碧巌の歩記(あるき)NO93

禅 公案「父母未生以前 本来面目」(ふぼみしょういぜん ほんらいのめんもく)とは・・

神が「人間」を造ったのか・・人間が「神」を造ったのか・・

わたしは、宗教や哲学の問題に関知しません。

(私は、浄土真宗=愚禿親鸞(ぐとくしんらん)上人の信者です)

ただ、佛教学者であり、禅を世界に広めた、故、鈴木大拙の言葉(本)に・・全知全能の神ナラバ、罪深き人間の行く末など百も承知であろう。わざわざ自分の姿に似せて人間を造り、エデンの園の林檎を食べたアダムとイブを追放し、大雨を降らせてノアの方舟だけを助け、今や原爆を造らせるまでもなかろうに・・と疑問を提示されて、それは「神の(全知全能の自分へ)の好奇心」がなせるワザであろう・・と書かれたのを読んだことがあります。

(禅は、つまり「神の光あれ」の・・以前を問うことだと)

 

私は、人間の、この止むことのない「好奇心」こそが、智慧となり、生きる原動力になるのだろう・・と思います。そして静かに、何処からか湧いてくる「寂寥感」とともに、坐禅をしたいと思う・・キット生きることの確信を得たい・・とする衝動にかられるのが人間だと思います。

この「好奇心」が、坐禅=智慧となり、「寂寥感」老病死苦=愛・慈悲・・になる・・と思っています。

 

碧巌録 第九十三則 大光作舞 (だいこう まいをなす)

                   大光這野狐精 (このやこせい)

【垂示】ありません。

【本則】ある日、一人の求道者が、湖南省長沙府、大光(だいこう)山の禅院を訪ねてきて居誨(こかい)老師(837~903・石霜慶諸の弟子)に質問した。

「あの金牛和尚の奇行・・七十四則・金牛飯桶の話・・に対して、長慶慧稜(ちょうけい けいりょう)は『かの食事の提供(ボランテア)は、働く喜びと感謝そのもの』と云ったそうですが、その意味はどういう事ですか?」

すると大光は、金牛和尚の飯時の欣喜雀躍(きんきじゃくやく)な踊る様子をしてみせた。

これを見た求道者、何が有難いのか・・深く礼をした。

大光云く「お前さん・・そんなワザとらしい礼拝は、いったい何に対してなしているのか・・?」と尋ねた。

すると求道者、今度は、大光を真似て、そっくりのアリガタ踊りをしてみせた。このそっくりさんの真似踊りを見て・・大光、大喝。

「この大間抜けのコンコンチキめ」・・と、罵声をあげて彼を追い出した。

  *擧す。僧、大光(たいこう)に問う。

  「長慶(ちょうけい) 道(いわ)く『齊(さい)によって慶讃(けいさん)す』と。

   意旨如何(いしいかん)」

   大光 舞を作(な)す。僧 禮拝(らいはい)す。

   光云く「この什麼(なに)をみてか便(すなわ)ち禮拝するぞ」僧 舞を作す。

   光云く「この野狐精(やこせい)」

【頌】求道者の問いに、食事の感謝の舞をしてみせたのは、まずは軽い矢の狙い撃ちだが、当ったところで死にはしない。

ところが、求道者がコピペ踊りをした時の後の矢は、偽札づくりの犯人を無期懲役の重罪にしてしまうような厳しい矢だった。

「禅による生活」の贋造・コピペは、枯れ葉を金貨という以上に罪作りな事だ。世の中に出回る、キツネと狸の化かし合いなら影響は少ないけれど、正直な庶民まで化かすような偽禅者は許せない。

幸いに、曹渓門下の禅には、安っぽい偽札造りはいないようだ。

  *前箭(ぜんせん)はなお軽く、後箭(ごせん)は深し。

   誰か云う、黄葉(こうよう)はこれ黄金なりと。

   曹渓(そうけい)の波浪もし相似(あいに)たりしならば、

   限りなき平人(へいじん)も陸沈(りくちん)せられん。 

 

【附言】

禅者は、独り「禅による生活」を、日常の暮らしに行うだけ・・ワザワザに文字表現するのはどうも得手ではありません。

「私の人生そのものが、私が言いたいことのすべてだ」

マハトマ・ガンジー至言(My life is my message)

この碧巌録では、言う・・を「道(い)う」と書かれています。

碧巌の歩記(あるき)NO94

釈尊が「禅」について論理的な教導をなされたと云うが?

本則の説話は、首楞嚴経(しゅりょうごんきょう)・・密教系思想の経典、705年頃の漢訳・・に基づく。しかし、実にクダクダしく、難解に仕立ててあり、禅(の公案)に馴染まない(この経典は、釈尊亡きあとに編纂され、それが千二百年の歳月を経て、中国で漢訳されている。中国の学僧たちの膨大な哲学的認識論の由来と経過が、背景に山積みになっている)

 

私は「禅」について、この経典のみならず、万巻の仏教経典や解説(本)を否定します。達磨がインドから中国へ、不立文字、教外別伝の「禅」を伝えたのは、論理的哲学的なインドの揺籃の地から、実践実務的な(具体性を重視する)中国・・そして、禅を純化する日本の風土に伝播していく必然性があったからと考えています。

どだい大悟された釈尊が、未悟・求道の弟子、阿難に「禅」が一番に否定する「論理的に」語る訳がありません。

碧巌録と双璧をなす禅語録「無門関」第二十一則「迦葉刹竿(かしょうせつかん)」・・釈尊の亡きあと、金蘭の袈裟の外に、何か「禅の秘伝」でもあるのか・・と迦葉に尋ねる迷える阿難(あなん)がいます。迦葉は阿難(アーナンダ)と呼ぶ。彼は「はい」と素直に答える。迦葉云く「門前に設置してある説法案内の旗印を取り払いなさい」・・と。この「無門関第二十一則」の指摘は、禅機(悟り)を誘発する最も初歩的な公案です。

(また、第六則「世尊拈花」も、独り・ポッチ禅では初歩の公案としています)

独り・三分ポッチ禅をなさる時、一回十秒の呼吸を数えて(数息)十八回とするより、その間、チョット心惹かれる公案の一則を、何故だ・・?どうして・・?と思い描く方が、頭(妄想)の消毒、掃除にもってこいです。

ただし、ここで貴方に、注意!

公案に即して(ついて回って)解(悟り)を得ようとしたら間違いです。ですから、私には、釈尊「大佛頂如来密因修證了義諸菩薩萬行首楞嚴経」・・この長ったらしい経の文言で、いったい何を阿難に教導されたのかサッパリ解かりませんし、この経の醍醐味(有難味)も知りません。

この本則の文章、語言だけで、禅の「主観・客観」の認識が解説、理解できるとしたら、釈尊の、四十八年一字不説の本意を否定したことになる・・と確信しています。

キット、雪竇は、零(ゼロ)を発明したインドならともかく、論理的哲学的に禅を説こうとする、蕎麦屋の窯の中のような、当時の学僧たちに警告したのでしょう。

蕎麦屋の窯の中・・湯=言うばかりの意

 

碧巌録 楞嚴不見 時(りょうごん ふけんの時)第九十四則

【垂示】圓悟が垂示して云うのに、禅者の一句は、どのような修行を積んだ人も冷暖自治するのみで、他人に説示することは不可能である。眼前に展開されている生命の紡ぎは、永遠に途絶えることなく続いている。しかも真実は、すべてアリノママに隠すことなく「青天井の下の白牛」としてあり、また眼がギラギラ吊り上がり、両耳を立てた文殊の「金毛の獅子」として如実に現れている。

さあて青空の下にいる白牛とは・・文殊の乗る金毛の獅子とは・・どんな様子をしているか・・

ボオッと砂漠の真ん中で蜃気楼(ミラージュ)を見ているような、暑さボケのお前さん・・「坐禅をしたい」・・と心の底から湧いてくる・・その獅子吼に答えてみなさい。

  

  *垂示に云く、聲前(しょうぜん)の一句は、千聖(せんせい)も不傳(ふでん)なり。

   面前(めんぜん)の一絲(いっし)は長時無間(ちょうじむげん)なり。

   淨裸々(じょうらら)、赤灑々(しゃくしゃしゃ)たる

   露地(ろじ)の白牛(びゃくぎゅう)と

   眼卓朔(まなこ たくさく)、耳卓朔(みみ たくさく)たる金毛の獅子とは、

   即(すなわ)ち且(しば)らくおく。

   且らく道(い)え、作麼生(そもさん)か、これ露地の白牛なるぞ。

 

【本則】楞嚴経に云く・・ある日、釈尊は阿難(あなん)に視覚で物を認識すること「主観・客観」について次のように話された。

人は「主観と客観」が顛倒(てんとう)していることに気付かない。(網膜に映るのだって逆さまだし、鏡に映る様子だって左右が逆になっている)

吾が見ない時、どうして吾の見ない處(相=すがた)を見ないのか・・もし、その見ない地(ところ)を見るとすれば、それは客観の見えない事象(相)ではない。それは本来、吾の見る相である。それでも「見ない」のに「見える」と言うのは嘘を言うことになる。もし、私の「見ない事象」を「見えない」と云うならば、それは事象(物質)ではない。物質でないなら、それは心性=主観である。どうしてそれが客観となろうか(主観そのものではないか

   

  *擧す。「楞嚴経」に云く、

   「わが不見(ふけん)の時、何ぞ、我が不見の處(ところ)を見ざるや。

   もし不見を見れば、自然に彼の不見の相にあらざらん。

   もし、わが不見の地を見ずんば、自然に物にあらざらん。

   如何(いかん)が汝にあらざる」 

 

【頌】眼の不自由な人たちが象を撫でて、その姿を形容する話が、大涅槃経にあるが・・白牛や金毛の獅子も、まったく水に渇した眼病患者が、砂漠の蜃気楼を見るアリサマだ。

昔から、禅を教導する者、求道行脚の雲水たち・・共に、その見解、議論するところは、持って回った上滑り、口先ばかり・・実相に触れて「看た」=「手に入れた」ものではない。

釈尊が、一言も語ったことのない「普賢菩薩(本質)の白牛・・文殊菩薩(事象)の獅子」のことを、主観的客観的と分別論証するのは、禅を生体解剖している悪臭無限の禅者モドキ達だ。

まったくもって禅の将来が思いやられることだ。

 

  *全象(ぜんぞう)全牛(ぜんぎゅう)、瞖(えい)にことならず。

   従来(じゅうらい)の作者は共に名摸(めいばう)。

   如今(にょこん) 黄頭老(こうとうろう)を見んと要するも、

   刹々塵々(せつせつじんじん)、半途(はんと)に在(あ)り。

 

碧巌の歩記(あるき)NO95

碧巌録 長慶 二種語 (にしゅのご)

               (阿羅漢三毒あらかん さんどく) 第九十五則 

【垂示】圓悟が求道者に垂示した。

悟り臭い処に留まるなかれ。執着すれば畜生道に落ちるぞ。

また、無禅、無心の境地に腰を据えずに走り去れ。

そうしないと草深い迷妄の地で、行き倒れの目に遭うぞ。

主観、客観の心境一如の境涯にあることも、自他圓融の妙用が出来たからといっても、それは切り株を守って兎を待つような・・謗(そし)りを受けよう。

さあ、あれも駄目、これも駄目、何もかも駄目だとすれば、どのように坐禅し、禅による生活を行ずればよいのか・・

試みに挙す看よ。

  *垂示に云く、有佛(ゆうぶつ)の處に住(とどま)ることを得ざれ。

     住箸(じゅうじゃく)すれば頭角(ずかく)を生(しょう)ず。

     無佛(むぶつ)の處は急に走過(そうか)せよ。

     走過せずんば草ふかきこと一丈(いちじょう)ならん。

     たとえ淨裸々(じょう らら)、赤灑々(しゃく しゃしゃ)にして 

     事外(じげ)に機なく 機外(きげ)に事なきも、

     未(いま)だ免(まぬが)れず株(くいせ)を守って兎(と)を待つことを。

     且(しば)らく道(い)え、総(そう)に不恁麼(ふいんも)ならば、

     作麼生(そもさん)か行履(あんり)せん。試みに挙す看よ。

【本則】三回も投子に参じ、九度も洞山に至る、青年期を飯炊き修行で鍛えた達道の師・・雪峰義存(822~908)門下の長慶慧稜(ちょうけいえりょう=853~932)と保福従展(ほふくじゅうてん=?~928)の二人が問答した。

長慶云く「阿羅漢(あらかん)は、生死の問題を脱却して「不生」。学ぶべきものなきゆえに「無学」・・煩悩を断絶して「殺賊(さつぞく)」と呼ばれる人物だから「貪欲(どんよく)・瞋恚(しんい)・愚痴(ぐち)=(貪とん・瞋じん・痴ち)の三悪徳がある訳はない。万一、羅漢に三毒ありとしても、如来に,二種の語(真実語と、嘘も方便語)があると言ってはならない。如来は確かに説法されたが、決して二枚舌のお方ではない」と断言した。

保福、彼に尋ねる「それでは、二枚舌ではない如来語とは・・どんなものか」

長慶「如来語はナカナカ俗塵の耳には入りにくいものだ。今、話して聞かせても耳の不自由な者には聞くことは出来ないだろう」

保福「なんとも・・器用に屁理屈をいうなあ・・」

長慶「ンン?それなら君は、如来語を理解しているのか?どうだ」

保福「いろいろと論理の限りを尽くしたもんだ。話疲れで、さぞかし喉が渇いたことだろう。まずはお茶を一杯お飲みなさい」

  *擧す、長慶ある時云く

  「寧(むし)ろ阿羅漢(あらかん)に三毒(さんどく)ありと説(と)くも、

   如来(にょらい)に二毒ありとは説(と)かざれ。

   如来に語なしとは道(い)わず。ただ是、二種の語(ご)なきなり」

   保福云く「作麼生(そもさん)か、これ如来の語なるぞ」

   慶云く「聾人(ろうじん) 争(いかで)でか聞くことを得んや」

   保福云く「情(まこと)に知りぬ。

       儞(なんじ)が第二頭(だいにとう)に向って道(い)うことを」

   慶云く「作麼生(そもさん)か これ如来の語なるぞ」

   保福云く「喫茶去(きっさこ)」

 

【頌】真実語と、嘘も方便語の二種類の言葉に区別があるか・・?

