・・「念々とどまることなく流れていく」と答えた。

   *擧す 僧、趙州に問う「初生の孩子、また六識を具するや否や」

   趙州云く「急水上(きゅうすいじょう)に毬子(きゅうす)を打(だ)せよ」

   僧、後に投子に問う。「急水上の毬子を打せよは、意旨(いし)如何(いかん)」

   子云く「念々不停流(ねんねん ふていりゅう)」

 

【頌】百二十才の長寿を保った趙州は、その深い禅境(地)を披露する時、唇から光を放っている・・と言われた禅者である。

事もあろうに、その老師に、百も承知の質問(生まれたての子に六識の有無を尋ねる)を投げて、たちまち、生命の渦潮に呑まれてしまった。流れくだるボウル(いのち)は流転している。

流れてやまぬ生命の行先などイッタイ誰が看届けられるものか。

(附記)おとぎばなしの、桃から生まれた桃太郎だって、ドンブリコ~ドンブリコと流れて、どこかの婆さんに川から拾い上げられたではないか。

   *六識無功(ろくしきむく)に一問を伸(の)ぶ。

   作家(さくけ)かって共に端(たん)を辦(べん)じ来(きた)る。

   茫々たる急水に毬子(きゅうす)を打せよと。

   落處(らくしょ)に停(とど)まらざるものを誰が看ることを解(げ)せん。

【附記】趙州は、求道者の問いに答えて、無門関 第一則「狗子仏性」で、犬には仏性(禅=悟)は無い・・と答えている。坐禅の初心者には、この「趙州無字」公案は、東大の入学試験に、小学一年生が合格するほどの難問・難透中の難透と言われている。畳の上の水練で、オリンピック金メダリストに太刀打ちしようとする・・ホントによくやるよ。

 

 

碧巌の歩記(あるき)NO81 注意!ソラ・・矢が飛んできたぞ・・

 

●瞑想や坐禅が「役立たない修行」なら、どうして釈尊は、菩提樹下、坐禅なされて悟りを開かれたのだろう・・?  

悩みや苦しみから解脱するために「禅」はあるのだろうか・・?

「独りポッチ禅=何の役にも立たない三分間ひとりイス禅」・・を推奨される理由がわかりません。

今、世界中に流行っている瞑想や坐禅は、効能・効果が一杯あって、悩みスッキリ、チャント役立っている・・と思われているのなら、ことさら、私が提唱する「独りポッチ禅=金ヒマかけず、自分一人で、好きな時に、椅子に坐る三分間程度の、眼を半眼にした、何の役にも立たない坐禅をおやりなさい」・・に関心を持たれることも、この奉魯愚(ぶろぐ)をご覧になる必要もないことになりましょう。この無価値な「ポッチ禅」に、何か心惹かれるものがあるとすれば、「無価値」とか「無功徳」とか、「役立たず」とかの言葉の持つ・・何か・・問いかけてくるもの・・のはずです。

さて、坐禅は・・「役立つとか・・役立たない」・・とか、イッタイ何に対して・・機能機作する目的と方法、手段なのでしょうか。

自分の心が安らぐ・・とか、ストレスを解消したい・・とか、自分の心の落ち着きが欲しくて、病気の対処療法の「薬」のような効用効果を求めたい時には、どこかの寺僧の指導を受けられたり、PCや本で学習されるのが、お手頃かも知れません。

ここで提唱している「独りポッチ禅=三分間ひとりイス禅」は、達磨がインドから中国へ「禅」を伝えた時の「無功徳」=何のご利益(りやく)もない・一切、役立つことがない・・禅(の心)・・達磨は、この禅境(地)を「廓然無聖(かくねん むしょう)」=カラりと晴れた青空・・といっています。

その禅境を自覚したい、目的のために坐禅という方法をとる・・つまり「何にも役立たない【禅】を自覚したいのなら、何にも役立たない「坐禅」をする」のが、一番、最良の方法・・という訳です。

実際、禅の専門道場(僧堂)で、悪戦苦闘、難行苦行の雲水(僧)が大悟見性した例は、余り多くありません。皆さんがよく知っている一休(宗純)さんは、二度自殺を図って参禅修行された方ですが、師からの印可状(見性=悟りの証明書)を焼き捨てて、風狂の禅者と言われた生涯でした。亡くなられる時の遺偈に「誰か我が禅を会す」と独りポッチ禅を称揚されています。また、新潟の五合庵の(大愚)良寛さんは、子供たちと手鞠をついて遊びながら、権力、権威の生活社会から離れ、宗教色を微塵も出されなかった自由人でした。

臨済宗、中興の祖と言われる白隠(慧鶴)さんは、托鉢の途中、農家の婆さんに、箒で頭をどやされて、サトリを開いた方ですし、鐘の音を聞いてとか・・庭掃除の最中、石ころが竹にあたる音で大悟した人や、花の香りや、暁の星の輝きから・・これは釈尊です・・中には鼻を痛いほど捻られてとか、雷に撃たれて・・大喝、突き飛ばされて・・などなど、沢山の人が大悟されていますが、ワザワザ禅寺の専門道場で坐禅の最中、悟りを開いたと言う人は、ヒドク少ないのです。

(もっとも、禅寺の跡継ぎ養成の為の期間限定での修行では、卒業証書ほしさの勉強と同じで、形ばかりの修行で無理からぬことです)

昔の禅修行は、自分を本当に鞭撻(べんたつ)してくれる師を求めて、行脚(探訪)した、弟子が師を選ぶ・・生徒が先生を選ぶ、真の見識のある手に手をとった指導と修行法でした。                 ですから、オリオリに坐禅もする・・働き(作務)もする・・普通の生活の中で、米麹が次第に醗酵して「美酒」が熟成するように、自然と「禅」が大覚・見性されているのです。臨済

厳しくいましめる・・「造作」=「ハカリゴト」は、一切、ありませんし、思惑は効能書きにすぎないのです。

何とか坐禅して悟りたいとか、不安な心を解消したいとか、自分本位に坐禅を考えたり、利用しようとする人には、サトリは絶対に得られることはありません。(欧米の禅ブームのほとんどは、心理学禅・病理学禅で、精神病を治療する方法として研究されていますので、ひどく「悟り」とは縁遠いものです)むしろ悩みが一層、深刻になって心身とも病気になりかねません。禅を利用したり、役立てたい・・と思う「欲求、分別」心や文字、言葉に「執着」する心こそ、マスマス 禅から遠ざかることですから、まず、どうせ「役立たない」坐禅なのだ・・と、その効能効果、機能機作を捨て去るところからスタートするのが一番です。

次に、無理にとか、やる気のない時には、やらないことです。

他の仲間と共に・・とか、ご一緒にどうぞ・・とか、気を紛らわすようなこともしてはなりません。一人で静かにやり続けましょう。

まず、呼吸を数える「数息」から初めて、やがて・・数年か・・数息を忘れて坐禅できるようになったら、無門関か碧巌録の公案(禅語)の一則を、鉄の飴玉をしゃぶるように、それが頭の中で、溶けて無くなるまで・・何十年でもしゃぶっている・・ような、覚悟の坐禅を続けられることです。

禅語録「公案」は、どれをとっても、論理・哲学的ではありませんし、分別・思考に適合した解答は、永久に得られるものではありません。つまり、どれもこれも正解を得難い矛盾の問題・行動集です。もし、公案に、何か論理的に解明できた・・と思う「答え」がある・・としたら、それは全部(その答えは)絶対に「間違い、偽物、思い込み、つくりごと」です。それは「妄想、執着」です。貴方の「禅」は、どうやら死ぬまで「正解」が得られないで終わるかも知れません。実は、それでいいのです。(達磨は二祖慧可を得るまで、嵩山少林寺で、面壁坐禅九年を要した・・と言われています)「零点か・はたまた満点か」どちらになろうと、かまわないではありませんか。その最終の禅境(地)は、達磨さんのいう「廓然無聖=カラりと晴れた青空」なのです。

「役立たない坐禅」は、ソンナ清々しい青空の坐禅なのです。

また、万が一にも、突然、予期せぬサトリが、貴方にやってくるかも知れません。つまり「百点満点」です。その時は、言葉にも文字にも仕草にも表わせない、ただ自知するのみの禅境(地)・・カラリ晴れた青空・・でしょう。

 

碧巌録 第八十一則 薬山麈中麈 (やくざん しゅちゅうのしゅ)