如来実相が、そんな理屈の中にある訳がない。

もしあるなら、龍が雨だれの水たまりに潜んでいるというのも本当になる。水たまりは、時に澄み切って月も映ろうし波も立たないだろう。

だが、龍の住む淵には風もないのに波立つことが起こるのだ。

可哀そうな慧稜さん・・保福さんに、たったの一語「喫茶去」と言われて、遠く弾き飛ばされてしまった。

まるで三月の登竜門(兎門)に挑戦する大鯉が、滝を登り損ねて、額に大傷、九死に一生のひどい目にあったようなものだった。

  *頭(とう)たり第一第二.

           臥(が)龍(りゅう)は止水(しすい)には鑒(かん)せず。

   無處(むしょ)には月あって波澄(す)み、

   有處(ゆうしょ)には風なきに浪起(おこ)らん。

   稜禅客(りょうぜんかく)、稜禅客。

   三月兎門(うもん)に(おいて)點額(てんがく)に遭(あ)えり。

 

【附語】それでは・・真実語とは・・ナントいうべきか・・

  「良(よ)し悪(あ)し=葦蘆よしあしと思わず蟹(かに)の横歩き」

   仙厓義梵(せんがい ぎぼん 1750~1837)禅境画賛。

 

はてなブログ禅のパスポート」サナギが蝶になるように、無門関 講話・意訳を開始!

古来、禅の参究では、この碧巌録と無門関が双璧をなす書であるといわれます。関心のある方は、検索して、ご覧ください。

 

碧巌の歩記(あるき)NO96

かくれんぼ・・「ごはんですよ!」の声かかり!  

 

よく禅語に「橋が流れて、河は流れず」とか・・「花は緑に、葉は紅に」とか、因果関係が真逆になる表現があります。また、坐禅中に「立てた線香の灰がポトリと落ちる・・それが太鼓の叩いた音のように、ドオンと聞こえた」とか、遠くで鳴る鐘の音が、縦縞(たてじま)模様(もよう)になって見えた」とか・・何かオドロ・オドロしく感じる坐禅時の異常な集中心理の記録があります。そうした体験談は、強圧的な集団的修行で発生する、いわゆる追い詰められた時の心理的動揺です。

昔、昔、助監督の頃・・『敵中横断三百里』の作家、故・山中峯太郎さん宅にお伺いして、お話を聞くことが出来ました。

たまたま、坐禅の話になって「自分の坐禅は、骸骨を前にして坐禅したので「骸骨禅」だな。心機たかまるとすべてがレントゲン写真のようになり、人が骸骨・幽霊に見えた」・・と言われたのを思い出します。禅の集中状態の心理には、そんな不思議な神経作用があるようです。でも、こんな心理作用は、やはり異常で本当の坐=「禅」ではありません。こだわらず無関心に放置すれば、自然に、日常ありのままに落ち着きます。

 

この碧巌録 講話・意訳を読んでもらえば、千年前の禅者たちの、実にバランスのとれた禅境(行い)が見て取れるでしょう。

どうぞ・・世に蔓延(はびこ)る杓子定規(しゃくしじょうぎ)な禅(もどき)にブレることなく、独りポッチ・三分間ポッチのイス禅を・・日ごとコツコツとやりつづけるにしかず・・です。

 

閑話休題(・・Sorewasateoki)

これからは・・【ひとり・三分・ポッチ禅】と言うようにします。

無功用の「独りポッチ禅」は、執着心を捨てるため「役立たずの禅」と紹介しています。気の短い人は「ナンダ・・つまらない」に一言で、奉魯愚を見てくれません・・ので、「ポッチ禅」といえば、何の事?とばかりに、せめて一則位、読み終えてくれるのを期待しています。

禅について、好き嫌いや興味本位の関心に迎合するつもりは毛頭ありません。

・・三分間、眼を半眼にして姿勢を正して坐禅してみてください。

如何に、自分の心が、刺激と妄想を追い求め、コダワリ(執着)から離れられないものか・・我慢(吾の慢んずる、うぬぼれ)を抑えることのできない存在か・・を思い知ることになるでしょう。

スマホに操られる(他動的刺激)なら、あっという間の三分ですが・・

独り・三分ポッチ禅の禅定力(ぜんじょうりょく)は、雨だれが石を穿(うが)つ如くでしか・・身につきません。

 

碧巌録 趙州三轉語 (じょうしゅう さんてんご) 第九十六則

【垂示】ありません

【本則】長寿(120歳)だった趙州從諗(じょうしゅうじゅうしん)が、ある日、座下の求道者に、心機一転する徹底の言句=大悟の禅境(地)を表現する三轉語で問うた。

●泥で作った仏像(泥仏)は、水に耐えられず形を失う。

●金仏・・●木仏は、炉の中や火の中、熔けて燃え尽きてしまう。

そんな、あてにならんものを拝んで、どうする心算(つもり)かな】

  *擧す。趙州、衆に三轉語を示したり。

   (曰く)泥佛は水を渡らず。金佛は鑪を渡らず。木佛は火を渡らず。

*この公案は、趙州從諗「上堂示衆語」(五燈會元第四巻)から三句を抽出し、それに雪竇が「趙州示衆三轉語」の七字を添付して、一則の公案にしたもの。 

 

【頌】これは趙州の問いに対する雪竇の見解(けんげ)を詩的にまとめたもの。

嵩山少林寺で、独り面壁する達磨を前に、新光(二祖慧可)が、雪中、自分の左ひじを斬って、我を「安心(あんじん)」せしめよ・・と迫る公案がある。(無門関第四十一則)確か京都国立博物館・・にある「雪中慧可断臂図(せっちゅうえかだんぴず)国宝1496年雪舟筆の様子がこれである。

新光の命懸けの求道心にこそ、禅が輝いている。雪中にいつまでも、突っ立っているだけの問答なら、誰にでも真似が出来よう。だが、新光の「安心(あんじん)」を希求する態度や修行は一様ではない。だからこそ、これをコピペ(虎を描いて猫に類)する輩は現れなかった。

 

(注)私は、慧可が入門(参禅)を乞い、断臂するまで許さなかった達磨の仕打ちを疑問視している。昔は、何かの事故で怪我をしても、抗生物質も治療もままならない時代です。この命の大事を識る達磨が禅の鞭撻に、新光の臂まで切断させるほど、指導能力がない愚かな禅者ではない・・と考えているからです。当時・・近隣に、強盗や追剥の頻繁に出没する物騒な事件が、この禅史に紛れ込んだ・・のだろうと見る方が正解でしょう。

 

次に趙州は、金佛を炉に放り込めば、蕩けてしまうと言ったが、泥佛の立ち姿に価値がないのも同じだ。

昔、紫胡和尚は、人が頻繁に立ち寄る煩わしさに「猛犬注意」の看板を出していたと言う。アンナ変人の自己中坊主を訪ねずとも、爽やかな清風は自ずと南から吹いてくるぞ

 

木佛だって泥佛・金佛と同じ。どれほどの価値あるものじゃない。

嵩山(少林寺)の麓の霊廟にある竈神(かまどしん)に、人々が、ご大層に供養の品を祀りあげるものだから、ある禅者が、拄杖をもって叩き壊して偶像信仰を止めた・・その禅者を、以後、あだ名して破竈堕(はそうだ)禅師と呼んだとある(五燈會元第四巻他)

竈神は、自分の棲家を叩き壊されて、はじめて長夜の夢から覚醒したという。

寒い冬場は燃料代も馬鹿にならない。

木仏は燃やしてしまえ。凍える時には・・まずは暖をとるべし。

 *頌【泥佛不渡水】新光(しんこう)は天地を照らせり。

  雪に立って、もし未だ休せずんば、何人(なんびと)か彫偽(ちょうぎ)せざらん。

  • 【金佛不渡鑪】人、来たって紫胡(しこ)を訪う。

   牌中(はいちゅう)に数箇の字あり。清風、いずれの処にか無からん。

  • 【木佛不渡火】常に思う破竈堕(はそうだ)。

   杖子(じょうす)にて、たちまち撃着(げきちゃく)せり。

   方(まさ)に知れり、我に辜負(こふ)せしことを。

 

はてなブログ「禅のパスポート」無門関 講話意訳ご覧ください。

碧巌の歩記(あるき)NO97 

●天の川に放牧されている牽牛をつれてきない・・!

碧巌録 金剛経罪業消滅 

    (こんごうきょう ざいごうしょうめつ) 第九十七則

 【垂示】圓悟が座下の求道者に垂示した。

ある時には有無を言わさずに捕(つか)まえ、ある時には自由、放逸(ほういつ)にとき放って自在の活動が出来ても、まだ作家(さっけ)たる資格はない。また一つを挙げて三つを明らかにする勝(すぐ)れ者でも、禅者から見れば、まだまだ、一字(無・空)を任せたぞ・・とは言えない。

直ちに天地を顛倒(てんとう)させたり、秀逸な言句で人を魅了したり、一閃、雷の如くはしり、雲の如く行き、天から滝のような雨を降らせ活発迅速な行動が出来たとしても、まだまだ、雷神の子供ていど。せいぜい人のヘソを盗む悪ふざけだ。要は中途半端なのだ。

さあて、この奉魯愚をご覧の中に、天の川に放牧されている牽牛星=アルタイルの牛を、犬もろともに引き摺り(ひず)降ろし、畑仕事に使いこなせる力量の者がいるか・・どうか。試みに挙す看よ。

  *垂示に云く。一を拈(ねん)じ、一を放(はな)つも、

   未(いま)だこれ作家にあらず。

   挙一明三(こいちみょうさん)なるも、なお宗旨に乖(そむ)く。

   直(じき)に天地を徒變(とへん)し,四方に絶唱(ぜっしょう)し、

   雷(のごとく)奔(はし)り、電(のごとく)馳(は)せ、雲(のごとく)行き、

   雨(のごとく)驟(はし)り、湫(しゅう)を傾(かたむ)け、嶽(ごく)を倒し、

   甕(かめ)を潟(なが)し、盆(ぼん)を傾(かたむ)けうるも、

   いまだ一半(いっぱん)をも提得(ていとく)せず。

   また天關(てんかん)を転ずることを解(げ)し、

   よく地軸(ちじく)を移す底(てい)ありや。試みに挙す看よ。

【本則】インドの経典「金剛経」の中で・・釈尊須菩提(すぼだい)に訓戒された語の一節を取り上げ、公案にした。

金剛経を読誦(どくしょう)して、他の人の謗(そし)りをうけるようなことがあるかも知れないが、何でもないこと。良いことをして誹謗されるのは、かえって望ましいことである。軽蔑された人が、前世に罪業をつくり、未来に三悪道(地獄・餓鬼・畜生)へ転生の運命が定まっているとしても、この世で、謗りや軽蔑を甘受したという理由で、一切の罪障(ざいしょう)は消滅するだろう」とある。

   *擧す。「金剛経(こんぎょうきょう)」に云く。

    「もし人のために軽賤(きょうせん)せられんに、

     この人、先世(ぜんせ)の罪業(ざいごう)によって、

     まさに悪道(あくどう)に堕(だ)すべきも、

     今、世の人に軽賤せられしをもっての故に、

     先世の罪業は、即ち、ために消滅(しょうめつ)せん」 

 

【頌】明珠のような金剛般若(こんごうはんにゃ)は、私の手のひらに載っているから、これを解かる者がいたら何時でも与えよう。

だが胡人、漢人の中に、明珠を貰い受ける資格者はいないようだ。

たしかに金剛般若の実相は「一切空」だから、胡人や漢人が受け取れる訳がない。「空」は、どうこうできる代物ではないから手の出しようがない。

釈尊(グーダマ・シッダルダ)よ・・アナタは、ご自分が何者であるか・・ご承知ですか?(はたして貴方に、この明珠を受け取る資格がおありですか?)

アナタの一挙手一投足、すべて詳細に点検し尽くし、見抜いておりますよ

  *明珠(みょうじゅ)は掌(たなごころ)にあり。

   功ある者を賞(しょう)せん。胡(こ)も漢(かん)も来(き)たらず。

   全(まった)く伎倆(ぎりょう)なし。伎倆すでになし。

   波(は)旬(はじゅん)も途(と)に失(しっ)す。

   瞿曇(ぐどん)瞿曇、我を識るやいなや。(復また云く)

   勘破了也(かんぱりょうや)。

 

【附記】経典を読誦、信心すれば、あらたかな功徳が得られる・・と、現代人が思っているとしたら、千年前の、龍潭(りゅうたん)、徳山(とくさん)、雪竇(せっちょう)や圓悟(えんご)など、禅者たちに笑われることになります。

イヤ・・そうじゃないと・・まだ頑固に言い張る人に・・お尋ねします。

薬の効能書きを朝夕・・高らかに読み上げたら、病気が治りますか?

薬を飲んで、悩み苦しみが消滅して、心身ともに健康になっても、まだ医者にかかって薬を飲み続けますか?

活字印刷を知らない昔は、仏説ことごとく口伝で継承するか、筆写するだけであり・・この碧巌録(碧巌集)も、純禅の妨げになると焚書されたり、則名が二つも三つもあったり、垂示や評頌が抜けたり、つけ足し、し過ぎたりと、伝承の難しさ・・大変さを痛感していた時代であればこそ・・の、金剛般若の意義を問う・・則にしたのでしょう。

碧巌録第四則「徳山到潙山(とくさん いさんにいたる)」に登場する徳山宣鑑(とくさんせんかん 780~865)は、周金剛(しゅうこんごう)と言われた仏教学者でしたが、南方に教外別伝(きょうげべつでん)・直指人心(じきしじんしん)、禅という魔子(ます=悪魔)の教えが広まっているのを憂え、蜀(四川省)を出て、途中、澧州路で茶屋の婆さんに・・「いったい貴方は「点心」(昼飯)を・・金剛経に道う、過去・現在・未来の何処に点ずるのか・・」と問われて答えに窮し、一本負け。・・続いて龍潭崇信(りゅうたんすうしん)に会心(かいしん)の機(チャンス)を得て、背に担ぎ通した、後生大事の金剛経を焼き払った逸話がある・・このように、「禅」=禅による生活は、ただ・・不立文字(文字言句ではない)一語につきるのです。万巻の書、積年の坐禅修行・・すべて、大覚見性に役立たず・・この時代の求道者は、不惜身命(ふしゃくしんみょう)の素直な行脚で、禅による生活、人生を貫いています。

はてなブログ「禅のパスポート」無門関 講話意訳ご覧ください。

 

碧巌の歩記(あるき)NO98

まことに「シャク」にさわる話です!

禅者の一語は、限りなく「癪(シャク)」にさわる話です。    

でも、千年前の先達が、命がけで体得した「1語⇔1悟」です。

意訳を試みて解かったのは、「禅」は宗教(欣求)ではない。   

そして、その自覚(体験)は誰にも教導できない・・自知するのみであること・・そして「禅による生活」であることです。

過年來「3分間ひとりイス禅」を推奨してきました。

それを「ポッチ禅」と名付けました。

ただ自分一人で行うこと。

だだし、これをやったからと言って、効果(ご利益りやく)を期待しないでください。

まったく役立たずの「独りポッチ禅」を覚悟ください。

坐禅の時間も、タッタノ三分間ポッチを一回とすること。

姿勢を正して、リラックスして、たがが三分・・されど三分・・独り・・役立たずの禅を・・無料体験してください。

坐禅=結跏趺坐とか、両手はどうするのか・・正座しようが、胡坐(あぐら)をかこうが、椅子に坐ろうが、寝たままだろうが、印を結ぼうが、膝の上に置こうが、こだわらず、ご自由にどうぞ。(熟睡の時、両手の位置などこだわっていますか?)

呼吸を数える(数息すうそく)に飽きたら、ここに意訳した、千年前の禅者の語録「碧巌録」他・・「はてなブログ 禅のパスポート=無門関」・・どの【本則】、どの【垂示】【頌】でも、読み散らした中で「?」と思った一つ・・その内容を「何故・・どうして?」と、くりかえし、ポッチ禅の公案(問題)として納得できるかどうか・・反芻(思い返)してください。どの話も求道者が命がけで追究した、限りなく矛盾あふれる実話です。

自分なりに、ハッと正解が閃くことも出てきましょうが、その内容は聞くまでもなく、すべて・もれなく、百%・「錯(しゃく)」=間違いです。

変な言い方ですが、禅の公案は、頭の中で「考えることを考えさせる」・・矛盾に満ちた方法なのです。どんなに工夫坐禅しても、正解が見つけられないからこそ、考えさせる・・究極の「頭脳の休息=放下」方法なのです。仏教用語では「煩悩を断ち切る金剛の宝剣」略して「禅」と云います。どうかして自分の利権になるものを得たい・・これを本能・煩悩と呼びます。その煩悩を断ち切る宝剣・・それは何の利害損得もない・役に立たない・禅を、深く行ずることなのです。         

千年前の達道の禅者は、独りポッチ、役立たずの生活・坐禅の中で自覚しました。

宗教にいたる以前に釈尊であれ、達磨であれ、この則 天平従漪(てんぴょうじゅうい)であれ、自分が自分で、独り見性大覚しました。さてホントに・・シャクな話はここからです。 

碧巌録 天平行脚 

(てんぴょうあんぎゃ/天平の両錯りょうしゃく) 第九十八則

【垂示】圓悟が座下の求道者に垂示した。

禅寺で一夏(いちげ)、九十日間の法会(修行)が大事とばかり、全国、アチコチの僧堂で師家達が、語録を基に悟り体験を吹聴して、坊さんの素をこねくり回して寺の跡継ぎを作っている。

人生、老病死苦の悩み・・一切を金剛の宝剣で斬りつけて見れば、寺僧のやっていることは、実は嘘も方便・・赤信号、皆で渡れば怖くない・・方式のことだと理解できるだろう。

サテサテ、一切の閑葛藤(かんかっとう・悩みの藤づる)を裁断する金剛の宝剣とは何か。

眼を見開いて、その切れ味を見せてもらいたいものだ。

 *垂示に云く、一夏、澇々(ろうろう)として葛藤(かっとう)を打(だ)し、

  ほとんど五瑚(ごこ)の僧を絆倒(ばんとう)す。

  金剛(こんごう)の宝剣もて當頭(とうとう)に截(き)らば、

  始めて覚(さと)らん従来の百(もも)不能(ふのう)なりしことを。

  且らく道え、作麼生(そもさん)か是れ金剛の宝剣なるぞ。

  眉毛を眨上(そうじょう)して、試みに請(こ)う、鋒鋩(ほうぼう)をあらわせよ。看ん。

【本則】相州天平山(てんぴょうざん)の従漪(じゅうい)和尚が、まだ雲水の頃、河南省汝州(じょしゅう)の西院思明(さいいんしみょう)の所にやってきた。尋ねて来たものの、彼は、日頃、思明和尚の提唱ぶりが不満とみえ「大きな看板を立てて、師家ぶるのはやめなさい。禅の何たるかも知らないで・・」と、思明和尚に聞こえよがしに文句をいっていた。

ある日、思明和尚これを聞きつけて「おい、従漪」と呼んだ。

従漪和尚、ビックリして彼の方を見ると、思明和尚は「錯(しゃく)」(うぬぼれるな、その考えは間違いだぞ)と叱った。

考えることを考える・・

「間違い話⇔シャク」にさわる問答の開幕である。

従漪和尚が自分の部屋に、二,三歩行きかけると、思明和尚は、再び呼び止めて「錯」といった。

従漪和尚、何か言いかけようとして思明和尚に近づくと、思明和尚が言うのに「さっきからお前さんに二度ばかり『錯』といったが、元来、わしが錯であるのか、お前さんが錯であるのか」と問うた。

従漪「私の錯です。私が悪(わる)うございました」

思明「錯」(誰も禅の神髄を理解していない。お前さんは悪くない)と答えた。

これを聞いた従漪は、ひとまず安心した。

思明「この一夏(いちげ)、寺に居て、わしが錯か、お前さんが錯か、話をしようではないか・・」

しかし従漪和尚は何故か、その誘いが気に入らず、寺を出てしまった。

それから、随分あとのこと・・

従漪は、のちに天平山の大禅師となった。

ある時その天平従漪が、座下の求道者にいった。

「わしが青年時代、行脚のおりだったが、何の因果か思明和尚に、二度も「錯」を浴びせかけられた上、一夏安居(あんご修行)せよ。お互いの錯問題を話したいから・・と言われた。

けれど、わしは、思明和尚の、ただ今の言葉は『錯』です・・とは言わなかった。

私が北方支那を去り、南方支那の禅を識ると、大変に相違していて、北方禅の理屈はテンで通用しなかった。

それで、わしは、思明和尚の寺を去る時「錯」の捨て台詞(ぜりふ)は云わなかったが、あの寺を去った事実そのものが、実は思明和尚に向って「錯」と云ったのと同じであることがわかった」と語った。

 *擧す、天平和尚 行脚(あんぎゃ)の時、西院に参じたり。

  常に云く、「道(い)うことなかれ仏法を得(え)すと。

  この挙話(こわ)の人を覓(もと)むるに、またなからん」

  一日 西院、遙かに見て召して云く「従漪(じゅうい)」

  平頭(ぴょう あたま)を挙(あ)ぐ。西院云く「錯(しゃく)」

  平、行くこと両三歩。西院また云く「錯」。平、近前す。

  西院云く「適来(てきらい)のこの両鐯(りょうしゃく)、

  これ西院が錯か、これ上座(じょうざ)が錯か」

  平云く「従漪が錯なり」平、休(きゅう)しさる。

  西院云く「且(しば)らく這裏(しゃり)にあって夏(げ)を過ごせ。

  上座とともに、この両鐯を商量(しょうりょう)せんことを待たん」

  平、當(その)時(かみ)便(すなわ)ち行く。

  後に住院(じゅういん)して衆に謂(い)って云く

「我 當初(そのかみ)、行脚の時、業風(ごうふう)に吹かれて思明長老の處に到(いた)りし(時)両鐯を連下(れんげ)せられ、更に我を留(とど)めて夏(げ)を過ごして、我と共に商量せんこと待たしむ。我、恁麼(いんも)の時には錯とは道(い)わざりしも、われ発足(ほっそく)して南方に向って去りし時、はやく錯と言いおわりたるを知れり」 

【頌】西院の思明和尚は、修行中の従漪を相手に、ひと夏、お互い議論しょうと持ちかけた。これは拙劣な模倣禅だった。

そんな軽薄な文句商量(しょうりょう・かけひき)で問答しても禅は自分の宝とはならない。

おかしくも哀れな北方の禅者もどきである。

あの従漪の老いぼれも、西院に参じたのは間違いだった。

南方禅を知って(北方禅を去ったことは)賢明なことだったと、若い時の自慢話をしているが、そんな認知力ではとても駄目だ。(錯々=シャクシャク・・天平和尚、間違いだらけでモノになっていないよ)

西院がもてあました天平を、わし(雪竇)は、両錯(りょうしゃく)で吹き飛ばしてしまったぞ。

(また座下の者に云く)わしの申し分に「錯」と水を差す奴がいたら、わしの「錯」と天平の「錯」を見比べて見よ。

錯は錯でも大違いだ。どうだ・・解かるかナ?

  *禅家流(ぜんけりゅう)にして軽薄(けいはく)を愛す。

   満肚参(まんとさん)じ来(き)たって用(もち)うることをえず。

   悲しむに堪(た)えたり、笑うに堪えたり、天平老(てんぴょうろう)。

   却(かえ)って謂う當初(そのかみ) 悔(くゆ)らくは行脚せしことを、と。

   錯、錯。西院の清風、頓(とん)に銷鑠(しょうしゃく)す。

  (また云く)忽(たちま)ちこの衲僧(のうそう)あって出でて錯と云わんに、

   雪竇(せっちょう)の錯は天平の錯といずれぞや。

 

 

 

 

碧巌の歩記(あるき)NO99

碧巌録 第九十九則 国師 粛宗 十身調御 (ちゅうこくし しゅくそう じゅっしんちょうご)

【垂示】圓悟が座下の求道者に垂示して云った。

龍が吟ずると雲霧が起こり、虎が嘯(うそぶ)くと風が生ずる・・龍虎には、これだけの霊力が備わっているが、霊妙なるものは龍虎に限らないぞ。

絶対の真理、禅の根本、禅者の行いは・・古代音楽が金鈴で始まり、最後に玉を鳴らして奏楽を終えるように・・相方の放った鏃(やじり)が真正面、空中で衝突して、二矢ながら地に落ちるように・・禅による生活(境地の禅者)は,測りがたい深度を持つ。

この禅者の大道は、人生、裸で生きるべし。露裸裸に、隠すことなく、不増不減・不垢不浄に存在している。

さて、それは、どんな人物の境涯なのか・・試みに挙す看よ。

  *垂示に云く、龍 吟ずれば霧起こり、虎 嘯(うそぶ)けば風生ず。

   出世の宗猷(しゅうゆう)は金玉相振(きんぎょくあいおさ)む。

   通方(つうほう)の作略は箭鋒相拄(せんぽうあいささ)う。

   徧界(へんかい)かくさずして、遠近にひとしく彰(あら)われ、

   古今に明らかに辦(べん)ぜり。

   且(しば)らく道()え、これ什麼人(なんびと)の境界(きょうがい)なるぞ。

   試みに挙す看よ。

 

【本則】ある日、唐の粛宗皇帝が、慧忠国師に質問した。

「最近、世間で、十身調御と言われているのは何のことですか」

りのに優れた十の属性が備わる・・求道者を馬に例え、釈尊を調教師に例えたこと)

慧忠「陛下・・どうぞ光明遍照(こうみょうへんじょう=大仏のこと)を、頭ごなしに踏み倒して行きなさい」

帝「国師よ。貴方の云われる意味が解りません」

(欣求祈願の尊き大仏を踏みつけろ・・とは?)