【垂示】圓悟が求道者に垂示した。

敵の軍旗を奪い取り、進軍ラッパも鳴らぬようにしたら、それこそ天下無敵、百戦百勝の猛将だ。

千人の達道の者が攻め寄せたとて、その働きは止まらない。

また達磨さんのように、無功徳(むくどく)・不識(しらず)の鉄壁な心根なら、どんな策略をもってしても破れることはない。

これぞ神通妙用であるし、絶対そのものが、ありのままに現前することだ。

さて、どのような者なら、そんな奇特な働きが出来るのであろうか。その例を挙げるから看よ。

  *垂示に云く、旗を攙(ひ)き鼓を奪わば、千聖も窮(きわ)むることなからん。

   訤訛(こうか)を坐断すれば、萬機(ばんき)も到らざらん。

   これ神通妙用にあらずや。また本体如然(ほんたいにょぜん)にあらずや。

   且らく道(い)え、この什麼(なに)によってか、

   恁麼(いんも)に奇特(きとく)なることを得るぞ。

【本則】ある求道者が薬山惟儼(やくさんいげん)の禅庵に来て「あの天台山・平田の草原にいる鹿の群れの大将(大鹿)を、見事にやっつける方法がありますか」と、まるで自分が、その大鹿であるかの如く問いかけた。

すると薬山「ソレ箭(矢)が飛ぶぞ」と、弓を引く仕草をした。

・・少しは「禅」を頭で理解していた求道者は、射殺された大鹿のようにパタッと倒れてみせた。

薬山、当然のように、傍らの侍者に「この倒れた馬鹿をかたづけよ」と言い放なった。

これを聞いた求道者、驚きアワテテ逃げ出した。

薬山これを見て「ナント下司な野郎だな。最近、こんな大根役者ばかり増えてきたな」と、いたく嘆いた。

(雪竇、尻に帆をかけて逃げ出した求道者に一言・・立ち上がり三歩は逃げ出せても、五歩までは保(も)たんなあ・・)

  *擧す。僧、薬山に問う。

  「平田の浅草(せんそう)に麈鹿群(しゅろくぐん)をなせり。

   如何にしてか麈中(しゅちゅう)の麈(しゅ)を射得(せきとく)せん」

   山云く「箭(や)を看よ」僧、放身(ほうしん)して便(すなわ)ち倒(たお)れたり。

   山云く「侍者(じしゃ)よ、この死漢(しかん)を拖(ひき)出(いだ)せよ」

   僧便ち走れり。

   山云く「泥團(でいだん)を弄(ろう)するの漢、什麼(なん)の限りかあらん」

   (雪竇拈(せっちょうねん)じて云く

   「三歩は活すと雖(いえど)も、五歩では死するべし」・・)

【頌】大群の鹿の王者と名乗った求道者を、薬山は、獲物が鍋ネギ持参でやってきた・・とばかり、一矢で射とめてしまった。

求道者が葬式準備に驚いて逃出す様子は五歩もモタナイ慌てようだ。惜しいかナ、グッと踏みとどまって、睨みかえす度胸があれば、かえって群鹿を率いて、大敵の猛虎を追うことも出来たろうに・・。されば、薬山の手際の鮮やかなこと。

狩人の正眼をもって、唯の一箭(ひとや)で大鹿を射止めるとは・・と、雪竇、頌(じゅ)し終わった瞬間「ソラ、箭が飛んできたぞ」と座下の求道者に大声で警告した。

  *麈中の麈を、君は看取(かんしゅ)して一箭(せん)を下(くだ)せり。

   走ること三歩、五歩にして、もし、活するならば

   群を成(な)して虎を趂(お)いしならん。

   正眼(しょうげん)は従来猟人(じゅうらいりょうじん)に付(ふ)す。

   雪竇(せっちょう) 高声(こうせい)に云く「箭(や)を看(み)よ」

 

【附記】禅機(悟りのキッカケ)を問う公案。ただ芝居の出し物としては、薬山が嘆くように、役者が大根役者のうえ、ドサまわりの芝居です・・行脚の雲水の、あまりの低レベルさに、ガックリきている様子が窺える逸話である。最も、現代の方が、もっと酷い観光禅の状況であるが・・!

 

碧巌の歩き NO82 「何も釣れない時・・一言どうぞ!」

●釣り好きの私は、よく、何も釣れない、丸坊主のことがよくある。もっとも大型のチヌ(クロダイ)やハネ(シーバス)が釣れた時でも。ケータイの写真にとって、全部リリースしている。太刀魚のシーズンには、もれなく釣れた分は持ち帰り、バター焼きにしたり、ご近所に配り歩いたりするが、今年の夏は、体調に問題があり、少し岸壁から遠ざかってしまった。

この垂示「竿頭絲線(かんとうのしせん) 具眼方知(ぐがん まさにしる)」に対応するべし・・と思う頌に、第六十二則、雲門形山秘在の頌をあげる。

雲門文偃(うんもんぶんえん)(852頃?~928頃?雪峯義存(せっぽうぎそん)=の弟子、雲門宗開祖)・・その弟子、巴陵顥鑒(はりょうこうかん)(不詳)と同じく、この則に登場する・・白兆志圓(はくちょうしえん)の弟子、大瀧(だいりゅう)智(ち)洪(こう)(不詳)は、ともに洞庭湖畔に、詩的、禅的に悠々の生活を送っていた禅者である。年代も推定だが、ほぼ等しく、時に相まみえる機会があったかもしれない。

     雲門形山秘在 第62則 頌 

「看(み)よや 看よ。古岸(こがん) 何人(なんひと)か釣り竿を把(と)る。 

  雲 冉々(ぜんぜん)。 水 漫々(まんまん)。 

    明月(めいげつ)蘆花(ろか) 君自ら(みずか)看よ」 

 

碧巌録 第八十二則 大龍堅固法身 (だいりゅう けんごほうしん)

【垂示】圓悟が座下の求道者に垂示して云った。

釣竿の先は、魚を懸ける釣り針に餌・・と決まっている。

禅者たる者が、求道の魚を釣り上げて、どんなものか検証しようとしても、チャントした具眼の魚であるなら、うまく餌だけ取って針には懸からないものだ。

達道の禅者が月並みでない計略で、こちらを説得しようとしても、こちらが作家でありさえすれば、いくら狡猾な手立てを講じようとしても、その手は桑名の焼きハマグリだ。

サア、その釣竿の餌とか・・探り釣りの技術や予想外の機略とか・・もともと、絶対の真理とは、どんなことを云うのか・・試みに挙す 看よ。

  *垂示に云く、竿頭(かんとう)の絲線(しせん)、具眼(ぐがん)はまさに知る。

   格外の機は、作家まさに辦(べん)ず。

   且らく道(い)え、作麼生(そもさん)か これ竿頭の絲線、格外の機なるぞ。

   試みに挙す 看よ。

【本則】ある日、洞庭湖畔、自然に抱かれた美しい大龍山に禅居する智洪を尋ねて来た、ひとりの求道者が問うた。

「吾が肉体は亡びます。では、堅固不滅の法身(禅・悟り)と言われるものは如何ですか」

大龍「どうだネ、山野に咲き乱れる花をご覧ナ。あの渓谷の藍の如き水を看よ」(これこそ、お前さんの探している法身の露現だよ)

  *擧す。僧 大龍に問う「色身(しきしん)は敗壊(はいこ)す。

   如何なるか これ堅固法身(けんごほっしん)」

   龍云く「山花は開いて錦に似たり。

   澗水(かんすい)は湛(たた)えて藍(あい)のごとし」

【頌】この求道者・・せっかく達道の禅者、大龍に面接しながら、質問の仕方を知らない。その親切な答えすら、合点していないようだ。色身は淡雪の如し・・と思い込み、法身はダイヤモンドの如きと確信する・・ガチガチの硬直した頭の持ち主だね。

大龍の言を、あえてネガテイブに言えば「巌山に月は冷ややかに,樹林には寒風吹きすさぶ・・」となるかナ。

禅者にとって、法身の当體は、春夏秋冬、人それぞれ、その悟境(地)は、いかようにも表現できるぞ。

しかし、概念、哲理に凝り固まった者には、いきなり禅者に正面から出逢うと、どうしてよいか・・わからなくなる・・【香厳智閑(こうげんちかん)の問い・・路逢達道人(みちにたつどうのひととあわば)不将語黙對(ごもくをもって たいせざれ)無門関三十六則】・・のアリサマになったようだ。

  • ソレッ!突っ立ってないで・・何か道(い)いなさいヨ!

さすがだね・・禅者、大龍。手に白玉の鞭をとり、法身の名の宝珠を、ことごとく粉砕してしまった。

もし、堅固法身の撃砕に失敗するような失策をしでかしたなら、人騒がせな罪により、禅の憲法=極意三千條のどれかに該当して罰せられたであろうに・・(天地同根・無依の真人など真意伝達不届きにつき・・/大龍の履歴は生涯不詳)

 *問いも、かって知らず、答えもまた會(え)せず。

  月は冷ややかに風は高し、古巖寒檜(こがん かんかい)に。

  笑うに堪(た)えたり 路に達道の人に逢わば、

  語黙(ごもく)をもって對(たい)せざれよとは。

  手に白玉の鞭(むち)をとって、驪珠(りじゅ)をことごとく撃砕(げきさい)せり。

  撃砕せざりしときば、瑕類(かるい)を 増じるにならん。

  国に憲章(けんしょう)あり。三千條の罪。

 

 

碧巌の歩記(あるき)NO83 ♪ホ-タル来い・・こっちの水は甘ーマイぞ!  