慧忠「自分を偶像化するのは間違いですぞ(禅臭きは禅ではない)」

  *擧す。粛宗(しゅくそう)皇帝、忠国師(ちゅうこくし)に問う。

  「如何なるか、これ十身調御(じゅっしんちょうご)

   国師云く「檀越(だんのつ)よ、毗慮頂上(びるちょうじょう)を踏んで行け」

   帝云く「寡人不會(かじんふえ)

   国師云く「自己をも清浄法身(せいじょうほっしん)と認むることなかれ」 

 

【頌】南陽の白崖山から大唐の都に迎えられ、帝王の師となった慧忠国師の逸話は、ちょうど、達磨大師が梁の武帝と面談した時(碧巌録第一則聖諦第一義)と、まったく同じ出来事だ。

(第一則スタート話と九十九則・・ラストくくりの話、全くバランスが取れている。

当時の寺僧が後生大事にしていた「清浄法身」を、大槌の一撃で粉々に打ち砕いたのは、「達磨、無功徳」に勝るとも劣らない「禅者の一語」だ。

これでサッパリ天地の間に何ものもなくなってしまった。

夜、さらに深く、海底に眠る龍の棲窟(すくつ)に忍び込んで、いったい誰がその咢(あぎと)に抱える珠を取り得ようぞ。

マア・・南陽慧忠にしか出来ないことだろう。

  *一国の師ともまた強()いて名づけたるなり。

   南陽(なんよう)にはひとり許す嘉聲(かせい)を振(ふる)るうことを。

   大唐、扶(たす)け得()たり眞の天子。

   曾(かっ)て毗盧頂上(びるちょうじょう)を踏()んで行かしむ。

   鐵鎚もて撃砕せり黄金の骨。天地の間、更に何物かある。

   三千刹海夜沈沈(さんぜんせっかい よるちんちん)

   知らず誰か蒼龍窟(そうりゅうくつ)に入りしぞ。

 

【附記】この粛宗皇帝とあるのは、実は、代宗皇帝である・・粛宗皇帝が762年世寿52才で崩御。慧忠の死は、それより13年後、775年であり、この問答は、慧忠国師の臨終に、粛宗皇帝が立ち会える訳がないので、代宗皇帝49才の歳であり、代宗皇帝と慧忠国師の対話と見るのが正解でしょう。(景徳傳燈録)

*粛宗皇帝と忠国師=第18則「忠国師 無縫塔」附記に紹介。

佛教歴史の上で、唐の玄宗・粛宗・代宗の三皇帝は、佛教、参禅に厚くしたとしても、民を忘れた政治、女色、放蕩をかさねた。

それを仏教の外護者として祭り上げる寺僧の旦那傾向は、支那に限らず、その後の日本仏教界にも深く影響しており、宗教家もこうなっては、一種の幇間(ほうかん)にすぎない・・(碧巌録新講話 井上秀天著 京文社書店発行より抜粋)

支那禅宗の歴史を調べてみると、間違った禅のあり方に、黙照禅と、実習が伴わない大言壮語の空見識禅の二つがある。例えば、経を読まない、礼拝もしない、昼はゴロゴロと昼寝をして、夜に少し坐禅をする・・宗教のまず外形に属すると思われるところのものを、形の上でも心の上でも放埓にして、引き締めることが出来ない・・この二つの(禅宗)弊害のために、唐の中頃から宋の末頃、禅は次第に衰えていったものと思われる・・(禅問答と悟り 鈴木大拙・禅選集2 ㈱春秋社 Ⅱ悟り八項 抜粋)

 

現代・・学問や芸術や社会の仕組みなど、すべて組織化、情報化されて、電磁的(バーチャル)社会に一体化していく・・例えばスマホ集団など・・本来、人の持つ個(弧・独)の免疫が消失していく気がしてならない。

欧米に「ZEN」が広まっているとしても、香を聴くことのできない、見るを「看る」としない・・科学(相対)的な、ギリシャ以来の哲学、論理の社会では、頓悟禅はナカナカの年月では醸成できないでしょう。精神病の治療に良いとか・・フォースを持つヨーダのような禅者・・SF映画としては面白くとも、そんな禅者はありえません。あるいは麻薬を使用して、一種の禅境地に至るとか・・悟りを誤解して、はなはだしい状況であり、伝統の禅は、一度、完全にご破算にしないとならない時代となりはてました。

ですから、あらためて役立たず=達磨、無功徳(むくどく)の禅を「三分・独りポッチ禅」として提唱している次第です。

おりに・・はてなブログ ●禅のパスポート・・無門関意訳 ●禅 羅漢と真珠・・禅の心、禅の話を ご覧ください。

 

碧巌の歩記(あるき)NO100 ・・全面補足改定6・25

お知らせ・・2017-6-23

PC故障、再生不良を機に、碧巌録意訳の第二稿は、この百則から逆に、則を若返らせて、第一則に至らせる・・終わりのはじめ・・からスタートします。

何が残念かと言えば、古い中国の漢字の登録が消失したこと。

 この最終則は、僧堂師家 提唱にならって、和訳のみ行います。

 

はてなブログ 碧巌の歩記(あるき)⇒「碧巌録」講話・意訳 

禅のパスポート⇒「無門関」講話・意訳・・の附記、解説は、今後、はてなブログ「禅・羅漢と真珠」で、追記、解説していきます。                                           

碧巌の歩記 第百則を、禅寺の師家、提唱に倣って、和訳のみとしたところ、早速に奉魯愚(ブログ)読者の方から連絡がありました。独り3分間ボッチ禅は、誰とも語らない「役立たず」の坐禅だからこそ、碧巌録や無門関の意訳が頼りです。素玄居士の頌というか評語というか・・禅の悟りの言葉、心境の表明に愕然としました。驚きと既成の思惑の払拭に、随分、役立ちます。意訳や附記は出来るだけ、平易に紹介してください・・との要望です。

PCがいかれて、10年来の貯め込んだ解説、語源などのデスク再生がままならず、積年の読者の方がたには迷惑をおかけしています。また、新しくスタートさせるだけですから、随想・雑記「羅漢と真珠」時々、覗いてやってください。

「人生・・裸で歩むべし」

露裸々(ロララ)に奉魯愚(ぶろぐ)していきます。

以下、碧巌の歩記 第百則の意訳です。

 

巴陵 吹毛釼 (はりょうすいもうけん)  第百則

【垂示】圓悟が求道者に垂示した。

この提唱をして、随分の月日が経ったが、何時も、因果とか、始終とかの一切の葛藤を放下して、お前たちに説話してきた。

しかしながら、誰かここに出てきて「九十日間も講話もし、説法もしながら、今更に、説(と)かない・・とは、どうゆうことですか?」と、言う者がいたなら、その者に向かって「よし、その理由が聞きたいなら、悟って出直してこい」といってやろう。

サテ、その・・曾(か)って説かず・・というのは、文字で説明すれば、ただちに「禅」に違反するからだろうか・・または、何も説(と)かない、何も説けないこと・・だからであろうか・・試みに例を挙げるから、得心の者・・はたしているだろうか。

【垂示】垂示に云く、因を収め、果を結び、始を盡(つく)し、終を盡し、対面して私なく、もとより曾(かっ)て説かざりしも、忽(たちま)ちこの出(い)で来たって、一夏(いちげ)、請益(しんえき)せしに、何んとしてか曾(かっ)て説かざりしと道(い)う(者)あらば(われは道いわん)儞(なんじ)が悟り来たるを待って、汝に向かって道(いわ)んと。且(しば)らく道(い)え、またこれ当面に諱却(いきゃく)するがためか。また別に長處(ちょうじょ)あるがためか。試みに挙(こ)す看よ。

*収因結果~ あらゆる相対、分別の出来事を超越して・・の意

*対面無私~ 彼我対面していても彼我相対の意識なく・・の意

*請益 講話、提唱・・の意

*当面 すぐさまに・・の意

*諱却 背反、違背の意

 

【本則】挙す。

求道者が巴陵顥鑒(はりょうこうかん)に「般若の働きを、よく切れる刀=吹毛の釼に例えられますが、いかなるものでありましょうか」と質問した。

すると禅者で詩人でもある巴陵の一言「珊瑚は、どの枝にも、沢山の名月がキラキラ輝いている」と答えた・・ソウナ。

【本則】挙す。僧、巴陵(はりょう)に問う「いかなるか 是れ 吹毛(すいもう)の釼(けん)」

陵云く「珊瑚(さんご)は枝々(しし)に月を撐着(とうちゃく)せり」

*吹毛の釼・・よく切れる刀・・ここでは般若の働きをいう。

*撐着・・含有、包含、抱擁の意

 

【頌】吹毛の釼は、迷妄を裁断して、金石麗生の輝きを放っているが、未悟の凡眼には映らない。しかし般若(禅)の働きは、天地いっぱい(この指先にも)未来永劫に活躍している。科学や分別・知識の及ぶところではない。ナント素敵なことだろう!

珊瑚の枝ひとつずつに、月の輝きの断片が、余すところなく輝いている・・とは。

【頌】不平をたいらげんことを要するも、大功は拙なるがごとし。

あるいは指をもて、あるいは掌(たなごころ)をもて、天によって雪を照らせり。大冶(だいや)も磨礱(まろう)しえず。良工も拂拭(ほっしゅう)して未だやまず。

別別(べつべつ)。珊瑚は枝々に月を撐着(とうちゃく)すとは。 

 

*要平不平・・般若の働きは、迷妄を切り払うの意

*大功若拙・・森羅万象の般若の働きは、俗人には映じていない。

*或指或掌~ 般若の妙用は天にも地にも、風雪にも現前しているの意

*大冶兮磨~ いかなる聖人、君子でも般若の働きを左右することは出来ないの意

*別別・・はやし言葉「素敵だ」「なんとも凄い」の意

*巴陵顥鑒・・第十三則 岳州巴陵の新開院 顥鑒和尚のこと。

法系では雲門文偃の弟子。年齢不詳。洞庭湖の東岸に禅居した詩禅一昧の禅者。この珊瑚の枝~の句は、巴陵の先輩、善月貫休「懐友人詩」の一句を引用している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他人が食べた飯で、自分が満腹になった例はない!

  • 碧巌の散策 第八十九回の歩記(あるき)である・・

                   *3月8/12日加筆・タイトル修正しました。

前則に紹介したヘレン・ケラーさんは、手で看る・鼻で聽く「禅者」です!

誤解の無いように、附記しておきます。

私は、ヘレン・ケラーさんは、三病を克服された偉人・・すぐれた禅者であると(勝手に)思っています。

手(触感)で「看る」・・鼻で(香り)を聞き、舌(味覚)で慈愛を施す如き禅者です。動物の赤ちゃんは、母親が、愛しげに舐めています。私も昔、飼っていた犬に、ペロペロ舐められて、嬉しいやら・・糞舐めて、人の口舐める犬の顔・・の複雑な気持ちを味わいました。

もし、前則で雲門老師の面前に、ヘレン・ケラーさんが立っておられたら、どのように対応されたろうと思いました。キット雲門老師は、深く一礼され、暖かくソット、禅庵まで手を添えて導かれ、お茶を振舞われたろう。

(私なら・・片足のピョンピョン飛びでお出迎えしたいです)

 

「禅による生活」をなす禅者は、決して、口先、文字だけで「禅」を語りはしない。また、悟りの「禅機・禅境(地)」を、妙に神秘化したり、難解で論理的な言い回しで説明などしません。相手がどの程度の禅的境地なのかは、遠くから歩いてくる様子・・振る舞いだけで、その程度が判明できるからです。

 

坐禅は、自分にとって、百%「役に立たない」こと・・を覚悟の上で、なすことが大事です。仕事や生活は・・相手にとって「役立つか、または面白いか=楽しいか」の二つに一つのことであり、その行いに自我優先はありません。

 

その悟りに至る(禅機)行程は、坐禅する以外に方法はありませんが、悟りたいの一心で、ひたすら努力しても、決して、悟れることはありません。

例えれば坐禅中に突然、悟りの方から襲いかかってくるのです。

釈尊は、明星の輝きを見られた瞬間でした。

大半の禅者は、日常の生活の中で・・例えば、雷鳴で・・花の香りから・・竹に石が当たって・・後ろに坐るイスがなくてひっくりかえって・・箒で叩かれて・・など、まったく一人一人の禅機、体験は異なります。

悟り(見性・透過・大覚)は、自分が「禅による生活」を、ちゃんとなしている・・ことを自覚する・・まるで、言葉要らずの、確信・体覚をした状況です。

この状況を日頃の暮らしにピッタリ一致させていく・・日々の行い・・のことを「長養」とか「禅境」(地)といいます。

悟ると、総てが、神々しく、安心で、慈悲深くなる・・と思ったら観念論です。かえって、魔境といって、そんな半熟卵の腐ったような心境を戒めます。

この省悟を、さらに禅境(地)として、自分が自分で深めていく行動を「禅による生活」というので、感性(好き嫌い)に溺れた暮らしや、自分本位の言動をすれば、あっという間に、元の木阿弥・・野狐禅になりさがり、禅臭きは禅者にあらず・・となるのです。

ですから、毎日の行いが清貧(正直・素直)であるかどうか・・千年前の(達道の)禅者の足跡をたどる「禅語録」で、禅境の状態を見返すことが大事になります。

口先でなく、日々の行いが自由自在であること・・

この碧巌録の奉魯愚を読み解いて、あとは独り、自分で坐禅してください。紙に書いた絵の餅ではお腹が膨れません。まして他人が食べたもので、どうして自分が満腹になど、なり得ましょうか。

しかも、その満腹は食べた私の・・貴方の・・自知あるのみです。

碧巌録 第八十九則 雲大悲手 (うんがん たいひしゅげん)

【垂示】圓悟が垂示した。

体の総てで見るのであれば、見るという意識は生じない。全身が聴覚化してしまえば、聞くという意識は無いことになる。全身が口である感覚なら、口で説く認識などないし、通身これ心という態度で、総ての事象に対するなら、思惟(しゆい)、分別(ぶんべつ)する認識はないことになる。

禅者は、眼なり耳なり口なり心なりを通じて、全自己を事象に融和させ、同化して一如(いちにょ)ならしむのであるから、渾一体(こんいったい=ワンネス)その者だ。

このような達道の人は、それでよいとして・・もし眼が無ければ、どのように見ることが出来るのか?

耳や口がなければ、どのように聴き、説明できるのか?

心がなければ、どのように宇宙の事象を思惟することができよう。

もし、この四つの問い(眼・耳・口・心)に、見事、答えられたら、その人は傑物である。また、そうした人は、古(いにしえ)の禅者と同志であるが、それはそれとしておいて・・道(い)ってみよ。

古の禅者以外、このような禅者は、いかなる禅境(地)たりえる者であろうか・・。

  *垂示に云く、通(つう)身(しん)これ眼なれば、見(けん)不到(ふとう)

   通身これ耳なれば、聞不及(もんふきゅう)

   通身これ口なれば、説不着(せつふちゃく)

   通身これ心なれば、鑒不出(かんふしゅつ)

   通身は即(すなわ)ち且(しば)らく止(た)る。

   忽(たちま)ち もし眼なくんば作麼生(そもさん)か見(み)ん。

   耳なければ作麼生か聞かん。口なければ作麼生か説(と)かん。

   心なければ作麼生か鑒(かん)せん。

   もしこの裏(うち)に向って一線道(いっせんどう)を撥轉(はつてん)し得(え)ば、

   即(すなわ)ち古佛と同参(どうさん)たらん。

   参ならば即ち且(しば)らく止(た)る。

   且(しば)らく道(い)え。この什麼人(なんびと)にか参ぜん。

 

【本則】擧す。

ある日、雲巌曇晟(うんがん)が 道吾(どうご)に問うた。

「大悲(千手千眼)菩薩は、沢山の手や眼を、どのように使い分けるのでしょうか。並の心配りじゃ出来ない芸当ですね」

吾云く「真夜中、真っ暗な中で、枕をさがしあてるように(手で見る=看る)無心自在の境地なのだ」

巌云く「ああ、わかりました」

吾云く「解かり方にもいろいろあるぞ。どう?わかったのかな」

巌云く「身体中に手と目がついている方でしょう」

吾云く「ヤッパリ八十点だな」

巌云く「 それじゃ貴方の意見はどうなのですか?」

吾云く「通身(全部)が手デアリ眼ソノモノだよ」

  *擧す。雲厳(うんがん)、道吾(どうご)に問う。

  「大悲菩薩(だいひぼさつ)は、あまたの手眼(しゅがん)を用(もち)いて

   什麼(なに)か作(せ)ん」

   吾云く「人の夜半(やはん)に背手(はいしゅ)にして

       枕子(ちんす)を摸(も)するが如し」

   厳云く「我、會(え)せり」

   吾云く「汝、作麼生(そもさん)か會(え)す」

   巌云く「徧身(へんしん)これ手眼(しゅげん)なることを」

   吾云く「道(い)うことは即(すなわ)ち太煞(はなはだ)、道(い)いたるも、

       ただ八成(はちじょう)を道いえたるのみ」

   巌云く「師(す)兄(ひん)、作麼生(そもさん)

   吾云く「通身(つうしん)これ手眼(しゅげん)なり」

 

【頌】徧身(へんしん)といい、通身という・・そんな言葉(文字)に拘泥(こうでい)しなくともよい。

曲者(問題)なのは、あの千の手と眼を持つ「大悲菩薩」だ。

大悲菩薩は「禅」から十万里も隔たっているぞ。

アラビヤ物語のサンバードや仏典の迦楼羅(かるら=金翅鳥(きんしちょう)は、天に昇って一度、羽ばたきすると、海は大津波となり陸地を水で覆うという。

こんな大鵬(たいほう)の羽ばたきによる津波だって、宇宙の彼方から見れば、木星の大赤班に較べようもない、塵が舞いあがったような些細な出来事にすぎない。

あの帝釈天の宮殿にある真実を映し出す珠の明暗模様を、君は見たことがあるか・・禅者の棒頭にも、立派な手眼があるが、それが何に由来して、どこから現れて来るのか・・わかりようがないなら、顔を洗って出直しなさい。『トーッ

  *徧身(へんしん)も是(ぜ)。通身(つうしん)も是。

   拈(ねん)じ来たれば、なお十万里に較(あた)らん。

   翅(つばさ)を展(の)べては崩騰(ほうとう)す六合(ごう)の雲。

   風に搏(はうっ)て皷蕩(くとう)す四溟(しめい)の水。

   これ何の埃壒(あいがい)ぞ,忽(たちま)ちに生ず。

   那箇(なこ)の毫氂(ごうり)ぞ、いまだ止(とど)まらず。

   君見ずや、網範(もうじゅはん)を垂(た)れて影重々(かげじゅうじゅう)

   棒頭(ぼうとう)の手眼(しゅがん)は何(いず)れよりか起(お)こると。咄(とつ)

ヘレン・ケラーさんを「禅者」と言われますが・・?

碧巌の散策 第八十八回の歩記(あるき)

●友達と一緒に、3分間イス禅をするのはいけませんか?

 

結論を先に云いましょう・・

「3分間ひとりイス禅」は、自分一人だけの「坐禅」です。

例え仲間と二人だけであろうと・・組織や集団を構成してはお奨めしません。

はじめ、椅子に坐っての独り坐禅・・ですが、呼吸も整い、波風のたたない状況になったら、次に、椅子に坐ることにこだわらず、寝る時、起きる時、食事の前や後、通勤の電車・バスの中、トイレの中、散歩中の公園や、海辺、河べり、自然の風景に溶け込んでの、生活上に、おりふし一人で行う坐禅となってください。

 

この「3分間ひとり禅」から、何時でも何処でも行える「ひとり坐禅」へと進化(真化・清化・深化・親化・晋化)させましょう。

この何の役にも立たない坐禅は、あなた独り・・だけの禅です。

釈尊の「天上天下、唯我独尊」・・宇宙に、ただ一つ独りだけの遺伝子を持つ・・独りで生まれ、独りで死ぬ・・「私」の(為だけにある役立たずの)坐禅です。

友人や仲間、指導したり教導を受けたりは、かえって邪魔で、これを運営する組織や、管理する団体は、一切、不要な「禅」です。

まして、お金をかけたり、時間をかけて遠方まで行脚する必要は絶対にありません。

誰とも相談や研修しないで、唯ひとりの独行の坐禅です。

 

昔、こうした坐禅は小乗禅とか羅漢禅とか言われました。

自分一人救われようとするエゴイスト・・などと、どのように評価、批判されようと関知しません。

・・あなたの足で歩いてください。あなたが座禅してください。

生きている間は、お互い、助けたり、助けられて成り立つ社会ではありますが、独り坐禅のめざす「禅による生活」は・・やはり「独り」・・の境地から出発し帰着します。

働くのも、食べるのも、恋をするのも、遊ぶのも、本を読むのも、全部、自分の事は自分が行うのです。

 

その証に、聾・盲・唖のヘレン・ケラーが「ウオーター」を自知して、人となられた様に、まずは「独りで生まれ、独りで生き、独り死ぬ」・・自覚・・これを悟りと言い、愛といい、慈悲という・・他人が言うことは、それはそれとして、「ひとり坐禅」で、自分が体得、自認してほしいのです。未来永劫・・誰が何と言おうと・・「3分間ひとりイス禅」→「ひとり禅」=「禅による生活」です。

私は、勝手ですが・・ヘレン・ケラーさんは、すばらしい「禅者」であると思っています。

そして、悟りすました佛像のような禅のイメージ(死禅といいます)を払拭して、普段の暮らしや仕事の中に・・イキイキとした「禅による生活」をなされますように・・。

 

碧巌録 第八十八則 玄沙三種病人 (げんしゃ さんしゅびょうにん)

【垂示】圓悟の垂示に云く。

商いや経営には、毎日毎日のやり繰りと、一を聴いて三を知る活動が大事だ。

仕損じのない、二を破って三となす行いもある。

そして悟境(地)の点検、整備は、車の運転前の点検と同じく、小さな不備を見逃すことなく、、しっかりなさねばならない。

また禅者は、如何なる場合に臨(のぞ)んでも、自由自在、臨機応変の手腕を見せ、堅固で至難な問いをも、撃砕するようでなくてはならぬ。

禅者は、亀が、砂浜に足跡を残すような行いではなく、木鶏(もっけい・木彫の鶏)の暁を告げて鳴く如く、閑古錐(かんこつい・先の丸びた役立たずキリ)の如き風で、大魯(だいろ)大拙(だいせつ=愚かさの極み)に立って、涼(すず)やかに大道を闊歩(かっぽ)してほしいものだ。

このように「禅による生活」を為す時、いったい、何処にミソをつけた行いがあるのか・・禅者なら試みに示す、この公案を見て答えてみよ。点検するぞ。

 *垂示に云く、

  門庭の施設(せせつ)には、且(まさ)に恁麼(いんも)に二を破り三となすべし。

  入理の深談には、またすべからく七穿(せん)八穴(けつ)なるべし。

  機に当って敲點(こうてん)問(こうもん)・點破(てんは)するには、

  金鎖玄關(きんさ げんかん)を撃砕(げきさい)すべし。

  令によって行ずるには、直ちに掃蹤滅跡(そうしょうめっせき)なるを得べし。

  且(しば)らく道(い)え、訤訛(こうか)は什麼(いずれ)の處(ところ)にあるや。

  頂門の眼を具する者は、請う試みに擧す看よ。

 

本則】擧す。

ある時、玄沙師備(げんしゃしび=第二十二則参照)が示衆(じしゅう)した。

もろもろの禅匠、禅者は言う。

衆生(しゅじょう)済度(さいど)を願つて道を修す・・と。

では、聾・盲・唖の者の如き、三病の求道者が来たれば、どのように対応できるのか?

いったい、三病の人をこそ、いかに教導、救済できるのだろうか。

手持ちの払子(ほっす)を振りかざして見せたところで、眼が不自由なれば見える訳でもないし、耳の不自由な者に、いくら説教しても聞こえないだろう。口が不自由な者に、いくらモノを云えと攻めたところで口が利ける訳もない。

禅者たるもの、こうした人たちの教導が出来ないなら、どんな功徳があると言えようか。

 

時が変って・・かって・・玄沙の垂語を聞いていた求道者が、後に雲門のもとに来た時、雲門を困らせる意図があったものか「見えざる・・聞こえざる・・云えざる」三病人を真似て、禅の神髄について、その意見を問うた。

雲門云く「ぐずぐずしないで、まず、礼拝しなさい」

求道者が礼拝した時、雲門は拄杖で彼を突きのけようとした。

彼は、その危険を察知して、思わず後ずさりした。

雲門すかさず「お前さんは、眼が不自由であるかの如く問うているが、どうやら眼はタッシャのようだな。もう少し、近くに来なさい」と言うと、求道者は、恐るおそる、雲門に近寄ったので、雲門云く「ソリャどうだ。お前はチャント耳が聞こえるではないか。少しはわかったかな」と言うと、つられて求道者は「イヤ、老師のなさること、サッパリ解かりません」と答えた。

雲門「こりゃどうだ・・よくもまあ、ペラペラと口のまわることよなあ」

求道者は、ギュウギュウ 雲門に迫られて、少し禅機をおぼえたようだった。

  *擧す。玄沙(げんしゃ)、示衆(じしゅう)して云く

  「諸方の老宿(ろうしゅく)、盡(ことごと)く道(い)う、

   接物(せつもつ)利生(りしょう)と。

   忽(たちま)ち三種病(さんしゅびょう)の人の来たるに逢(あ)わば、

   作麼生(そもさん)か接(せつ)せん。

   患盲(かんもう)の者は拈鎚竪拂(ねんついしゅほつ)するも、他(た)また見ざらん。

   患聾(かんろう)の者は、語三昧(ごごんざんまい)なるも、他また聞かざらん。

   患唖(かんあ)の者は、伊(かれ)をして説(と)かしめんとするも、

   また説くことを得ざらん。且(まさ)に作麼生(そもさん)か接(せつ)せん。

   若(も)し、この人を接することを得ずんば、仏法には霊験なからん」

   僧、雲門に請益す。

   雲門云く「汝 禮拝着(らいはいちゃく)せよ」僧 禮拝して起(た)つ。

   雲門、拄杖(しゅじょう)をもって挃(つ)く。僧 退後(たいご)す。

   門「汝は患盲(かんもう)にあらずや」

   また「近前来(きんぜんらい)」と喚(よ)ぶ。

   僧 近前(きんぜん)す。門云く「汝はこれ患聾(かんろう)にあらずや」

   門 乃(すな)わち云く「また會(え)せりや」僧 云く「不會(ふえ)