Q,どうして「役に立たない」坐禅を力説されるのですか? 

これでは・・ワザワザ奉魯愚(ぶろぐ)を読んでくれるな・・という態度じゃないですか?

単的にお答えします・・体が疲れたら、どうしますか?

動かないようにして、休ませますね。

では、頭脳はどうでしょう。

詳しくは脳科学者の研究に任せるしかありませんが、肉体の休む夜であってもたゆみなく頭脳は、夢を見ながら働いているそうです。

それでは頭脳は、疲れることを知らないのでしょうか・・

私は、頭脳の疲れ(ストレス)を取るのは、肉体が動くことをやめて、疲れを取るように・・「何も考えない」ことだと思っています。ところが「何も考えない」ことを「考え・・」てしまうのが頭脳なんですね。何も考えずに休んでいるといっても、休んでいるはずの頭脳は、休まずに「自分の利得を考えて働いて」いるのです。

頭脳の「考える」という本能的な機能機作を、自然に休ませるのは、催眠術や麻酔(麻薬)ではなく、科学的に解明されていない・・どうやら「禅」によるしかないようです。

絶対矛盾的自己同一・・と西田哲学では言うそうですが、論理や分析的思考では、歯の立てようのない=解明不可能な「公案=禅語」命題を脳に与えて、その頭脳の働き(分析・解明、思考)を放棄させてしまうのです。

つまり達磨の「壁観」坐禅法=独りポッチ禅です。

例えば ●「両親が生まれる以前のお前とは何だ?」とか・・あるいは・・●「両手を打てば音(拍手)がするが、片手の声はナント言っているか?」・・

「闇の世に泣かぬカラスの声を聴けば、生まれぬ先の父母が恋しい」とはどうゆう事か・・

●般若心経の「眼や耳,鼻,舌,身體,意識」はあっても「看る、聞く、味わう、触覚、意思する・・心の働きはない」とは、どういうことなのか?

●「禅(悟り)とは何ですか?」禅者の答え「その柱に問え」・・あるいは「金石麗生(きんせきれいせい)」や「黄金は糞土の如し」など、どうした観点・実感で云えるのか。

●自分とは何なのか?・・何のために生まれてきたのか?

●どうして坐禅をするのか?・・坐禅で何を得たいのか?

この「何故・・どうして・・何のために・・」の想い(好奇心=思考)が続くかぎり、人は安心して仕事したり、ぐっすりとした眠りにつけません。まして、欲得、利権の亡者や有名・権勢病に憑りつかれると、顔つきまで変わります。

また、思い(妄想)に取り憑かれてしまうと、よく街中で見かける「スマホ」教信者・・と私は言います・・のように、周囲の景色や人の動き、花や鳥、自然の美しさまで・・見えても見えなくなるのです。いや、見えていても見えない自己中=ストレス「こだわり・・執着」の、依存症状・・中毒的症状になってしまいます。

ゆるぎない安心の境地を求めて、達道の禅者に教えを乞う、次の公案・・イキナリ超能力な異次元空間に放り出されたような問答を看てください。

この碧巌録は、今から千年前にできた禅語録です。

坐禅の「役立たず」そのままが禅者の話でまとめられています。

この中の、どれでもよい・・一則の問答に【?】と感じられたら、それが「役立たずの頭脳休息のテーマ」です。嘘も方便とばかり、座禅を組めば悟りが得られる・・とか、心が安らぐとか、捨てきれば落ち着くとか、効能効果をいう提唱・修行は、悩みや想いが深まるばかりです。思い切って、自分に「これは役立たず、ロクデナシの坐禅だ」と、ダメモトでスタートするのが肝要です。

 

 碧巌録 第八十三則 雲門古佛露柱 (うんもん こぶつ ろちゅう) 

【垂示】欠如・・言葉を絶して・・ありません。

【本則】雲門文偃が坐下の求道者にむかって、「禅機」を語った。

「この本堂にある古佛像と、本堂の円柱とは深く相関しているが、それはどんな(時の)ことであるか・・」と、一足飛びに時空を超えた問いを発した。

座下の者たち、いずれも無言なので、雲門は有名な「日日是好日」の如く・・その自らの問いに自ら答えて云わく・・

「南方の山に黒雲が湧き起これば、北方の山にザアザア雨が降る」

   *擧す。雲門、示衆して云く「古佛と露柱と相交(あいまじ)わるとは。

    これ第幾機(だいいくき)ぞ」

    自(みず)らかわって云く「南山に雲を起こせば、北山には雨をくだす

【頌】南山に雲湧けば、北山には雨が降ると雲門は言っているが、禅を伝えたすべての祖師たち(釈尊から達磨、恵能)は、当然のことと承知している仏殿の仏像と柱の関わり合いである。

それはチョウド、大唐国で法事の太鼓や鐘を搗く・・合図の前に、すでに遠く朝鮮、新羅国で、法事(上堂式)をやっているような出来事だ。

誰かが(禅月貫休の詩中に・・)苦、却(かえ)って楽。楽却(かえ)って苦とか。黄金は糞土の如しとか言っているが、こんな見解(けんげ)では確かなモノにはなっていない。

(ハッキリ言えば、苦即楽。楽即苦。これは言葉は悪いが、味噌くそ一緒・・だが天地同根や無依の真人には、チャントしたケジメがいるのだヨ)

  *南山には雲。北山には雨と。四七二三まのあたり相観(あいみ)たり。

   新羅国裏(しらぎごくり)にては、かって上堂せり。

   大唐国裏(だいとうこくり)にては未(いま)だ皷(く)を打たざるに。

   苦中には楽。楽中には苦。

   誰か道(い)いしぞ、黄金は糞土(ふんど)のごとしと。

 

【附記】禅者の一語・・雲門の「日日好日」は、碧巌録 第六則にあり、毎日が良き日であるように努めましょう・・などと、宗教・倫理の言いそうな、現代語意訳をしている本や、作家にでくわします。大間違いです。無門関 第十九則「平常心(びょうじょうしん)」是道や、大鑑慧能「本来無一物」・・あるいは「放下着」「喫茶去」など、どの禅語の解訳をみても、坐禅などしたことがないようなの人の、文字解釈にすぎない意訳です。

おり、おりに、このような附記で、命懸けで修行体得した「禅者の一語(悟)」を紹介します。雲門の「平常心」問答・・素玄居士の「一語」・・公案に即することがあっては、透過(悟り)することなし・・の、甘くない「一悟」を記述しておきます。

●9/17補足【首吊りの足にかみつく野犬かな】この頌、間違って第44則の頌を紹介しました。この頌でも、平常心の「禅者の一語」たりえるのですが、理解される人・・まずいないと思います。さて、確認の結果・・以下のとおり・・「禅は、大学の口頭試問じゃあるまいし、口先のペラペラはどうでもよいのじゃ・・」素玄曰く「カラスがカアカア鳴いている。雀がチュンチュン鳴いている。それで私もチュンチュン、カアカア」

この「何が・・平常心」なのか・・納得できない人が、意味・解釈をするのは、すべて誤訳です。

♪ホウタル・・コイ・・こっちの水はカーライぞ!

【首吊りの足にかみつく野犬かな】

♪ホウタル・・コイ・・あっちの水もカーライぞ!

 

 

 

碧巌の歩記(あるき) NO84 

禅(継承)の・・接ぎ木や温室栽培(集団の修行法)は難しい。

禅は「無字」の公案や「隻手音声」などの悟り(見性・透過)を大事とします。

大悟は一度きりでも、小悟は、その数を知らず・・と言われます。

また、釈迦も達磨も、今なお修行中といわれる。

私は・・禅は、宗教の範疇ではないし、哲学や論理、心理学、精神論など、学問・科学の分野でもない、自己内面の自覚=「禅による」生活そのもの・・である・・としています。

悟りともいい、見性ともいう自覚は、自分の内面の大転換ですが、いくら自分が努力、意図しても、成就する訳ではありません。

坐禅や悟りを意識すればするだけ、悟りは得られません。

それには「役立たず」の独りポッチ禅を行うことが大事です。

ですから、旧来、寺僧(僧堂師家から)の伝燈・印可・継承など、大変に難しいことである・・と断じます。

達磨が中国に渡来して以来、日本に伝燈されてきた、臨済黄檗曹洞宗など、いわゆる禅宗は「禅」を「元・素」=宗(むね)とする・・という意味であり、禅の団体、組織的宗教活動、葬式行事をいうものではないのです。ただ、中国でも日本でも、あまたの寺僧の、生業(なりわい)の中で、認知され、引き継がれてきたので、その印可・継承の実相は、チョウド(沈丁花の赤と白が1本の木で咲き分ける)接ぎ木をするような、師と弟子の二人だけの、ピッタリ息の合った作業とならざるをえなかった、極めて難しい相続・継承でした。

何十何百の師と弟子の間で行われた「ZEN」の接ぎ木(印可・継承)では、失敗や挫折も多くあり、また、手法をかえて、温室栽培(集団研修)で立ち枯れてしまう・・幾多の禅流が途絶えてしまう・・ような事例も多々ありました。さらに世界的に科学万能の時代に至って、なりわいとしての寺僧の継承、集団的修行で、一般人の社会的な参画が少なくなり、純粋な求道心が欠如した若者の台頭とあいまり、まるでスマホが信心の対象であるかのような現象が広まって来ています。禅の退廃化、絶滅です。

では、これからの宇宙時代にふさわしい「禅」は、どのようなTPOで復活、根付くのでしょうか。                  

私は、宗教や集団ではない・・個の「禅」・・それも、それぞれの人の生活に根差した暮らしの中で「独りポッチ禅=三分間ひとりイス禅」が発芽してくれるのでないか・・と考えています。

誰でも、何時でも出来る「三分間ひとりイス禅」が、キット「ZEN」の揺籃となってくれることだろう・・と思うのです。

(ここで雪竇の頌二題を掲示しておきます)

  • 葉落花開自有時(葉の落ちるにも花の開くにも自ずから時あり)第八十八則
  • 夜深誰共御街行(夜は深し誰と共に御街(ぎょがい)=神の御許・に行かん)第二十四則

 もともと、「禅」は、人の存在の目的、意義を問う者のある限り、その人の心に、自然に発芽、発酵されるよう仕組まれている不思議です。碧巌録や無門関など千年前の、禅者達の語録さえあれば、時に「?」と思う処に「独りポッチ禅=3分間ひとりイス禅」のタネが芽生え、その苗木は、好奇心という水やりで、何十年かかろうと、人それぞれ・・きっと大樹となってくれるだろう・・と思っています。

 

碧巌録 第八十四則 維摩不二法門 (ゆいま ふにほうもん)

【垂示】圓悟の垂示である。

この人間が住む宇宙の実態について、いろいろな見解があるが、要するに「是-ある」と「非=ない」に帰着する。

それを肯定して「是」としたところで、是とすべきものはなく「諸行無常」である。

あるいは「非」としたところで、別段、非とすべきものはなく、花あり月ありだ。

この一方的に執着する是非・得失を両忘してしまいさえすれば、本来無一物(即)無尽蔵となる。

人生すべては裸心で生きる、ありのまま(無依)ではないか。

サアて・・求道者たちよ・・君等の面前・背後にあるものはイッタイ何だろうか?

「ハイ・・面前には仏殿・三門。後ろには寢室、方丈(居間)があります」と、シャシャリ出てくる新参の求道者があるとすれば、はたして、この者は活眼を具備していると言えようか?(こいつを、達道の禅者と言えるか?)もし、その真偽を判定しようと思うなら、古人の行跡を点検するがよかろう。

 *垂示にいわく。是と道うも、是の是とすべきなく、

  非と言うも、非の非とすべきなし。

  是非すでに去り、得失ふたつながら忘ずれば、

  浄裸裸(じょう らら)赤灑灑(しゃく しゃしゃ)ならん。

  且らく道え、面前背後には、これ什麼(なんぞ)。

  あるいは この衲僧(のうそう)の出で来たって、面前には これ仏殿、三門あり、

  背後には これ寝堂、方丈ありということあらば、且らく道(い)わん、

  この人 また眼を具するやいなやと。

  もし この人を辦得せんとせば、なんじ親しく古人を見きたるべし。

 

【本則】菩薩三十二人を引き連れ、維摩(ゆいま)居士の病気見舞いにやってきた文殊(もんじゅ)菩薩(菩薩の最高位)に対して、維摩居士は「同行の皆さんのお見舞い(見解(けんげ))は、総て承りました。さて・・どうです?文殊さん、絶対そのもの=禅の第一義とは、どんなことをいうのでしょうか」と、病人らしからぬ問答をしかけた。

文殊「わたしの所信を申し上げれば・・萬法一切の葛藤(かっとう)を裁断して、無言、無説、無示、無識・・あらゆる問答を脱却して深き沈黙に入るのが、これ禅でありましょう」と答えて、言葉を継いだ「さあ維摩居士さん、私どもは所信を陳述しましたから、今度はあなたの番ですよ」と、その見解(けんげ)をもとめたのである。

(雪竇云く・・イヤハヤ、これからが見ものだぞ。だが、維摩居士がどう出るか、チャント腹の中はお見通しだよ・・と箸語した)

  *擧す。維摩詰(ゆいまきつ) 文殊師利(もんじゅしり)に問う。

  「何等(なんら)か これ菩薩の入不二(にゅう ふじ)の法門なるぞ」

   文殊曰く「我が意の如くんば、一切の法において、

   無言(むごん)無説(むせつ)、無示(むじ)無識(むしき)、

   もろもろの問答を離(はな)るる、これを入不二の法門となすなり」

   ここにおいて文殊師利、維摩詰に問う。「我ら各自に説(と)きおわれり。

   仁者まさに何等か これ菩薩の入不二の法門なるかを説くべし」

  (雪竇云く「維摩、什麼(なん)とか道(い)わんや」

   また云く「勘破(かんぱ)し了(おわ)れり」

【9/17 附記】この雪賓の勘破了に、白隠は「ネズミの浄土へ猫の一声」と着語された・・と、釋宗演「碧巌録講話」にある。   

 

【頌】なんと愚かな維摩居士だな。

頼みもしない衆生済度のためだと、世話焼きに明け暮れて、とうとう病気にかかり、毘耶離(びやり)の城下で痩せ衰えて・・哀れにもほどがあるぞ。

それでも文殊菩薩が金毛の獅子に乗り、病気見舞いに来ると聞いてヨロヨロ方丈を掃除して待つ,ナント殊勝な老人であることよ。

それにつけても、文殊が着席するかしないかに、せわしなく「入不二法門」とは何だ?と・・問いをしかける、あわてぶり。

不二(ふじ)法門(ほうもん)ナンテ・・そんな破れ門は・・トウの昔に倒壊して跡形もないのに、口達者な文殊なんかに、さらに無駄口を叩かせる、誠に大馬鹿の維摩老だわい。

(禅者「維摩の一黙」を誉めに褒める、禅独特の表現です)

  *咄(とつ)。この維摩老(ゆいまろう)、

   生まれしことを悲しんで、空(むな)しく懊悩(おうのう)し、

   疾(やまい)に毗耶離(びやり)に伏(ふ)して全身は はなはだ枯槁(ここう)せり。

   七佛の祖師きたりしに、一室まさに頻(しき)りに掃(はら)い、

   不二門(ふじもん)を請問(しんもん)したるは、

   當時すなわち靠倒(こうとう)したるなり。

   靠倒せざりしならんも、金毛の獅子は討(うつ)ぬるに處なかりしならん。

 

【附記】本則は雪竇が「維摩経」の中から最も有名な説話を、禅的に脚色し提唱した話である。

「時に維摩、黙然として言無し。文殊師利、歎じて云く、善哉善哉・・」の完結部分を、雪竇が、故意に削除しています。

有言・無言、共に自ら両忘して一句を為せ・・との意がありありと見てとれる。

方丈とは禅家、住職の居住するところをいい、後に、日本の茶室が十尺四方(一坪余り)方丈に仕立てられたのは、この維摩経の話(・・見舞いに訪れた3万2千の菩薩を、わずか一方丈に坐らせて、まだ余りあったという、維摩詰の神通力)にあやかっての由来である。

はてなブログ 禅のパスポート・・に、禅者の振る舞いについて、読者のご質問に答えています・・碧巌の歩記(あるき)NO85  

棚ボタは、すぐ食べて、誰にも見付からないようにせよ!

この碧巌録の意訳に携わって、辞書やPCで、漢字の語源を調べる機会が多くなった。浅学のあまり、不明の1文字に手こずって、数時間かかることも多くあり、つくづくと漢字(会意文字)の表現の豊かさ、微妙さ・・そして古人の表現の豊かさに脱帽する。

 

佛教学者であり禅者である故・鈴木大拙が、欧米で「禅=ZEN」を広めた時「人が単=ひとりいる」・・の禅を、ZとEとNのアルファベットの中に、どれだけ積み込めたのだろうか?