   門云く「汝はこれ患唖(かんあ)にあらずや」僧 ここにおいて省(せい)あり。

 

頌】盲・聾・唖の三病を、もてあそぶ輩に、達磨の聖諦第一義など、解かりはしない。

こうした者たちが、禅の求道者を任じるとは世も末だな。

行脚して、さ迷い歩く幽霊に、チャント二本の足があるとは・・イヤハヤ、笑えて涙が出てきたぞ。

こんな連中がわからないのは無理もない話だ。

古事に、黄帝の頃、朱離婁(しゅりろう)は、密室でも春、秋の来たるを感じることが出来た眼識の達人。一方、師嚝(しこう)は、遠く山を隔てて、蟻の争うを聴く、聴覚の達人と言われるが、この二人、確かに、身に沁みて、見えて看えず、聞こえて聴こえずの・・凡人だった。

こんな有名なだけの解からず屋を真似をして、ひたすら月清(つききよ)しもと、独坐(どくざ)三昧(ざんまい)をなしたところで大悟徹底できて、どうにかなるものではない。

自然はマッコトそのままにあり、人智の及ぶ處ではない。

四季につれて全山、紅葉し、やがて春来たりて花が咲く。

(雪竇が一言、附記した)「どうだ?解かったかナ?・・これは柄のない金鎚のような公案だから、さぞ、つかみようのない(難問難解)話だ」

  *盲聾瘖亜(もうろういんあ)は、杳(よう)として機宜(きぎ)を絶す。

   天上天下、笑うにたえたり、悲しむにたえたり。

   離婁(りろう)は正色(せいしき)を辦(べん)ぜず、

   師嚝(しこう)、豈玄絲(あにげんし)を識(し)らんや。

   虚窓の下に獨坐するは、いかでかしかん。

   葉の落つるにも、花の開くにも自ずから時あるものを。

  (復(また)云く)また會(え)すやいなや。無孔(むこう)の鐵鎚(てっつい)

意訳者としての意見は、文中に入れられているのですか?

  • 碧巌の散策 第八十七回の歩記(あるき)である・・

●どうして、難解な碧巌録の意訳をされるのですか?

 

生涯に、無門関と碧巌録、それに、出来れば臨済禄の、意訳・・自分なりの解釈を現代語で表現しておきたい・・との欲求に、馬翁になって駆られています。

その文意や解釈は・・読み返し見返す内に、何度も変わってきましたし、難しい字の意味を調べている内に、突然、気分が晴れやかになって・・視野がグンと広がる・・そんな納得した則や公案に出会える、ことどもが動機になっているのでしょう。

 

週に一回は、この奉魯愚に掲載できようかとやってきましたが、無門関は、どうにか第二稿の手入れができるか・・どうかの段階。この碧巌録は、まだ初稿,八十七則のありさま。臨済禄に至っては、古書を漁っての状態でサッパリ目鼻がつきません。

まだまだ奉魯愚での加筆修正が続きましょう。

それに出版界、本(活字離れ)の衰退は、はなはだしく今はPCに入力しておく方が、広く、読書のチャンスがあるのでないか・・と思っています。

 「禅」は、日々の生活に実に奥深い味わいのあるものです。

鮎のようにピチピチと、そして寂寥を覚えつつ、清流を泳ぎ回っているような境地・・なんとも言えません。

私は、必ず、お気付きになるか・・どうかはともかく、こうした禅境(地)=禅による生活の一端は、どの則の意訳にも記載するようにしています。

(禅語録では、どの祖師がたの語録でも、必ず、みずからの悟境を陳べる偈なり頌なりがあります。が、次第に、密室=師弟二人キリ・・の参禅で意見することになってしまい、則に自己の見解(けんげ)を併記する常態はなくなりました。それだけに、悟境の開けた露堂々の師家がいなくなりました。

それに、欧米に広がった「禅」の関心の高まりに乗じて、なにか、禅を隠密禅の風習を良しとして、あたかも神秘化するような風潮があるようです。

ですから、要請されずとも、恥ずかしながら、私の見解を意訳文中に出来るだけ入れるようにしています。

禅の「見解」は、問題に即して理路整然とした解答が「正解」となる訳ではありません。

むしろ、一般の常識が覆って、矛盾の悟境が体験される時こそ大事了畢(りょうひつ)です。時には、常識では理解しがたい・・何を言っているのかわからない・・意味不明で片づけられる場合があります。繰り返します。

次の八十七則の頌(雪竇)に、門を閉じて車を造るな・・とあります。私は、私の意訳、そのコダワリへの警告と受け止めています。

 

碧巌録 第八十七則 雲門薬病相冶 (やくびょうそうじ)

【垂示】圓悟が垂示した。

禅者は、何を言い、何を行っても、すべて禅にかなう=「禅による生活」をしている・・のだから、ある時は、達磨の面壁・・のごとき気高いこともあるし、ある時は、繁華街のうるさい処で、商売繁盛を願って、赤裸々に「大安売り」を声高に宣伝して、振舞っていることもある。

また、時には、インド、毘沙門天(びしゃもんてん)の息子、無双(むそう)の力自慢、那吒(なた)太子のように、暴れて手が付けられないこともある。

また、ある時には、日面(にちめん)、月面佛(げつめんぶつ・・日夜、絶え間なく)となって、臨機応変(りんきおうへん)、泥まみれで衆生(しゅじょう)済度(さいど)していることもある。

さらには、忽然(こつぜん)として、廓然無聖(かくねん むしょう)の向上心を現わし、釈尊や、道を究めた禅者達も窺い知れない、三千里も遠離(おんり)した所から超人的活動をなす場合もある。

サア・ここに、そのような禅者に共鳴できる者がいるか、どうか。試みに挙す看よ。

  *垂示に云く、明眼(めいがん)の漢は窠(か)臼(きゅう)を没す。

   ある時は孤(こ)峰(ほう)頂上(ちょうじょう)に草(くさ)漫漫(まんまん)

   ある時は閙裏頭(どうしりとう)に赤灑灑(しゃくしゃしゃ)

   忽(たちま)ちもし忿怒(ふんど)せば、

   那吒(なた)のごとく三頭六臂(さんとうろっぴ)を現ぜん。

   忽ちもし日面(にちめん)月面(がちめん)ならば、

   普攝(ふしょう)の慈光(じこう)を放ち、

   一塵(いちじん)において一切身(いっさいしん)を現じ、

   随類(ずいるい)の人となって、和泥合水(わでいごうすい)せん。

   忽ちもし向上の竅(きょう)を撥着(はつちゃく)せば、

   佛眼(ぶつげん)もまた覷不着(そふちゃく)ならん。

   設使(たとい)、千出頭(せんせい しゅっとう)し来たるも、

   また倒退(とうたい)三千里なるべし。

   また同得同證(どうとくどうしょう)の者ありや。試みに挙す看よ。

 

【本則】ある日、雲門文偃が、座下の求道者に・・

「皆は、常識とか既定の約束とかに囚われて、迎合することに意義があると思い込んでいる。

例えば、薬は病気を治すと決めているが、実は、病気は薬を治すのである。

宇宙の森羅万象(しんらばんしょう)は、すべてこれ、薬そのもの。病は、この薬の悪用に他ならない。

病気とは、人が薬を悪用する仕業(しわざ)なのだ。お前たちは今、宇宙の妙用に参画して、薬の役になっているか・・それとも、病の役を努めているか・・どっちなのだ。答えて見よ」と迫った。

  *擧す。雲門、示衆して云く・・

  「薬病相治(やくびょうそうち)。盡大地(じんだいち)これ薬。

   那箇(なこ)かこれ自己なるぞ」  

 

頌】雲門は、宇宙すべての作用は、これ薬であると喝破(かっぱ)した(ソレ・・見抜いたぞ)。

これを、利得第一主義で生きている古今東西の欲深(よくふか猿=人間)は、自己中心的に考えて、軽率な結論を出してしまう。

(オイオイ・・そりゃ大変な間違い。大間違いだぞ)

この間違いのもとは、常識とやらの世間体に拘泥(こうでい)するからだ。

昔、中国の道幅は、車の轍(わだち)、両輪の幅まで杓子定規(しゃくしじょうぎ)に策定されていたという。

今どきの世間でいえば、どいつも規格(マニュアル化)されてしまった人間と、氾濫するスマホ文化に毒された社会だな。

これを「禅者」に当てはめると「禅による生活」の大道は、寥廓(寥々廓々りょうりょうかくかく)実に広大無辺(こうだいむへん)なものとなる。

道幅も、規制や規格サイズもあつたものではない。古今の人々は、自分の鼻は、天まで高いと思いこんでいるが、雲門に自慢の鼻をひねられて半泣き顔になったのは・・どこのどいつだ。

  *盡大地(じんだいち)はこれ薬なるに、

   古今(ここん)、何としてか、はなはだ錯(あや)まれるや。

   門を閉じて車を造(つく)らざれ。

   通途(つうと)は自(おの)ずから寥廓(りょうかく)なればなり。

   錯(あや)まれり。錯まれり。

   鼻孔(びくう)は遼天(りょうてん)なるも、また穿却(せんきゃく)せられん。

好事 なきにしかず・・雲門の一語

  • 碧巌の散策 第八十六回の歩記(あるき)である・・

この碧巌録には、必ず【垂示】圓悟克勤(えんごこくごん・雲門宗、中興の祖)による前置き解説・・まあ、いわばスポーツの前の準備体操のような、則=話ごとの取り組み方とか、受け止め方とか・・禅機(悟の発動)や禅境(地)の観点とか・・例えば、棒を振るスポーツでも、ホッケーとポロと野球とゴルフでは、同じような仕草でも、内容は大違いのことが、丁寧に解説されています。

実際、今、四冊の碧巌録(釋 宗演講話、井上秀天新講話、加藤咄堂講述、朝比奈宗源 訳注)を見返しつつ意訳に挑戦しています・・が、提唱の作家、老師方は、自分に較べ、まるで月とスッポン位の禅定力、達道の方々ばかり。さらに、各則、この垂示(すいじ)のほかに、雪竇(せっちょう)重顕(じゅうけん・臨済禅、傑出の禅者)が【本則】と、これの大意を詩的(漢詩)表現にした【頌(じゅ)】で主構成され、加えて、文中一句ごとに着語(ちゃくご)=寸評がつけられてあり、ラストに評(ひょう)・評唱(ひょうしょう)=講評・・則全体のまとめ・・がある・・・ものすごい禅録全提、まるで一則で一冊の本になるような講義の集大成です。

ですから、この碧巌の散歩では、古来の禅徳の着語(1句毎に、けなしたり褒めたたえたり、自得の感想を述べたり・・の部分と、評は、まるで生い茂る樹の枝葉であり、かえって初心の人たちには、見通し難い・・と判断して略しています。ので・・まず【垂示】で、禅の(木登り)注意書を読み【本則】で、実際、禅の大樹にしがみついて登り【頌】で、(はるか景観を望んでの)雪竇の詩を看るような段取りで、茂りすぎた枝葉を剪定した訳です。

 

この碧巌録は、千年にわたる、中国、日本(江戸期までの)写本の時代・・政治の迫害を受けながらの禅録であり、写本から写本する過程で【垂示】の抜け落ちた語録が残ってきました。

あるいは、禅に語録不要と焼き捨てられた逸話もあり、この禅録(写本)を引き継ぐ禅者が途絶えたことも影響したでしょう。

ただ「禅者の一悟」は、古今、変わりない・・トドノツマリの,云うに言えない「一悟」です。

どの様な、禅機禅境(地)を事例とする則(公案)であれ、その禅者の心境は、行き着く先の、行き尽くした「トドノツマリ」の、覚悟心境なのです。

その「トドノツマリ・・無功徳な、言語を絶しての一悟の体験こそ、求道者にとって究極の目的ですから、悟境のトドノツマリを両忘した禅者から見れば、いつまでも準備体操をしてばかりいる初心の選手モドキにはウンザリもすることでしょう。

また、畳の上の水練ばかりでなく、イキナリ、水の中に放り込み、犬掻きを体覚させるのも一手とばかり・・に、こうした思いで【垂示】がない則がある・・気がしています。

現に、同義の文句が、【垂示】で、そこかしこで散見されることがあり、圓悟老師、百則の前書き作業、お疲れのご様子である・・と言いたい垂語に時折、出くわします。

 

現代の文字離れした若者にとって、難しい漢字だらけの、何を言っているのか理解できない、棒喝の禅者たちの振る舞いは、無関心なこととなりました。

禅そのものも、戦前・戦中・戦後の、いつ死ぬか解からない、不安な時代に受け入れられた「覚悟」の手立てでしたが、そんな緊急事態の需要は廃れて、今や観光の禅に代わり、活字文化は、スマホにとって代わられました。