とりわけ「色即是空」・・この地球に生かされ、養われている生物が、そのまま=空であるとする「般若(空)」を、どのように解説理解させたものなのか?神佛の宗教と主義・論理を重宝する者に「禅=禅による生活」は、棚ボタで落ちてこないだろう。

底の抜けた桶で水を汲みだす、老禅者に敬意します。

 

私は「人生、裸(心)で生きるべし」を信条としているが、禅者として云えば「無依(ムエ)」・・何事にも依るべなし=依るの意は人が衣装を身につけている状態・・外見を装うことがなくなる生活・・を希求している。

ここに言葉や文字で言えない「役立たずの独りポッチ禅」の意義がある。どだい・・あるのでない・・と肯定しておきながら否定する・・文字、言葉が、アイマイ勝手きわまりない比較と分別の・・理正?利性?離聖?理惺?理性=思考なのである。

先達の言葉に「想いは、頭の分泌物・・アタマ手ばなし、アタマ手放なし」とある。何事か閃いたこと「棚ボタ」は、すぐに食べて、身の内につけて他人にはわからないようにするにかぎる。

 

碧巌録 第八十五則 桐峯庵主作虎聲 (とうほうあんしゅ こせいをなす)

【垂示】圓悟が垂語した。

禅者は奪い取る時は余すことなく取り尽くす。

世の人々を、ウンともスンとも反抗できなくさせる呪縛の能力をもつ・・。このような効果的な言動をとる人を・・こそ禅者と呼ぶ。

また頭頂に、光明を放つ隻眼(一つ目)を持ち、全宇宙を一見して、その真意を看破することができるのを、金剛の眼晴を持つ禅者という。そればかりか、鉄を変じて金となし、金を変じて鉄にする仙術・妙用をなし、把住(はじゅう=つかまえる)も、放行(ほうぎょう=捨て去るの)も自由自在だ。この四種のピチピチした禅行の主こそ、真の禅者である。

 

また天下の人の一言半句の口出しを許さず、遠く三千里外に撃退して、寄り付くことを許さない気迫(気宇きう)がある者・・見かけはヨボヨボで杖をつく老人だが・・(コンナ持ち上げ方で禅者を讃えるのが、山奥の禅庵の退屈しのぎか)この四類の禅者の外に、次のような、禅機を商量するべき一大事がある。ためしに例を出すから、よく看るがよい。

  *垂示に云く。世界を把定(ばじょう)して、

   繊毫(せんごう)をも漏(も)らさず、盡大地の人をして、

   鉾(ほこ)を亡(ぼう)し、舌を結ばしむることは、

   是れ衲僧(のうそう)の正令(しょうれい)なり

   頂門(ちょうもん)に光を放ちて、四天下を照破(しょうは)することは、

   是れ衲僧の金剛眼晴(こんごうがんせい)なり。

   鐵(てつ)を點(てん)じて金と為(な)し、金を點じて鐵と為し、

   忽(たちま)ち擒(とら)え、忽ち縦(はな)つことは、

   是れ衲僧の拄杖子(しゅじょうす)なり。

   天下の人の舌頭(ぜっとう)を坐断(ざだん)して、直に気をいだす處なく、

   倒退(とうたい)三千里ならしむことを得ることは、是れ衲僧の気宇(きう)なり。

   且(しば)らく道(い)え、総(そう)に不恁麼(ふいんも)なる時、

   畢竟(ひっきょう)、これ箇(こ)の什麼(なん)人(びと)ぞや。

   試みに挙す看よ。

 

【本則】擧す。

求道者が桐峰庵主(とうぼうあんじゅ)を訪ねてきて問うた。(庵主とは大寺に住せず、生涯を小庵に住し、専ら聖胎長養(せいたいちょうよう)をなす大徳の禅者をいう。

「ただ今、大虎に出逢ったらどうするべきでありましょうか」

桐峰庵主は、いきなり身構え、大きな口で唸り声を発した。

この求道者、その応対に、多少の禅機があったようで、ひどくたまげた様子をした。

その機敏さに釣られた様に、桐峰庵主は呵呵大笑(かかたいしょう)した。

求道者「この老いぼれドロボウ。ナニを笑うか」と毒舌をはいた。

桐峰庵主「いくら、お前さんが罵(ののし)ろうと、どうすることも出来ないだろうよ」 

高飛車(たかびしゃ)な庵主の言いぐさに、気がくじかれたのか、求道者はそそくさと退散してしまった。

(この問答に・・雪竇が着語した)

コリャ、いいも悪いも、双方ともコソ泥だね。

本当の泥棒なら、もう少し上手に盗んだらどうですか。まるで、鈴を盗むのに、自分の耳を覆うて、他人にはワカルマイと勝手に判断するような者たちだ。(中国の故事に、鈴を盗んだ泥棒が、リンリン鳴り渡る鈴の音にたまりかね、他人の耳はそっちのけにして、自分の耳を塞いで逃げ出した馬鹿な逸話があるという)

  *擧す。僧 桐峰庵主(とうぼうあんじゅ)の処に到って便(すなわ)ち問う。

  「這裏(しゃり) 忽(たちま)ち大蟲(だいちゅう)に逢(あ)わん時、

   また作麼生(そもさん)」

   庵主 便(すなわ)ち虎聲(こせい)を作(な)す。

   僧 すなわち怕(おそ)るる勢(いきお)いをなす。

   庵主 呵呵大笑(かかたいしょう)せり。

   僧云く「この老賊(ろうぞく)」

   庵主云く「いかでか老僧をいかんせんや」

   僧 休(きゅう)し去る。

  (雪竇(せっちょう)云く。

   是(ぜ)なることは即ち是なるも、両箇(りょうこ)とも悪賊(あくぞく)。

   ただ耳を掩(おお)うて鈴を盗むことを解(げ)するのみ)

   ◆この言に、後世、ある禅者は「真の泥棒にはカギを与えよ」と着語した。 

 

【頌】棚から牡丹餅は手に取って、すぐに食べるに限る。

食べ損ねると、いつまでも後悔するぞ。

桐峰庵主の虎退治の拙劣なこと。縞の模様が美しいだけの、活力のない虎モドキの求道者・・禅機ハツラツと言いたいが、まるで猫の喧嘩だな。

昔、大雄山下の百丈と、その弟子、黄檗との虎問答・・知らないのなら教えてやろう。

キノコ取りから帰ってきた黄檗に師の百丈が問いかけた。

「山中で大虎に出くわさなかったか?」

すると黄檗すかさず虎の唸り声。

百丈、それを見るや、腰の鉈を取って殺す仕草をした。

すると、いきなり黄檗は百丈を曳(ひ)き掴(つか)んで、思い切りピシャリと引っ叩いた。

 その夜のこと。百丈は坐下の大衆に向って、この大雄山に大虎が現れたぞ。見かけたら食われぬよう注意せよ。老僧、今日、出くわして危うく食われかけたぞ・・と、その黄檗の大虎ぶりを賞賛した。

 

暇をもてあました、達道の禅者たちは、こんな師弟の息の合った、何とも優れた振る舞いの活劇を演じて楽しんでいる。お前達に田舎芝居と歌舞伎座公演の違いがハッキリ解かるかナ・・?

あの百丈老師、さすがだな・・虎のシッポをつかむと同時に、ヒゲまで捕まえた手腕・・さっぱり身動きできない黄檗の哀れさよ。

  *之(これ)を見て取らざれば、之を思うとき千里ならん。

   好箇(こうこ)の斑々(はんはん)も、爪牙(そげ)いまだ備(そな)わらざりき。

   君見ずや、大雄山下、忽(たちま)ち相逢(あいお)うて、

   落々たる聲光、みな地を振るいしことを。

   大丈夫、見しや、また、いなや。

   虎尾(こび)を収めて虎髭(こしゅ)を捋(ひ)きたることを。

 

 

碧巌の歩記(あるき)NO86 ◆9/3=NO87奉魯愚に追記(附記)しました!

誤訳・誤解だらけの禅者の一語・・・雲門「日々是好日」

誰でも知っていて、その実、ひどく誤解している禅語に「日々是好日」とか「平常心是道」とか・・達道の禅者が、全生命をかけて発明した「一悟」がまるで、道徳倫理の一語に解釈され紹介されています。

その誤解、解釈を是正、指摘する処がありませんし、NHKや新聞、本にも、堂々と、常識的な誤訳を掲載する有り様です。

例えば、座禅・・昔から「坐禅」と書くのが正解です。

(坐の意味は、独り・・一人・・バラバラに土の上にスワルこと)

雲門や趙州の禅者の一悟は、順次、語録の意訳で紹介します。

 

この碧巌録には、必ず【垂示】圓悟克勤(えんご こくごん・雲門宗、中興の祖)による前置き解説・・まあ、いわばスポーツの前の準備体操のような、則=話ごとの取り組み方とか、受け止め方とか・・禅機(悟の発動)や禅境(地)の観点とか・・例えば、棒を振るスポーツでも、ホッケーとポロと野球とゴルフでは、同じような仕草でも、内容は大違いのことが、丁寧に解説されています。

実際、今、四冊の碧巌録(釋 宗演講話/井上秀天、新講話/加藤咄堂 講述/朝比奈宗源 訳注)を見返しつつ、意訳に挑戦しています・・が、提唱の作家(さっけ)、老師方は、私と較べ、まるで月とスッポンの禅定力、達道の方々ばかり。さらに、各則、この垂示(すいじ)のほかに、雪竇(せっちょう)重顕(じゅうけん・臨済禅、傑出の禅者)が【本則】と、これの大意を詩的(漢詩)表現にした【頌(じゅ)】で主構成され、加えて、文中一句ごとに着語(ちゃくご)=寸評がつけられてあり、ラストに評(ひょう)・評唱(ひょうしょう)=講評・・則全体のまとめ・・がある・・・ものすごい禅録全提、まるで一則で一冊の本になるような禅語録の集大成です。