禅は、欧米にZENとして関心を持たれていますが、日本においては完全に「絶滅危惧種」いや、絶滅したか・・のありさまです。

しかし、スマホ万能時代に、心の静寂と安心の、眼前の(禅の)大樹に、登ってみたくなった木登り初心者のために、PC=奉魯愚で意訳しておくのも一興でしょう。

 次の則は、お寺で、雲門が、坐下の求道者を相手に、あまりにも明白な、トドノツマリをのべた・・禅者の教示です。(集団修行の場や生活環境のTPOで起こりがちな、馴れあいや利権関係を否定する公案です)

 

碧巌録 第八十六則 雲門厨庫三門 (うんもん づくさんもん)

【垂示】圓悟が垂示した。

禅者は、世の中の苦しみごとの、すべてを把握して、どんな悩みにもこたえられるような、そんな人物でなくてはならぬ。

また、その見識は、バランスよく判断して、疑いを明らかにする・・卓越した人でなければならない。

よく世話焼きの人が、ああだこうだと指図するが、云えば言うだけ、問題が複雑になって、大混乱になることがよくある。

サアサ、ぐずぐずせずに、ピシリと決める、達道の禅者の行いとは、どうしたものであるか・・云うてみなさい。その心境のほどを看てやろうぞ。

 *垂示に云く。世界を把定(はじょう)しては、絲毫(しごう)も漏(も)らさざれ。

  衆流(しゅうる)を截断(さいだん)しては涓滴(けんてき)も存(そん)せざれ。

  口を開けば便(すなわ)ち錯(あや)まり、擬議(ぎぎ)すれば即(すなわ)ち差(たが)わん。

  且(しば)らく道(い)え。

  作麼生(そもさん)か、これ透關底(とうかんてい)の眼(まなこ)なるぞ。

  試みに道(い)え、看(み)ん。

【本則】雲門文偃が門下の求道者に垂誡(すいかい)した。

「人々はそれぞれに、禅による生活を、日々、為しているのだが、・・肝心の「禅によりて為される」・・禅に包まれてあることに気付かず、無明の妄動にかられた生活をしている。もし、ここに、イヤ、それは違うと言う者がいたら、それじゃ、いったい、どんなことがどんな風に禅によるのか・・ここに出して見せてごらん」と見渡した。

しかし、一同、答えられなかった。

雲門は、毎度のごとく、親切に、自分が代わって答えて見せた。

「それは、この禅庵。諸氏の脚下そのもの。どうだ解かったか」

それでも自覚しない、解からず屋の弟子たちに、言葉を継いで・・

「お前達・・経を読んだり、神仏に礼拝したり、サモサモに、何かを為しているような、そんなシタリ顔はやめてくれ」と云った。

  *擧す。雲門、垂語して云く。

  「人々ことごとく光明を有してあるも、看る時見えずして、

   暗きこと昏々(こんこん)たり。作麼生か、これ諸人の光明なるや」

   自(みずか)ら代わって云く「厨庫(づく)三門

   (禅庵、禅者の立脚するところ、総ての意)

   また云く「好事もなきに如かず」

   (看経(かんきん)礼拝など仏事一切も無い方がよいの意) 

【頌】雲門文偃は、諸人、禅による生活を営んでいる・・と言うが、坐下の求道者は、実感のない、常識に囚われた人ばかり。

蝶は樹(機)を見ず、花を看るばかり。看ていても見えていない者たちだ。看たければ、何時でも誰にでも、隠すことなく見えている「禅による生活」だ。

どうだい・・悠々と、のどかに牛に乗ったまま、禅庵を往来する雲門を見よ。

禅者の暮らしぶりは、行住坐臥・・もれなく「禅そのもの」だよ。

  *自照(じしょう)にして列(はな)はだ孤明(こみょう)

   君がために一線を通(つう)ずるも、花は謝(しゃ)して樹に影なし。

   看る時 誰か見ざらん。見れども見えざるなり。

   倒(さかさま)に牛に騎(の)って仏殿に入(はい)れり。

棚から落ちた牡丹餅は、すぐに食べるに限ります!

碧巌の散策 第八十五回の歩記(あるき)である・・

この碧巌録の意訳に携わって、辞書やPCで、漢字の語源を調べる機会が多くなった。浅学のあまり、不明の1文字に手こずって、数時間かかるのも多くあり、つくづくと漢字(会意文字)の表現の豊かさ、微妙さ・・そして古人の好奇心の旺盛さに脱帽する。

今、知人の俳優に、Mailしようとして「ハイ」の字に拘(こだわ)ってしまった。

俳の字=新字源(角川)では、会意形成・・人とそむく意と音とを示す非ヒ→ハイとからなり、一般人と変わったことをして、人を面白がらせる芸人の意をあらわす・・とある。

今時のタレントに近い語感だ。

●わざおぎ、芸人②たわむれ、おどけ③→俳徊。

(PCでは徘徊とでる。別ページ「徘徊」の項では、さまよう・・とある)

俳優とは、たわむれ、おどけ。演戯。芸人、道化役者。現代、演劇や映画などに出演する人・・とあり、テレビは書かれていない。

続いての連想・・人は頭の中で、言葉・文字によって「考え」ているという。であるなら、漢字を基にして会話し、筆記する・・考える・・昔の東洋人は、随分と、複雑で豊饒な世界を共用=教養していたのだろう。

ABCなど、文字順をかえて、羅列するラテン語系民族と比較すると、思考過程やイメージすることが、はたして、どれだけの共感を持ち、違いになるのだろうか・・

 

佛教学者であり禅者である故・鈴木大拙が、欧米で「禅=ZEN」を広めた時「人が単=ひとりいる」・・の禅を、ZとEとNのアルファベットの中に、どれだけ積み込めたのだろうか?とりわけ「色即是空」・・この地球に生かされている立場の生物が、即=そのまま=空であるとする「般若(空)」を、どのように解説理解させたものなのか。

 ここに言葉や文字で考えない「役立たずのイス禅」の意義がある。

どだい・・あるのでない・・と肯定しておきながら否定する・・文字、言葉が、アイマイ、勝手きわまりない、理正?利性?離聖?理惺?理性なのである。

先達の言葉に「想いは、頭の分泌物・・アタマ手ばなし、アタマ手放なし」とあるが・・想いは飛んでも無い処?に飛び火して燃え広がる(妄想する)ようだ。

 

碧巌録 第八十五則 桐峯庵主作虎聲 (とうほうあんしゅ こせいをなす)

垂示】圓悟が垂語した。

禅者は奪い取る時は余すことなく取り尽くす。

世の人々を、ウンともスンとも反抗できなくさせる呪縛の能力をもつ・・。このような効果的な言動をとる人を・・こそ禅者と呼ぶ。

また頭頂に、光明を放つ隻眼(一つ目)を持ち、全宇宙を一見して、その真意を看破することができるのを、金剛の眼晴を持つ禅者という。

そればかりか、鉄を変じて金となし、金を変じて鉄にする仙術・妙用をなし、把住(はじゅう=つかまえる)も、放行(ほうぎょう=捨て去るの)も自由自在だ。

この四種のピチピチした禅行の主こそ、真の禅者である。

 

また天下の人の一言半句の口出しを許さず、遠く三千里外に撃退して、寄り付くことを許さない気迫(気宇きう)がある者・・見かけはヨボヨボで杖をつく老人だが・・(コンナ持ち上げ方で禅者を讃えるのが、山奥の禅庵の退屈しのぎか)この四類の禅者の外に、次のような、禅機を商量するべき一大事がある。

ためしに例を出すから、よく看るがよい。

  *垂示に云く。世界を把定(ばじょう)して、

   繊毫(せんごう)をも漏(も)らさず、盡大地の人をして、

   鉾(ほこ)を亡(ぼう)し、舌を結ばしむることは、

   是れ衲僧(のうそう)の正令(しょうれい)なり

   頂門(ちょうもん)に光を放ちて、四天下を照破(しょうは)することは、

   是れ衲僧の金剛晴(こんごうがんせい)なり。

   鐵(てつ)を點(てん)じて金と為(な)し、金を點じて鐵と為し、

   忽(たちま)ち擒(とら)え、忽ち縦(はな)つことは、

   是れ衲僧の拄杖子(しゅじょうす)なり。

   天下の人の舌頭(ぜっとう)を坐断(ざだん)して、直に気をいだす處なく、

   倒退(とうたい)三千里ならしむことを得ることは、是れ衲僧の気宇(きう)なり。

   且(しば)らく道(い)え、総(そう)に不恁麼(ふいんも)なる時、

   畢竟(ひっきょう)、これ箇(こ)の什麼(なん)人(びと)ぞや。試みに挙す看よ。

 

【本則】擧す。

求道者が桐峰庵主(とうぼうあんじゅ)を訪ねてきて問うた。

(庵主とは大寺に住せず、生涯を小庵に住し、専ら聖胎長養(せいたいちょうよう)をなす大徳の禅者をいう。

「ただ今、大虎に出逢ったらどうするべきでありましょうか」

桐峰庵主は、いきなり身構え、大きな口で唸り声を発した。

この求道者、応対に、多少の禅機があったようで、ひどくたまげた様子をした。

その機敏さに釣られた様に、桐峰庵主は呵呵大笑(かかたいしょう)した。

求道者「この老いぼれドロボウ。ナニを笑うか」と毒舌をはいた。

桐峰庵主「いくら、お前さんが罵(ののし)ろうと、どうすることも出来ないだろうよ」 

高飛車(たかびしゃ)な庵主の言いぐさに、気がくじかれたのか、求道者はそそくさと退散してしまった。

(この問答に・・雪竇が着語した)

コリャ、いいも悪いも、双方ともコソ泥だね。

本当の泥棒なら、もう少し上手に盗んだらどうですか。

まるで、鈴を盗むのに、自分の耳を覆うて、他人にはワカルマイと勝手に判断するような者たちだ。

(中国の故事に、鈴を盗んだ泥棒が、リンリン鳴り渡る鈴の音にたまりかね、他人の耳はそっちのけにして、自分の耳を塞いで逃げ出した馬鹿な逸話があるという)

  *擧す。僧 桐(とう)峰(ぼう)庵(あん)主(じゅ)の処に到って便(すなわ)ち問う。

  「這裏(しゃり) 忽(たちま)ち大蟲(だいちゅう)に逢(あ)わん時、

   また作麼生(そもさん)

   庵主 便(すなわ)ち虎聲(こせい)を作(な)す。

   僧 すなわち怕(おそ)るる勢(いきお)いをなす。

   庵主 呵呵大笑(かかたいしょう)せり。

   僧云く「この老賊(ろうぞく)

   庵主云く「いかでか老僧をいかんせんや」

   僧 休(きゅう)し去る。

  (雪竇(せっちょう)云く。

   是(ぜ)なることは即ち是なるも、両箇(りょうこ)とも悪賊(あくぞく)

   ただ耳を掩(おお)うて鈴を盗むことを解(げ)するのみ) 

 

頌】棚から牡丹餅は手に取って、すぐに食べるに限る。

食べ損ねると、いつまでも後悔するぞ。

桐峰庵主の虎退治の拙劣なこと。縞の模様が美しいだけの、活力のない虎モドキの求道者・・禅機ハツラツと言いたいが、まるで猫の喧嘩だな。

昔、大雄山下の百丈と、その弟子、黄檗との虎問答・・知らないのなら教えてやろう。

キノコ取りから帰ってきた黄檗に師の百丈が問いかけた。

「山中で大虎に出くわさなかったか?」

すると黄檗すかさず虎の唸り声。

百丈、それを見るや、腰の鉈を取って殺す仕草をした。

すると、いきなり黄檗は百丈を曳(ひ)き掴(つか)んで、思い切りピシャリと引っ叩いた。

 その夜のこと。百丈は坐下の大衆に向って、この大雄山に大虎が現れたぞ。見かけたら食われぬよう注意せよ。老僧、今日、出くわして危うく食われかけたぞ・・と、その黄檗の大虎ぶりを賞賛した。

師弟の息の合った、何とも優れた振る舞いの活劇である。

 

お前達に、この田舎芝居と歌舞伎座公演の違いが、ハッキリ解かるかナ・・?

あの百丈老師、さすがだな・・虎のシッポをつかむと同時に、ヒゲまで捕まえた手腕・・さっぱり身動きできない黄檗の哀れさよ。、

  *之(これ)を見て取らざれば、之を思うとき千里ならん。

   好箇(こうこ)の斑々(はんはん)も、爪牙(そげ)いまだ備(そな)わらざりき。

   君見ずや、大雄山下、忽(たちま)ち相逢(あいお)うて、

   落々たる聲光、みな地を振るいしことを。

   大丈夫、見しや、また、いなや。

   虎尾(こび)を収めて虎髭(こしゅ)を捋(ひ)きたることを。

禅の継承・・その温室栽培や接ぎ木は難しい!