ですから、この碧巌の散歩(歩き)では、古来の禅徳の着語(1句毎に、けなしたり褒めたたえたり、自得の感想を述べたり・・の部分と、評は、まるで生い茂る樹の枝葉であり、かえって初心の人たちには、禅の大樹を見通し難い・・と判断して略しています。

ので・・まず【垂示】で、禅の(木登り)注意書を読み【本則】で、実際、禅の大樹にしがみついて登り【頌】で、(はるか景観を望んでの)雪竇の詩を看るような段取りで、茂りすぎた枝葉を剪定(せんてい)した訳です。

 

この碧巌録は、千年にわたる、中国、日本(江戸期までの)写本の時代・・政治の迫害を受けながら、生き延びてきた禅録であり、写本から写本する過程で【垂示】の抜け落ちた語録が残ってきました。

あるいは、禅に語録不要と焼き捨てられた逸話もあり、この禅語録(写本)を引き継ぐ禅者が途絶えたことも影響したでしょう。

ただ「禅者の一悟」は、古今、変わりない・・トドノツマリの,云うに言えない「一悟」です。(雲門の日々是好日も、この厨庫三門【ずくさんもん】も、公案の透過、見性を自覚できない者には、提唱、解説する資格はありません)

 

どの様な、禅機禅境(地)を事例とする則(公案)であれ、その禅者の心境は、行き着く先の、行き尽くした「トドノツマリ」の、覚悟、心境なのです。

その「トドノツマリ・・無功徳な、言語を絶しての一悟の体験こそ、求道者にとって究極の目的ですから、悟境のトドノツマリを両忘した禅者から見れば、いつまでも準備体操をしてばかりいる初心の選手モドキにはウンザリもすることでしょう。

また、禅を畳の上の水練ばかりでなく、イキナリ、水の中に放り込み、犬掻きを体覚させるのも一手とばかり・・に、こうした思いで【垂示】がない則がある・・気がしています。

現に、同義の文句が、【垂示】で、そこかしこで散見されることがあり、圓悟老師、百則の前書き作業、お疲れのご様子である・・と言いたい垂語に時折、出くわします。

 

現代の文字離れした若者にとって、難しい漢字だらけの、何を言っているのか理解できない、棒喝の禅者たちの振る舞いは、無関心なこととなりました。

禅そのものも、戦前・戦中・戦後の、いつ死ぬか解からない、不安な時代に受け入れられた「覚悟」の手立て・・でしたが、そんな緊急事態の需要は廃れて、禅は、今や「観光的な禅」に代わりました。

禅は、欧米にZENとして関心を持たれていますが、日本においては完全に「絶滅危惧種」いや、絶滅したか・・のありさまです。

 

しかし、スマホ万能時代に、心の静寂と安心の、眼前の(禅の)大樹に、登ってみたくなった木登り初心者のために、PC=奉魯愚で意訳しておくのも大事でしょう。

 次の則は、お寺で、雲門が、坐下の求道者を相手に、あまりにも明白な、トドノツマリをのべた・・禅者の教示です。

(以下、公案のHINTは・・集団修行の場や生活環境のTPOで起こりがちな、馴れあいや利権関係を否定する・・人なれば独立独歩たれ・・の公案です)

 

碧巌録 第八十六則 雲門厨庫三門 (うんもん づくさんもん)

【垂示】圓悟が垂示した。

禅者は、世の中の苦しみごとの、すべてを把握して、どんな悩みにもこたえられるような、そんな人物でなくてはならぬ。

また、その見識は極端に走らない、利害、感情のバランスのある判断して疑いを明らかにする卓越した人でなければならない。

よく世話焼きの人が、ああだ・・こうだと指図するが、云えば言うだけ、問題が複雑になって、大混乱になることがよくある。

サアサ、ぐずぐずせずに、ピシリと決める、達道の禅者の行いとは、どうしたものであるか・・言ってみなさい。その心境のほどを看てやろう。

 *垂示に云く。世界を把定(はじょう)しては、絲毫(しごう)も漏(も)らさざれ。

  衆流(しゅうる)を截断(さいだん)しては涓滴(けんてき)も存(そん)せざれ。

  口を開けば便(すなわ)ち錯(あや)まり、擬議(ぎぎ)すれば即(すなわ)ち差(たが)わん。

  且(しば)らく道(い)え。

  作麼生(そもさん)か、これ透關底(とうかんてい)の眼(まなこ)なるぞ。

  試みに道(い)え、看(み)ん。

【本則】雲門文偃が門下の求道者に垂誡(すいかい)した。

「人々はそれぞれに、禅による生活を、日々、為しているのだが、・・肝心の「禅によって為される」・・禅に包まれてあることに気付かず、無明の妄動にかられた生活をしている。もし、ここに、イヤ、それは違うと言う者がいたら、それじゃ、いったい、どんなことがどんな風に禅によるのか・・ここに出して見せてごらん」と見渡した。

しかし、一同、答えられなかった。

雲門は、毎度のごとく、親切に自分が代わって答えて見せた。

「それはこの禅庵,諸氏の脚下そのもの。どうだ解かったか」

それでも自覚しない、解からず屋の弟子たちに、言葉を継いで・・

「お前達・・経を読んだり、神仏に礼拝したり、サモサモに、何かを為しているような、そんなシタリ顔はやめることだ」と云った。

  *擧す。雲門、垂語して云く。

  「人々ことごとく光明を有してあるも、看る時見えずして、

   暗きこと昏々(こんこん)たり。作麼生か、これ諸人の光明なるや」

   自(みずか)ら代わって云く「厨庫(づく)三門」

   (禅庵、禅者の立脚するところ、総ての意)

   また云く「好事もなきに如かず」

   (看経(かんきん)礼拝など仏事一切も無い方がよい・・の意) 

【頌】雲門文偃は、諸人、禅による生活を営んでいる・・と言うが、坐下の求道者は、実感のない、常識に囚われた人ばかり。

蝶は樹(機)を見ず、花を看るばかり。看ていても見えていない者たちだ。看たければ、何時でも誰にでも、隠すことなく見えている「禅による生活」だ。

どうだい・・悠々と、のどかに牛に乗ったまま、禅庵を往来する雲門を見よ。

禅者の暮らしぶりは、行住坐臥・・もれなく「禅そのもの」だよ。

  *自照(じしょう)にして列(はな)はだ孤明(こみょう)。

   君がために一線を通(つう)ずるも、花は謝(しゃ)して樹に影なし。

   看る時 誰か見ざらん。見れども見えざるなり。

   倒(さかさま)に牛に騎(の)って仏殿に入(はい)れり。

 

碧巌の歩記(あるき)NO87・・9/3AIの分析評価について追加附記しました!  

どうして、今時、難解な碧巌録の意訳をされるのですか?

 生涯に、無門関と碧巌録、それに、出来れば臨済禄の、意訳・・自分なりの解釈を現代語で表現しておきたい・・との欲求に、馬翁になって駆られています。

その文意や解釈は・・読み返し見返す内に、何度も変わってきましたし、難しい字の意味を調べている時、突然、気分が晴れやかになって・・視野がグンと広がる・・そんな体験をした則に出会える、ことどもが動機になっているのでしょう。

週に一回は、この奉魯愚に掲載できようか・・とやってきましたが、無門関は、どうにか第二稿の手入れができるか・・どうかの段階。この碧巌録は、まだ初稿,八十七則のありさま。臨済禄に至っては、古書を漁って乱読の状態でサッパリ目鼻がつきません。

まだまだ・・これから奉魯愚での加筆修正が続きましょう。

 「禅」は日々の生活に、実に奥深く味わいのあるものです。

鮎のようにピチピチと、そして寂寥を覚えつつ、清流を泳ぎ回っているような境地・・なんとも言えません。

私は、必ず、お気付きになるか・・どうかはともかく、こうした禅境(地)=禅による生活の一端は、どの則の意訳にも記載するようにしています。

禅語録では、どの祖師がたの語録でも、必ず、みずからの悟境を陳べる偈なり頌なりがあります。が、次第に、密室=師弟二人キリ・・の参禅で意見することになってしまい、則に自己の見解(けんげ)を併記する常態はなくなりました。

それだけに、悟境の開けた露堂々の師家がいなくなりました。

それに、欧米に広がった「禅」の関心の高まりに乗じて、なにか、隠密裏の禅の風習を良しとして、あたかも神秘化するような風潮があるようです。

ですから、恥ずかしながら私の見解(けんげ)を意訳文中に出来るだけ入れるようにしています。

禅の「見解」・・けんかいではなく、ケンゲと言います・・は、決して問題に即して理路整然とした解答が「正解」となる訳ではありません。(比較・分別・分析的思考の否定から始まります)

次の八十七則の頌(雪竇)に、門を閉じて車を造るな・・とあります。私は、私の意訳、そのコダワリへの警告と受け止めています。

 碧巌録 第八十七則 雲門薬病相冶 (うんもん やくびょうそうじ)

【垂示】圓悟が座下の求道者たちに垂示した。

禅者は、何を言い、何を行っても、すべて禅にかなう=「禅による生活」をしている・・のだから、ある時は、達磨の九年間の面壁・・のごとき気高いこともあるし、ある時は、繁華街のうるさい処で、商売繁盛を願って、赤裸々に「大安売り」を声高に宣伝して振舞っていることもある。

また、時には、インド、毘沙門天(びしゃもんてん)の息子、無双(むそう)の力自慢、那吒(なた)太子のように、暴れて手が付けられないこともある。また、ある時には、日面(にちめん)、月面佛(がちめんぶつ・・日夜、絶え間なく)となって、臨機応変(りんきおうへん)、泥まみれで衆生済度していることもある。

さらには、忽然(こつぜん)として、廓然無聖(かくねん むしょう)の向上心を現わした、釈尊や、道を究めた禅者達・・窺い知れない三千里も遠離(おんり)した所から超人的活動をなす場合もある。

サア・ここに、そのような禅者に共鳴できる者がいるか、どうか。

試みに挙す看よ。

  *垂示に云く、明眼(めいがん)の漢は窠臼(かきゅう)を没す。

   ある時は孤峰頂上(こほうちょうじょう)に草漫漫(くさまんまん)。

   ある時は閙市裏頭(どうしりとう)に赤灑灑(しゃくしゃしゃ)。

   忽(たちま)ち もし忿怒(ふんど)せば、

   那吒(なた)のごとく三頭六臂(さんとうろっぴ)を現ぜん。

   忽ちもし日面(にちめん)月面(がちめん)ならば、

   普攝(ふしょう)の慈光(じこう)を放ち、

   一塵(いちじん)において一切身(いっさいしん)を現じ、

   随類(ずいるい)の人となって、和泥合水(わでいごうすい)せん。

   忽ち もし向上の竅(きょう)を撥着(はつちゃく)せば、

   佛眼(ぶつげん)もまた覷不着(そふちゃく)ならん。

   設使(たとい)、千聖出頭(せんせい しゅっとう)し来たるも、

   また倒退(とうたい)三千里なるべし。

   また同得同證(どうとくどうしょう)の者ありや。試みに挙す看よ。

 

【本則】ある日、雲門文偃が、座下の求道者に・・

「皆は、常識とか既定の約束とかに囚われて、迎合することに意義があると思い込んでいる。

例えば、薬は病気を治すと決めているが、実は、病気が薬を治すのである。

宇宙の森羅万象(しんらばんしょう)は、すべてこれ、薬そのもの。病は、この薬の悪用に他ならない。              

病気とは、人が薬を悪用する仕業(しわざ)なのだ。お前たちは今、宇宙の妙用に参画して、薬の役になっているか・・それとも、病の役を努めているか・・どっちなのだ。答えて見よ」と迫った。

  *擧す。雲門、示衆して云く・・

  「薬病相治(やくびょうそうち)。盡大地(じんだいち)これ薬。

   那箇(なこ)か これ自己なるぞ」  

 

【頌】雲門は、宇宙すべての作用は、これ薬であると喝破(かっぱ)した(ソレ・・見抜いたぞ)

これを、利得第一主義で生きている古今東西の欲深(よくふか猿=人間)は、自己中心的に考えて、軽率な結論を出してしまう。

(オイオイ・・そりゃ大変な間違い。大間違いだぞ)

この間違いのもとは、常識とやらの世間体に拘泥(こうでい)するからだ。昔、中国の道幅は、車の轍(わだち)、両輪の幅まで杓子定規(しゃくしじょうぎ)に策定されていたという。

今どきの世間でいえば、どいつも規格(マニュアル化)されてしまった人間と、氾濫するスマホ文化に毒された社会を言う。

これを「禅者」に当てはめると「禅による生活」の大道は、寥廓(寥々廓々りょうりょうかくかく)実に広大無辺(こうだいむへん)なものである。

道幅も、規制や規格サイズもあつたものではない。古今の人々は、自分の鼻は、天まで高いと思いこんでいるが、雲門に自慢の鼻をひねられて半泣き顔になったのは・・どこのどいつだ。

  *盡大地(じんだいち)はこれ薬なるに、

   古今(ここん)、何としてか、はなはだ錯(あや)まれるや。

   門を閉じて車を造(つく)らざれ。

   通途(つうと)は自(おの)ずから寥廓(りょうかく)なればなり。

   錯(あや)まれり。錯まれり。

   鼻孔(びくう)は遼天(りょうてん)なるも、また穿却(せんきゃく)せられん。

 

【附記】●9/3追記=9月1日2日のNHK深夜テレビで「AIに聞いてみた・・人口頭脳と対決」病気にならない方法・・として、AIが出した解答は・・病院を減らせ=病院に行くな・・だった。人口減少(未婚の増加問題)の解決では、賃貸、家賃価格の減額・・が答えである。常識や、自分本位のデーター解析ではないだけに、何故?・・とか、反論したくなるが、おそらく、自然の中の生活、免疫の機能機作などが働いているのだろう。ワンルームマンションの家賃を下げたら、どうして独身者が減少するのか・・その因果関係がわからないけれど、AIならではの、冷静な状況分析に基づくのだろう。

ただ、ここで紹介したのは、これより千年前に、雲門文偃が、求道者を相手に、病気は、自然の作用の悪用結果だ・・と禅的に喝破していることだ。病院診療、薬処方が、医薬業界や厚労省などの利権に利用されて、本当に病人のためになっているのか、疑わしいのである。

●話は変わるが、NHKの聴取料をとる放送は、放送の視聴の是非・自由を阻害する憲法違反ではないか・・また、北朝鮮から拉致被害者を救出奪還しない自衛隊と警察は、国民を守らない・・憲法違反ではないか・・(拉致は国際間の紛争に由来したものではない)・・千年後、AIと人々はいったい、どんな目で現代を評価することだろう。楽しみである。

 

【附記】スター数・ブックマークのお礼と言い訳・・

★マークをつけていただいたりしております。ありがとうございます。でも、このPC奉魯愚、独り錯誤しながら、ワープロ代わりに書いておりますので、御礼の仕方もわからず、失礼をお許しください。

まだPHOTOの取り込み、貼り付けなど、やり方も学習しておりません。ガラパゴス・ケータイを、もっぱら電話替わりに使い、PCのメイルで、話のやり取りをするだけ・・の、単純活用法です(幸いなことに、禅語録の意訳は、写真や地図など不要で、まず、昔の漢字意訳に苦しみ、手書きで問合せ、登録したりするのに、夜を徹することもしばしばです)

でも、千年前の達道の禅者と、面談できる楽しみは格別です。その幾分なりと、おすそ分けできるのも幸せなことだと思っております。PCを融通無碍に使いこなせませんこと・・どうぞお許しください。

何か、お話があれば, 以下、メイルでお尋ねください。

mail: taijin@jcom.zaq.ne.jp    加納 泰次 あて

有(会)難うございました。再拝。 

 

 

碧巌の歩記(あるき) NO88  

友達と連絡しあい、一緒に、3分間イス禅(独りポッチ禅)をするのはいけませんか?

 結論を先に云いましょう・・

「3分間ひとりイス禅」は、自分一人だけのポッチ「坐禅」です。

例え仲間と二人だけであろうと・・組織や集団を構成してはお奨めしません。今までの「禅」は、寺僧の揺籃、接ぎ木式継承、温室栽培式修行、観光坐禅の台頭などで、純禅絶滅種となりました。

 

これからは、誰にも何にも頼ろうとせずに、只一人でなさってください。

はじめ、椅子に坐っての独り坐禅・・ですが、呼吸も整い、思いや空想の波風がたたない状況になったら、次に、椅子に坐ることにこだわらず、寝る時、起きる時、食事の前や後、通勤の電車・バスの中、トイレの中、散歩中の公園や、海辺、河べりの釣り、絵描き、写真・・自然の風景に溶け込んでの生活上に、おりふし一人で行う坐禅としてください。

 この「3分間ひとり禅」から、何時でも何処でも行える「ひとりポッチ坐禅」へと進化(真化・清化・深化・親化・晋化)させましょう。釈尊の「天上天下、唯我独尊」・・宇宙に、ただ一つ独りだけの遺伝子を持つ・・独りで生まれ、独りで生き、独り死ぬ・・「私」の(為だけにある・・役立たずの)坐禅です。

友人や仲間、あるいは誰かの教導を受けたりするのは、かえって邪魔で、さらに、これを指導・運営する組織や管理する団体は一切、不要です。まして、お金がかかったり、時間をかけて遠方まで行脚、探索する必要はありません。(知識、宗教、哲学、主義、思想、解説、批判、分別、論理、漫画、スマホ=電磁的情報など、自己の求心求道に、かえって邪魔な手段をこうじてはなりません)