  • 碧巌の散策 第八十四回の歩記(あるき)である・・

禅は「無字」の公案や「隻手音声」など、大悟は一度きりでも、小悟は、その数を知らずと言われる。

また、釈迦も達磨も、今なお修行中といわれる。

私は・・禅は、宗教の範疇に入らないし、哲学や論理、心理学など、学問の分野でもない、自己内面の自覚=「禅による」生活そのもの・・であるとしています。

悟りともいい、見性ともいう自覚は、自分の内面の大転換ですが、いくら自分が努力、意図しても、成就する訳ではありません。

ですから、旧来、師からの伝燈・印可・継承など、大変に難しいことと断じます。

達磨が中国に渡来して以来、日本に伝燈されてきた、臨済黄檗曹洞宗など、いわゆる禅宗は「禅」を「元・素」=宗(むね)とする・・という意味であり、禅の団体、組織的宗教活動をいうものではないのです。

 

ただ、中国でも日本でも、あまたの寺僧の、生業(なりわい)の中で、認知され、引き継がれてきたので、その印可・継承の実相は、チョウド(沈丁花の赤と白が1本の木で咲き分ける)接ぎ木をするような、師と弟子の二人だけの、ピッタリ息の合った作業とならざるをえなかったむずかしい相続・継承でした。

何十何百の師と弟子の「ZEN」の接ぎ木・・(印可・継承)では、失敗や挫折も多くあり、また、手法をかえて、温室栽培(研修道場)で立ち枯れてしまう・・幾多の禅流が途絶えてしまう・・ような事例も多々ありました。

 

さらに世界的に科学万能の時代に至って、寺僧の継承、集団的修行は、一般人の社会的な参画が少なくなり、宗教心が欠如した若者の台頭で、まるでスマホが信心の対象であるかのような現象が広まって来ています。

では、これからの宇宙時代にふさわしい「禅」は、どのようなTPOで根付くのでしょうか。

私は、宗教・集団ではない・・個の「禅」・・それも、世界中の、それぞれの人の生活に根差した自由な中で「三分間ひとりイス禅」が発芽していく・・と思います。

誰でも、何時でも出来る「三分間ひとりイス禅」が、キット「ZEN」の揺籃となってくれることだろう・・と思うのです。

(ここで雪竇の頌二題を掲示しておきます)

  • 葉落花開自有時(葉の落ちるにも花の開くにも自ずから時あり)第八十八則
  • 夜深誰共御街行(夜は深し誰と共に御街(ぎょがい)=神の御許・に行かん)第二十四則

 もともと、「禅」は、人の存在の意義を問う者のある限り、自然に発芽されるよう仕組まれている不思議です。

碧巌録や無門関など千年前の、禅者達の語録さえあれば、時に「?」と思う処に「3分間ひとりイス禅」の苗木は、好奇心という水やりで、何十年かかろうと、人それぞれ・・きっと大樹となる「種」なのだと思っています。

 

碧巌録 第八十四則 維摩不二法門 (ゆいま ふにほうもん)

【垂示】圓悟の垂示である。

この人間が住む宇宙の実態について、いろいろな見解があるが、要するに「是」と「非」に帰着する。

それを肯定して「是」としたところで、是とすべきものはなく「諸行無常」である。

あるいは「非」としたところで、別段、非とすべきものはなく、花あり月ありだ。

この一方的に執着する是非・得失を両忘してしまいさえすれば、本来無一物(即)無尽蔵となる。

人生すべては裸心で生きる、ありのままではないか。

サアて・・求道者たちよ・・君等の面前・背後にあるものはイッタイ何だろうか?

「ハイ・・面前には仏殿・三門。後ろには寢室、方丈(居間)があります」と、シャシャリ出てくる者があるとすれば、はたして、この者は活眼を具備していると言えようか?(こいつは、達道の禅者と言えるか?)

もし、その真偽を判定しようと思うなら、古人の行跡を点検するがよかろう。

 *垂示にいわく。是と道うも、是の是とすべきなく、

  非と言うも、非の非とすべきなし。

  是非すでに去り、得失ふたつながら忘ずれば、

  浄裸(じょう らら)赤灑灑(しゃく しゃしゃ)ならん。

  且らく道え、面前背後には、これこれ什麼(なんぞ)。

  あるいは この衲僧(のうそう)の出で来たって、面前には これ仏殿、三門あり、

  背後には これ寝堂、方丈ありということあらば、且らく道(い)わん、

  この人 また眼を具するやいなやと。

  もし この人を辦得せんとせば、なんじ親しく古人を見きたるべし。

 

【本則】菩薩三十二人を引き連れ、維摩居士の病気見舞いにやってきた文殊菩薩(菩薩の最高位)に対して、維摩居士は「同行の皆さんのお見舞い(見解)は、総て承りました。さて・・どうです?文殊さん、絶対そのもの=禅の第一義とは、どんなことをいうのでしょうか」と、病人らしからぬ問答をしかけた。

文殊「わたしの所信を申し上げれば・・萬法一切の葛藤を裁断して、無言、無説、無示、無識・・あらゆる問答を脱却して深き沈黙に入るのが、これ禅でありましょう」と答えて、言葉を継いだ「さあ維摩居士さん、私どもは所信を陳述しましたから、今度はあなたの番ですよ」と、その見解(けんげ)をもとめたのである。

(雪竇云く・・イヤハヤ、これからが見ものだぞ。だが、維摩居士がどう出るか、チャント腹の中はお見通しだよ・・と箸語した)

  *擧す。維摩詰(ゆいまきつ) 文殊師利(もんじゅり)に問う。

  「何等(なんら)か これ菩薩の入不二(にゅう ふじ)の法門なるぞ」

   文殊曰く「我が意の如くんば、一切の法において、

   無言(むごん)無説(むせつ)、無示(むじ)無識(むしき)

   もろもろの問答を離(はな)るる、これを入不二の法門となすなり」

   ここにおいて文殊師利、維摩詰に問う。「我ら各自に説(と)きおわれり。

   仁者まさに何等か これ菩薩の入不二の法門なるかを説くべし」

  (雪竇云く「維摩、什麼(なん)とか道(い)わんや」

   また云く「勘破(かんぱ)し了(おわ)れり」   

 

【頌】なんと愚かな維摩居士だな。

頼みもしない衆生済度のためのか、世話焼きに明け暮れて、とうとう病気にかかり、毘耶離(びやり)の城下で痩せ衰えて・・哀れにもほどがあるぞ。

それでも文殊菩薩が金毛の獅子に乗り、病気見舞いに来ると聞いてヨロヨロ方丈を掃除して待つ,ナント殊勝な老人であることよ。

それにつけても、文殊が着席するかしないかに、せわしなく「入不二法門」とは何だ?と・・問いをしかける、あわてぶり。

不二法門ナンテ・・そんな破れ門は・・トウの昔に倒壊して跡形もないのに、金毛の獅子に乗った、口達者な文殊なんかに、さらに無駄口を叩かせる、誠に大馬鹿の維摩老だわい。

(禅者、維摩の一黙を誉めに褒める、禅独特の表現です)

  *咄(とつ)。この維摩老(ゆいまろう)

   生まれしことを悲しんで、空(むな)しく懊悩(おうのう)し、

   疾(やまい)に毗耶離(びやり)に伏(ふ)して全身は はなはだ枯槁(ここう)せり。

   七佛の祖師きたりしに、一室まさに頻(しき)りに掃(はら)い、

   不二門(ふじもん)を請問(しんもん)したるは、

   當時すなわち靠倒(こうとう)したるなり。

   靠倒せざりしならんも、金毛の獅子は討(うつ)ぬるに處なかりしならん。

 

【附記】本則は雪竇が「維摩経」の中から最も有名な説話を、禅的に脚色し提唱した話であろう。

「時に維摩、黙然として言無し。文殊師利、歎じて云く、善哉善哉・・」の完結部分を雪竇が、故意に削除しています。

有言・無言、共に自ら両忘して一句を為せ・・との意がありありと見てとれる。

方丈とは禅家、住職の居住するところをいい、後に、日本の茶室が十尺四方(一坪余り)方丈に仕立てられたのは、この維摩経の話(・・見舞いに訪れた3万2千の菩薩を、わずか一方丈に坐らせて、まだ余りあったという、維摩詰の神通力)にあやかっての由来である。

『ホウタル来い・・こっちの水はアーマイゾ!』

Q,どうして「役に立たない」坐禅を力説されるのですか? 

これでは・・ワザワザ奉魯愚(ぶろぐ)を読んでくれるな・・という態度じゃないですか?

 

単的にお答えします・・体が疲れたら、どうしますか?

動かないようにして、休ませますね。

では、頭脳はどうでしょう。

詳しくは脳科学者の研究に任せるしかありませんが、肉体の休む夜であってもたゆみなく頭脳は、夢を見ながら働いているそうです。

それでは頭脳は、疲れることを知らないのでしょうか・・

私は、頭脳の疲れ(ストレス)を取るのは、肉体が動くことをやめて、疲れを取るように「何も考えない」ことだと思っています。

ところが「何も考えない」ことを「考え」てしまうのが頭脳なんですね。

何も考えずに休んでいるといっても、休んでいるはずの頭脳は休まず考えているのです。

頭脳の「考える」という本能的な機能機作を、自然に休ませるのは、どうやら禅によるしかないようなのです。

絶対矛盾的自己同一・・と西田哲学では言うそうですが、論理や分析的思考では、歯の立てようのない=解明不可能な「公案=禅語」を脳に与えて、その働き(分析・解明、思考)を放棄(中止)させてしまうのです。

例えば「両親が生まれる以前のお前とは何だ?」とか・・あるいは・・「両手を打てば音(拍手)がするが、片手の声はナント言っているか?」・・

「闇の世に泣かぬカラスの声を聴けば、生まれぬ先の父母が恋しい」とはどうゆう事か・・

般若心経の「眼や耳,鼻,舌,身體,意識」はあっても「看る、聞く、味わう、触覚、意思する・・心の働きはない」とは、どういうことなのか?

「禅(悟り)とは何ですか?」禅者の答え「その柱に問え」・・あるいは「金石麗生(きんせきれいせい)」や「黄金は糞土の如し」など、どうした観点・実感で云えるのでしょうか。

 

自分とは何なのか?・・何のために生まれてきたのか?

どうして坐禅をするのか?・・坐禅で何を得たいのか?

この「何故・・どうして・・何のために・・」の想い(好奇心=思考)が続くかぎり、人は安心して生活したり眠りにつけません。

また、そうした思いに取り憑かれてしまうと、よく街中で見かける「スマホ」教、信者・・と私は言います・・のように、周囲の景色や人の動き、花や鳥、自然の美しさまで見えてこないのです。

いや、見えていても見えない自己中=ストレス「こだわり・・執着」の、中毒的な症状にいたります。

無門関 第四十一則に(不安な)心を持ち来たれ・・「達磨安心(だるまあんじん)」の公案があります。あるいは八十三則では、生死事大(しょうしじだい)、無常迅速(むじょうじんそく) 光陰可惜(こういんおしむべし) 時不待人(ときひとをまたず)の詩に、せかされたような求道者たちが、ゆるぎない安心の境地を求めて、達道の禅者に教えを乞う、次の公案・・イキナリ超能力な異次元空間に放り出されたような問答を看てください。

 

この碧巌録は、今から千年前にできた禅語録です。

坐禅の「役立たず」そのままが禅者の話でまとめられています。

この中の、どれでもよい・・一則の問答に【?】と感じられたら、それが「役立たずの頭脳休息のテーマ」です。

 

嘘も方便とばかり、座禅を組めば悟りが得られる・・とか、心が安らぐとか、落ち着くとか、効能効果をいう提唱・修行は、悩みや想いが深まるばかりです。

思い切って、自分に「これは役立たず、ロクデナシの坐禅だ」と、ダメモトでスタートするのが肝要です。

 

碧巌の散策 第八十三回の歩記(あるき)である・・

碧巌録 第八十三則 雲門古佛露柱 うんもん こぶつろちゅう 

垂示】欠如 ありません。

【本則】雲門文偃が坐下の求道者にむかって垂語した。

「この本堂にある古佛像と、本堂の円柱とは深く相関しているが、それはどんな(時の)ことであるか・・」と、一足飛びに時空を超えた問いを発した。

座下の者たち、いずれも無言なので、雲門は、その自らの問いに自ら答えて云わく

「南方の山に黒雲が湧き起これば、北方の山にザアザア雨が降る」

   *擧す。雲門、示衆して云く「古佛と露柱と相交(あいまじ)わるとは。

    これ第幾機(だいいくき)ぞ」

    自(みず)らかわって云く「南山に雲を起こせば、北山には雨をくだす」

【頌】南山に雲湧けば、北山には雨が降ると雲門は言っているが、禅を伝えたすべての祖師たち(4×7=23人?)は、当然のことと承知している。

それはチョウド、大唐国で法事の太鼓や鐘を搗く・・合図の前に、すでに遠く朝鮮、新羅国で、法事(上堂式)をやっているような出来事だ。

誰かが(禅月貫休の詩中に・・)苦、却(かえ)って楽。楽却(かえ)って苦とか。黄金は糞土の如しとか言っているが、これでは確かなモノにはなっていないな。

(ハッキリ言えば、苦即楽。楽即苦。味噌くそ一緒には、チャントしたケジメがいるのだヨ)

   *南山には雲。北山には雨と。四七二三まのあたり相観(あいみ)たり。

    新羅裏(しらぎごくり)にては、かって上堂せり。

    大唐裏(だいとうこくり)にては未(いま)だ皷(く)を打たざるに。

    苦中には楽。楽中には苦。

    誰か道(い)いしぞ黄金は糞土(ふんど)のごとしと。