誰とも相談や研修しないで、唯ひとり・・独行の坐禅であってください。昔、こうした坐禅は小乗禅とか羅漢禅とか言われました。

自分一人救われようとするエゴイストなどと、どのように評価、批判されようと関知しません。

どうぞ、貴方の足で歩いて下さい。貴方が坐禅して下さい。

生きている間は、お互い、助けたり、助けられて成り立つ社会ではありますが、独り坐禅のめざす「禅による生活」は・・「独り」・・の境地から出発し・・帰着します。

 

よく犬の散歩風景を見かけますが、犬を散歩させているのではなくて、犬に散歩させられている人の多きに、人の弱さを感じます。他の人のために役立つか・・あるいは、ともに楽しくいきるか・・この二つに一つの働き、行いが、人生ですから・・。

働くのも、食べるのも、恋をするのも、遊ぶのも、全部、自分の事は自分の責任と義務の中で、自分が行うのです。

その証に、聾・盲・唖のヘレン・ケラーさんが「ウオーター」を自知して、人となられた様に、まずは「独りで生まれ、独りで生き、独り死ぬ」・・自覚・・これを悟りと言い、愛といい、慈悲という・・他人、私が言うことは、それはそれとして、「ひとり坐禅」で自分が体得、自認してほしいのです。未来永劫・・誰が何と言おうと・・「3分間ひとりイス禅」→「ひとりポッチ禅」=「禅による生活」の徹底です。

 

私は(勝手にですが)・・ヘレン・ケラーさんは、すばらしい「禅者」であると思っています。

そして、悟りすました佛像のような禅のイメージ(死禅といいます)を払拭して、普段の暮らしや仕事の中に・・イキイキとした「禅による生活」をなさいますように・・。

碧巌録 第八十八則 玄沙三種病人 (げんしゃ さんしゅびょうにん)

【垂示】圓悟の垂示に云く。

商いや経営には、毎日毎日のやり繰りと、一を聴いて三を知る活動が大事だ。仕損じのない、二を破って三となす行いもある。

そして悟境(地)の点検、整備は、車の運転前の点検と同じく、小さな不備を見逃すことなく、しっかりなさねばならない。

また禅者は、如何なる場合に臨(のぞ)んでも、自由自在、臨機応変の手腕を見せ、堅固で至難な問いをも、撃砕するようでなくてはならぬ。禅者は、亀が、砂浜に足跡を残すような行いではなく、木鶏(もっけい・木彫の鶏)の暁を告げて鳴く如く、閑古錐(かんこつい・先の丸びた役立たずキリ)の如き風で、大魯(だいろ)大拙(だいせつ=愚かさの極み)に立って、涼(すず)やかに大道を闊歩(かっぽ)してほしいものだ。

このように「禅による生活」を為す時、いったい、何処にミソをつけた間違いの行いがあるのか・・試みに示す、答えてみよ。

点検するぞ。

  *垂示に云く、

   門庭の施設(せせつ)には、且(まさ)に恁麼(いんも)に二を破り三となすべし。

   入理の深談には、またすべからく七穿(せん)八穴(けつ)なるべし。

   機に当って敲點(こうてん)敲問(こうもん)・點破(てんは)するには、

   金鎖玄關(きんさ げんかん)を撃砕(げきさい)すべし。

   令によって行ずるには、直ちに掃蹤滅跡(そうしょうめっせき)なるを得べし。

   且(しば)らく道(い)え、訤訛(こうか)は什麼(いずれ)の處(ところ)にあるや。

   頂門の眼を具する者は、請う試みに擧す看よ。

【本則】擧す。ある時、玄沙師備(げんしゃしび=第二十二則参照)が示衆(じしゅう)した。

もろもろの禅匠、禅者は言う。衆生(しゅじょう)済度(さいど)を願って道を修す・・と。

では、聾・盲・唖の者の如き、三病の求道者が来たれば、どのように対応できるのか?

いったい、三病の人をこそ、いかに教導、救済できるのだろうか。

手持ちの払子(ほっす)を振りかざして見せたところで、眼が不自由なれば見える訳でもないし、耳の不自由な者に、いくら説教しても聞こえないだろう。口が不自由な者に、いくらモノを云えと攻めたところで口が利ける訳もない。

禅者たるもの、こうした人たちの教導が出来ないなら、どんな功徳があると言えようか。

時が変って・・かって・・玄沙の垂語を聞いていた求道者が、後に雲門のもとに来た時(雲門を困らせる意図があったものか・・)「見えざる・・聞こえざる・・云えざる」三病人を真似て、禅の神髄について、その意見を問うた。

雲門云く「お前さん・・ぐずぐずしないで、まず、礼拝しなさい」

求道者が礼拝した時、雲門は拄杖で彼を突きのけようとした。

彼は、その危険を察知して、思わず後ずさりした。

雲門すかさず「お前さんは、眼が不自由であるかの如く問うているが、どうやら眼はタッシャのようだな。もう少し、近くに来なさい」と言うと、求道者は、恐るおそる、雲門に近寄ったので、雲門云く「ソリャどうだ。お前はチャント耳が聞こえるではないか。少しはわかったかな」と言うと、つられて求道者は「イヤ、老師のなさること、サッパリ解かりません」と答えた。

雲門「こりゃどうだ・・よくもまあ、ペラペラと口のまわることよなあ」

求道者は、ギュウギュウ 雲門に迫られて、少し禅機をおぼえたようだった。

  *擧す。玄沙(げんしゃ)、示衆(じしゅう)して云く

  「諸方の老宿(ろうしゅく)、盡(ことごと)く道(い)う、

   接物(せつもつ)利生(りしょう)と。

   忽(たちま)ち三種病(さんしゅびょう)の人の来たるに逢(あ)わば、

   作麼生(そもさん)か接(せつ)せん。

   患盲(かんもう)の者は拈鎚竪拂(ねんついしゅほつ)するも、他(た)また見ざらん。

   患聾(かんろう)の者は、語言三昧(ごごんざんまい)なるも、他また聞かざらん。

   患唖(かんあ)の者は、伊(かれ)をして説(と)かしめんとするも、

   また説くことを得ざらん。且(まさ)に作麼生(そもさん)か接(せつ)せん。

   若(も)し、この人を接することを得ずんば、仏法には霊験なからん」

   僧、雲門に請益す。

   雲門云く「汝 禮拝着(らいはいちゃく)せよ」僧 禮拝して起(た)つ。

   雲門、拄杖(しゅじょう)をもって挃(つ)く。僧 退後(たいご)す。

   門「汝は患盲(かんもう)にあらずや」

   また「近前来(きんぜんらい)」と喚(よ)ぶ。

   僧 近前(きんぜん)す。門云く「汝はこれ患聾(かんろう)にあらずや」

   門 乃(すな)わち云く「また會(え)せりや」僧 云く「不會(ふえ)」

   門云く「汝はこれ患唖(かんあ)にあらずや」僧 ここにおいて省(せい)あり。

 

【頌】盲・聾・唖の三病を、もてあそぶ輩に、達磨の聖諦第一義など、解かりはしない。

こうした者たちが、禅の求道者を任じるとは世も末だな。

行脚して、さ迷い歩く幽霊に、チャント二本の足があるとは・・イヤハヤ、笑えて涙が出てきたぞ。

こんな連中がわからないのは無理もない話だ。

古事に、黄帝の頃、朱離婁(しゅりろう)は、密室でも春、秋の来たるを感じることが出来た眼識の達人。一方、師嚝(しこう)は、遠く山を隔てて、蟻の争うを聴く、聴覚の達人と言われるが、この二人、確かに、身に沁みて、見えて看えず、聞こえて聴こえずの・・凡人だった。

こんな有名なだけの解からず屋の真似をして、ひたすら月清(つききよ)しもと、独坐(どくざ)三昧(ざんまい)をなしたところで大悟徹底できて、どうにかなるものではない。

自然はマッコトそのままにあり、人智の及ぶ處ではない。

四季につれて全山、紅葉し、やがて春来たりて花が咲く。

(雪竇が一言、附記した)

「どうだ?解かったかナ?・・これは柄のない金鎚のような公案だから、さぞ、つかみようのない(難問難解)話だ」

  *盲聾瘖亜(もうろういんあ)は、杳(よう)として機宜(きぎ)を絶す。

   天上天下、笑うにたえたり、悲しむにたえたり。

   離婁(りろう)は正色(せいしき)を辦(べん)ぜず、

   師嚝(しこう)、豈玄絲(あにげんし)を識(し)らんや。

   虚窓の下に獨坐するは、いかでかしかん。

   葉の落つるにも、花の開くにも自ずから時あるものを。

  (復・・また云く・・また會(え)すやいなや。無孔(むこう)の鐵鎚てっつい)